未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない()   作:うずつるぎ

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第45話

 

 たくさん、夢を見ていた。

 

 オレは、オレの右眼が生まれ変わったその日から、夢を見る道具として実験場に飼われていた。

 

「おい、実験体が目を覚ましたぞ。昏睡薬を持って来い」

「待て。その前にどんな未来を見たのか聞き出せ」

 

 薬漬けにされて、微睡の中に未来を見る日々。

 けれど、睡眠の安息はない。寝ている間に身体を斬り刻まれた。時には溺死されそうになった。

 

 すべては──オレが、どんな条件でどんな未来を見るのか。

 

 そんな、クソどうでもいいことを調べるためだけに。

 

「サッサと喋れカスがッ!! まだ殴られ足りねぇのかッ!!」

「……や、やめ……! いだいっ!!」

 

 オレから夢のことを聞き出そうとする研究員たちは──その瞳を、狂喜に光らせる。鎖に繋がれた部屋の中に、オレの痛苦を喘ぐ声だけが響く。

 痛みに朦朧とした意識で、オレは思う。

 

 オレはもう二度と──この人の欲望を掻き立てる右眼のことを、誰にも知られてはいけないのだ。

 

 だから、オレは逃げ出した。

 

 クソみたいな原初の風景から。

 

「……そのはずなんだがなぁ」

 

 だと言うのにオレは気が付けばかつての大部屋にぽつんと佇んでいて、やれやれ、世界は本当に、オレのことが大好きらしい。

 目の前には、暗闇を裂くように渦巻く虚空。そこから妖艶な紫肌の美女が、ぬらりと這い出す。

 

「フフ……懐かしいわねぇ、愛しい愛しい私の子」

 

 瑠璃色の眼差しは、羽虫をいたぶる子猫のごとく残虐に歪む。

 こうにまで加虐的な眼差しを向けられると、さすがのオレもブルっちまうぜ。

 

 言っておくが、違うぞ。

 かつてトラウマを刻まれた部屋に戻ってきて、意識が委縮しているわけではないからな。

 

「狙いは……オレの右眼か」

「ご明察。あの子も反抗期が酷くってねぇ、せっかく先代魔王様の左眼を入れてあげたのに、家出しようとしたときに自分で抉り取っちゃったの」

 

 心底口惜しそうにため息を吐く『先生』。

 

「あの子の過去を見る左眼と、あなたの未来を見る右眼。その二つがあれば、次代の魔王様は完璧な状態で生まれられたのに」

「……なに?」

 

 シリウスの左眼はかつて過去が見れたのか……。

 というか、未来も過去も見える先代魔王をぶっ倒した師匠は凄すぎやしないだろうか。

 

 オレは眉間に力を込めて、『先生』を見据える。

 

「……そんなことのために、オレ達を利用したのか」

 

『先生』は首を横に振って、恍惚と頬を緩ませる。

 

「いいえ。違うわよ」

 

「あなた達を依り代にしたのは──魔王様が万全に出現するまでの、時間稼ぎに過ぎないわ」

 

 言っている意味が分からない。

 いつの時代も、魔王は西の最果てに出現しているだろう。

 オレの零した疑問に、『先生』はそれこそが理解不能だとばかりにオレを見つめ返す。

 

「あなたはおかしいと思わないの? 『魔王様は生まれた瞬間、勇者に襲われる』なんて」

 

……まさか。

 

「だから、じっくり、ゆっくりと魔力を食んで力を蓄える必要があったの……そう。あなた達、依り代を使ってね」

 

 オレたち依り代とは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……おいおいうそだろ? 生まれた瞬間から勇者と互角に張り合う魔王が、今や万全だって? 

