いきてきたるものがたり   作:かに3

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悪巧みとは疲れるもので

 俺の発案する、ヒーローの善性と良心を信じたカス計画は、ヒーローの事を【いちいちしつこくてかわいそうなやつら(ちいかわ)】だと思っているドクター的には、新視点だったらしい。

 

 肥満男性型で下肢にジェット機がついているハイエンドの【おでぶちゃん】も、顔だけ人間らしく整えてから皮膚の色を変え、皮膚を入院着っぽい形状にして、車椅子にでも乗せたあと、「手を貸してくれ」とか喋らせれば、初見殺しくらいにはなるだろう。

 

 俺の案は結局、一瞬の隙を生むだけのものだ。

 

 だが、殺し合いの最中に生まれる一瞬の隙というのは、わりと致命的なものなので、それだけで充分価値がある。ついでに悪辣なやり口にブチ切れてくれると尚いい。

 冷静な敵は怖いが、キレ散らかしている敵は連携も判断も雑になる。ゲームでも“激高”はデバフだ。現実も、たぶんだいたい同じ。

 

 

 

 現状、廃倉庫襲撃により脳無の多くが持っていかれている。

今後“先生”を取り戻すとしても、そのための準備は必要になる。

 

「“先生”が帰ってきてから完成させるとしても、こちらが用意できるストックは必要な訳だろ? 氷叢ちゃんを動かしたって限りはあるし、いままでにないコストもかけるから、より時間がかかるんだよ」

 

「そこがネックじゃなあ。わしも忙しい。ハイエンドは事前に用意したこいつらをメインにするが、新規作成は供給が需要に追いつかん」

 

 ドクターの声には研究者としての苛立ちと、職人としての諦めが混じっていた。材料はあるが、時間がない。最後の調整はドクターではなく“先生”にしか出来ない。やっぱり、技能ある者がほぼワンオペでやるのは、結局全体を見た時にマイナスにしかならないなあ……。

 

「出来るところはコストカットしよう。脳無に付ける顔は、形成外科の医療研修とかで作ってもらったりさ。

重度顔面損傷の再建技能の向上、とかいう名目で。素材は人工皮膚を使って、頭蓋骨の模型の上に造らせる。

完成したら評価後に回収して流用。別に神経繋げる必要とかは無いから、ドクターなら簡単にそれっぽく出来ると思うんだけど、どう?」

 

 ドクターは一瞬だけ黙った。そして、眩しいものでも見るような目で俺を見上げる。

 

「……おまえのような若者がいると、未来は明るいな……」

 

「いまから未来を真っ黒に染め上げる悪の組織に属しておりますが……」

 

 何を言っているんだ、この邪老。現実を見ろ。

 

 ドクターは愉快そうに肩を揺らして笑っている。まるで孫の自由研究が県大会で入賞したみたいな顔だったが、提出物は人道医療の皮を被った、脳無用フェイスパーツ量産計画だ。こういう所にコスト掛けても仕方ないからな、パッと見人間っぽければいい。大切なのは一瞬ビビらせること。

 

 この世界、異形型個性のおかげで“人間の顔”という幅が広くて便利だ。現役ヒーローでも顔がムカデみたいになってる人がいるしな。俺が好きなギャング・オルカもそのまんま上半身の半分くらいはむちむちのオルカだ。

 

「既存のものを利用してコスト削減ってのは基本だよな。最初に出したあとは、心音とか呼吸とかで脳無だってバレるだろうから、壁一枚向こうに孤児院とか置かない? 襲われた時に、脳無に一般人を混ぜておけば判断が鈍ると思うし」

 

 壁をぽちぽちしたら開くという謎技術の隠し扉があるのだから、平和な孤児院の壁一枚向こうは悪の研究施設でした! という間取りも、たぶん可能だろう。緊急時に壁を開けて、脳無と一般人が同じ空間にいるという環境を作ればいい。

 

 ここは地下にあるが、上に建っているのはドクターが運営している総合病院だ。

 なら、居住区を地下におろす形で病院併設の孤児院を建てれば問題ない。

 

