いきてきたるものがたり   作:かに3

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【閑話休題】潜入捜査

 

【極秘指定】公安第六分室

 

潜入任務・日報形式記録(任務番号:AKR-06-K03)

 

記録者:九鬼 結人(潜入コード:K-03)

任務対象地域:推定ヴィラン関連団地(通称:すみれ平団地)

 

◆ 初日(X年X月XX日)

 

入居完了。

管理人とされる老女から鍵を受領。「若い人が来ると安心する」との発言あり。敵意・干渉なし。

 

《あかり》は入居時既に部屋に置かれていた。説明文あり『こぼさないように丁寧につかってください』見た目は小さな炎だが、触れても熱はほとんどなく、陶器越しの灯火のような感触。危険性は感じられない。入居時に渡されたものはマッチの先ほどの大きさだが、暗がりで手元が見える程度には明るい。眩しさはなく、空気ごと温かくなるような印象。

 

掲示板に「食材交換」「ゴミ出し注意」「掃除当番表」など貼付。情報共有が自発的に機能している様子。

初期印象は「過剰な親切」。監視を継続。

 

◆ 3日目

 

廊下ですれ違った中年男性から「おはようございます」。挨拶の返礼を求めている様子はなし。

上階から子どもの泣き声。数分後、静かになる。出てみると母親があやしていた。

謝罪されるが、誰も迷惑そうではなかった。騒音を“許容”ではなく“受容”している空気がある。

 

◆ 4日目

 

玄関先に紙袋。中におりがみの花と「おひっこしおつかれさまです、よろしくお願いします」の猫の絵が描かれた幼い字のメモ。送り主不明。

 

◆ 7日目

 

異形型住人と階段で遭遇。皮膚が半透明で内臓が透けて見える。隠す様子のない姿に驚いたが、彼は静かにこちらを見て会釈し、すれ違っていった。

団地内で異形型への視線が“無関心”ではなく、“慣れている”という印象。驚いてしまった自分を恥じる。

団地全体が「見慣れる」ことで構築されている可能性がある。

 

◆10日目

朝、共同ゴミ捨て場で数名の住人とすれ違い会釈。

うち一人が「今日天気いいですね」と話しかけてくる。「ええ」と返すと、にこやかに頷いて去った。

 

◆ 17日目

 

主な接触:103号室住人(元指定ヴィラン)および団地住民複数

 

103号室に居住している住人(仮称:レツ)が外出中、大声をあげているのを確認。

通報対象の可能性ありと判断し、即時現場に駆けつけた。

 

・内容:「あぶねえから降りろ! 落ちたら怪我すんだろバカ!」

・対象:木に登って風船を取ろうとしていた子ども(推定5歳)

 

現場状況:該当住人は枝に引っかかった赤い風船を指差しながら、両手を広げて子どもを庇う姿勢を取っていた。

結果として、怒鳴り声=危険な威嚇行為ではなく、保護行動の一環であったと判明。

 

直後、通りがかりの初老女性(206号室、仮称:村山夫人)が同時に現れ、笑いながら以下の発言:「あの人、優しいのよ。でも声が大きくて、怒ってるみたいに聞こえちゃうのねえ」

 

本件において:子どもは泣いておらず、「ありがとう」と言って風船を受け取っていた。

 

該当住人は「うるさかったかよ、わりいな」と言い、頭をかいてそのまま去った。

 

他住民の様子に緊張や恐怖は確認されず。ごく自然な一場面として処理されている印象。

 

 

 

【補足:当該人物(レツ)について】

・前科:強盗/詐欺/脱獄歴あり(暴行致傷歴なし)

・収監時、複数回の暴動参加および拘束設備破壊の記録あり

・個性:筋力強化型(大出力時に制御不安定との判定)

・現在の団地での役割:粗大ゴミの運搬や力仕事担当。無報酬での支援が多い

・団地内呼称:「レツさん」「おっちゃん」など。恐れの呼び名は確認されず

 

