未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない() 作:うずつるぎ
絶望という言葉に相応しい沈黙が、瓦礫の街を押し殺している。
「……最悪だ」
顔を俯けて、思わず零れ落ちる声。
師匠は生きているが、瀕死。なぜだか当代魔王はシリウスで、魔王討伐のタイムリミットはあと五日。
本当に最悪だ。もう、ふざけるとこで精神の安定を図ることすらできない有様だ。
オレは茫然自失と、瓦礫だらけの街を立ち尽くす。魔王の呪いに蝕まれて、苦悶にうなされる師匠を見下ろす。
そして
「……師匠?」
馬鹿な。なぜここに。
勢いよく振り返ると──ルルアは蒼穹の瞳を大きく見開いて、大地に蹲る師匠を映していた。
「師匠ッ!!」
白に近い紫髪が揺れ込む。ほとんど意識のない師匠の傍に弾け飛んだ。
両手をかざして山吹色の光を浴びせるも、やはり、師匠の半身をじわじわと侵す黒ずみはまるで退く気配がない。
ルルアは真っ青な顔を持ち上げて、オレを覗く。
「ねぇ……これ、シアンとおんなじ……!? なんでッ!!」
「……とにかく、師匠を安全な場所に運ぶぞ」
ようやく振り絞ったまともな一言に、ルルアは素早く頷いて師匠を両腕に抱えた。
♦♦♦
壊れた街にいくつか張られた天幕へ駆け込むと、そこは、現世に降臨した地獄だった。
「い˝でぇ……腕が! うで、が……!!」
「済まない! 私の魔力は尽きた!! 回復魔石は!!!」
「もう在庫がありませんッ!!」
どこそこで響く、負傷者の阿鼻叫喚。治療師たちが慌ただしく駆け込む足音。
思わず目を背けたくなるような現状を振り切って垂れ幕を捲れば──そこには秘書さんが。
「シアン様にルルア様……?……ッ! ギルド長ッ!!」
普段の冷静な表情を崩した秘書さんは、師匠を素早くベッドへ寝かし付ける。
我らがギルド長の見るも無残な姿に、治療師たちは一斉に集合。オレとルルアは蚊帳の外で、一度、天幕の外へと追い出された。
「……師匠、だいじょうぶかな……」
眉尻を下げるルルアの気持ちは、痛いほどに理解できる。
理解できるのだが──オレは一つ、コイツにどうしても聞かねばならぬことがあった。
「……お前、なんでここにいる」
と言うか、
オレが聞いた途端に、ぷくりと、真っ白な頬が膨らむ。
「それはこっちの台詞だよ!? なんで転移魔法なんて使ったの?? 死んじゃったかも知んないんだよ!?!?」
「そうだ。分かっているならなんでお前は、」
「シアンが行っちゃったからじゃん!! なんか……ライトくんにもお願いされたし……」
事態の前後が見えないとばかりに、ルルアは言葉尻を小さくする。
もしかすると聖女様は、この度の転移の魔法が奇跡的に正常作動することを分かっていたのかもしれない。
だが……。
お前にまで何かあったら、オレは、もう。
「……シアン?」
思わず、オレは両手を華奢な肩に乗せる。その腕は微かに震えていた。
気が付いたルルアが小首を傾げたその時──天幕の中から、秘書さんが手招きした。
「こちらへ」
黙ってついていく。
ベッドに寝込んだ師匠は重症のまま。秘書さんは下唇を噛み締めて、粛々とした声を振り絞る。
「ギルド長の傷は……回復魔法では癒えません。恐らくは……魔王の呪いかと」
「魔王……」
師匠を見つめたまま、相槌を打つルルア。
これ以上、隠していても仕方がない。オレは現状の説明のために──とうとう、魔王の正体を声に吐き出す。
「……シリウスだ」
「……へ?」
「魔王は……シリウスなんだ……」
「な、なんで……?」
思わずと言ったように、ルルアは天幕の中を一歩後退る。
「シリウスは言った。師匠の呪いを解きたければ……五日以内に、魔王城に来いと」
「じゃ、じゃあ早く行かないと──」
とそこに、か細くも力強い声が割り入った。
「ま……て……!」
「「……師匠ッッ!!」」
うっすらと瞼を持ち上げた師匠。オレもルルアも他の何を投げ出してまで、師匠の傍へと駆け込む。
生死を彷徨う師匠の呼気は荒い。呼吸を整えるように長い間を置いて、師匠はとうとう、ルルア本人にソレを告げる。
「ルルア、ちゃん……キミは……いずれ当代の勇者に、なる……」
「ゆ、勇者……?」
