未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない()   作:うずつるぎ

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五代目英雄譚 終章 『現在(いま)()(まなこ)(くう)なる少女』
第46話


 

 白と黒の闘気が、魔王城で激しく激突している。

 

 剣戟と血飛沫で彩られた大広間に相対するは、蒼穹の瞳と、()()()()()()()()

 魔王はドス黒い魔剣を大きく振り上げ──()()()()()()()()()()()()()

 

「好きだ……好きだ好きだ好きだルルアッ!! ずっと好きだったッ!! 早く会いに来てほしかったッ!!!!」

 

 それは狂喜だ。酷く狂った熱に呑まれた、魔王の愛情だ。

 そのおぞましい一撃一撃を、蒼穹の勇者は聖剣で受け流す。

 

 特に苦労した様子もなく、冷静に、静かに。

 そして──酷く冷ややかな目線で、魔王を睨み上げる。

 

「なんで……ボクの名前を知ってるの」

 

 この右眼のおかげで、たくさん見たからだ。

 オレが、魔王にならないで生きた世界を。そこでたくさんの愛情を注いでくれた人たちを。

 

「だから好きだッ! お前以外には考えられない!! オレのモノになってくれッ!!」

 

 魔王は叫ぶ。数多の未来の可能性に朦朧としたまま。

 魔剣を両手に構え、海を分かつように振り下ろす。

 

「お前もオレのことが好きだったろ!! なぁッ!!」

 

 その空間を断ち切る一撃を──勇者はふわりと、僅かに身を捩るだけで躱した。

 

「……言ってる意味が、わかんない」

 

 その揺れる白っぽい紫髪が愛おしい。香るしゃぼん玉のような匂いが狂おしい。

 オレは宙に舞う髪先へ手を伸ばし──とそこに、風魔法が腹部を貫く。

 

「触らないで」

「ぐ……ぉ……!!」

 

 オレは重い一撃に吹き飛ばされ、何度目か頭から壁面に叩きつけられた。

 とうとう立ち上がることすらままならず、仰向けにその場へ倒れ込む。

 

「く……ははっ。相変わらず強いなぁ、お前は!! 未来を見てるってのにまるで勝てる気がしねぇ……!!」

 

 魔王の目玉は、盲している。

 

 見えていないのだ。現在(いま)が、この世界が。

 

 だから、勇者は淡々と聖剣を振るって魔瘴のバリアを砕く。

 もう動けないオレへと確実なる止めの聖剣を振り上げ、しかしピタリと、その動きを止めた。

 

 最後に一つだけ、勇者は魔王へ疑問を投げかける。

 

「だから……師匠も、ウィッカさんも……そんな風にしたの……?」

 

 ここは魔王城。魔王の住処、その大広間。

 

 部屋の中央に置かれた玉座には──()()()()()()()()()()()()()()、ひじ掛けに突き刺さっていた。

 

 それが、『先生』の愛情から逃れられなかったオレの末路。

 所有物としてしかモノを愛せない、()()()()()()姿()

 

「……? 好きなモノは壊して当然だろ?? それが愛情だろう???」

 

 邪悪でも狂気でもなんでもない。魔王はただ、心底思うことを真顔で答える。

 歪んだオレを目の当たりにした勇者は、そっと、蒼穹の瞳を伏せた。

 

「……そう」

 

 ただ、その小さな嘆息に、ほんの少しの憐れみを残して。

 

 音もなくオレの心臓を貫く聖剣。

 遅れて致命的な感触が胸を響いて、力が、身体から抜け落ちていく。

 

 どうやらオレは勇者に殺されてしまうらしい。

 でも、構わない。ルルアに壊してもらえるなら、それが一番良い。

 

 だってそれは──この世界でもお前に愛してもらえた、なによりの証なのだから。

 

「ル、ルア……愛して、いる……!」

「うるさい」

 

 その呪詛を振り払うように掻っ切られる喉元。

 目が霞む。景色が遠のいていく。伸ばしたオレの手を、勇者は触れることすら虫唾が走るとばかりに、風魔法で振り払う。

 

 そして。

 

「ボクは……おまえが、大嫌いだ」

 

 暗色に呑まれる中で最後に見たのは──限りなく憎悪に満ちた、蒼穹の瞳だった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

『その未来に辿り着くのだけは、ぜぇぇっっったいに嫌だったというのに』

 

 確かにオレは、あの未来のせいで他人から雑に扱われることに快感を覚えてしまう性癖異常者になってしまったわけだが、それはそれとして、今のオレは健全な愛情観念の持ち主なんだぞ。

 

 心の声が漏れそうだ。

 好きな人に嫌われる結末とか、本当に嫌なんだが。

 

「……」

 