 これもうすべて諦めてシリウスの足でも舐めながら軍門に下った方が良いんじゃないだろうか。

 

 なお、そうした場合はルルアの胸が貫かれることは確定しているので、絶対に選べない選択肢である。

 

「……だが、このクソな右眼のおかげさまで、オレはここまで来られた。その作戦は失敗だったな」

「いいえ。この計画は今日に完成するのよ。さぁ、その右眼を母に寄越しなさい?」

 

『先生』は慈愛に口元を緩めて、そっとオレへと右手を差し出す。

 その魅惑の微笑みはいつだってオレの心をぐるぐると吸い寄せて、オレは右手を伸ばしてしまう。

 

「そうよ。それでいいのよ──」

 

 まぁ……オレは差し出された手を払うように、魔力の弾丸を撃ち放つんだが。

 

「あらぁ……?」

 

『先生』は手のひらで弾きながら、くるりと目を丸める。

 

「いつもみたいに『先生』って呼んでくれないの?」

「……黙れよ」

 

 腹の底で煮え滾る激情が、喉を焼き焦がす。

 脳裏に過るは、氷漬けになった生首の師匠のこと。今も魔王の呪いに侵されている師匠のこと。

 

「オレの師匠を……滅茶苦茶にしやがって……!!」

 

 は~~~~、久々にキレちまったぜ。屋上行こうや……。

 

 それに、オレにはもう……父さんも母さんもいるんだ。お前なんかを母親などとは思わないんだ。

 だから。

 

「テメェを今更、『先生』などと呼んでやるか──」

 

 

 

このクソババアがッッ!!

 

 

 キッと睨み上げて叫んだ悪態が、懐かしい大部屋を残響した。

 

 カ~、ペッペっ!! よく考えたらおまえ、師匠と面識あるんだから少なくとも百年は生きてんだろ。んなら師匠と同じで老体じゃねぇか。そのくせ若作りしやがって! キツイんだよっ!!

 

 唾を飛ばしてぶつける一言。ピタリと固まった『先生』は、やがて、眉間をピクピクと震わせる。

 そして思い出したように、いつもの邪悪な笑みを浮かべる。

 

「……フフ。フフフッ……」

 

 その声は少しも笑っていない。

『先生』は笑みを引き攣りながら、瑠璃色の瞳にオレを見下す。

 

「どうやらその右眼を奪う前に、お仕置きが必要みたいねぇ?」

「やってみろよ。そう簡単にいくと思ったら大間違いだぞ」

 

 連戦に傷が絶えぬ『先生』の身体から、どす黒い闇のオーラが溢れ出して。

 

「すぐに、思い出させてあげるわ」

 

 そして『先生』は虚空に消えた。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 一方的に肉を殴り飛ばす音が、黒い結晶に覆われた大部屋を木霊している。

 

「ほぉら? どうしたの? 私の子!! さっきまでの威勢はどこへ行ったのかしら!!」

「ぐぉ……!!」

 

 視界が揺れる、腹が熱い、腕が軋んだ。

 現状、『先生』は次元の狭間をかっ開き、四方から拳なり脚なりをオレへとぶちかまし放題である。

 

 いかに三秒後の未来が見えるとは言え、オレは所詮、目玉が二つしかない生物。

 怒りのあまり啖呵を切ろうと、異次元に消える『先生』の動きを完全に捉えることはできない。

 

「さぁ! いつもみたいに情けなく震えて、母への謝罪の言葉を泣き叫びなさいッ!!」

 

 かつてオレを縛る牢獄だったここは、今や、次元を渡り歩く『先生』の独壇場。

 今すぐにでも『先生』へ倒伏したい。許しを請いたい。心が叫んでいる。

 それでも、脳裏に浮かべる師匠の惨状で恐れを握り潰し──見えた。

 

「誰が……謝るかよッ!!」

 

 左側面から肘打ちだ。全力で首を振ることでなんとか捉えた三秒後に合わせて身体を捻り、一撃を回避。

 したというのに気が付くと右半身側に闇の渦巻きが現れて、不味い! 

 

 妖艶な手が、オレの右腕を鷲掴む。

 

「捕まえたぁ♪」

「ッ──!!」

 

『先生』はオレの右腕を闇の渦巻きへと引きずり込み、閉口。

 

 ()()()()、肉の引き千切れる音と共に、オレの二の腕から先が真っ二つに抉れた。

 

「あ……がぁぁぁあ!!!!」

 

 夥しい鮮血が、切断された腕から勢いよく噴き出す。

 

 腕を抑えて床へ蹲った先に闇の渦巻きが開くことは見えているから──オレはちょうど飛び出してきた『先生』の身体を蹴飛ばし、その反動で後退する。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 懐から()()()()()()()を取り出し、右腕は復活。しかし、呼吸のリズムは酷く乱れている。