「間違い、ない……私は、四代目だからね……キミに宿る聖力を、感じる……」
「よ、よん……!?!?」
ついでとばかりに明かされる女装変質者の素性である。
いきなり自分が次の勇者だと言われたと思ったら、今度は自分の師が大好きな四代目だと告げられた。そーんな情報の大海に溺れたルルアは、うんともすんとも言えぬままに目を白黒とさせている。
「純粋、ではない……私とキミにしか分からない聖力との向き合い方も……教えたかったんだけど、ね……」
そしてその一言には、なぜだかビクッと華奢な肩を震わせて。
ルルアはオレへ横目を向けては視線を背けることを繰り返す。
コイツの言動はいつも意味わからんが……今日もこれまたわからんぞ。
「……いいかい」
すぅと、師匠は深く息を吸い込む。
そして、命の火種を燃やし尽くすように、強くハッキリとした口調でオレ達に告げる。
「魔王は、勇者の力を恐れている。だから、完全になる前に抹殺しようとしている」
師匠は赤い瞳に、オレとルルアを真っすぐ捉える。
「だから、私の命に構うな。遠くに逃げて、力をつけるんだ」
「そんなの出来るかッ!!」
言いたかったのに、
だってオレは。
その言い分が正しいことを、心のどこかで理解してしまっているから。
「……」
今のオレがどんな表情をしているのかは、知らない。
だけど、師匠はオレを慰めるように儚く笑う。
「悲しむことは、ないよ……。どうせ、聖力を完全に受け継ぐためには、死ぬ必要があった」
……やめてくれよ。オレは、アンタのことも大切なんだ。だからそんな。
「師匠冥利に尽きるというやつかな? だから二人は今すぐここから──」
「──ヤダ!!」
その時だった。
クソデカボイスが、天幕を鳴り破ったのは。
お前……この状況でうそだろ……?
バカクソ爆弾発言に凍り付く天幕。ぎこちなく、隣へ首を動かす。
けれども肝心の青い悪魔は少しもふざけた様子なく、極々真剣な表情で師匠を見つめながら、明るい声で言う。
「ボク……師匠からいっぱい教えてもらったもん! まだまだ『ありがと』って言い足りないし、もっともっと、教えて欲しいことあるもん!!」
にぱっと、無邪気に咲き誇る笑顔。
青い悪魔はハッキリと、ここに宣言した。
「だからヤダ! ボク逃げない! 師匠のこと助ける!!」
このコミュ障が……空気読めや……。
などと心の底から思うオレは──いつの間にか、口元を緩めていて。
あぁ……そうだよな。オレは何を、絶望に呑まれていたんだ。いつだって崖っぷちから這い上がって来ただろ。勝負はまだ決まったわけじゃないんだ。
今なら、声が出そうだ。
オレは親指にルルアを指差し──目を見開いた師匠を見据える。
「コイツは……ただのアホで何も考えていないだろうが、ルルアの言う通りだぞ」
「……え゛っ!? な、なんでそんなこと言うの!?!?」
ぶわりと白っぽい紫髪を揺らして向けられる驚愕の視線。
お前大概アホだろ。文句は言わせんぞ。
だがまぁ……
「ど、どういたしまして……??」
オレは一歩、ベッドへ詰め寄る。
そのまま師匠と同じ目線に立つように地面へ片膝を突き、赤い瞳を覗き込む。
オレは今にも朽ちそうなか細い手を掴み──ニヤリと、不敵に笑みを浮かべてやった。
「アンタのことは、オレが守ってみせる。救ってやる。だから、安心して待ってろ」
「……っ」
はぁ~~~~……決まっちまったな。
これで師匠は堕ちた。♂だかがもう関係ない。超絶美女なんだから実質♀だろ。オレの脳みそを散々破壊した責任は取ってもらうからな。
オレは弱っている人の心に付け込むことだけは得意な魔王候補だ。
暫し赤い瞳にオレを映していた師匠は、やがて、オレの手をぎゅっと握り締めた。
「…………うん」
思わずと言ったように零れた弱弱しい頷き。
遅れて、師匠はそっと目を逸らす。
「だが……現実問題、たった五日では──」
「──既に手は打っております」
とここで割り入るのは秘書さん。
その言葉が合図であったとばかりに、第三者の声が、天幕の外から響く。
「入るわよ」
……ん? 聞き覚えのある声だな……。
「アイシャちゃん……?」
まさかの元候補生第一位の登場である。
……ハッ! どんどんと状況も敵もヤバさを増している現状だぞ!! インフレに呑まれた初期キャラはすっこんでろ!!
