いきてきたるものがたり   作:かに3

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愛情込めてすくすく育った悪辣

 ギチギチと力いっぱい……訂正。荼毘くんの力いっぱいでやられたら、俺の身体は上半身と下半身に真っ二つだろう。火傷のせいで全身の感覚が鈍くなっているから、力加減もだいぶ怪しいので……。

 つまり今のこれは、荼毘くんなりの親愛のギュッ♡であり、愛情という名の手加減をこれでもかと込めた抱擁だ。

 

 その腕の中で、俺は念仏のように一定の速度で流れ続ける甘ったるい声を聞かされている。

 

 皆様、お元気ですか。俺は今、大変なことになりました。

 

 

「あかりくんは偉いよ。いつも頑張ってる、ほんとに、俺はちゃんと見てるよ。他のやつはさァ、あかりくんが優しいから寄ってくるんだよな。困ってるやつを見捨てられなくて、居場所をなくしたやつには帰る場所を作って、泣いてるやつには泣かなくていい理由を探してやって、怖がってるやつには大丈夫って言ってやって、誰にも信じてもらえなかったやつの話を最後まで聞いてやって、そういうの、普通はできねえよな。きれいごとで言うやつはいるけど、本当に最後までやるやつなんかいない、途中で疲れるし、飽きるし、面倒になるし、見返りがないって気づいたら手を離す。そういうもんだろ、役に立たねえやつをそのまんまで生かして、それでいいよって言ってやるやつなんて、あかりくん以外は詐欺師だろ。でもあかりくんはそれが出来るんだよな。どうでもいいことみたいに人の一生を拾ってくるし、拾ったら拾ったでちゃんと世話するし、俺はそういうところ、ほんと尊敬してる。あかりくんは俺の自慢だよ、誰が何と言っても、どれだけ偉そうな連中が危ないだの間違ってるだの好き勝手言っても、俺だけはあかりくんのそういうとこ、ちゃんと見てる。ああ、でもさ、あかりくんが優しいだけじゃないのも俺は知ってるよ、あかりくんは頭がいいだろ。それに本当は神様なんかじゃない。勝手に縋られて可哀想だなって思うのはホント。でもそれをちゃんと使いやすいように利用できてる。困ってる人を助けたいだけです、って顔をして、助けられたやつが勝手に依存して自分の足じゃ立てなくなるのを知ってて、使い勝手がいいから放置してる。俺はそこも好きだよ。助けてと言われたので助けました、これが悪いって言われたら、今のヒーロー社会にも石を投げるみたいなもんだろ? 俺はヒーロー社会のことは認めてるんだ。ほら、俺みたいなのがいるとさ、ヒーローがいないと詰むだろ。世界。俺は誰かさんと違ってみんな嫌いみんな死ねって感じじゃないからさ、そんな雑じゃないんだ。壊したいものはついでに壊すんじゃなくて、選んで壊さないと。意味が無くなるだろ。人生の。ああ違った、話がズレたな。あかりくんを褒めるんだった。……うん、褒めるとこしかないからなあ。こういうのも困るよな。あかりくんが人を助けながら、同じだけ逃げ道をなくしていくところも、あかりくんが軽い善意で人を囲ってるとこも、あかりくん自身は命令してるつもりがないところも、俺は全部知ってるし、全部好きだよ。いつも一生懸命なんだ。出来ないことが多いって言うだろ? 戦闘能力が無いって、足手まといになるって。遠慮しいだよなあ。戦えるやつも肉盾も沢山あるんだから、実務で動ける人材の方が大事だろ。使い捨ての肉盾と違うんだから、自分のこともっと誇ればいいのに。謙虚だよなァ。あかりくんはなぁんにも悪いことしてないのに、火継とか名前付けられて、指名手配? されてんだろ。俺は沢山殺したからわかるけど、酷いよな。勝手に神様にされただけで、ヴィラン扱いだ。これって差別だよな。レイシストが多い社会、悲しいよ。早くぶっ壊さないと安心して寝れねぇね。でもさ、安心していいよ。俺だけは絶対にあかりくんの味方でいてやるからな、たとえ世界中があかりくんを怖がっても、拝んでも、欲しがっても、奪おうとしても、裁こうとしても、俺はずーっと、いちばん、あかりくんの味方でいてやる。偉いね、頑張ったね、いい子だね、ひどい子だね、でもそこも好きだよって、何回でも言ってやるよ、だからほら、俺の声だけ聞いて。俺だけを信じてね。あかりくんは偉いよ、いつも頑張ってる、俺の大事な自慢、俺だけのあかりくん、俺だけがあかりくんのこと、本当に大事に思ってるんだ。俺以外ぜんぶ偽物だからさ、誰も信じちゃだめだよ。俺以外のぜんぶ、あかりくんを騙そうとしているだけなんだからさ」