 社会的には福祉。実態としては人質兼、判断妨害用のノイズ。

 いまドクターが持っている孤児院の中にも、施設の老朽化で移転が必要なものがあったはずだ。どうせ移すなら、こちらの都合がいい場所に移した方がいい。

 

 

「おまえの発想には、いつも驚かされるな……。ここに呼ぶ前、話を聞いていただけの時は、わしはおまえを、個性だけが便利な若造じゃと思っていた。

優柔不断で、八方美人で、耳障りのいい善意を振りまくばかりの、甘ったれた偽善者の糞餓鬼じゃと。

ついでに、自分の手を汚す覚悟もないくせに、きれいごとだけは一人前に吐く、使い道の難しい情緒不安定な飾り物だとな……」

 

「たぶんこのあと褒められるんだろうけど、そんじょそこらの褒めでは許されない罵倒が来たぞ」

 

「しかし! わしの考えとは裏腹に、おまえは本当に性格が悪い!!

善意の皮を被った嫌がらせの組み立て方、相手の良心を踏ませる位置取り、怒りで判断を濁らせる悪辣さ……どれを取っても見事じゃ。嫌がらせの鋭さだけなら、先生にも匹敵する!!」

 

「おかしいな……まさか褒めがこないなんて……」

 

 なんか突然、はちゃめちゃに悪口を言われている……。

 

 立ち位置的にはれっきとしたヴィランなので、褒め言葉に該当すると言われればそこで終わりなのだが、言葉としては本当に、どこをどうひっくり返しても罵倒でしかない。

 性格の悪さで褒められましても……。俺としては、自分にできることを精一杯やっているだけですが。

 俺が若干引いていると、ドクターは何でもないことのように言った。

 

「ちょうどいい人材がいる。以前、孤児院の責任者をさせていた男じゃが、不祥事を起こして先生に処分を頼まれてな。そのまま忘れて寝かせておったから、再活用しよう」

 

 すごい。どこをどう切り取っても不安要素しかない。

 

「不祥事ってなにしたの? 虐待とかは普通に俺の倫理的にもアウトだけど……」

 

「おまえの兄を逃がして、施設を焼かれたんじゃよ」

 

「このはなしやめよっか」

 

 実兄が三年間意識不明の時に保護されていたところ、ドクターの繋がりかあ……。

 ということは、燈矢くんは脳無の素材として回収されていたのか? いや、その場合は意識不明のうちにそのまま死なせて回収した方が楽か。

 

 あの火傷で生き残っているのは、ドクターがいなければ無理な芸当だったのかもしれない。顎が落ちるほど燃えたんだから、本来なら、そのまま燃え尽きていてもおかしくなかったしな。

 

 

 …………つまり、ドクターは燈矢くんの命の恩人……?

 このはなし、やめよう!!

 

 

 あとこの件に関しては、絶対に燈矢くんの過剰防衛で被害がやばかったと思う。

 パニックに陥った燈矢くんが逃げるためにどのような行動を取るかは、想像するに易い。ほぼ災害だったんだろうなあ……。

 

「奴は顔の花弁が全て燃え落ちるという重症だったが、今は半分ほど再生している。表向きの制裁は済んだと見ていいじゃろう。

少しばかりは裏側の事情も知っているから、再利用するにはちょうどいい」

 

 顔の花弁……? 分からないことを言っているが、たぶんこれは独り言だろう。特に聞き返さないことにした。聞き返したらさ、お兄ちゃんを助けてくれてどうもありがとうを言わなきゃいけなくなりそうだし……。

 

 理性では言うべきだと分かっているが、感情が全力でそれを拒否しているので、今回は感情を優先することにする。

 

 とりあえず、今できることは一通りやったという感じだ。

 本当は俺のストレス対策も兼ねて、通いでちょこちょここっちに来るくらいの距離感がよかったのだが、なんだかんだでやることが多く、結局しばらく泊まりになってしまった。

 

「最近頑張りすぎてるので一旦帰る。甘やかしてくれる年上にヨシヨシされたいし」

 

「よし♡ よし♡」

 

「やめろ!!!! 触んな!!!!!」

 

「反抗期じゃの~~~~」

 

 うるせえ! 俺が求めているヨシヨシはこんなしわくちゃじゃないんだよ!! 俺のことを甘やかしてくれる年上の友人は沢山いるんだ、お前じゃない!!