『先生』は余裕の表情でオレを嗤う。

 

「未来視の力を気に入ってくれて何よりよ。やはり、魔王様を呼び覚ます器はあなたであるべきだったわね」

「うるせぇ……オレは、魔王になんてならねぇ……! オレは、人だ……人として愛してもらえてるんだ……!!」

 

 舌を鳴らして『先生』を見返せども──心の奥底に隠したひずみを、『先生』は、ねっとりとした笑みで突く。

 

「あなたは世界にとって、生きていることそのものが罪。それこそ、この世界を支配して覆さない限りわ、」

 

 とそこに割り入る息を荒げた一言。

 

「……ンな無駄口叩いて、オレと距離を詰める準備でもしているのか?」

 

 ピクリと、『先生』の余裕の笑みが微かに強張った。

 

「やはりな……オレたち魔王サマの産物は、魔素に嫌われてんだ。アンタに遠距離攻撃は出来ない」

「そうねぇ。でも、あなたは次元を渡る母を超えることはできない」

「さて……ソイツはどうだろうな」

 

 やれやれ。本当はシリウスとの闘いで()()()()()を切りたかったのだが、ここでやるしかないな。

 ばさりと、オレは師匠とお揃いのマントを脱ぎ捨てる。

 

 そして瑠璃色の瞳には──ギルド員御用達の戦闘服が映った。

 

 ただし、通常の戦闘服と違って、関節の至るところが白く輝いているが。

 

「そんなキラキラした戦闘服を着た程度で、母に勝てると思って?」

「……」

 

『先生』は鼻で笑って、再び虚空へ姿を消す。

 

 そして次に『先生』がオレの足元から拳を振り上げた瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ♦♦♦

 

 

「ぐ、がぁ……ッッ!?!?」

 

 空気を破裂するような轟音と共に、『先生』の絶叫が響き渡る。

 

 重い一撃を喰らった『先生』は床を跳ね転がり、やがてくるりと一回転。

 紫色の血を額から鼻筋へ流しながら、目を見開いてオレを覗く。

 

「お、お前……なにを……!?!?」

 

 そして、右眼を赤く充血したオレを見て──『先生』は、その意味に気が付いたようだ。

 

「まさか……! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!」

 

 大正解だ。

 キラキラしたものが大好きなお年頃(大嘘)のリアさんに作ってもらったのは、全身に薄い鏡を張り付けた戦闘服である。

 

 もちろん、未来が見えまくるせいでオレの脳みそは絶賛火の車だ。

 ズッキンズッキンと頭痛が酷く、もはや三秒の未来視の比にならんレベルで視界が点滅している有様である。

 

 気を抜くとぶっ倒れそうだぜ。

 

「だ、だが──私の次元渡りを見破ることは!!」

 

 オレを囲むように、幾つも現れる闇の渦巻き。そこから不規則に一撃一撃が襲いくる。

 が──飛び出した腕をへし折る。膝を砕く。頬を殴り飛ばす。

 

「が……は……ッ!?!?」

 

『先生』は呆気なく床に這いつくばった。

 

 クソッ、まだKOと行かないのか。こっちももう限界だぞ。

 オレは額に手を当てながら、ニヤリと、煽りを入れる。

 

「どう、だ……! テメェの戦法なんざ、ババ臭いんだよ……!!」

「……キッ!!」

 

 これがオレの最後の手札。

 無限未来視。

 

 今のオレに、死角はない。

 唯一の不安は、『先生』が冷静な判断でここから消えることだったが──その眉間に寄った深~い皺を見る限り、大丈夫だろう。

 

「どう……した? 足腰が弱って、もう立てねぇか?? やはり所詮はアンタも、先の短い老婆、」

「き……さまぁぁぁぁぁああッッ!!!!」

 

 瑠璃色の瞳を剥いて超速に迫る『先生』。

 オレも必死の形相で疾駆し、激突する。

 応えるように開いた口から雄叫びを叫び上げる。

 

「「アァァァァあああッッ!!」」

 