【所見】

外部データにおける「危険人物」という前提と、団地内での扱いに著しい差異が存在する。

特に、近隣住民の反応に「前歴を根拠とした警戒」が一切見られないことが注目点。

 

発話内容・行動様式ともに乱暴ではあるが、暴力性そのものより“庇護欲”の発露と見る方が実態に近い。

近所の子どもが当該人物に手紙を渡している様子も確認されており、「こわくないおじさん」の認識で定着している可能性あり。

 

【所感】

団地内では、過去の肩書や分類はほとんど意味を持たない。

むしろ「今、誰かの役に立っているか」「他者を否定せずに共存できているか」が行動評価の軸になっていると推察される。

 

◆ 25日目

 

掲示板に「求む! 食器類(棚ごとひっくりかえっちゃいました……)」との手書きメモ。翌日、1階ラックに複数の食器が無記名で置かれていた。

誰のものか不明。「余ってたので」「よかったら使ってください」とのみ。

 

◆27日目

 

団地掲示板に「青年団活動手伝い募集」の貼り紙を確認。

簡易な手書き。詳細は「掃除とか補修とか、たまに遊び」とのみ。

1階掲示板前にて、青年団所属と思われる男性(推定30代前半)から声をかけられる。

 

内容:「今日の夜、ちょっとだけ見に来ない?」

断らずに「都合が合えば」と回答。強い勧誘の意図は感じられない。

 

◆ 28日目

 

帰宅時、2階の子どもに「おかえりなさい」と声をかけられる。警戒心なし。

こちらが返事をすると満面の笑みで手を振って走り去った。

“住人”として自然に扱われている。

 

◆ 30日目

 

掲示板に「読書会」の案内。自由参加、誰でもOKとの記載。

参加はせず見学。会話は穏やかで強制なし。「お好きな本があればぜひ」との声かけに、曖昧に返答。「無理なさらず」と笑って引き下がられた。

勧誘の意図は感じられず、ただ共有を楽しんでいる印象。

 

◆ 31日目

 

青年団活動の集合場所にて、青年(仮称:ハタヤマ)と接触。年齢は20代後半程度、身長175cm前後。

顔面右側を包帯で覆っており、半異形型個性か、外傷痕か、視覚・感覚器官の異常かは不明。

会話はほとんどなく、最低限の言葉のみ。周囲からの言葉をまとめると「おとなしいけど優しくて頭が良い人」と好意的に見られて関係は良好。

動きに無駄がなく、誠実かつ観察力に優れた人物と判断。

 

◆ 33日目

 

再びレツの行動確認。廊下の電球を交換中、「触るな、危ねえだろ」と子どもに声をかけていた。

暴力性はなく、動作に配慮あり。

子どもが「レツおいちゃんはうちの団地のヒーロー」と言っていた。

彼はすでに「守る大人」として定着している。

 

◆ 34日目

 

朝、団地内配線トラブルが発生し、ハタヤマ青年が私含む2名を誘導して室内に招き入れた。

情報端末、サーバーラックの存在を確認。本人は自宅でプログラマーとして働いているとのこと。

 

口数は少ないが、必要な情報にはきちんと返答。

職業柄、ネットワークやログに対して高い関心があるように見えるが、団地内の個人情報には無関心。

 

《あかり》が部屋の隅に据え置かれているのを確認。カバーは市販の陶器製。周囲に護符・標語などはなく、ただのインテリアとしての扱い。

 

こちらから話しかけ、「あの《あかり》、使ってるんですね」と切り出す。

 

返答は短く「もらったから。明るさがちょうどいいし、停電してもつくから」

 

さらに、「あれ、宗教的な意味があるって知ってる?」と尋ねると、一拍置いて「聞いたことはある。でも、そういうのって使う人の意図の方が大事だろ」と言われた。

もう1名も同意見であり、団地内での若い世代では『便利な光源』としての使い方が多いらしい。

 

◆ 36日目

 

