いきてきたるものがたり   作:かに3

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医の者の指示:みずをたくさんのみましょう

 海の見える治安の悪い街から移動して、海の見えない治安の悪い街にたどり着いた。

 

 俺たちは治安の良い街では逃げきれない自信があるので仕方ない。法と秩序の監視網が整っている場所では、たとえ潜伏していても即バレだ。全国が注目中の行方不明者轟陽火くんと、不審な全身大火傷少年(接触すると攻撃してくるぞ気をつけろ)のコンビには安寧がない。俺たちはもっとこう、雑音の多い街が似合ってる。今回の拠点は廃業した食堂で、厨房がまだ生きている。つまり、業務用の氷がジャンジャン作れてありがたいったらない。

 

 居住スペースと裏口が繋がってるのも都合がいい。裏口から帰ってきた燈矢くんを見つけて、意識があるうちに風呂へ追いやる。

 ふらつく足取りのまま浴室に押し込んで、水シャワーを頭から浴びせながら、バケツ5杯分の氷で全身を冷やしてやると、「なんで意地悪すんの……?」と、信頼してる飼い主に叩かれた犬のように悲しそうな顔をされた。

 

 いや、陰惨ないじめじゃないんだ……。これ、燈矢くん視点だとやっぱりそう見えるのか? 冷やしたいだけなんだ。俺はただただ実兄の脳が煮え立つのと排尿困難の尿毒症が怖くて仕方ない。

 

「俺、お風呂はお湯がいい……」とか細く訴える声を、「体温を人類の平均値まで下げてからのお話だなあ」とさらりと無視して、追い氷。浴槽の中では、入れた先から水がぬるま湯に変わっていく。正確には、冷えたはずの水が体温に押されて変質していくのだ。

 

 本当に大丈夫か? これ。  マグネ────治安の悪いお兄さん、もとい治安の悪いお姉さん曰く「問題ない」とのことだったが、彼女も別に医者というわけではないしな……。

 まあ彼女の勤勉さには信頼が置けるんだけど、それはそれとして。いくらこの世界が『個性』でしっちゃかめっちゃかだとしても、肌一枚向こうで発火してるような体温って、本当に健康と呼べる範疇なのか? 触ると熱い。ずっと熱い。しかも全身。バケツ5杯分の氷を溶かすの、普通にやばくない?

 

「とやくん寒い?」

 

「だいじょうぶ」

 

「ダメそうだなコレ……」

 

「え?」

 

 その「だいじょうぶ」は全く大丈夫じゃないやつだ。少しでも寒くあってくれ。氷と水シャワーでそうなってくれなきゃ意味がないんだよコレ。

 

 原作まであと何年もある。三年前よりも見違えるほど大きくなったし、事故のせいで火力が落ちたとはいうが日々の鍛錬で炎は赤より蒼い方が多いままだ。これ、何事もなく成長してれば本当に最高火力になったんじゃないですか!? 許せねえ……エンデヴァー……! 実父の損切りが早すぎるせいで……。

 俺が遠い地の、一応俺のことを探してくれてるらしい父親に負の想いを馳せていると、燈矢くんは「陽火くんが赤ちゃんの時、俺が風呂にいれてあげたんだぜ。こういうアヒルいっぱいいれてさ」と、器用に炎でアヒルを作ってみせて浴槽の氷を全て溶かしていた。火力~~!

 

 母の抵抗虚しく双子の片割れとも引き剥がされた俺には専用の子守りが着いたけど、通いだったからね。本当は夜専門での子守りも居たらしいけど情緒不安定長男筆頭に家の中に他人を入れたくない子供たちが奮闘して俺の世話を焼いてくれてた。離乳食になってて助かった。あと父さんほんとやり口狂ってる。俺が! 心が大人でなかったら! 死んでたからな!! 物理で!!!

