いきてきたるものがたり   作:かに3

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地底にて産声は高らかに

 

 先導する異能解放軍幹部二人の後を追いながら、スケプティックのねちねち発言に律儀に反応し、そのたびに挑発を投げ返しているトゥワイスを軽く宥めながら歩く。

 

 トガちゃんはトゥワイスの背中に隠れながら、半眼でジトッとスケプティックを睨んでいた。

 そういえば、『顔を触った』のはスケプティック本人なのだろうか。俺は彼の個性を自分の目で見ていないので、現状、トゥワイスとトガちゃんから聞いた「ゴリラみたいなのが沢山いて追いかけてきた!」「増えるんだよ、俺もゴリラも! ゴリラにやられた!」という情報しか持っていない。

 たぶん、ゴリラは個性の本質とはそんなに関係ないんじゃないかな……。増やしたとか、操作したとか、そういう方向がメインだと思うのだが、やられた本人たちの視点だとパッションが強すぎて、必要な情報が正しく拾えない。

 

 後日、個性の詳細は弔くん宛に提出してもらおう。弔くんが向こうのトップを下し、俺たちが勝ったのだから、情報は全部出せ。こっちの情報は、見せられるものだけ見せてやるから……。

 

 そんなことを考えていると、またトランペットが少しだけ振り返り、俺を見てにこりと笑みを作る。俺もそれに片手を上げて、「はーい」と愛想よく笑顔を返した。返しているが、これなに? 何の時間?

 荼毘くんが小さく「あかりくん、誰にでもついて行っちゃだめだよ」と人懐っこい幼児に言うような忠告をしてくれるが、荼毘くんの中の俺って基本3歳から8歳くらいで認識が止まっているのかもしれない。それはそれとしてセックスはするのでバグっている。

 

 トランペットとは、俺の人生のどこを探しても掠っていない気がする。少なくとも俺の記憶にはない。なのに初対面の人間にしては、やけに分かりやすく好意を示してくる。

 しかもこれは敢えての分かりやすさだ。気のせいかな? という余地を与えないあけすけなまでの態度。俺もこういうのをよくやるから分かる。

 こんにちは! 君のことを好意的に見ているよ! 仲良くなりたいな! という、相手の警戒心を折らない範囲で差し出す、初期友好アピール。こちらの圧で押して勝て! という勢いで自分の意見をゴリ押す時に便利。うちの三十代男性陣にはこれで勝てるのでよくやっている。

 

 一般コミュ強の距離の詰め方としては、まあ、納得できなくもない。分かりやすいからこそ、こちらも受け取り方を間違えずに済む。

 

 ただし、つい先日まで殺し殺されの敵対関係だったという事実が、ものすごい勢いで足を引っ張っている。

 

 人間関係というもの、スタート地点に血痕があるとどうしても爽やかな友情イベントには見えにくい。複数人がいる中で、俺に狙いをつけて個人的に好かれている理由も分からないしな。

 

 ただ、俺の人生というものは、どうやら俺の知らないところで勝手に発展していくものらしいので、考えてもしょうがないのかもしれない。俺の管轄外で行われたことはわかりませんよ。

 

 拠点を何度変えても届く“あかり教会報誌”という、謎の個性保持者による熱烈なストーキングとか、今この瞬間も絶賛進行形で積み上げられている創作神話とか、身に覚えのない俺関連コンテンツは世に溢れている。

 SNSで【#あかりさま】で検索したら架空の俺がぬいぐるみになってぬい活されてたからな。これで似てたら怖かったが、火の玉に目玉がつけられたクリーチャーだったからセーフとする。俺というコンテンツで自由に遊んでくれ。フリー素材だよ俺は。

 

 俺の知らないところで人に好かれたり、俺の知らないところで人に憎まれたりするのも、もうだいぶ当たり前になってしまった。

 

 だからとりあえず、トランペットのあの微笑みについても深く考えない。

 直前までやり合っていた組織の幹部へ向けるものとしては、あまりにも敵意がなかった。つまりたぶん、いつものごとく“俺の知らないところで”俺のことを好きになっている誰かなんだろう。