 

「たすけて」

 

「お前の不用意な発言の結果だよ。甘んじて受け入れな」

 

 

 ミスターの冷静な言葉に、救いは無いのだと沈黙する。スピナーからの褒めだけでは足りず、帰ってくる面々を1人ずつ捕まえては褒めのカツアゲをしていただけなのに、荼毘くんにねだったら強烈なデレの呪縛を受けた。

 

 二番目に帰ってきて、「はいはい、いつも頑張っていて偉いね」という、穏当でまっとうな褒めをくれたミスターも、巻き込みデレを食らって不意の暴風に耐える猫みたいな顔をしている。

 

 なんとなくミスターの俺へ対するあたりが冷たいのは、「褒めが雑。俺はミスターの子供と言ってもギリ可能性がある低年齢なんだから、本気で褒めて。理想的なパパのように」と言ったせいかもしれない。「たっ……しか、に……。可能性としては……ギリ有り得る……」と、苦しい顔をしていた。

 独身三十代男性、なけなしの父性を振り絞って俺を甘やかしてくれよ……。ドクターのとこで邪悪の話しすぎて性格歪みそうだから整えないとヤバいんだよ。

 

 まあ、そうやって痛みを伴う絡み方をしていたのが悪かったのかもしれない。

 ちなみにこの時一緒に帰ってきていたトゥワイスは、巻き込まれないようにものすごく素早く退室していた。逃がしてしまったもう一人の独身三十代男性、帰ってきたら俺のことを本気で褒めてくれ。世界線が違えば、俺はあなたの我が子だった可能性がギリあるから。

 

 こちとら本来は存在していなかった転生者。どこに割り込んでいたかなんて、神のみぞ知る。ミスターか仁くんの若き日の“失敗”になった可能性だって、多少はあるだろ。あと弔くんの搾精義務によるいずれ脳無加工予定の赤ん坊になった可能性もある。

 怖い……まだ轟家の方がマシだったんだなという事実が怖い……。少なくとも、認知はしてくれたし……。養育費も払ってくれてたし……。

 

 いや、実父と比べたら、ミスターと仁くんの方がよほど良い父親になったと思うけど……。

 子供のこと個性ガチャで消費せず、生まれたら生まれたまま弱個性でも可愛がってくれそうだけど……。

 

 二人とも、“自分のものは大事にする”という傾向がやたら強い上に、福祉というものをまったく信頼していないので、昔の女に「あなたの子よ」と爆誕した俺を押しつけられたら、「生まれたものは仕方ない」と何故か速攻で腹を括って受け取りそうではある。

 施設に預ける、という発想がまず出てこなさそうだ。「知らんヤツに渡すくらいなら俺が持ってた方がマシ」とか、「どうせどこに置いてもろくなことにならねえ」とか、そういう人生経験に基づく信頼不信を発揮して、結局自分の懐にしまい込む。

 俺を育てるために、いったんは昼の仕事を選ぶのだと思う。まともな生活をしようとする。役所に行き、書類に負け、保育園の制度にキレ、安い子供服を買い、ミルクの値段に現実を殴られながら、それでも「生まれたからには飯を食わせる」くらいの責任感だけでどうにか立とうとする。

 けれど、どこかで失敗する。

 生活が先に壊れるのか、仕事が続かないのか、過去の人間関係が足を掴むのか、本人の怒りや諦めが社会の枠に収まりきらないのかは分からない。ただ、その時点で自分が手間をかけた子供に情が芽生えすぎて最後まで俺を手放すという選択肢だけは選べない。選べないまま、まともな父親になり損ね、まともな市民にもなり損ね、けれど捨てることだけはできなかった結果として、最終的には子連れヴィランになっていたのだろう。