102号室の車椅子住人が段差に困っているのを見たレツが、「いいかげん、直すぞ」と発言。

団地前の舗装補修を開始。重機は使えないが、筋力系・液体生成・熱硬化などの個性持ちが集まり、住人たちが自然と作業に加わった。

 

・主婦層が食事を差し入れ

・子どもたちがカラーコーンを設置し応援

・老夫婦が椅子を並べて見守る

 

数時間後には現場が“ちょっとした祭り”のようになっていた。

夕方にはかき氷、紙うちわ、音楽。

誰の命令でもなく、必要が必要を呼んで、楽しく終わった。

 

所感:たのしかった。

ただ作業が終わったというだけでなく、誰かの役に立てる時間に自分がいたことが、素直に嬉しかった。

 

◆ 39日目

 

旧集会所でのフリースクールを確認。講師役は「オバケくん」と呼ばれる異形型個性の青年。

全身を白布のようなものに包まれ、顔の詳細不明。年齢不詳。

読み書き・計算・食育・遊びなどを交えた形式。対象は不登校児、引きこもり、障がい持ち、親子連れなど。完全無料。

 

接触時、褒めると:「えっへへ……バカは弱い! ってともだちが教えてくれたからね! だからみんなで強くなろう!」

 

と返答。思想的指導者の存在が暗に示されている。

胸元に銀のロケットペンダントを確認。脈動型の発光装置を内蔵しており、これは《火継》配下に与えられる最上級の《あかり》と酷似。

要監視対象。

 

◆ 40日目

 

ハタヤマ青年と作業中、高所の棚に積まれていた段ボール(内容:不要ポスター)を取り出そうと、彼が軽く背伸びした際、バランスを崩し、上段のファイルが手前に滑り落ちる。

 

ハタヤマ青年は、瞬間的に「落下物を避ける」動きではなく、反射的に左腕で後頭部を庇う動作を見せた。

実際に頭部へ接触はなかったが、その防御姿勢は極めて特徴的であり、即時記録を行う。

 

 

【行動観察所見】

通常、咄嗟の落下回避においては「対象物を視認し、手で払いのける/頭を引く」等の反応が一般的。

しかし今回のケースでは、視覚情報に反応する前に身体が自動的に「後頭部を守る」という形で収縮・屈曲した。

これは特に幼少期や慢性的な暴力下に置かれた経験を持つ者において顕著にみられるもので、

・予測不能な打撃を経験している

・「見えない方向からの衝撃」が繰り返されていた

・身体ではなく“頭部”が攻撃対象とされていた

などの環境が背景にある場合、このような反射が形成されやすい。

 

【所感(補足)】

ハタヤマ青年は、普段の言動において暴力的要素も誇示的姿勢もなく、常に冷静で計画的な行動を見せていた。

しかし、本日の一連の行動において確認された反応は、

自分が他者から守られることに不慣れな者特有の、長期的な恐怖記憶に基づく動作と判断できる。

 

本人は何事もなかったかのように作業を続けたが、

その後、明らかに会話が減少し、目線の向け方に迷いが見られた。

 

彼の包帯の下にあるものが外傷か、異形か、あるいは過去の痕跡かは不明だが、

少なくとも、あの仕草は鍛えられた防御ではなく、「叩かれ慣れた者の反応」だった。

 

この事象は、団地内にいる者たちの“静かさ”の根底にあるものを、わずかに垣間見せる記号だったように感じる。

 

彼の生活は静かで規則的だ。言葉も少なく、争いを避ける気配が強い。

そして《あかり》のような、“怒らず、否定せず、そばにあるだけのもの”をきちんと磨き、壊さず、丁寧に扱う。

その慎重さは性格ではなく、破壊や否定を受けてきた側の、生存戦略としての習慣なのではないか。

 

◆ 43日目

 

20時30分頃、街中で発生したヴィラン事案により、団地周辺一帯が停電。原因は高圧電線の損傷。復旧見込みは翌朝。

 

数分内に住人らが手に手に《あかり》を灯し、自然と外へ出てきた。

廊下や広場に置かれた灯りが、団地全体をぼんやりと照らす。指示や混乱は一切なし。

 

子どもたちは《あかり》を振りながら「おほしさまみたい」とはしゃぎ、小さな灯りのまわりで輪を作って遊んでいた。

次々と飛び込んでくる停電関連の混乱や事件から切り離された空間のように、団地内は非常に平和で落ち着いている。

 

 

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◆ 79日目

 

青年団の役員として名前を挙げたいとの打診を受けた。団地歴の浅さを理由に一度は辞退したが、「日頃の活動や関わり方を見ている人は見ている」と返された。

具体的には、掲示板整備や催事補助、住人同士の仲介、青年団定例への定時参加などが挙げられたらしい。

 

評価の基準が明確ではないが、少なくとも“声が大きい者”ではなく、“日々の行動を見てくれる空気”があることがわかった。

過剰な称賛や持ち上げはなく、ただ「一緒にやろう」と背を押されたことが、素直に嬉しかった。

 

自己主張を避ける生活が長かったため、“見られること”そのものにためらいがあったが、今なら少しだけ前に出てもいいと思える。

この団地での暮らしが、他者を信頼する方法を少しずつ思い出させてくれている気がする。

 

役割が変わっても、変わらず誰かの助けになれたらと思う。

そういう場所にいられることが、ありがたい。ここに住むみんなのために頑張りたいと思う。

 

 

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◆ 総括(報告最終日:X年X月XX日)

 

本任務における調査対象地域──通称「すみれ平団地」は、当初公安側により「ヴィラン残党の隠れ拠点」「精神影響系個性による共同体形成の疑い」等の理由により、潜在的危険区域として指定されていた。

実際、旧犯罪歴を有する者、異形型で社会的孤立経験を持つ者、社会的弱者、個性特性による逸脱的生活スタイルを有する者が多数居住している。

 

にもかかわらず──本報告期間中、住民間におけるトラブル、暴力的衝突、思想強制、ヒエラルキー的支配構造、いずれも確認されなかった。

むしろ、以下のような状況が確認された:

元犯罪歴者の住民が子どもを保護する行動を繰り返している。

精神的脆弱性を持つ者が安全に暮らし、互いに役割を持って参加している。若年層を含む複数人が、見返りなしに日々の整備・補修・支援を行っている。教育機会を逸した子どもたちに対する自主的な学習環境が継続的に運営されている。所有概念の希薄化と、自然な分配・共有意識が機能している。

また、精神影響の可能性が最も高いとされた《あかり》についても、

・信仰対象として用いる者

・実用的照明器具として使う者

・象徴として飾る者

など多様な扱い方が確認され、共通の思想への“強制”は一切見られなかった。

 

象徴的だったのは、停電時に住人たちが手に《あかり》を持って自然と外へ出てきた光景であり、

「光を手に持つ者たちの輪」が、いかなる指示もなく形づくられていったこと。

それは一種の宗教的風景ですらあったが、誰も祈ってはおらず、ただ笑い、遊び、手を取り合っていた。

 

この団地における“空気”は、「こうあるべき」ではなく「こうありたい」という、静かだが強い希望の集積によって維持されている。

 

私は本任務を通じて、住民たちの姿勢に幾度も心を動かされた。

そして今、正直に言えば──この団地を“危険視する理由”が、わからなくなっている。

 

ここには確かに過去の傷を持つ者たちがいる。

けれど、その傷が癒え、共に生きる場を得ている姿を、「不気味」と断じることが、果たして正しいのか。

 

《あかり》は洗脳の道具ではない。

《あかり》はただ、そばにある光だ。

怒らず、裁かず、壊さず、誰のことも拒まない。ただそれだけの、優しい火だ。

 

住んでみればわかる。

ここは、良い場所だ。

もしそれでも不安があるのなら、一度来てみればいい。

怖れるには、惜しい場所だと、私は思う。

 

記録者:九鬼 結人

(潜入コード:K-03)

 

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