 

 わざわざこちらへ分かるように微笑みかけてきたということは、向こうにも何か個人的に話したいことがあるのかもしれない。

 

 

 

 それか、単に俺の顔が好みで秋波を送ってきた、えっちな政治家おじさんなのかもしれない……。

 

 

 今の俺は、俺が好きにしていい、俺の全てを全肯定の無法な恋人がいる状態でありながら、何故か二ヶ月以上も禁欲生活を強いられ、ようやく禁欲が明けたと思ったら、今度は四ツ橋のバカが要らん気を回したせいで警戒が解けなくなり、据え膳が「いつでもどうぞ」とばかりに待機している状況でなお、手を出せずにいる。舐めてんのか、キレそう。キレてる。

 

 そんな中で、突如として現れたイケおじがこちらを誘うように微笑んできたら、煩悩が誤作動を起こす可能性は十分にある。

 

 

 あの年齢層の小綺麗な男、すこぶるえっちなんだよなあ~~~!!!

 

 人生の全てを勝利しながら進んできたのが、もう顔つきからしてわかる。そういう男がさァ! 一旦自分を下に置いてこちらを上げてくれると、問答無用で嬉しくなるよな……。

 そういう心理テクニックをナチュラルに使われている。さすが政治家、視線だけで人を誘導するのが上手い……。

 

 向こうは言質になるようなことを一言も言ってないのに、期待を持たせるのがあまりにも上手い。一瞬で俺の人生のヒロイン枠が、ねちねちヤンデレ彼女実兄とグラサン政治家イケおじになりかけた。

 

 危ない。イマジナリーラバー燈矢くんが、脳内で全ての段階を省略して焦げたボール(正確には焼却された頭部だったものともいう)を持って「陽火くんが悪いんだよ、異能解放軍? とかいうのと同盟組んだばかりなのにさ。陽火くんが悪い遊びするから、俺こうするしかなくなっちゃった。陽火くんのせいだね」と切実に言い聞かせる声音でいってくるので秒で我に返ることが出来た。既に一回現実でやっていることなので、リアリティのある想像ができてしまう。

 我に返ってもイマジナリーラバー燈矢くんは消えてくれず、俺はこんなことしたくないのに陽火くんのせいでやらなきゃいけなくなっちゃった! あーあ! という他責と他責と他責で責めてきたので、「はい……」と反省に至る。反省の声だけが現実に漏れたらしい。イマジナリーではない、現実の恋人である荼毘くんが、俺を軽く見上げながら、「どうしたの」とでも言うように小さく首を傾げた。なんでもないです、の意図を込めて笑っておく。

 

「…………」

 

 すごい、疑いの目だ。何故……可愛い俺が微笑んだだけなのに……? 大体の悪さを笑って誤魔化してきたツケがそろそろ爆発するのかな。

 

 

 

 そうこうしているうちに、謎技術によって隠し通路が開き、俺たちは地下へと導かれていった。

 

 こういうところを見ると、若干ムカつくな。俺たちが地下1階にある狭いBARで頑張っていたというのに、こっちは地下に巨大なホールまで用意できるだけの資金と設備があるわけだ。

 

 ただ、ホールというより、構造としては首都圏外郭放水路に近いのだろうか。地下深くに広がる、無骨で巨大な空間。柱が並び、音が遠く反響し、湿った空気が肌にまとわりつく。元々は災害対策か、地下インフラか、そういうもっと真っ当な名目で作られたものなのだと思う。

 

 

「解放戦士諸君!! リ・デストロである!」

 

 

 四ツ橋の演説が、ホール全体に響き渡る。弔くんによって両足首消失の憂き目に遭っているが、そのおかげで完全に屈服したらしい。

 

 四ツ橋のような人間は、敵に回せば面倒だが、味方にいると非常に便利だ。人心掌握術に長けていて、言葉に強い説得力がある。同志に対して絶大なカリスマ性を持っており、こいつが死ぬと、後先考えず報復に走る狂戦士が大量発生する。