 ミスターはなんだかんだ上手いことやりそうだけど、仁くんルートだと俺というお荷物を抱えてかなり大変そうだな……。やっぱりミスターに育ててもらうしかない……。

 

「俺の親権をミスターにあげるね……」

 

「俺なんかした? なにかの罰を与えられてる?」

 

 でも俺の感情としては、ミスターか仁くんの子供に生まれた世界線の方が健やかに生きれたと思うんだよなあ。

 轟家、飢えと寒さを知らないのときょうだいは基本優しくて良い子達だったというのを抜かせば、機能不全家族だったし。

 普通に轟家で生きてたとしたら、実父相手に「俺の気分を上げるために今すぐ褒めて」なんてウザ絡み甘ったれを出せないよ。そしてたぶんだけど、褒めても貰えないだろうな。

 

 いまだに俺への褒めという名の、『この世であかりくんの理解者は俺だけ、俺以外は全員嘘つき、誰も信じちゃいけないよ』という囲い込み系の呪詛を吐き続けている荼毘くんの背を抱きながら、俺は静かに現実逃避を続けた。

 

 受け取れよ、俺の親権。可愛がって育ててくれ。与えられた愛には応える方だから、老後の面倒ちゃんと見るし……。

 

「うわ」

 

「弔くん!? なんで戻るんですか、入ってください。久しぶりの俺ですよ、募る話もあるでしょう」

 

 ドアを開けた手でそのまま閉めようとした弔くんが逃げる前に、すかさず声をかける。同じ逃げ方はさっきトゥワイスがやったからな! もう逃がさんよ。弔くんはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしながら、「なんでお前、久しぶりに見てもきしょいことしてんだよ……」と舌打ちを連打した。

 

「とりあえず、その呪いの装備外せ」

 

「神官系の仲間がいないので解呪できないっすね……。下手に外すと拡散するタイプなので……」

 

 荼毘くんのこと、呪いの装備って呼んでるなあ……。特に否定できる点がない。弔くんに報告したいことも色々あるので、俺としても装備解除はしたいところだが、自分から望んで褒めのカツアゲをした手前、「もう十分です」と止めるのもなんだか悪い。欲しがった褒めで首を絞められている。因果応報。

 

 弔くんはこの部屋で一番ふかふかのソファにドンと座り、逃げるタイミングを見つけたはずのミスターも、少し離れた椅子に腰掛けている。

 俺が報告と言ったから、一緒に聞いてくれるらしい。なんとしっかりした大人だ。

 

「脳無の量産は、“先生”がいないから現状新しく作るのは無理です。なので、早めの奪還が求められています」

 

「おー」

 

 まあ、これは元からある課題なので一応の共有。焦って無理はしないけれど、堅実に取り戻す必要はある。生産ラインを握られたまま放置するのは、今は大丈夫でもいずれ必ず詰む状態だ。

 

「それで、脳無のメイン倉庫はヒーロー側に押さえられたから、ドクターが手持ちで抱えてたハイエンドをちょっと改良しようという話になって」

 

「ああ、荼毘が使ってた黒いやつな。当たり個体」

 

「人間の顔を付けようと思います」

 

「かお」

 

 改良と言われて攻撃力アップや耐久値上昇あたりを想像していたのか、俺の言葉に弔くんはきょとんとしていた。一方で、俺が何を目的としているのか正確に理解したらしいミスターは、「うわあ……」と心底ドン引きした声を上げる。

 ちなみに荼毘くんは俺の話を聞いちゃいないので、まだハグを続けている。これ、腰まわりに腕の形をしたアザができていそうだな……。

 

「脳無の弱点って、『殴りやすい』ところなんだよ。俺たちの相手はヒーローだから、ヒーローが殴りやすい、分かりやすい“怪人”みたいな見た目をしていると、気持ちよくぶっ飛ばせちゃうんだよね。躊躇なく最大火力で破壊して、それで良し! ってなる」

 

「敵ってみんなそんなもんだろ」

 