 なのに、見られてしまった。ニヤリと口元を歪めながら、男を殺したオレの姿を。

 

 幼馴染の声に振り返れば、そこには蒼穹の瞳を大きく見開いたルルアが。

 

 支柱の陰りからして、ルルアの目にキメラと化した男の下半身は見えていないはずだ。

 つまりはルルアから見れば、オレはただの愉悦殺人犯であり、人間が人間を嫌いになるには充分すぎる光景を見せつけてしまったのだった。

 

「……ルルア」

 

 これ、なんて声掛けたらいいんだろうか。

 考えが纏まらぬうちに焦って名前を呼ぶも、当然無視。ルルアは茫然と、胸を貫かれた男だけを見つめている。

 

 とそこに、遠くから木霊するカスねぇの声がある。

 

「おーい! ルルアくーん!! どっちに行ったのかなぁ!!」

 

 その声に反応して、ビクッと背筋を伸ばす幼馴染。今なら、オレの声も届くだろうか。

 

「……とにかく、ここを出るぞ」

 

 この場の惨状をカスねぇやレッシュに見られても厄介だ。ただでさえ複雑な問題が更にミルフィーユとなって、オレは毛玉を解けないままむしろ毛玉に呑まれてしまうことになる。

 

 その一点に置いて、オレとルルアの意見は合致したようだ。

 

「…………うん」

 

 こくりと、ルルアは頷く。そして早足に通路の方へと駆け出す。

 きっと、いつもなら全身血だらけなオレの肩を担いでくれるだろうルルアはオレに近寄る気配がまるでなくて、既にルルアに嫌われてしまったことは大確定である。

 

 心も身体も痛くて泣きそうなんだが。

 

「ルルアくん!」

「……か、カスねぇ。オレも……ここにいます……」

 

 三角帽子のトレードマークは、村の中へ繋がる階段前に浮かんでいた。

 満身創痍なオレは、ルルアに遅れて通路の壁へ手を添えながら、声を伸ばす。

 

 重い瞼がぐわりと見開いて、琥珀色の瞳にオレを映す。

 

「……少年!!」

 

 バッと、ライトグリーンの長い髪を揺らして駆け寄ってくれるカスねぇ。もしかしてカスねぇがオレの正ヒロインなのだろうか。

 

 階段上から淡く差す月光に照らされて、青く腫れまくった返り血だらけのオレが露わとなる。

 カスねぇはオレから目を逸らしたルルアと満身創痍のオレを、アタフタと交互に見やった。

 

「そ、その怪我……ルルアくんの魔力切れ? あぁもう……お姉さん焦っちゃうじゃないか!!」

 

 ぺかーっと山吹色の光に包まれ、オレ復活。流れた血は戻らないし頭は痛いし心は折れそうで気分は最悪なのだが、とにかく、状況報告だ。

 

「『絶空』は、オレがぶっ飛ばしておいた。もう、ここに脅威はない」

「……! 大金星だよ!! よし、レッシュと合流しよう!!」

 

 そういうわけで、地上を見張っていたレッシュと合流。

 オレ達は廃村で一晩を明かし、西の最果てを目指して荒野を歩き続ける日々に逆戻り。

 

 魔王様の側近もぶちのめしたことだし、状況的には素晴らしいはずなのだが。

 

「なぁ、ルルア」

「……な、なにかな」

 

 道中、オレが何気なく声を掛けると、ルルアはオレから一歩離れてぎこちなく相槌を打った。

 

「あっ、肩に埃が付いてるぞ」

「……」ビクッ

 

 オレが良かれと思って肩に付いている埃を払ってやると、いつもなら「ありがと!」だなんて健気な笑顔を見せてくれるはずの幼馴染は、大きく肩を震わせてカスねぇの背後に隠れる小動物となってしまった。

 

 駄目だ。

 

「ぜぇぇぇっっったいに嫌われた。もう生きていく理由が見当たらない」

 

 オレは夜番として焚火の炎を見つめながら、ぐすんと、独り鼻を啜った。

 

 もう関係性終わったじゃん。つい最近までは仲睦まじい幼馴染同士だったと言うのに、近頃は嫌な虫でも見るかのような避けられ方をしている有様である。

 まぁ、アイツがオレのことを嫌いになろうと、オレは勝手にアイツが生きられる未来を掴み取るためにコソコソと動き回るだけの変質ストーカーであることに変わりはないんだが……。

 

「……まぁ」

 

 オレはそもそも、幸せに生きることが許されない人間だ。あの地下で理解した。

 

 それに、よく考えれば、アイツはこの旅が終われば世界の勇者様となるのだ。そーんな正義の光に満ちた人間の傍に、オレみたいな穢れた依り代なんて存在が居ていいはずもないだろう。

 

「だから……これでよかった……よかったんだ……!」

 

 言い聞かせるようにさめざめと涙を流しながら頷く。でもヤだよ~! 「シアンなんて嫌い」だなんて言われれたくないよ~~~~!!!!!

