いきてきたるものがたり   作:かに3

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喝采を。今この時、冠は我が王に。

 

 街の向こう側に、山が生えた。

 

 ギガマキくんって長生きしてるみたいだから、ダイダラボッチとかいう妖怪って昔の人が見たギガントマキアだったのかもしれないなあ……。

 

 

 ビルと家屋の向こう、屋根の連なりのさらに奥から、ぬ、と肌色と影の塊が持ち上がる。遠い。距離はまだある。普通なら見えるはずがないほど離れている。なのに見えた。

 富士山とかも、県をまたいでも見えるしな。デカすぎると距離感が掴めない。

 

 建物の背中越しに、巨大な頭部が当然みたいな顔をして空を割っている。

 地面が一拍遅れて震え、公民館の窓ガラスがびりびりと鳴った。赤ん坊が泣きかけ、クマの腹の中の“あかり”が、ちか、と揺れる。その光を見た母親が、反射的に我が子を抱きしめた。

 

 その瞬間に合わせて、俺はあえて“あかり”を小さくする。

 

 ふ、と息を吹きかけられた蝋燭のように、部屋のあちこちで光が痩せた。淡く満ちていた安心が薄皮を剥がされるみたいに遠のき、代わりに、怯えが浮かび上がる。

 不安が息をしはじめる。恐怖が、誰かの喉から誰かの指先へ、静かに感染していく。

 

 視線の向こうで何か白いものが弾けた。氷使いでもいるのか、太陽の光が妙に反射して、街の向こうだけ昼間の海みたいにぎらついている。

 

 その眩しさの隙間を、蒼い炎が走った。荼毘くんの炎だ。

 蒼炎が、白いきらめきの群れを噛み千切る。氷は一瞬だけ形を保ち、それから内側からほどけるみたいに崩れて、霧になり、水になり、熱に煽られて空へ散っていく。

 きっと現場は蒸し風呂みたいになっているだろうな。融けた氷の粒が細かい水滴になって宙に残り、そこへ斜めに差した太陽の光が入り込む。光は水の中で曲がり、ほどけ、色ごとに少しずつ違う角度で弾かれる。虹、きれえ~~……。絶対激戦してるなあ……。

 

 しかし、まずい。

 

 俺がここで彼らを唆して、思考を誘導して、肯定肯定全肯定で足止めしていたのは、彼らを向こうの補充戦力にしないためだ。

 連合のメンバーは数こそ少ないが、解放戦士の群れよりは確実に強い。

 数で押してもなんともならない武闘派少数精鋭だ。この場合、俺は頭数に入れないものとする。俺は可愛い非戦闘員。

 

 特に荼毘くんと弔くんは、こう言っちゃなんだが“大量殺戮”が得意なタイプだ。面で焼ける。面で崩せる。人間が人間の形をして並んでいる場所ほど、あの二人にとっては効率のいい処理場にしかならない。

 

 だから、どれだけ人数を積んでも必ず足りなくなる。前線の人員は削れる。恐怖で鈍る。戦線は穴が空く。

 そうなれば後方から補充を要請される。

 戦えないとされていた者たちは最後の補充人材だろうが、そのひとつ、ふたつ手前にいる解放戦士との繋がりが濃い。

 親、兄弟、隣人、顔見知り。誰かの母親。誰かの祖父。誰かの子供。実際、彼らの働きで周囲の解放戦士たちはここに集まりはじめていた。“弱い仲間たち”の元へ来ている。

 

 ここで「戦え」と言われたら、彼らは戦うだろう。“ここにいる戦えない戦士を守るため”に。

 前線へ向かうはずだった足が、この場で止まる。命令のルートが捻れる。兵站が絡まる。人の流れが歪む。そのための解放戦士寝取りだったんだが、邪老のせいでいろいろと予定が崩れてしまった。

 

 一応あの人は意味の無いことをしないので、たぶん、……いや、絶対。イベントを早めなきゃいけない理由があったのだろう。

 

 

「落ち着いてください」

 

 公民館に置かれていた拡声器を借りて、言葉を投げた。ざらついた音が室内に広がり、ざわめきが少しずつ沈んでいく。

 全員の目が、俺に向いた。怯えた目。縋る目。答えを欲しがる目。その全部を受け止めるような顔をして、俺は息を吸う。努めて真摯に。できるだけ善良に。ただ、この場にいる命を守りたいだけの人間のように、言葉を重ねた。

 

「あれが何であっても、ここを空にしてはいけません。外へ飛び出せば、前線に呑まれます。前線に呑まれれば、子供たちを守る人がいなくなる」

 

 ちか、と“あかり”が応えた。誰かの掌で。誰かの胸元で。俺の言葉を補強するように、光が勝手に呼吸する。

 これくらいはもう、軽くイメージするだけで操作できるようになっていた。問題は、目の前の100人近くを相手にできていることだ。怖いね……。

 

「戦う力がある人は、ここへ人を集めてください。戦えない人を連れてきてください。怪我人、子供、老人、妊婦、病人、個性の制御が不安定な人を。

あれが何なのか分からないうちに、動くのは危険です。全員で力を合わせて、この危機を生き延びましょう!」

 

 あんなものはもはや災害だ。だから当然、一旦ヴィラン連合との争いは終わりだよな!