 初めは互いに速さを伴って繰り出した連撃。しかし次第に速度を失い、その癖に重鈍な音を部屋の中に反響させた。

 どちらが先に倒れてもおかしくない、一進一退の殴り合いが続く。

 

 

 故にこそ勝負を分けたのは──単純に、積み重ねた傷の重さ。

 

 

 お互い回避する力など残っていない。愚直なぶつかり合いだ。

 とすると、連戦に傷ついた『先生』の動きは、必然的にオレよりも遅くなる。

 

「「……ッ!!」」

 

 お互いに真正面から交錯する視線。

 振り絞った拳。

 

 これが、最後の一撃になる。オレ達は予感する。

 

 だから──全力を込めて、空間を握り潰すように丸めた拳を互いの顔面へと振り抜く。

 

「とっととくたばれ老いぼれがァァアアッッ!!」

「ほざけ青二才がァァァァアアアッッ!!」

 

 

 ぐしゃりと──鼻頭を叩き伏せる打音が、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぐ……ぉぉ……!?!?」

 

 隕石のごとく壁面へめり込んだ『先生』。

 壁が陥没するほどの衝撃に、研究所全体が震える。

 やがて『先生』は、力なく床へと腹這いに崩れる。

 

「ま、さか……この『絶空』が、我が子……ごときに……」

「……く、そ」

 

 もう、未来視を使う力すらないらしい。

 オレはふらりふらりとふらつきながら、『先生』の前に立つ。

『先生』は朦朧とした瑠璃色の瞳にオレを見上げて、その手を伸ばす。

 

「あぁ……魔王、様……申し訳、ありません……」

 

 その瞳に、オレが映ることはない。

 

「……」

 

……分かっている。『先生』が見ているのは、あくまでも、オレの中にある右眼だけ。

『先生』は初めからオレを愛してなんていない。知っていたことだろ。

 

 それでも。

 

『愛しい愛しい私の子。さぁ、今日は絵本を読みましょうか』

『うんっ! 『先生』!!』

 

 それはまだ、オレが実験棟に連れ去られる前のこと。

 大きな大きなお屋敷で飼われていた、確かに、幸せだった頃のこと。

 本物の慈愛を向けてくれていたように思えたあの頃の『先生』は、今もまだ、オレの心にいて。

 

 だから。

 

「これで、おやすみだ……『先生』」

 

 暗い天井を見上げ、小さく息を吐き出す。

 取り戻せない思い出に蓋をする。

 オレは魔力の刃を構築し──ぐさりと、オレの物語に止めを刺した。

 

「がっ……は……!!」

 

 それは止めの一撃だ。

『先生』は黒い粒子となって、闇へと消える。

 

 徐々に暗闇と同化していく瑠璃色の瞳は、最後にねっとりと、オレを映して。

 

「あなたは……生きていることそのものが、罪……すぐに、分かるわ……ふふ。ふふふ、ふ……」

 

 その後味の悪い言葉だけが、静かな部屋の中を木霊した。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 かひゅりと、酷く乱れた呼気が部屋を響く。

 

 オレは『先生』が闇へと消滅したのを見届けて翻ったはずが、気が付くと、床へ倒れ込んでいた。

 

「……張り切り、過ぎたな」

 

 頭の芯がぐわりと揺れる。右眼が痛い。

 リアさん特製レンズ型眼鏡を嵌めたうえで、視界が酷くぼやけている。これ裸眼だともう何も見えないんじゃないだろうか。

 

「幼馴染の笑顔が見れなくなったら、オレは何を楽しみに生きれば良いというのか……」

 

 そうだ。オレはルルアを助けないと。だからこんなところでくたばるわけにはいかない。

 壁際に手を添えてなんとか立ち上がり、部屋を発つ。かつて逃げ出した時と同じように、通路に足音を鳴らす。

 

「ま……じかよ……」

 

 歩く振動でさえ脳に響く。全身は殴打の痕だらけで、感覚が覚束ない。

 だが、ここを曲がりさえすれば。

 オレは壁沿いにふらつきながらも、大広間へと足を引き摺り。

 

「縺阪縺溘?」

 

 眼窩に深淵だけを映したキメラと、相対した。

 

 そしてそれは──一体だけではない。

 