「それはヴィラン側の意見です。老若男女、敵対者なら皆殺しまで覚悟完了しているの、実は我々側だけの視点なんだよ……」

 

「へえ~~」

 

 ヒーローざっこ、遊びで仕事してんじゃね? 真面目に働けよ。と、弔くんはケタケタ笑っている。弔くんが楽しそうでなによりです。

 

「だから、ヒーローが殴りにくい普通の人間の顔と、言葉をセットで装備させる。今のところ俺とドクターしか脳無関係をいじれる人間がいないから、これが一番費用対効果の高い改良になるかな」

 

「脳無に罵倒でも覚えさせんのか」

 

「いや。ヒーローを見つけたら、『助けて』って言わせる。あとは適当な名前を名乗らせたりして、攻撃のために接近しているのを、助けを求めて駆け寄ってきた一般人だと誤認させられたらラッキー、って感じ。雄英のカリキュラム、前に弔くんがかっぱらってただろ? あれ見てて分かったんだけど、ヒーローって最初の方に災害救助の大きめの訓練があるんだよ。つまり、最初に『人命救助』を叩き込まれてる」

 

 ヒーローは敵を倒す前に、人を助けるものとして教育される。瓦礫の下に誰かがいるかもしれない。火の中に取り残された人がいるかもしれない。泣き声が聞こえたら走る。助けてと呼ばれたら振り返る。そういう反射を、かなり早い段階で体に入れられている。

 

「だから、脳無の元からある改造部分も、人の顔さえ付けておけば欠損部分……つまり、怪我に誤認しやすい。そこに『ヒーローが来てくれた』って嬉しそうな声音の言葉でも吐かせれば、少なくとも一瞬は意思疎通可能な要救助者だと思い込みやすいんじゃないかな」

 

 完全に騙せなくてもいい。長時間止められなくてもいい。判断が一拍遅れるだけで十分だ。ヒーローが「敵だ」と断定するまでの間に、「怪我人かもしれない」「助けを求めているのかもしれない」「まだ生きている一般人かもしれない」という余計な確認を挟んでくれたら、それだけで仕事は終わっている。

 

「一瞬の隙でも作れたら、ハイエンド脳無は普通に強いからね。初撃を許してもらえたら、ある程度長持ちして戦える。むしろヒーローの善性が強いほど、最初の判断が鈍る。いい人ほど引っかかる罠って、かなり俺たち向けだろ」

 

 ヴィラン側の作戦としてはかなり筋がいいということでもある。これに保険として一般市民も混ぜて解き放つ予定。と続けると、「っ、はは、ははははは! サイコーだな! ヒーローのチュートリアル逆手に取んのかよ!」と弔くんは大爆笑して、ソファの背にもたれながら腹を抱えた。楽しそうでなによりです。

 

 ミスターは「理屈は分かるけど、性格悪いなあ……」と、しみじみと言う。作戦自体に否やはないみたいなので、俺の性格の悪さを理解できてるミスターは、俺と同じくらい悪辣な生き物だ。気が合うね……。

 

 ふと、腹のあたりから「ふふ」と笑い声が上がった。ずっと俺の腹に額を押し当てたまま、囲い込み褒めを続けていた荼毘くんが、ゆっくりと頭を上げて俺を見る。

 荼毘くんが小さいわけではない。俺が無駄に伸びているせいで、こうしていると妙な身長差が生まれるだけだ。だけなのに、なんとなく可愛いサイズ感に見えてしまう。

 

 荼毘くんはニタニタと笑いながら、「あかりくんは、自分にできることを一生懸命やってるだけだもんなあ」と言って、手を伸ばし、俺の頬を撫でた。指先がやけに優しくて、声はもっと優しかった。そのくせ、逃げ道を塞ぐみたいに甘い。

 

「俺だけは、あかりくんが頑張ってること、ちゃんと褒めてやるよ」

 

 甘ったるい呪いだった。

 

 俺のやることが悪辣でも、歪んでいても、誰かの善性を踏み台にするようなものでも、それでもお前は頑張っているのだと肯定してしまう、救いの形をした何かだった。たすけて。囲い込まれてる! 理性では分かるんです。分かるけど! 全肯定恋人が俺をより邪悪にする!! たすけて!

 

 

 

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