未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない() 作:うずつるぎ
魔海に荒れ狂う海音が、王の間を響く。
天より降り注ぐ白光に青い肉体を呑まれて、塵も残さず消滅した魔王。
世界から脅威が失われると、そこに残ったのは、静寂だった。
「勝てた……んだよね?」
ポツリと呟いたのは、師匠の直剣を振り切った姿勢に固まるルルアだ。
同じく残心に硬直したオレは──おっ、なんか左眼が見えるようになったぞ。魔王の呪いが解けたのか。
つまりは。
「あぁ……オレ達の、勝ちだ!」
オレは眼帯を破り捨てて、ニヤリと、幼馴染へ笑いかけた。
「……っ!!」
元通りになったオレの左眼を見て、ルルアは、蒼穹の瞳を大きく見開いた。
程あって、ぱぁっと太陽のように輝く笑顔。
ルルアはオレへと抱き着かんばかりに、その華奢な両手を大きく広げて──。
「シアンっ!!」
──大地震。
「うぇっ!?!?」
まったく、相変わらず間の悪い奴だぜ。
乙女らしかぬ奇声を発し、たたらを踏んだ幼馴染の両肩をポンと掴んで支えてやる。
「全力を出したのは不味かったらしいな」
正面を見れば、オレとルルアの一撃によって大穴を開いた壁面。魔王城は水晶が砕け散るようにひび割れて、絶賛、天上から古い埃を降り落としつつある。
遂には小さな結晶片が床を叩き始めた頃──レッシュが声を叫んだ。
「崩れるぞ! 脱出だ!!」
「せっかく魔王を倒したのに生き埋めなんて最悪だからね」
いつの間にかこちらサイドへ戻った我が友シリウスの相槌である。
既に王の間は大小様々な瓦礫だらけ。出入口へと向かっている時間はない。
なのでオレ達は穴の開いた壁面へと駆け──突風を浴びながら風魔法に浮遊する。
カッと、眩しい白光が視界を焼き尽くした。
オレは思わず腕を掲げて瞼を閉ざし、そしてゆっくりと瞼を開き。
「わぁっ!!」
全面、青の晴れ空が、オレ達を抱擁していた。
どこを見ても──青、青、青。頭上にはどこまでも、蒼碧の空が広がっている。その美しさには図らずも感嘆の声が漏れる。
「おぉ……」
そんな素晴らしき絶景を見れば、なんだか、これまでの苦労も綺麗に洗い流されていくような。
「気がすると思うか?」
得てして思い出は美化されがちだと聞き及んでいるが、オレはそんなのぜぇぇぇっっったいに許さないぞ。こんな汗水垂らしまくり絶望しまくりの人生が美談で終わるとか、それだけはあり得ないのだから。
だってよく考えてみろ。オレは今でこそ魔法が使えて風魔法に宙を浮いているが、魔力量ゴミカスのままだったら魔王討伐後に奈落へ急降下。五代目英雄譚も悲劇に終わるところだったんだぞ。
やはり世界は理不尽だ。
「こんなことが平然とまかり通る世界はおかしい。オレが今から魔王にでもなって、」
「あっ……変なこと考えてる時のシアンの顔……」
隣でふわふわと浮きながら、ビミョーな顔する幼馴染である。
けれどそのうち、オレを見てにへらと頬を緩め始める。なんだか妙に嬉しそうというかなんというか……一体、なんだと言うのだ。
「シアン……ボクが死んだと思った時、すっごくぐちゃぐちゃになってたよね」
クソッ、あの醜態を見られていたというのか。もうお前以外のお婿さんになれないじゃないか。
ルルアは今にも蕩けそうな頬を、両手に支えながら言う。
「ボクのためにあんな……んへへ、癖になっちゃいそう」
「それだけはやめてくれ」
幼馴染を曇らせることに快感を覚えるんじゃない。
あんなに純情だったルルアがぶっ壊れ性癖を獲得しそうな予感には涙を禁じ得ず……というか。
コイツはなんで、混ざり血だってことを黙っていたのか。
「そういう特殊な切り札があるなら、事前に共有しておいてほしかったんだが」
何気なく言うと──しゅんと、ルルアは俯いてしまった。
宙に浮いて風を切る音の間。
やがて、小さな小さな声が聞こえる。
「その……ごめん……ボク……怖かったの」
完全体であれば魔王すら手玉に取ってしまえたお前に恐れるものなどあるのか。