 焚火の前で保存食をもぞもぞ齧りながら涙するオレの情けなさと言ったら、初恋の乙女もドン引きするレベルである。

 

 そうしてオレは、うーうー泣きながらドライフルーツを噛み締め……噛み締め……。

 

「……ん?」

 

 なんか……齧っているのが木の枝に代わっているんだが……。

 

「少年。近頃はどうしたのかな?」

 

 見上げると、携帯食における貴重な甘味を咥えたカスねぇがそこにいた。

 

「返して欲しいんだが」

 

 言葉と視線で訴えると、カスねぇはドライフルーツを折り曲げ、オレに半分返してくれた。

 

「全部じゃないのか……」

「少年とお姉さんの仲じゃないか」

 

 寮の冷蔵庫を無断で漁られる関係のことを言っているのだろうか。

 もちろん、カスねぇには色々と感謝しているし、ドラ猫を飼うことは楽しいので良しとするが。

 

『悪魔が……悪魔の子が!! 全部テメェらのせいだッ!!』

 

 こういう幸せを感じることすら、オレは許されないんじゃないだろうか。

 脳裏に過る実験棟の男の怨嗟である。

 

「なんだか、ルルアくんとギクシャクしているね」

「……」

 

 オレとルルアの信頼関係が破綻したのは、誰の目から見ても明らかなようだ。

 

 もうやんなっちゃうね。

 

 オレは焚火の傍を立ち上がって寝袋に逃げ込もうとしたのだが、くいと、細い指先にローブの裾を掴まれる。

 焚火の傍らに座り込んで、ととんと、隣を叩くカスねぇ。

 オレは大人しく三角座りして、こくんと、頷く。

 

「……嫌われた」

 

 クソッ、言葉にするとなおも死にたくなるな。

 鼻を啜って顔を伏せたオレを見て、カスねぇはニヤニヤと、隈の深い目を細めた。

 

「もしかして……暗闇に乗じて、エッチなことでもしようとしちゃったのかな?」

 

 それならどれだけ良かったことか。たぶん、風魔法ではっ倒されるぐらいで済んだのに。

 

 オレのガチ無言モードを前にして、カスねぇも事の重さを知ったのだろう。

 途端に脂汗を流して、おろおろと琥珀色の瞳を泳がせる。

 

「しょ、少年?」

 

 済まない。返事もできない。

 暫し何かの踊りみたいにあちこちを右往左往していたカスねぇは、やがてバシバシとオレの背中を叩いた。

 

「ほ、本当にどうしたのさ、ほら、お姉さんがお話聞いてあげるよ?」

 

 パキリと、焚火の弾ける音が、夜の荒野を響いた。

 

「…………ショッキングな場面を、見せてしまった」

 

 オレは──キメラを殺しただけなんだ。あの男は人間なんかじゃなかったんだろ! だから、オレは何も悪いことをッ!!

 なーんて、言い訳をするつもりはない。

 男は人間だったし、彼の人生を絶望に落とし込んだのは、間違いなくオレだ。

 

 だから、ルルアに忌避される結末は、オレが引き受けるべき原罪なのだ。

 

「……あんなにボロボロになってでも一人で『絶空』を倒したのは、ルルアくんに人殺しをさせないためだったのかな?」

「……そういう意味もあるし、そうじゃなかったのかもしれない」

 

 どうやらカスねぇは、オレが『先生』に止めを刺した瞬間をルルアが目撃したものだと思っているようだ。

 頷くことすらできないまま、乾いた大地を見つめる。

 

 むにゅりと、ここぞとばかりに背後から押し寄せるものがある。

 

 カスねぇはオレの胸板へ手を伸ばし、優しく、心臓を摩ってくれた。

 

「少年はほんと、頑張り屋さんだなぁ。ほら、今日のところはお姉さんがよしよしあげるよ」

 

 耳元に吐息を囁く、落ち着いた声。

 オレの大好きな形。

 オレは思わずカスねぇの手首をぎゅっと掴んで、声を弱気に震わせる。

 

「……ウィッカさん」

「…………へ?」

 

……し、しまった。カスねぇに脳みそを破壊された未来の影響で、身体が勝手に甘えてしまった。

 こーんな場面をもし今のルルアにでも見られたなら、嫌悪から大嫌悪への昇格待ったなしの絶望不可避である。

 

「しょ、少年って……そんなに甘えんぼだったかな……?」

「……うるさいです」

 

 ルルアのいない隙を付いて、未来でオレを散々甘やかして骨抜きにしてきたのはドラ猫の方だろ!!