 

 おぼえてるよふゆちゃんが手を滑らせて俺を沈めたよね……とか、なつくんが寝返りで俺のこと圧死させかけたよね……と俺の死亡フラグ回避ログを語り合っていると、燈矢くんは「陽火くんは記憶力がいいな」と素直に褒めてくれた。

 

 赤ん坊の頃からの記憶が鮮明に残ってるガキ、気色悪いものなのに全肯定だ。優しいんだよな、俺にとってだけは。

 今日も『かつて人だったもの』の黒灰を頭から浴びて、血まみれの財布を何個も回収してきた俺のお兄ちゃんは思い出と変わってしまった容貌で優しく笑う。全くもって世界はせつない。

 

「とやくん動ける?」

「だるい」

「がんばって起きて布団に行きます」

「んー……」

 

 浮力に勝てずに力尽きてるところを鼓舞しながらなんとか引き上げて、びしょ濡れの身体にタオルを被せて連行する。濡れたまま布団に転がり落ちたのを拭きながらドライヤーで髪を乾かしてやると、うつ伏せのまま「俺、赤ちゃんみてえ」とくすくす笑っていた。

 

 俺に優しいけど、普通に残虐性はある。火力がどれだけあるか確かめる為だけに人を殺して帰ってくるし、自分という存在があるせいで弱体化していないか不安だった俺がそれをみて安心してしまったのがバレて、「陽火くんが喜んでる!」という殺伐成功体験を積ませてしまったために俺の知らないところでも最低でも一日一殺はしている凶悪犯だ。まあ原作の荼毘もこれくらいは攻撃性たかかっただろ、たぶん。

  

 でも、俺の知ってる『おじさん曇らせシーン』の【荼毘】とは、やっぱり何かが違う。

 俺との会話で少し子供っぽくなるのは、身内への甘えがあるから、と言えば説明はつく。でも身長はあと20cmくらい伸びるんじゃないか? いや、今16歳だけど、ここから? 成長ホルモンってどうなってるんだ? そもそも燈矢くん、生殖器の喪失による男性ホルモンの供給不足とか、そういう方向の懸念が俺はずっと心配。薬局襲って回収したけど、適量ってあるじゃん。適量わかんねえよ。燈矢くんはもともと小柄で、成長も遅かった。それは本人の体質的な問題でもあり、家庭環境でもある。で、このままで……本当にいいのか? 医者……! 医の心得ありし者……!!

 絶対どこかに支援者がいたろ、原作開始までに。医者系のやつ。絶対にいる。俺が出会えてないだけで、この世界にはフラグなんてものは存在しないのだから、見逃しただけなんだ……!

 

 

「陽火くんがいて良かった、死ぬまでいっしょな。約束したもんな」

 

 9歳の弟に16歳の兄が言うような言葉じゃないんだよなあ……。

 たいしたことのない言葉なのに、じっと返事を待つ姿は裁きの言葉を待つ受刑者みたいにシリアスだ。また勝手にメンがヘラってる。

 

「俺は嘘つかないよ、死ぬまで一緒にいてやるから」

 

「うん」

 

 燈矢くんは瀬古杜岳で焼けた13歳の時で、実質的成長は止まってしまったのかもしれない。

 

 俺は心配です。本当にこのままでいいのだろうか。無事に原作までに、おじさんを曇らせられるくらいになるのだろうか。俺という足枷付きな上に、俺の存在のせいで原作でいたはずの支援者と出会えないなんて笑えない話だ。

 そんな微妙な状態で雲らせられるほどエンデヴァーは弱くない。焦凍だって最高傑作だ、このままだと軽くいなされて終わる……なんて最悪のオチになってしまう。

 

 ケロイドまみれの身体と無理やり皮膚をつなぎ止めるための無骨な金具。欠損した肉体の部位。重すぎるだろこの世界、燈矢くんには是非、エンデヴァーに「ざまあみやがれ」と啖呵を切ってほしいんだ。だってそれくらいないとあまりにも酷いだろ。可哀想だろ、俺にとっては優しい兄ちゃんだったんだぞ。

 

 うつ伏せからひっくり返して、なんにも無くなってしまった燈矢くんの股間を眺めながら「いたわしい……」と呟くと、「陽火くんそこばっかみてえっちだ」と笑われた。ほんとそういう意図は無いです。

 

 

 

───────

 

 

 

 廃ビル裏のゴミ捨て場は前の街と違って生真面目な人間が皆無なのか全部荒らされている。雑誌でも服でもなんでもいいんだが、ろくなものが無い。仕方ないので人に『お願い』してあらゆるものを譲ってもらいながら生きていたが、癖になってんだ、ゴミ捨て場みながら歩くの。

 

 最近ここら辺、不審者が出て行方不明者も増えてるんだって! あっぶな~~い!