「繧繝ト縺」縺ィ!」

「縺翫繧上繧後!!」

「繧九繧薙縺繝ト!」

 

 無数のキメラが、あの日のオレと同じように鎖に繋がれて、そこを埋め尽くしていた。

 

「……倒して、おくか」

 

 魔王シリウスと闘っている最中に、コイツらを送り込まれては厄介極まりない。鎖に繋がれて身動きの取れない今のうちに、仕留めておこう。

 

 オレは魔力の刃を右腕に作り、キメラの心臓を順番に一突きずつしていく。これが放し飼いだったらオレはここでくたばっていた。運が良かったぜ。

 

 なーんて思いながら、オレは支柱に隠れた最後のキメラを倒すために影へ回り込んで。

 

 

 

 

 そして、オレは思い知った。

 

 

 

 

 

 キメラの正体を。

 

 

「…………その、右眼」

 

 気色悪い呻きではない。それは、人間の声だ。

 

 支柱に縛り付けられていたのは、男。

 人間の男。

 

 ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 立ち尽くすオレを見て、男は、その瞳を烈火の炎に燃やす。

  

「て、テメェ……! テメェのせいでこうなったんだ! 俺が! コイツらがッ!!」

 

 上体は人間、下半身はキメラ。ジタバタと藻掻く姿は、人であった名残を感じさせて酷く冒涜的だ。

 男はオレが殺した小さなキメラの姿を見て、その両目に涙を貯めた。

 

「テメェがここから逃げ出しさえしなけりゃ、オレも、オレのガキも……!!」

 

……そうか。キメラの材料とは。

 

「悪魔が……悪魔の子が!! 全部テメェらのせいだッ!! オレ達がこんな目に遭ったのはッッ!!!!」

「……」

 

 心底、思う。

 ここに来たのが、オレだけで良かったと。

 

「なんでこんなことにならなきゃならなかった! 俺たちはただ!! あぁ、死ねよ! 死ね!」

 

 呪詛の言葉が大広間を重く響く。

 それは、理不尽なる現実へ反逆を叫ぶように、絶望をもたらした悪魔へ怨嗟を残すように。

 

 或いは──どん詰まりの今を終わらせて欲しいと、昏い希望へ縋るように。

 

「悪かったと泣き叫べよ!! 俺達に謝れよッッ!!!!」

 

『先生』が死に際に遺したその言葉の意味が、今なら分かる。

 

 確かに、オレは生きていることが罪だ。

 あの時──我が身可愛さから実験棟を逃げ出した時点で、オレは大勢を、不幸のどん底へ叩き落したのだ。

 

 オレが魔王になりさえすれば、彼らは幸せに生きられたのに。

 

「……」

 

 だから、祈ろう。

 

 せめてこの男にだけは、安息があることを。

 

「俺はあの村で生きてるだけで満足だったんだ! テメェが全部それを壊したんだ!!」

「……あぁ」

 

 オレは右腕に、魔力の刃を再構築する。

 とすりと、男の胸に一撃を突き刺す。

 

 そしてニヤリと、男へ向けて嗤うのだ。

 

「そうだ。オレは……悪魔だ。テメェらを食い物にした、大魔王さ」

 

 その笑みは、かつて見た魔王となった未来のオレのように、残酷に、悪辣に。

 狼狽えてはいけない。震えてはいけない。男は、オレという悪を恨んで死ななければ死んでも死にきれない。

 

 男は怨嗟に満ちた眼差しでオレを見上げ、口の端から血を流す。

 

「……ぁあ……死ね、よ……」

 

 けれど、男から溢れるその声は、憎悪の中に、どこか安堵の混じっている気がして。

 

「あく、ま……が……」

 

 それで終わり。

 もう、不幸なる生き残りはいない。

 

「…………疲れた、な」

 

 思わず零れ落ちた一言に息を吐き、魔力の刃を消失する。

 そしてオレは、笑みを引き攣った口元を手で覆って。

 

「…………し、あん…………?」

 

 幼馴染の震えた声を、背後から聞いた。

 

 

 




 これにて今章は終わりです。こーんな絶望まっしぐらですが、次回からは最終章に入っていきます()

 次の更新は1月12日(月)の9時頃です。
 よろしくお願いします。
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