 

 前線では普通にドンパチ続行しているだろうけれど、ここにそんな情報は流れてこない。

 落ち着いて考えて欲しい。敵対組織と抗争中にゴジラが現れたら、一旦お互い引くものだろ。普通は。

 連合の方は普通ではないので引かないし、なんならこれをぶつけて対消滅させよ♡ というノリで、ボスをマーキングしているゴジラを、ボスごと敵地投入するというやばいことをしているのだけれど……まあ、ボス自身が発案者なので……。

 冷静に考えると、凄いことをしているな。俺たちをここまで追い込んだリ・デストロが全部悪いので。必ず死んで欲しい。

 

「俺が様子を見に行ってきます、皆さんは自分を守って。必ず無事に再会しましょう!」

「あかりさま!」

 

 袖を掴んだ少女の手は、小さく震えていた。俺はしゃがんで目線を合わせ、その掌に握られた“あかり”に手のひらを被せ、光量を上げる。

 

「大丈夫。君はここで待っていて」

 

「……また、会えますか」

 

「必ず」

 

 少女は泣きそうな顔で頷き、“あかり”を胸に抱く。

 

「いってらっしゃい、あかりさま」

 

「いってきます」

 

 背中にその声を受けて、俺はその辺の人からバイクを借りて、その場から走り去った。

 

 

 よしっ、こう言っとけば今この場にいる人から見たらギガマキくんが俺たちの関係巨人とは思われまい。

 実際、彼はまだ“先生”の手持ちの仲間で俺たちの仲間って訳ではないんでね。急遽現れた謎の巨人なので、ギガマキくんの情報はあまり割れていないだろう。セーフセーフ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 頼む! 車道、形を保っていてくれ!!

 

 ギガマキくんがでかすぎるせいで距離感が掴めないが、まだだいぶ遠い。遠いはずなのに見えている時点でだいぶ終わっている。

 

 あー!! なんか今、シンボルタワーみたいなものが崩れたし、たぶん弔くんがバチボコに崩壊させている!!

 

 辺りには転々と死体も転がっているし、血の跡もひどい。さすがにこれを見せられていたら、俺の口八丁も効かなかったと思うので、最終的にはギガマキくんがこの街ごと全てを無に帰してほしいな……。

 あとから「てめえ騙したのか」と思われたらヘイトが凄いし。

 

 いや、責められても俺は全然勝てるけど。

 

 確信的な言葉は使っていない。あくまで、かもしれない論法と疑問形で、皆さんのお話を丁寧に伺っただけなんでね。詐欺ではなく傾聴。誘導ではなく対話。最悪の場合、全員の“あかり”を目の前で消して、まとめて恐慌状態に陥ってもらうしかない……。俺には、そんなことしか出来ない……。

 

 

 道のアスファルトはひび割れ、縁石はところどころ噛み砕かれたみたいに崩れ、街路樹は根元から傾いている。

 信号機は腕を折られた案山子みたいにぶら下がり、看板は読めない角度で地面に突き刺さっていた。

 バイクのタイヤが瓦礫を踏むたびに、嫌な音が足元から伝わってくる。いったいどういう戦闘をしたんですか……と思ったが、いろんな個性……異能のやつが何十人も何百人も一斉に自分の異能を使って暴れたら、こうもなるか。

 

 遠くでまた何かが潰れた。音が遅れて腹に響く。家と家の隙間から、ギガマキくんの頭が見えたり消えたりする。近づいているはずなのに、近づいている感じがしない。山に向かって走っているみたいだ。

 

「お前何しに来てんだよ!」

 

 横合いから声が飛んできて、危うくハンドルを切り損ねた。崩れた塀の陰から飛び出してきたトゥワイスが、こっちを指差している。無事そうでよかった。

 

「様子を見に!!」

 

「台風の夜に田んぼ見にくるタイプかお前!?」

 

「あれも水路の確認で必要なんだよ、作物が全滅しちゃうからさあ……!」

 

「そういう話じゃねえだろ! でも大事だな農家は偉い!」

 

 バイクを一度止め、トゥワイスの方へ向き直った瞬間、視界の端で黒と白の人影が増えた。

 ひとり。ふたり。三人。瓦礫の向こうから、横倒しになった車の陰から、路地の奥から、同じ顔、同じ声、同じスーツのトゥワイスたちがぞろぞろと現れる。

 

「……え」

 

 俺は瞬きをした。トゥワイスもした。たぶん、俺と話しているトゥワイスが本体だと思っていたのに、隣のトゥワイスが腰に手を当てて胸を張った。

 

「本物じゃないの!?」

 

「ホンモノだぜ!」

「偽物だよ! いや本物だ!」

「俺が俺だ!」

「お前も俺だろ!」

 