 たぶん俺の実兄ですね。あと三日くらいで移動するんで、ご近所の皆様も出会い頭焼き殺しガチャの当たりを引かないように祈りながら生きていただきたく……と思っていたが、なんとこの世には俺たち以外の不審者と行方不明者の元が存在していたらしい。

 

 助けてヒーロー。ヒーローが来ねえからこの治安の悪い土地を選んだんだわ。おしまいだなこりゃ。

 

 

 

 

 

 

「……っ、うわ……」

 

 最初は獣の死体かと思った。毛皮に覆われた獣のようなシルエット、180センチはありそうな巨体。倒れたそれの腹部が裂けて、内臓じゃなく“人の手”が突き出している。しかもその手首には血がついてなくて、あまりに綺麗だった。

 

 ───────違う。死体じゃない。死体“入り”だ。

 

 よく見たら、それは白い毛皮の身体の胸のあたりが縦に割けていて、裂け目から小柄な人間の死体が半分はみ出していた。女か男かも判別できない。顔色は青く、冷たい。

 

 そしてそれを“吐き出しかけた”まま倒れていたそれは、人間の顔がついていた。顔だけは驚くほど整っていて、情がなく、目も半開きで、肌は死人のように白い。でも、鼻筋や骨格は人間と変わらず、ただ一つ、人間じゃないのは─────蹄のついた足と、毛皮に覆われた巨大な獣の胴体だった。

 

 ふっつーに怖い。怖かった。びっくりした。異形型? 異形型ですね? な、なぜ死体を……いれて……? 食べ……?

 

 

 

「生きてるか~……?」

 

 おそるおそる言葉をかけると、そいつはゆっくりと瞬きをした。生きてる。生きてんのォ!? どうしよう! 割となんも考えず行動した!

 

 ぐぽ、ぎゅぱっ。そういう音がして、透明で粘性のある液体が彼(彼女?)の胸から溢れ出て、収納されていた死体がこぼれ落ち、ついでに俺の顔面も謎の液体でぐっしょり濡れた。

 

 

「俺が何したってんだ」

 

「だせました」

 

 乾いた声だった。よく通る、けれど感情のこもらない、空っぽな響き。その白い異形型の人は、胸の裂け目をゆっくり閉じながら、体を半分だけ起こした。

 毛皮の奥で、粘膜のようなものがひくひくと動いて、内側から縫うように切れ目がふさがっていく。

 

「日常生活に突然のホラーはキツすぎる……どうした……何があったんだアンタは……」

 

「怖がらせる、申し訳ない。よしよし」

 

「この死体なに……」

 

「荷物です、移動する。しかしダメだった。無理な運用が続きました。処理場までの隠蔽手段として、出し入れを繰り返し、あるとき、体内で動かせなくなりました。死体が、詰まりました。出せなくなりました。しかたのない、私の個性と移動、違います。死体は分からない。見ても診察できない」

 

 たどたどしい口調で「なおせない、なおせない」と繰り返すその人は立ち上がろうとして自分の出した粘液に滑り、毛皮でモフモフと衝撃を吸収しながら天を仰いでいた。

 

 

診察……?

 

なおせない……治せない……?!

 

 

 

 こいつ、原作キャラなんじゃないか!? 絶対そうだろ! キャラ立ってるもん!!

 

「しをまつのみ」

 

「死ぬな死ぬな! あんたの力が必要だ!」

 

 うおー! この流れめちゃくちゃジャンプっぽい! 原作の燈矢くんもきっとこうやって仲間を集めて行ったんだな……! これが世界の強制力、辻褄合わせは完璧だ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

 燈矢が拠点に戻った時、弟のそばになんの脈絡もなく白い毛皮と人の顔の長身異形型個性の人間がいたのは事件でしか無かった。反射で攻撃をするより先に「とやくんちょっと丸呑みにされて」と言われて「なんで?」の疑問が口をついて出て、攻撃はキャンセルされる。

 

「彼は俺の協力者、一回体内に入れたら身体をスキャンできる個性なんだって。一回ちゃんと調べよう!」

 

「中に入れて、診ます。個性です。嚥査」

 

「は?」

 