オレが相槌を打つと、ルルアは今にも消え入りそうな声を紡ぐ。
「シアンはさ……ずっと、右眼のこと気にしてたじゃん」
「……まぁ」
「だから、自分の右眼も気にせずに、人間として愛して欲しいんだって思ってることも、分かってて……」
おい、オレが愛されたがりな性質であることすらも幼馴染にはバレていたのか。これ無茶苦茶恥ずかしいな。
伏せていた蒼穹の瞳は、恐る恐るオレを覗き上げる。
「ボク……初めてシアンと会った時、白い髪だから、ボクと同じ幽霊族なのかなって」
「ふむ」
「……でも、それはシアンを人間じゃなくて、幽霊族として受け入れてたってことだから……」
「正体をバラしたらそこまでオレに読まれて、オレがお前を嫌いになると?」
「……うん」
アホか。「うん」じゃねーだろ。
クソデカため息を吐きながら言ってやる。
「そういう理由があろうとなかろうと、お前は初めて、オレの右眼を受け入れてくれたんだ。嬉しかった。救われたんだ」
そういうことである。
オレはお前に出会ったことで救われたんだ。お前がいたから、今があるんだ。
そうして幼馴染の手を握ってやるも、ルルアは怯えたように頷くばかりだ。せっかく魔王も倒したのにコイツは何を曇っているのか。
「お前はごちゃごちゃ考え過ぎだ。このコミュ障が」
ルルアはジト目でオレを覗き上げ、桜色の唇を尖らせた。
「……シアンだって、依り代のことも未来見えることも黙ってた癖に」
「うっ」
これまでのオレの説教臭い言葉のすべてはその重みを失った。今やその辺の木の葉みたいに宙を舞って、ドラ猫専用の通貨(枯れ葉)にされそうな始末である。
そうだった。とうとうルルアにも諸々がバレてしまっていたのだ。不満げな意思を乗せた幼馴染の視線には今更どうこう言い訳できる余地があるはずもなく、オレは仄かに視線を逸らす。
「……悪かった。お前と同じだ。オレも、嫌われるのが怖かった」
「……ううん。ボクの方こそ、ごめん。シアンのこと信じられなくなっちゃって」
よし、これでお互い謝るべきことは謝れた。秘密にしていたことも曝け出せた。
それじゃあ残ったのは、魔王を倒したお祝いだな。
オレは拳を作って、スッと、隣のルルアに突き出す。
「ルルア。お疲れさまだ」
「……うんっ。シアンもお疲れさま!」
こつんと、小さな拳とオレの拳が、軽く音を鳴らし合った。
♦♦♦
幼馴染とのイチャイチャコミュニケーションを繰り広げているうちに、風魔法に乗せられた空の旅は終わりを迎えていた。
ふわりと足先が大地へ不時着し、魔王城から脱出完了。
振り返れば、瓦解した魔王城の残骸が、魔海を挟んだ彼岸に霞んでいる。
西の果てには五人欠けることなく皆そこに居て、もうこれ以上にないほどに素晴らしい結末である。
「さて」
魔王は倒した。世界は平和になった。幼馴染とも仲直りした。
「あとは帰るだけだな」
無限の荒野が、永遠と広がっていた。
「……」
帰りはワープとか、そういう都合の良い展開はないのだろうか()
「え~……お姉さんまた歩かなきゃいけないの?……ヤだよ~。少年~、お姉さんのこと負ぶってよ~」
今にも溶け出しそうな有様で、だらしなくオレへと縋り付くカスねぇである。
決戦も終わってすっかり気が抜けてしまったらしい。仕方がないので負ぶってあげようとすると、なぜだか周りが憐憫の視線を向けてくる理由だけは理解できない。ドラ猫に優しくしてなにがおかしいと言うのか。
「完全に洗脳されているな」
「ルルア嬢、彼は変な人に引っかかりやすいから、これからはちゃんと目を光らせておくんだよ」
「う、うん……っ」
そういうわけで、オレ達はまた数日掛けて荒野をお散歩することに。
その時だった。
「な、なんか来るよ!?!?」
ルルアが晴天を見上げて、華奢な指先をビッと差したのは。
「なんだ?」
オレ達一同はその声に合わせて上空を見上げ──。
ばさり、ばさりと、雄大な翼音が大空を重なる。
オレ達の見つめる遥か青空には──
「……き、気を付けろ! こちらに来るぞ!!」
おいおい。魔王を倒したってのに、まさかオレ達は竜の玩具にされてしまうエンドなのか?