と言いたいところだが、魔力量ゴミカスのオレが四苦八苦しながらもなんとか生きながらえている現状だ。そしてアイシャは才気溢れた候補生。
当然、何もできないはずがなかった。
「──『魅了』。必死に生き延びなさい。ギルド長」
きらりと、妖しく光る紫色の瞳。
……なるほど。瀕死で聖力を失いつつある今の師匠になら、『魅了』による暗示が効くのか。
アイシャはこちらへ翻って滔々と述べる。
「これで二日は猶予が伸びたってところかしら。まぁ、ギルド長がどれだけ踏ん張ってくれるか次第だけれど」
「あ、ありがと……!」
「……別に。これは罪滅ぼしみたいなものだから」
それだけ残して、アイシャは天幕から消えた。
カッケェ……。あとで絶対友達になろ。そのクールな振る舞いに心打たれたオレは、アイシャをも友として篭絡することを計画表に書き込んだ。
「と、言うわけでございます」
「オボロ……」
「ギルド長。あなた様はあなた様が思われている以上に、皆から必要とされているのです」
一同に頷く天幕の中にいる誰彼。
そうだぞ! 昨今の樹齢千年男の娘系師匠の需要は熱いんだ!! こんなところでくたばるなんて許さんからなッ!!
秘書さんはうんうんと首を縦に振るオレへと視線を寄越し、どこか得意げな顔で眼鏡をクイと動かす。
「さて、あとはギルド長のお弟子様方に、お任せしましょうか」
……おいおい。未来視の使えるこのオレに、七日も準備期間をくれるってのか? こんなんヌルゲーになっちまうぜ?
「やれやれ。師匠を救うついでに、世界も一緒に救って来てやるとするか」
片目を瞑ったオレのサムズアップを、師匠は瞬きを忘れたみたく、いつまでも赤い瞳に憧憬として揺らしていた。
♦♦♦
そういうわけでアホな幼馴染のおかげでオレは精神を完全復活し、現在。
改めて壊れた街並みに見渡していると、クソほど息を切らしたレッシュがやってきた。
「死ぬかと思った。もう二度と転移の魔法は使わん」
聞くに、レッシュの転移先は曇天の下であったらしい。もしもオレがそのクジ引いてたらどうしようもなかったぞ……。
話によれば、転移陣の魔力供給をライトに任せてカスねぇも来たと聞いているのだが、周囲に人影は見えない。
「アイツは……」
「ウィッカさんは……」
微妙な顔をする二人。
「……そうか」
オレは右胸に手を当て、曇天へ祈った。
「来世は良い猫に生まれ変わるんだぞ」
「勝手に殺さないでくれるかなぁ!? 少年!!」
ぬっと、背後から三角帽子に木の枝を突き刺した人影が伸びる。
振り返ると、これまた息をぜぇはぁと切らしたお姉さんであった。
「気付いたら森の中で、お姉さんもう汗だくだよ……」
ボロボロのローブの胸元をパタパタと引っ張って風を取り入れるカスねぇである。
その豊満な胸部が見え隠れして……クソッ! 未来視のせいでオレの心に占めるカスねぇの割合が爆増してやがる! 目が離せないじゃないか!!
「やっぱり胸……胸が……」
両手で虚乳を確かめるルルアの絶望により、オレはなんとか我を取り戻した。
安心しろ。お前は未来じゃちょっとは成長していたし、そもそもオレはお前が大好きだからそのままでもいいんだぞ……。
煩悩塗れなオレは二人への事情説明を秘書さんへ任せ、荒廃してしまった街を練り歩く。
考えることは──今後、どうするか。オレは、何ができるのか。
「……」
やはり、状況は非常に芳しくない。これまでの準備がすべて瓦解した以上、未来視を使えたところで七日程度では。
段々と足取りが重くなったところで、数少ない建物の生き残りであるオンボロ寮に辿り着く。
案外、こういう古い建物の方が長持ちしたりすることは往々にしてあることだ。
オレは歪んでしまった扉を無理やり引き開け。
「ばぁっ!!」
なんか……そんな気はしてたが。
「し、シアンが驚いてくれない!?!?」
青い悪魔は蒼穹の瞳をガン開きにして硬直した。
それから、アタフタと部屋の中を駆け巡っては物陰に隠れ直して「ばぁっ!!」を繰り返すルルアである。
そりゃあ、そういう日もあるだろ。というのがオレの所感なのだが、ルルアは何やら違う答えを見出したらしい。
こてんと、オレに向けて首を傾げた。
「……やっぱり、シリウスちゃんが魔王だったのショック?」
「……まぁな」
つい、心の底から声が零れ落ちる。
オレは……シリウスを、友達だと思っていた。でも、シリウスはオレのことを叩き潰す対象としてしか見ていなかった。
オレは愛されたがりだ。
それはたぶん、上手く愛されなかったから。