 

 生かして使うのがいちばん良い。手駒としてはかなり優秀だし、プライドが高いぶん、自分で選んで頭を垂れた相手にはそう簡単に逆らわない。

 

 徹底的にボコれば忠実になるタイプの男が、実際に徹底的にボコられて仲間になってくれた、という形である。個人的には、まだまだ普通に嫌いだが、これからは仲良くやっていこうな……。俺、お前のこと、財布だと思ったら結構好きだからさ……。

 

 

 今日をもって、ヴィラン連合は消える。

 

 

 異能解放軍とぶつかり合い、殺し合い、踏み潰し、踏み越えた結果、俺たちはより良い形へと再編成された。

 

 名前も、立場も、抱える人数も、これから動かす金も情報も、何もかもが変わる。変わってしまう。けれど、それは終わりではなく、たぶん進化と呼ぶべきものなのだろう。少し前方では、リ・デストロの熱意ある言葉に応えるように、解放軍の兵たちが熱狂の声を沸き立たせている。

 

 そろそろ、俺の王様がお言葉をくれるぞ。

 

 そう思って、歩き出した。

 

 

「俺が名前を考えたんだぜ」

 

「スピナーってそういうセンス良いもんな」

 

 

 素直に褒めると、スピナーは照れくさそうに笑って、「まあな」と答える。その顔には、少し前まで漂っていた迷いが薄れている。

 名前をつけたからには、もう腹を決めたのだろう。自分がどこに立つのか。誰の隣にいるのか。何を掲げて進むのか。

 

 その答えを、彼なりに出したんだろう。

 

 

 

「超常解放戦線」

 

 

 

 弔くんの声が、巨大な地下空間に響いた。

 

 一拍遅れて、喝采が湧く。

 

 熱が弾ける。声が膨れ上がる。天井を揺らし、壁を震わせ、地下に押し込められていた何千もの欲望が、ようやく名を与えられたみたいに咆哮する。

 

 みんなは舞台の上から、その熱狂を見下ろしていた。けれど、俺は弔くんから目が離せなかった。

 玉座代わりの椅子の後ろに、利口な犬みたいにしゃんと立つ。もしシッポがあったなら、きっと今ごろ、節操なくぶんぶん振られていたことだろう。

 

 全くもって、誇らしい気持ちでいっぱいだった。

 

 見てくれよ、世界! 俺の王様がこれから、お前たちの持っているものを全部奪って、自分のものにするんだ!

 

 

「まァ……名前なんてコレと同じ飾りだ。好きにやろう」

 

 

 ヴィラン連合は消えた。そして今、俺たちは新しい名前で、世界に喧嘩を売る。

 ライトアップされた、痛いくらいに眩しい光の中で、未来は希望に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれさまでございました!! 何かお飲み物でも!!!」

「失せろ」

「喜んで! 失せるぞトランペット!!」

 

 爆速でゴマをすり、爆速で帰っていったリ・デストロを見送りながら、スピナーが呆然と「ああやってのし上がってきたんかな」と呟いた。たぶんそうだと思う。

 

 リ・デストロを追うトランペットは、俺に視線を向けて『またあとで』と唇の動きだけで伝えてきた。たすけてイマジナリーラバー燈矢くん! 好みのタイプのイケおじが誘ってくる!! 明確に!! 何かを誘ってくる!!