 

「じゃあな!!」

 

 これ以上いると俺がブチ切れかねないので、さっさとジョンちゃんに合図を送る。

 そのままゲロっと吐き出た泥に飲まれ、ぐずり、と視界が沈んだ。何度やっても慣れない感覚だ。瞬きの間に場所が変わる便利さと引き換えに、全身をよく分からない汚水にくぐらされる不快感がある。

 

 連合……いや、超常解放戦線の元へ帰れるのはありがたいが、毎回これで移動していると、いつか知らない病気になりそうでちょっと怖い。

 

 泥ワープって人体に悪影響ないの? 少しばかり飲んでるから腹を壊しそうで嫌。ぐちゃ……という嫌な音と共に、四ツ橋が用意した俺たちの部屋の中にいた。

 

 

 

 ぺぺっと泥を払いながら、辺りを見回す。みんな忙しいから出払ってるかな……と思いかけたところで、背後から「あ、帰ってきたのか」と声がした。振り返ると同時に、俺は両腕を広げる。さ~~~~て、甘やかしてもらいますかっと!

 

「伊口秀一さん……!!」

 

 ハグミーの姿勢で構えた瞬間、スピナーがぎょっとした顔で一歩引いた。

 

「リアルで本名を呼ぶな、マナー違反だろ!」

 

 ネトゲ友人界隈の常識を問われてしまった。もうその段階、とっくに飛ばしてもよくないですか? と思ったが、そういえば俺は本名を開示していないので、これはだいぶ卑怯かもしれない。

 こちらだけ相手の実名を知っていて、気軽に呼びかけるのは、たしかにマナーが悪い。悪いが、実名を隠している人間をたまに本名で呼ぶと、「なに!?」みたいな顔で構えてくれるから面白いんだよな……。該当者がスピナーとミスターしかいないけど……。

 

「俺の愛情表現」

 

「愛情……か……」

 

 じゃあ……まあ……いいか……? みたいな顔になっているので、俺はスピナーのこういうところが好きだよ……。

 普通に思想型の危険ヴィランではあるけれど、結構思慮深いし、情にも厚いし、ゲームも上手い。特に裏取りとクリアリングの丁寧さは尊敬している。これはFPSの話。

 

「俺はドクターのところで、あらゆる悪巧みをしてきました」

 

「お、おう」

 

「褒めて」

 

「率直なやつだなお前……」

 

「褒めてよスピナー!! お兄さんでしょ!! 俺より六歳も年上だろ、可愛がって褒めろよおお!!」

 

「馬鹿野郎!! お前のガチ兄に聞かれたら俺が殺されるんだよ、二度と俺をお兄さんとか言うな!!」

 

「一人きりで邪老のところに行って、ずっと頑張ってたんだぞ俺は!! 今が褒めのチャンス!! うおおお褒めろおおお!!」

 

 雑に駄々を捏ねながら床を転がっていると、スピナーはしゃがみ込んで俺を見下ろし、「お前さあ……」と心底呆れたような声を出した。それから、困ったようにガリガリと自分の頭を掻く。

 いいか、今ここで俺を止められるのはスピナーしかいないんだぞ……。やることは、分かっているな……?

 

「……偉いと思ってるぜ?」

 

 ぽつり、と落ちてきた声に、俺は床の上で動きを止めた。スピナーは視線を逸らしながら、言葉を探すように少しだけ黙る。

 普段のチャットみたいにすらすら打ち込めるわけじゃない。けれど、それでも言うべきことをひとつずつ思い出して、拾って、並べようとしてくれているのが分かった。

 

「事務仕事ができるの、俺たちの中じゃお前くらいだろ。だから、実質ずっと任せきりだった。……お前の実年齢が分かったのは最近だけどさ、その年でここまで出来るやつなんて、普通いねえよ」

 

「…………」

 

「氏子ドクターのところに行って何かしろって言われても、俺じゃたぶん、何も出来ない。何してんのかも分かんねえし、何を見ればいいのかも、何を言えばいいのかも見当つかないと思う。でも、お前は違うだろ。お前はあそこで何か見て、考えて、ちゃんと持ち帰ってきたんだろ」