一同は余力がなくとも、飛竜の襲撃に備えて身構える。
が──その必要はない。
「よく見ろよ。みんな」
オレは余裕の自然体のまま、飛竜の群れへ目を凝らす。
その鱗で覆われたゴツゴツとした肉体には──鎧が、身に着けられていた。
「も、もしかしてあれって……」
先頭を飛行する竜が、首を挙げて大きな嘶きを響かせる。
そして地上へ急降下する親玉の飛竜。残りの飛竜たちも追従するように地上へ低く滑空し──ザッと、鉤爪が乾いた荒野を噛み締める音。
舞い上がった砂煙の向こうから、爽やかな笑顔が、オレ達を出迎えた。
「お迎えに上がったよ、勇者御一行様」
「ライトくん!」
やれやれ。勇者は遅れてやってくるとはよく言うが、もう決戦は終わってしまっているぞ。
ルルアの握手でぶんぶんと手を振られているライトは、いつもの美麗な笑顔で片目を瞑る。
「聖女様からお告げがあったんだ。君たちを迎えに行って欲しいってね」
さすがは聖女様だぜ……。
有難すぎる支援にオレは両手両膝を投げ出して晴れ空に祈りを捧げた。その姿を生贄か何かと勘違いされたのか、飛竜に首根っこを咥えられてしまった。
食われるかと思ったが固い背中の鞍へ放り出され、飛竜は空へと急上昇。あれよあれよと言う間に荒野を抜けて魔山を越えていく。
ぐんぐんと白雲を切り裂いていけば、半壊したネオ・フロンティアの街並みが、目下に小さく映った。
「寄っていくかい?」
「あぁ、頼む」
ゆっくりと、瓦礫の更地へ降下する飛竜。
鞍から跳び下りて、両足に大地の感触を固く踏み締める。
それとほとんど同時に──オレとルルアは、お互いに目配せをしていた。
「……ルルア」
「……うん」
それ以上の言葉はない。阿吽の呼吸で頷き合い、駆ける。風よりも早く瓦礫の街を駆ける。
目指すは、壊れた街の避難所。
その最奥に待つ、一際大きな天幕。
オレとルルアはほとんど呼吸も挟まずにそこまで走り込んで。
ぺらりと、天幕の中から現れる、細長い人影があった。
少し……瘦せてしまっただろうか。
その細い手先は骨張り、白い頬は僅かにこけている。
けれど──金糸の長髪を結ぶことなく無造作に揺らした師匠は、確かに、五体満足で天幕の前を立っていて。
「無事に……戻って来てくれたか」
なぜだかオレ達以上に、師匠はほぅと、赤い瞳を伏せながら安堵の嘆息を吐き出す。
まだ、本調子ではないのだろう。
一歩ずつ確かめるように、師匠はゆっくりとオレ達へと近づく。
オレとルルアは、ただ、その場に立ち尽くしている。
そして。
ポンと、オレとルルアの頭に、手のひらを乗せられる感触があった。
「よく、頑張ったね、二人とも」
わしゃわしゃと頭を撫でられる、安堵の形。
向けられる穏やかな微笑み。
「流石は私の、愛弟子たちだ」
オレとルルアは──我慢ならず、師匠のほっそい身体に抱き着いた。
微かに仰け反った師匠は、それぞれ顔を埋めるオレ達を見て、少し困ったように笑声を洩らした。
「おいおい、勇者様が泣いていたら恰好が付かないよ? キミもだぞ、シアンくん」
うるさい。オレもルルアも、師匠が生きてくれて嬉しいんだ。
だからギャン泣きぐらいさせろ。抱き着く力は強くなる一方のオレ達を前に、師匠は仕方がなさそうに、けれど喜色の混じったため息を吐く。
「……まったく、可愛い弟子たちだな」
ぎゅうと、応えるように抱き寄せられる温もり。一層、周囲にはやかましい泣き声が二つ響く。
オレもルルアも世界を救ったところで、やっぱり、まだまだガキなのだった。
これにて最終章は完結。
次回エピローグで〆ます。
ということで、次の更新は1月24日(土)の午前9時台です。
最後もよろしくお願いします。