 この誘いに乗った場合、トランペットが死ぬので無理なんスよね。俺になにかご用があるのは確かみたいなので、落ち着いたら普通におはなししようね……。

 俺の煩悩が誤作動してるだけで、実際そういう誘いではないだろうし……。俺が勝手にグラサン政治家イケおじのことをえっちなおじさん!? と言いがかりつけているだけなので……。

 

 煩悩を祓う為に曖昧なお経を脳内で繰り返していると、前を歩いていた弔くんがガクッと姿勢を崩した。慌てて後ろから支えると、「いてえな!!」と頭突きで攻撃される。その“痛い”は俺の責任じゃないので怒らないでください……。理不尽な暴力に抗議したい気持ちはあるが、今の弔くんは満身創痍なので、大体の無体は許される。

 

 肩を貸そうにも身長差がありすぎて無理だったので、迷った末にそっと床へ下ろした。

 ごめんな、俺の身体設計が介助向きじゃなくて。四ツ橋てめえ、自分だけ車椅子使いやがって……。

 

『おい陽火! やることはやったか! もう連絡しても良いじゃろ!!』

 

「うわドクターだ」

 

 セックスするまでお話したくない! と、我ながらカスのキレ方をしたが、意外にもドクターは俺の意思を尊重してくれた。ドクターでさえ俺の意思を尊重してくれたのになあ! なんで禁欲続いてるんだろうなあ!!

 俺への連絡というより、弔くんへの連絡ついでに俺に話しかけただけなんだろう。2人が会話をし始めたので、邪魔をしないように黙っておく。

 

 

「マキアは従った。あんたの言っていた“最低限の格”はついたと思うぜ」

 

『うん。記憶も戻り“個性”を含め本来のおまえに戻った。約束通り───────力を授けよう。おまえがそれを、望むのなら』

 

 

 弔くんは、ドクターが出した課題をこなした。ならば、約束は果たされるべきだ。

 俺はボロボロの王様が少しでも呼吸しやすいよう、姿勢を支える背もたれ役を仰せつかりながら、二人の会話をうんうんと聞くことに徹していた。

 

 立派に課題を終わらせたんだから、報酬をもらおうな。そう思っていたところで、通信越しのドクターが『だが、その前に少々やってほしいことがあっての。あるものを運んでほしい』などと言い出した。

 てめえ!! 課題終了後に追加課題を出すな!! しかし弔くんが怒らないから俺が怒れない。

 

 

『ああ、それに陽火。おまえは一度こっちに来なさい。おまえの王が玉座についたというのに、おまえがいつまでもそこにいてどうするんじゃ。

おまえが見るべきものを用意しておいたから、少しは帰りなさい。ジョンちゃんも寂しがっておるぞ』

 

「田舎のおふくろ?」

 

『こんな感じなのか、おまえのおふくろさんは』

 

「いや……たぶん違うけど……」

 

 今世の母は幸薄い美女だったので、たとえ元気だったとしても、こんな感じにはならないだろうな……。ペットが寂しがってるみたいなノリでジョンちゃんを出さないで欲しい。可哀想になっちゃうから。ほうれん草のペースト、俺以外食べさせてくれないもんな……お腹すかせてるのかな……。罪悪感……。

 

 会話を終えた弔くんが、俺という背もたれに体重を預けたまま、「顔くらい見せてやれよ。寂しいんだろ、ジジイだから」と、優しいんだか優しくないんだか分からないことを言った。

 そんな、人を都会に出てから仕事が忙しくてなかなか帰郷しない息子みたいに……。

 

 まあ、しばらく……というか、もしかするとずっと、基本的な拠点はここになるのだと思う。

 そう考えると、そろそろタイミングを見て一度戻るべきなのは確かだった。俺もドクターの後継者候補として見られている以上、弔くんが後継として認められたいま、大急ぎでドクターからあらゆる権限をぶんどる必要がある。宰相役のいない王様は危険だ。下手をすれば、リ・デストロがその位置に収まるかもしれない。

 

 そんなのは許せないので……。

 

 ガチのNTR概念になってしまう……。BSS、僕の方が先に好きだったのに……。そんなんされたら気が狂う……。

 

 弔くんを支えていた腕にぎゅっと力を込めると、普通に肘鉄をいれられて「腹おさえんなコラ。内臓ぐちゃってんだよ、死ぬだろ」と叱られた。内臓ぐちゃってんのォ!? ごめんね!!? それって四ツ橋のせいじゃない? あいつの両手首も消しとこうよ……。

 

 

 

 

 

 

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