だから、愛情を裏切られることは、何よりも重く心に響くのだ。
「でも……ボクはシリウスちゃんが魔王でよかったと思うな!」
……分からん。オレはお前のことをかなーり分かっているつもりだが、笑顔でそんなこと言える精神だけは理解できんぞ。
「だって、シリウスちゃん良い子だもん! お話ししたら、絶対に仲直りできるって!!」
……なるほど。
「そしたら師匠もシリウスちゃんも救えるし……一件落着じゃん!!」
小さな拳を丸めて、ルルアはふんすと鼻息を鳴らす。
コイツの奔放な明るさは平時には少々浮きがちな部分が大きいが、こういう重苦しい時期には非常に有難いものである。
あぁ、眩しいな。好きだ。本当に好きだ。
出会った時からオレの心を照らしてくれている幼馴染には愛の言葉を尽くせない。オレはフッと口元を緩め、軽く頷く。
「……そうだな。そうするか」
「うんっ! 一緒にがんばろ!!」
なぜだかオレも魔王シリウスと相対し、汗水垂らすことが確定している現状には目を逸らす。
そして時代は流れ、晩飯へ。
街がこーんな大壊滅なので好きなもんを食えるはずもなく、オレは家にあった保存食をルルアへ渡す。
不幸中の幸いか、街が崩れたことで、夜空は良く見える。オレ達は外で隣り合わせに瓦礫へ座り込み、一緒に仲良くご飯を食べる。
夜空の星を見上げるルルアは、ふと、呟いた。
「……ねっ、シアン」
「なんだ」
別にいつでも結果は変わらないが、今の精神状態で告白されたらオレは即堕ちするぞ。
「ボクさ、前から思ってたんだけどね……」
もしやオレの片想いは既に本人にバレ。
「シアンって……
ピンク色なオレの思考は、真っ白に吹き飛んだ。
「し、シアン?」
思わず飛び退くように立ち上がる。
……なんだ。どうして察された。理由が分からない。
蒼穹の瞳を見つめたまま固まるオレの様子で、ますます確信を帯びたのだろう。ルルアは眉尻を下げて、オレを覗き込む。
「だ、だって……転移魔法使ったり、アイシャちゃんと殺し合ったり……なんか、変だなって」
これまでの積み重ねが実を結んでしまったのだろうか。
落ち着け、ルルアも師匠と同じはずだ。オレが魔王の依り代だと知ったところで、オレを嫌うことはない。
分かっている。だから伝えてやれ。好きなんだろ。幼馴染だろ。
分かっているのに──。
『君の師匠に回復魔法をかける? 僕が?? 君なんかのために???』
脳裏には、シリウスの冷たい顔つきが過って。
「……」
また、声が出なかった。
その場に流れる曖昧な沈黙。
顔を伏せたオレを見て、ルルアは少し控えめに笑う。そして慌てて両手を前に突き出す。
「あっ……言いたくなかったら良いの! そ、その……ボクも、シアンに秘密にしてることあるし……」
コイツがオレに隠し事だと? 隠し事ができる性格ではないと思うのだが。
まさか、オレを好きと言うことを隠せているつもりなのだろうか。
幼馴染の追及が止んで胸底は安堵に包まれて、オレッは再び瓦礫に座り込む。
「ねねっ……シアン」
そそっと、ルルアは隣合わせに座るオレとの距離を詰めた。
ぎゅぅと、半身に宿る人肌の温もり。やっぱり告白されるのだろうか。
ルルアはオレの手の甲へ手のひらを添え、ほんのりと赤い顔でオレを見つめる。
「お互い……秘密をなくせるようになったらさ、終年祭の答え、言い合っ子しよ?」
……そうだな。
魔王の問題も解決しちまえば、世界はすべてハッピーエンドだ。オレのことも、ちゃんと伝えられるようになるかもしれない。
「……あぁ。悪い」
視線を落として呟いた一言に、ルルアはにぱっと、夜闇にはあまりに眩しすぎる笑顔で言った。
「いいよっ! 幼馴染みじゃん!!」
圧 倒 的 光
流れ星のごとくオンボロ寮から去っていくルルア。なんかもう、オレって情けなさ過ぎる生き物だよね。
幼馴染はぐんぐん成長しているのにオレはと言えばまるで成長した気配がなくて、オレはもうオレに嫌気が差しちゃうよ。バタンと、聖域に引き籠る。
そしてオレはベッドに倒れ込もうとして。
ようやく、現実を思い知る。
「……ん?」
『ルルアが魔王城で死ぬ』
オレの机の上には──絶望未来表が、確かに開かれていた。
あけましておめでとうございます。
新年早々ですが、これにて今章は終了です()
次回の更新は1月4日の午前9時頃。
今年もいろんなお話を書いて良ければと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします!