いきてきたるものがたり   作:かに3

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うんうん分かるよ君は悪くないそれって世界が悪いんだよ

 昨日と同じくらいの時間にゴミ捨て場に行くと、治安の悪いお兄さんが、絶対自分のものじゃなさそうな車のボンネットに腰掛けてタバコをふかしていた。正規の持ち主っぽいスーツの男が一瞬「……」という顔をして、それから諦めたように踵を返して去っていく。

 ここに置くというのは車上荒らしをしてくださいというだけの意味でしかないので、ちょっと椅子にされるくらいですんでラッキーくらいに思った方がいい。

 

 ちら、と俺の気配に気づいたお兄さんが顔だけ向けて「おう」と片手を緩く上げた。お兄さん、博識とお見受けしますお助けを……!

 

「性器が消失した場合って、おしっこまともに出ると思います……?」

 

 こんばんはの挨拶より先にぶちこんでしまったが許されたい。これ可及的速やかに答えが欲しいので……。

 

「性別適合手術があるんだからそれくらい出来るだろ」

 

「いや、焼けて全部取れちゃって見える部分尿道しかなくて三年間意識不明だった場合を想定して……」

 

「ずいぶん限定的じゃねーか、しらねえよプロに聞け」

 

 てか何言ってんの? とタバコの煙を空に吹き掛けて言われたが、ほんとそうだよな。俺も何言ってんだろうと思う。

「保険証もお金もないから……」

 

 俺の胸の前にある炎が揺れて翳る。

 ほんの少しだけ人の善意に火をつける『個性』。不安感を煽り、相手の庇護欲や正義感を刺激する。それが例え一瞬でも、「助けてやろうかな」と思わせるくらいの、火種を灯すだけのもの。

 正義感の強い人間はもちろん、「何者にもなれない」と虚無に染まってるような人にもよく刺さる。自分なんかに何もできないと思っていた人でも、この小さな炎を見れば、“目の前の人を助けるくらいは、できるかもしれない”と錯覚する。インスタントヒーロー作成個性だ。

 

 このお兄さんは見た目は粗暴言葉はダウナーだが、初手で放火犯疑いのワルガキを蹴り飛ばさないくらいには話が通じるし、俺が突然脈絡のない話をしても一旦は聞いてくれるくらいには優しい。

 たすけて……おはなしきいて……の願いを込めてじわじわと個性を発動していると、まだ長いタバコの火をボンネットに押し付けて消し、携帯灰皿にしまった。なんてナチュラルに治安が悪いんだ……。ポイ捨てはしないあたりが彼なりの区別があるみたいで余計に怖いな……。

 

「兄貴?」

 

「うん、そう。お兄ちゃん、いっぱい怪我してたけどここまでだったなんて知らなくて。いつも熱が出てるんだ、どうしたらいいのかな」

 

「いつから二人で逃げてんだよ」

 

「一週間以上は逃げてる」

 

「水飲まないとかずっと便所にこもってるとか腹が痛くて歩けねえとか?」

 

「熱が上がりきったら身体が動かなくなるけど、水は前から氷いっぱい食べさせてたしトイレには普通に行ってるし起きてから夜中まで鍛錬して帰ってくる」

 

「診察結果、元気。解散」

 

 問いかけている時は合っていた視線も、また空中へとズラされた。タバコを吸い直そうとしたらしいが無かったらしく、重々しい舌打ちが聞こえる。おお怖い。それでもあまり気にしないことにして「熱すごいよ!?」と聞けば「朝から晩まで鍛錬してれば誰でも熱くらい出るだろ」と至極真っ当な言葉を返された。

 

 た……確かに……。我が家、鍛錬時間異常教育が身近にあったから忘れかけてたけど、武者修行ですか? ってくらい鍛錬してるの可笑しいな……。熱くらい……出るか……? ただでさえ汗腺ぶっ壊れて体温調節が苦手になってるし……。

 

「一週間以上生きて動いてるなら尿閉はしてないだろ、今死んでねーならとりあえずは平気なんじゃねえの」

 

「よ、良かったあ……。あとアレだ、テストステロン問題……」

 

「男性ホルモンは薬局で売ってる」

 

「そんな気軽に!?」

 

「あるだろそりゃ、個性証明いるけどな。異形型とかで必要になるやつがいるんだよ」

 

「便利な世の中だ」

 

 俺のアホ面下げた感想があまりお気に召さなかったのか、治安の悪いお兄さんは「はん」と鼻で笑った。

 

「個性証明がなけりゃ売って貰えねえよ、それか病院でオイシャサマに「あんたは病気です」ってお墨付きでももらわねーとな。じゃあ強盗でもするしかねーわな」

 

「その方向で行く予定。それしか選択がないなら仕方ないしね」

 

 個性使えばたぶん何とかなるけど、いちいち顔覚えられるのも面倒だから他所行く前に燈矢くんと隠密しつつ強盗でもしようかな。俺が鍵開けさせて欲しいもの回収したあと、燈矢くんに任せて全てを灰燼に帰したらいいか。考え込んでいると、治安の悪いお兄さんは少しばかり驚いたような顔をしていた。

 

「お前結構悪いヤツだな」

「良い子だよ? 家族助けるために一生懸命なんて素敵だろ」

「いままで可愛こぶってやがったな」

「バレちゃったか」

 

 長い付き合いにはならないだろうから、いつまでも可愛こぶる必要は無いか。お兄さんは思い出したように袋を俺に投げ渡してきたので慌てて受け取る。中には綺麗に畳まれた柄シャツが詰められていた。

 

「捨てるからよ、好きにしろ」

 

「ありがとう!」

 

 今日も治安の悪いお兄さんは後ろ手を軽くあげるのをサヨナラの代わりにして、俺の感謝を背に階段を上がって行った。ボンネットの上には他にも袋が置かれていて、タッパーに詰められた筑前煮だった。嘘でしょ、急に家庭的だ。わざわざ手料理ってことは付き合ってる人にでも作らせたのを、洗って返せよ……つまり明日もここに来いよという意図で……? これで普通に置き忘れてたら面白いけど、落ちてるものは俺のもの、有難くいただきましょう……。

 

 ちなみに燈矢くんには治安の悪いお兄さんとのエンカウントについては何も言っていないので、昨日の意識高い夜食セットも俺が貰ってきたものだと思っている。今日の筑前煮も俺がそこらのご家庭のおばあちゃんから貰ってきたものとして「陽火くんもっと鶏肉食べろよ。おっきくなれねえぞ」と甲斐甲斐しくお兄ちゃんしてくれていた。あなたがお食べよ。絶対体力使ってるのそっちだからよ……。

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

 俺たちが子供の外見であるうちは、ひとつの場所は二週間くらいで移動するつもりだった。 それ以上になると情報が漏れて居場所がバレる危険が増す。

 

 どこかのバカがイタズラで身代金要求したり、何かを勘違いしたのか悪意なのかあちらこちらで【轟 陽火】目撃情報が出ていて捜査は難航しているらしい。

 

 治安の悪いお兄さんとは夜毎同じくらいの時間に約束しないまま何となく会って、なんとなくお喋りをして、なんとなく施しを受けている。

 そういえば最近『灯火』を使っていないが、それでもお兄さんの態度は変わらない。もしかしたら最初からなんにも効果を発動してなかった可能性すらあるな。

 

 お互いに名前も伝えないまま、年齢差のある友人みたいな緩い会話を続けていた。

 生きにくいよなあとか、ルール守ってたってどうしようもねえよなあとか。治安の悪いお兄さんはずっとダウナーに静かに喋るので、俺はそれを聞きながら「うんうんそれは世間が悪いね」と理解ある彼氏のような言葉を返し続けたのだった。

 

 別に俺が同意しなくても、たぶんお兄さんは怒らないけど実際だいぶ親切にしてもらってるんでね。あと別にそんなにまちがえたことを言ってる訳でもない。わかる……この世界結構カスよね……と同意できちゃう所もあるのだ。

 

 

「お兄さんはなんであんなに勉強してたの」と聞いた時には、深く煙草を吐いたあとに「ひとつくらい、良いものがあると思ったんだよ。夢中になれるくらいの夢があるかもしれねえって。今取れる資格は片っ端から取ってる」とカードケースを逆さにして証明証や免許証を地面に落とした。それをそのまま踏みつけて「全部ゴミだったわ」とつまらなそうに言うのでお兄さんも中々に拗らせているらしい。勿体ない。

 参考書たちに書き記された努力の結果すらも、彼にとっては意味がなかったのか。

 

「一番なりたいものには一生なれねえって事だけわかった」

「そっか、悲しいね。じゃあ二番目はなにかある? なりたいものでもやりたいことでも」

 

 『諦めないで頑張って』なんて言えるわけがない。その末路がいま拠点で俺が夜遊びすると拗ね散らかして寝てるアチアチの実兄です。方向性を変えるという方法を知らないまま、愚直に努力を続けた結果いずれ世界に爪痕を刻みおじさんを曇らせる存在へと昇華しました。

 

 

 

「……バイク、良いよな。好きな人と乗って走りてえな」

「ああ、良いね。海近いじゃん、水平線に沿って走ったら気持ちよさそう」

「……ここらの海なんてドブみてえなもんじゃねーか」

「遠くから見たら綺麗だよ」

 

 ここに来る時にオープンカーで通過したけど、太陽光が反射して綺麗だったな。プールはよく連れて行ってもらったけど家族旅行で海とは無かったから、そういえば今世ではじめて生でみた海だったかもしれない。

 

「もうすぐ違うところに行くんだ」

「なんで」

「追われてるから」

 

 兄貴ごと俺のとこ来いよ、誰か来たら追っ払ってやる。と、一回だけ言って即断で断られてから、お兄さんは同じ誘いをかけてこなくなった。だから俺がサヨナラの前段階で説明していると、苦い顔をしてもう一度「なんで」とだけ呟いて煙草を地面に投げ捨てる。足元がいろんな免許証とポイ捨ての煙草でめちゃくちゃだ。さっきまで携帯灰皿を使っていたのに、動揺するくらいには仲良くなってくれたのかと思うと少し嬉しい。

 

 

 

「生きにくい世の中だけど、やれることを全部やってみるのもいいかなと思ってるんだ。とりあえず俺の目標は逃げられるところまで逃げて生きれるまで生きる! がんばる!」

 

「……難しいこと言ってんなよ」

 

「生きれるまで生きるって言っとけば、死ぬまで頑張れるからさ。限界を超えていってみたいんだ。これが俺のプルス・ウルトラってこと」

 

 

 いつか終わるまではどこまでも逃げて、死ぬまで燈矢くんの傍にいてあげる。たとえそのせいで、この世界がめちゃくちゃになっても仕方ない。だってそうなったら原作通りだし、そうならなかったら原作よりも被害が低下ってことだ。より悪くはならないだろ、たぶん!

 

 お兄さんは眉間に皺をギュッと寄せてから、長くため息をついた。

 

 

 

 

「ああ、いいな。俺も限界を超えてみるよ。1個だけまだ、やってない事があったんだ……」

 

「頑張れ!」

 

「気安くいいやがる」

 

 

 俺の適当な応援に、お兄さんははじめて皮肉げじゃない笑い方をした。ふと目を細めて、声を押し殺すように微笑む。どこか遠慮がちで、柔らかい、可愛い笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

 

 

 

 

「おら死ねーー!!」

「ぎゃああああああ!」

 

「きゃっ」

 

 怒鳴り声とともに俺の運転する大型バイクが唸りを上げた。

前傾姿勢のまま、ハンドルをがっつり握りしめ、アクセルを限界まで捻る。目の前のゴミは、逃げようともせず─────いや、逃げる暇すらなかった。

 

ガッシャアアアン!!

乾いた衝撃音。肉が潰れる。数メートル進んだ後、丁寧に方向転換して弾けとんだゴミをもう一度轢いてから戻った。

 

 

「なあ“お姉さん”、俺で悪いけどデートしてくれない!?」

 

「…………ええ、“私”、海が見たいわ」

 

 

 人様の善意にタダ乗りして借りた大型バイクは殺人の凶器になったし、俺は今明確な殺意を持って人を一人殺したが不思議だ……全く後悔していない……反省すべき点がひとつも無い……。

 

 

 

 

 

 

 

 今日の夜にでもこの街を離れるつもりで、なんとなく最後に街を見て回っていた。

 

 昨日お兄さんと話していたから、バイクに乗りたくなったというのもある。いつもは燈矢くんがいるから車移動が基本だけど、前世ではツーリングが趣味だったから懐かしい。

 最初にひっかけた潰れかけた宗教団体の人は拠点をくれたし、治安の悪いお兄さんはこれからの生活に必要なアレコレを融通してくれた。案外いい街だったな……と思いながら、走っているとお兄さんがいた。昼間にもいるんだ。そりゃ居るか。ついでだから挨拶しようかと止まった時に、お兄さん以外の誰かがいるのがわかった。やっべ、ガキがこれ乗ってたら通報される。慌てて隠れようとした時、聞こえてしまった。

 

 

「うっわ……お前、マジで言ってんの? 自分が“女”のつもりでオレに惚れた?……ははっ、最悪。冗談にしてもキモすぎ」

 

 話の前後はわからないけど、なにやら穏やかではないことはわかった。お兄さんは俯いて動かないし、男の方は早口でまくし立てている。

 

「お前まさかそんなツラで誰か抱いてくれるとでも思った? キッショ、男にも女にもなれねぇ半端モンが、オレのこと好きって……気持ち悪ぃ。お前がこっち見てたと思うだけで、鳥肌立つわ。こっちは人間が好きなんでな? 性別どころか人間ですらねぇだろ、お前みたいな化けもんは、死───────」

 

 

 

 

 そして俺の「おら死ね」アタックへ続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよこのバイク、どっから盗んできやがった」

 

 湿った声がいつもの“お兄さん”の口調なので、俺もそれに合わせる。

 

「これ? 親切な人に貸してっていって借りてきたヤツ。なんか聞こえたらムカつきすぎて無理になった」

 

「丁寧に二回轢いてんじゃねーよ」

 

「好きな人殺してごめんね」

 

「いいよ、嫌いになったから」

 

「良かった。あと人を見るセンスほんとに無い。アレは無いって、悪口いってゴメンだけどアレだったら俺の父親よりギリマシってぐらいだからな」

 

「アレより最悪の父親かよ」

 

「身内だから最悪になってんの、他人ならあいつの方が嫌かも」

 

「ふふっ」

 

 背中が濡れてきてる感触がするけど、そこは何も言わない方が良い男なので黙っている。

 海沿いの道を走って走って、崖までのデートだ。崖から海へバイクを不法投棄したあとはそこらの車に『お願い』して街までとんぼ返りからの逃走再スタート予定。

 

 

 

 

「…………水平線、綺麗ね」

 

「あんたの方が綺麗だよ」

 

「やっすい言葉、ありがと」

 

 

 

 

 

 

 

 私ね、女の子なのよ。本当は、女なの。生きにくくて嫌ね、どこにも居場所なんてないわ。

 

選択肢も可能性も、どれだけ集めたって一番なりたいものになんてなれなかった。女の子になんてなれなかったわ。

 

 

 

 治安の悪いダウナーお兄さんはお姉さんだった。昨日ちょっとそんな感じしたんだよな。あれ? 可愛いなって思ったんだよ、年上の治安の悪いお兄さんのこと。

 

『可愛いな』の種類が女の子へ向ける、ああこの子って所作が可愛いなとか、そういう種類の『可愛いな』だった。

 

 

「お姉さん、あいつってはじめて好きになった人ー!?」

 

 速度を上げたせいで伝えずらくなって、無駄に声が大きくなる。

 

「そう! 初恋!」

 

 返事も同じように大声だ。

 

「女は男で変わるって言うからさあー! もっといろんな男に惚れてみたらー!? あれハズレだよ! ハズレ引いて諦めるのは惜しいって!」

 

「次の恋なんて出来るかしら! 私って恋に臆病なのよ!」

 

「出来るって、だってあんた可愛いから!!」

 

 

 お、ここから見る水平線もなかなか綺麗だ。

 

 

「生きれるまで生きて、頑張ろうぜ! やれること全部やってさ! 生きにくい世の中ぶっ飛ばしていこう!」

 

「ええ、そうね、私たち。……もっと自由に生きたっていいのよね……!」

 

 

 

 

 派手にバイクを不法投棄して、治安の悪いお兄さん改めお姉さんと「また会いましょうね」と握手をして、そのまま手を繋いで『お願い』して譲られた車で元気に帰宅。

 帰宅予定時間を大幅に超えた結果、拠点周りが灰燼に帰してメンがヘラっておしまいの燈矢くんが「陽火くんが嘘ついたかと思って悲しかったから」と言い訳をしてるのを車に詰め込み、俺たちは次の街へと向かったのだった。

 

 

 

 

 それから数日後かな、最近のやばいヴィランのニュースでお兄さん、改めお姉さんが出まくるようになったのは。

へえ、ヴィランネーム『マグネ』っていうんだ。 なんか……いた気がするな……。敵連合に……いた……なあ…………?

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