 と言っても、今のカスねぇにはなんのことやら。なので、オレは不満を乗せた目線を向けるだけである。

 

「仕方ないなぁ……今晩だけだよ」

 

 それを何と勘違いしたのか、オレの正面へと回り込むカスねぇ。

 両腕が大きく広がって、視界が、徐々にカスねぇだけに埋め尽くされていく。

 

 そしてぎゅぅと、カスねぇはオレを胸に強く抱き寄せてくれた。

 

……あっ、それ駄目になっちゃう。おっきぃの押し付けないで。カスねぇにしかないもの……。

 

「ルルアくんもそのうち、心の整理は付くさ。だからその時はちゃんと仲直りするんだよ?」

 

 ぽんぽんと、背中を優しく叩く抱擁のリズム。

 カスねぇはカスの癖に、ここぞという場面での点数稼ぎが異様に上手いのだから性質が悪い。この人は存在そのものがギャンブル過ぎるのだ。

 

 なお、大当たりが出なければ基本はカス行為を働かれるものとする。

 

「お姉さん、少年が不幸なのはヤだからね」

「……うん。ありがとう、カスねぇ」

 

 もう我慢できん。オレを駄目にしてくれる悪ねぇには抗えない。

 応えるように背中へ腕を回すと……。

 

「……ん?」

 

 いつの間にか……両足でガチッと背中を固められてるんだが……。

 

「……ウィッカさん?」

 

 谷間から見上げると、涎でも垂らしそうな勢いで息をはぁはぁと切らした、終わっているお姉さんがそこに居た。

 

「……お、お姉さん。この勢いで少年を食べちゃっていいかな?」

「ダメです。オレの初めてはオレの幼馴染以外には捧げません」

 

 このドラ猫が……。

 ずいと、身体を押し退けて離れる。

 

「あぅぅ……!」

 

 カスねぇは涙目で地面に拳を打ち付けた。

 

「少年にとって都合の良い女になってあげてるのに~!」

「なんて情けないんだ……」

 

 荒野に両手両足を投げ出してジタバタしながら叫び散らかす存在にはドン引きを禁じ得ない。

 と言うか、どちらかと言うとカスねぇをヒモにしてあげてるオレの方が都合の良い男と化してると思うのだが。

 

「……まぁ」

 

 カスねぇは、特定外来カス生物だからな。一度捕まえたら最後、決して野生に放流してはいけない。

 それに、ここまでカスねぇをドツボにはめ込んでおいてポイ捨てするのは、流石に心に来るものがある。

 

 だから。

 

「二番目か三番目なら、いいですよ」

 

 ポツリと、呟く。

 尤も、青い悪魔は正常なる判断の下オレのヒロインレースから逃げ出したので、一番になれるかもしれないが。

 

 希望を見たようにガバッと起き上がるカスねぇ。それも束の間、どこか複雑そうに重い瞼をジトっと細めた。

 

「……少年、よくクズ男って言われるでしょ」

「カスねぇにだけは言われたくないが」

 

 借りパク。不法侵入。一等無しのくじ引き屋さん開催。

 他にも諸々、アンタの積み重ねたカス行為と比べたらむしろお釣りが来るレベルだろ。

 

 言ってやると、カスねぇはゆるりと頬を緩めた。

 

「うん。調子が戻ってきたね、少年」

 

……おいおい、冗談だったのかよ。本気で言っていたオレが馬鹿みたいじゃないか。

 恥ずかしいのでがばりと寝袋に潜り込み、就寝。くすくすとカスねぇの楽しげな声が聞こえるし顔も熱いのだが、気にしない気にしない……クソッ!

 

「少年はまだまだ初心で可愛いねぇ」

 

 やはりカスねぇはカスだが、お姉さんで偉大なのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 そして翌日、オレ達は歩く。

 

 西の最果てを目指して、ひたすらに歩き続ける。

 そして、薄気味悪い曇天の下に人影を落としたその果てに──『ソレ』は、確かに存在した。

 

「これが……」

 

 そこは、世界を断つように抉れた荒野の終着点。大陸の終わりを示す断崖の先には、魔海が荒れ狂い、暗雲より降り落ちる稲妻を孕んでいる。

 その荒れ狂う海峡の先には──絶海の孤島。

 

 雄大に聳え立つ、黒い結晶の王城が浮かんで。

 

「魔王城、か……」

 

 ネオ・フロンティアを発ち、6日目。

 

 魔王シリウスの待ち望む根城が、彼岸からオレ達を無言に威圧していた。

 

 

 




 次回の更新は1月14日(水)となります。
 よろしくお願いします。
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