「あー! 答えが出ないやつだ」

 

 俺は額を押さえた。なるほど。増やせることになっている。

 少なくとも、今のトゥワイスは“自分”を増やせる状態に戻っている。戻ったのか、乗り越えたのか、何かの勢いでいけるようになったのかは分からないが、目の前にトゥワイスが複数いる。いつの間にか、仁くんの覚醒イベントが終わっていたらしい。

 

「ごめんトゥワイスたち、あとで詳しく話聞かせてね!」

 

「気をつけろよ!! 死ぬなよ!!!」

 

「そっちも!!」

 

 俺はアクセルを握り直した。背後でトゥワイスたちがわあわあと騒いでいる。何人かは手を振り、何人かは怒鳴り、何人かはこっちを追いかけようとして別の自分に止められていた。混沌。良かった。これでもう頭が痛いと泣かないで済むんじゃないだろうか。

 

 バイクを走らせるたびに、周囲の情報量が増えていく。

 最初は遠雷みたいだった音が、近づくにつれて輪郭を持ちはじめた。

 戦闘音というには重すぎる。爆発や衝撃ではなく、もっと根本的なものが歪んでいる音だ。大地が捻れ、建物の骨が軋み、街そのものが折り畳まれていくような、逃げ場のない音。

 

 いつの間にか、解放戦士らしい人間も、車も、俺と同じ方向へ走っていた。

 

 誰かを助けに行こうとしている。あるいは、自分たちの信じたものが、まだ壊れていないと確かめに行こうとしている。

 人と車と怒号と悲鳴がひとつの流れになって、壊れた街路へなだれ込んでいく。俺もその流れに乗って、ギガントマキアの元へ、その先にいる弔くんのところへ向かう。向かっていた。

 

 

 

 

「あ、来る」

 

 

 

 

 反射的にバイクを止めて、その方向を見た。

 

 地震が来る直前、揺れるより先に、なぜかその気配だけを身体が拾うことがある。

 

 耳ではなく、足裏でもなく、もっと深いところで、空間そのものが息を吸ったのが分かるような感覚。

 

 その気配に襲われた瞬間、一歩も進んではいけないと身体が指令を出した。考えるより早く、止まる。ただ立ち止まる。両手で耳を抑えて口を開けた。爆撃とか受けた時は、口を開けないと目が落ちるからな。そう教えてくれた前世の仕事仲間を思い出す。理屈は知らない、衝撃波とかなのかもしれない。

 

 

 そして次の瞬間、俺の目の前、ほんの30センチ手前までの世界が“崩壊”した。

 

 

 地面も、家も、何もかもが、巨大な手のひらで押し潰されるように。あるいは、鷲掴みにされて引きちぎられるように、“崩壊”していく。

 

 両手で耳を塞いでも、爆音には耐えきれなかった。鼓膜が破れるたびに、周囲の“あかり”を拝借して修繕を繰り返す。たぶん、誰かの鞄の奥で忘れられていた“あかり”が、何個か失われたくらいだろう。目の前の出来事が異常すぎると、逆に思考は妙に澄んでいく。

 すごいな……なんというか、範囲がすごい。ここが何丁目なのかは分からないが、丁目ごとやられている気がする。

 

 

「盆地になってるし、地平線が出来てる……」

 

 

 余計なものがなくなったせいで、よく見えた。

 さっきまで街だった場所は、もう街ではない。建物も、電柱も、看板も、生活の気配も、まとめて削り取られて、見渡すかぎりの瓦礫の底になっている。

 ガタガタの地平線。その真ん中に、弔くんが立っていた。笑っている。足元にリ・デストロが転がっているが、それはまあいい。重要度としては道端の石ころと大差ない。

 

 弔くん、すごい楽しそう!

 

 いつも、なんだかずっと不機嫌で、怒っていて、世界全部が気に入らないみたいな顔をしていた弔くんが、こんなに楽しそうに笑っているのを、俺は初めて見た。

 

 

「あかりー」

 

「はい!」

 

 

 ぐるりと振り返った弔くんが、俺を呼びながらちょいちょいと手を招く。えっ、なんでこのタイミングで声をかけられたんだ? 分からない。分からないけど、機嫌の良い飼い主が呼ぶなら行くしかねえか……と粛々と馳せ参じる。

 弔くんは瓦礫と敗者のど真ん中で、ものすごく真剣な顔をして言った。

 

 

「いっちばんおもしろくて高い寿司の食い方、なに」

 

 今? その質問、今必要なやつ?

 

「あらゆる食材を用意した上で、職人を派遣して、目の前で好きなものを握らせるのが楽しかったし、金もかかるよ……?」

 

「じゃ、それ」

 

 弔くんは満足そうに頷くと、足元のリ・デストロを見下ろした。

 

 

「おまえ社長だから金あるよな!」

 

 

 そうして、この戦争賠償として寿司を要求したのだった。

 

 そんな、弔くん!! デトネラット社の株8割とか貰おうよ!! 無欲が過ぎるよ弔くん!!!

 

 

 

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