 

 スピナーはそこで一度言葉を切り、気まずそうに目を逸らした。褒めるのが下手な人間が、下手なりに本気で褒めようとしている顔だ。俺のウザ絡みなんて適当に流せばいいのに、それが出来ない生真面目さがあるんだよなあ。俺はここが心配で、でも好き。

 

「俺と違って、お前は代わりがきかないんだよ。だから、その……頑張ってると思う。ちゃんと役に立ってるし、すげえと思ってる」

 

「俺を褒めるのに自分を下げるのやめて。俺はスピナーが好きなので、スピナーが下げられると普通に不快です」

 

「不快ってお前……」

 

 俺の物言いに呆れたような、諦めたような顔をしたあと、スピナーは小さくため息をついて、「俺のことを好きって言ってくれるのはお前くらいだよ」と言った。

 

 ええ……? 確かにスピナーは危険思想ヤバヤバヴィランだけど、こうなる前からネッ友として付き合いがあったから知っている。根本の人間性の良い部分は、別に今も昔も変わってなくないか?

 

「環境が悪かっただけだろ。お話には聞いております、田舎の因習村」

 

「人の実家を因習村扱いするな」

 

「その実家、すき?」

 

「くっっっそキライ。良いところはギリギリネットが繋がってるとこだけ」

 

「因習村でいいですね」

 

「そうですね」

 

 スピナーはふへ、と気の抜けたように笑ったあと、寝っ転がったままの俺の頭をわしわしと撫でた。

 

 うちの大人たちの撫で方はみんな同じだけど、もしかして俺の髪質が、なんかこういう撫で方を誘発しているのか? 大型犬を「おーよしよしよしよし」ってやる感じの撫で方。

 

 人間の頭部に対する扱いとしては若干雑だが、甘やかし判定としてはかなり高得点なので許す。撫でる手つきに遠慮がないのも、スピナーなりに俺を身内側へ置いてくれている感じがして良し!

 

「……あそこじゃ、殺虫剤かけられて追いかけ回されたり、ロクな思い出もないからな。俺には、ここの方が居心地がいい」

 

「待って」

 

「なんだよ」

 

 ローリング駄々捏ねの姿勢から、すっと正座になる。今、ちょっと聞き捨てならないことを言われましたね……。

 

「殺虫剤? それやった奴の名前教えてくれたら、良い感じに酷い目に合わせられるから教えて。教えてくれない場合、実家近辺の同年代が無差別攻撃されると思ってもらって……」

 

「脅してんのか。確かに過去の傷ってやつだけど、今はもうどうでもいいんだよ」

 

「いや、俺はいま新鮮にムカついてるから、時効は今からスタートです。俺の友達が虐められたってのはさあ、普通にムカつくじゃん……。

そいつの鼻の穴に殺虫剤の管ぶっ刺して、脳みそに噴射するよう伝えておくから、名前だけ教えて?」

 

 俺が頼んだら頑張ってくれる仲間がいるから……いまから頼むから……。

 スマホを握りしめながらじりじり迫るが、スピナーは嬉しそうに、ふへへへへへ、と笑うだけだった。

 

 うちの大人たちは、火傷のせいで上手く笑えない荼毘くんと、プロのエンターテイナーであるミスターを除くと、照れが混じった時にだいたい同じような笑い方をする。笑い慣れていない人間の笑い方は不器用で可愛いなあ。

 

 それはそれとして、俺は今ブチ切れているし、感情的には普通に凹んでもいるんですが!?

 

「い、いやだ〜……。俺は俺の仲良しが酷い目に遭うの、ほんと嫌だ……。幸せでいて欲しい……笑ってくれスピナー……! 俺の届かないところで悲しまないでほしい……! たとえそれが過去であったとしても……!!

嫌すぎる……! スピナーが泣いた夜に俺が隣にいないの、嫌すぎる!!」

 

「なんで隣にいる前提なんだよ」

 

 勝手にベッコベコになって床の上で悶えているのに、スピナーはまだ笑っている。

 

 笑わないでください!!? こっちは本気で怒ってるんですけど!! そいつの!! 住所と名前と顔の特徴!! 言って!!

 

 

 

 

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