「動かないで抵抗しないで言うこと聞いてて。俺の言うこと聞いて」

 

 燈矢は陽火に怒られるのが怖い、見限られるのが怖い、なのでちょっとでも強い口調で言われると途端に弱くなって無条件に了承の返事だけを返す癖がついていた。

 

 

 目の前のよくわからない第三者、毛皮に覆われた獣のような巨躯。立ち上がる動きは緩慢でいて滑らかだった。地を踏む蹄の音は聞こえない。質量を感じさせないその挙動が、却って質量を圧しつけてくるようだった。

 

 胸が割れた。

 

 何の予兆もなく、ぴしりと縦に、胸の中央……心臓に相当する部位が裂ける。内側は臓器だった。蠢く湿潤な膜が、ぬめりと光を反射していた。

 

 それは生きていた。確実に。

 

 赤紫の糸のようなものが束になって絡みつく。血管、と思った。ぬめりとした器官が触れた。皮膚を撫でるように滑り、導くように包み込む。飲み込むのではない、抱えるのでもない、ただ粘膜の奥へ導かれていく。

 

 

 

 

 そして閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

ベッッチャッッツ

 

 数分後、粘液まみれで吐き出された燈矢は呆然としながら「……なんで?」ともう一度陽火に問いかけた。俺、陽火くん怒らせることしたか? なんかもう怖い。なに? なにに対する罰だこれ。

 

 いつも優しい大好きな弟は「これ、消毒と微弱な治癒効果と傷口の保護と美肌効果があるらしいよ」と、良かったねみたいに言ってくる。陽火くんは頭がいいけど、説明を省く。俺にもわかるように言って。説明して。なんにもわかんない。怖かった。燃やさなかったことをまず褒めて欲しい。

 

 

「熱、あります。しかし……個性利用にて、深部、冷却。脳への影響、ほぼ、ありません。すごいです。胃腸、すこし炎症。けれど、これは……たぶん、固形物。久しぶりに食べた。びっくり、体が。

───肉体、損傷。とても大きい。痛み、あります。でも、動いてます。立ってる。気力で、生命力、つなげてる。医学的に、説明、むずかしい。ほぼ、オカルト。すごいです。ほんとうに」

 

「やっぱ後遺症大きいか……膀胱、膀胱どう? 破裂寸前とかじゃない?」

 

「問題、あまりなし。でも水、足りないです。飲むより、使う。身体の中、冷やすのに使ってる。なので、今より飲むべき」

 

「足りないと膀胱炎とかになるよな……」

 

「なる、あぶない」

 

 

 

 

 

 この会話はどこからどう見ても医療相談なのに、全体に漂う異常さが消えないのはなぜだろう。視界の端に、まだ毛皮がぬるりと蠢いていた。

 

 

「陽火くんお願い、俺にも説明して。─────誰、それ……?」

 

「仲間」

 

 

 

 なんにもわかんない。弟の友達として変なやつが来たことしか分からない。ただでさえ鍛錬で体温が上がりきって疲れていた燈矢は、考えることをやめた。寝て起きたらいなくなってるだろう。たぶん、きっと、おねがい。頼む。




【勝手に原作キャラのだと勘違いされてるオリキャラ】
アレ

あれ、それ、てめえ、やくたたず、ゴミ、の中から1番好きな音を名前として認識することにした。
異形型個性の子供をペットとして売る敵組織に幼少期から攫われていたが、成長が早くて売れ残り『入れ物』として使われるようになった青年。顔は中性的な人間、身体は白い毛皮の獣、両腕は人と同じ構造だが足は蹄。両親は個性婚で【白澤】を作る予定だったらしい。本来の原作時間軸では「しをまつのみ」で既に故人。

個性【嚥査】:対象を自らの体内に取り込み、生体状態をスキャン・解析する個性。胸部中央(心臓部に相当する位置)には、縦に裂ける構造(“診療口”)が存在し、そこから対象を体内へと引き込むことで発動する。尚、医療行為自体は本人の技術頼みなので完全に素人に毛が生えてる程度。何しろ監禁生活22年実年齢23歳なので。喋り方がたどたどしいのは喋ると電撃が与えられる首輪をつけられていた名残のトラウマ。いろいろあったが今はたのしい。
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