いきてきたるものがたり   作:かに3

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ぱち、ぱち、と、燃え果て、

 

 

 会話はドクターに聞かれている。

 

 

 ということで、燈矢くんが現No.2のホークスと行う悪巧みと、弔くんがギガマキくんを跪かせるためのバトルは、現在同時進行で行われている。俺はその両方を、ドクター経由のカメラやマイク越しにリアルタイム鑑賞しているわけだ。

 

 燈矢くんに貸されたフードちゃんのスペック的には、けっこういい感じに暴れてくれると思う。性格的にも気が合いそうではある。ホークスの方も、全然信用していなくてGood。協力してくれるとは言っているけれど、なんか、あまり信用に置けないんだよな。

 

 綺麗すぎる。

 

 あまりにも俺たちに都合よく悪堕ちしてくれようとしているところが、臭う。俺の嫌いな臭いだ。

 前世のあの時、「同じアジア人だね」と近寄ってきて、俺の口座を止めた公安のあいつと、履歴書が似ているんだよな…………。

 なんだろうなあ……正義くせえンだよなァ……。正しいもののにおいがする。ルールのために、こっちが努力で積み上げてきたものを台無しにするやつの……。現地の暗黙の了解を、法という暴力で粉砕して責任は取らない輩の……。

 

 まさかね!

 

 一方、弔くんたちは、俺がドクターに送金させた詐欺の和解金40万円で、「いえ~い、見ってる~~? いまお前の金でケバブ食ってま~~す笑笑」と、どこにあるか分からないカメラに向かって全員でポーズをとってくれていた。そして、俺の希望通り、モリモリ食事をしてくれた。

 

 ありがとう……。

 

 俺がとにかくみんなのお腹を満たしたいという特性を持っていること、ちゃんと理解してもらえて嬉しいよ。全然カメラの方向と違ったけど。

 

 俺、ほんとみんなのこと大好きだよ。

 

 会いたい……。

 

 

 

 

 

 

「おお、陽火! ここにおったか! おまえをな、縦にこう、切断するとするじゃろ。増える可能性が考えられる!」

 

「俺のことプラナリアだと思ってます? 人体ってそう出来てないんで」

 

「小指は生えてきたじゃろ」

 

「不意打ちで切断された俺の可愛い小指から、“俺”が生えてきました? 落ちた指は灰になって消えたので、俺を半分に割ってもどっちかは灰になるか、再生できずに死にます。はい論破。俺のひとつしかない、かけがえのない命でトライアンドエラーするな」

 

 みんなに会いたいよ~~!

 

 弔くんも俺のことをバカスカぶっ叩いていたけれど、弔くんの平手には確かに愛があった。そもそも、個性で俺が傷つかないようにわざわざ平手にしてくれているところが、もう愛情でした。というか弔くんが敢えて痛いように叩く時って、ほとんど俺がやらかした時の躾だったし。

 

 一方でこの邪老は、廊下の曲がり角から食パンを咥えた遅刻寸前の少女みたいな勢いで飛び出してきて、ナイフを構えたまま俺の腹に一撃入れようとしてくる。

 

 俺の回復能力を試すっていうか、もう趣味でやってることだろ、これ。痛いし怖いよ。

 なんだ? 俺が攻撃を受けた時に黙り込むせいで、まだイケると思われている?

 泣き叫んで転がり回った方が良かったか? この老害と一緒にいるの、あらゆる面で苦痛すぎる。

 

「俺よりもほら、荼毘くんたちの方が頑張ってるから、そっち見てくださいよ」

 

「お、フードちゃんは活躍しとるかのう♡ 軽く300人くらいは死んどるところか?」

 

「エンデヴァーにボコられてるし、死者はゼロ」

 

「は?」

 

 映像を拡大したモニターへ、突進するように飛びついたドクターが、「は? は? は?」と本気でキレている。

 

 おもろ。

 

 ざまあねえや。

 

 いや、俺の立場的には、フードちゃん頑張って♡ 荼毘くんやっちゃって♡ なんだけど、なんか……ドクターが嫌な思いをしてくれたら、それだけでけっこう嬉しくなっちゃうくらいには、もうドクターのことを嫌いになってしまって……。

 

 俺、自分が嫌いな人間が嫌な思いをしているだけで、心が癒やされるタイプの人間だからさ……。

 

 フードちゃんが負けていること自体は、もちろん状況としては全然よろしくない。よろしくないんだけど、モニターに張り付いて「なんでじゃ!」「ありえんじゃろ!」「フードちゃんが! ワシのフードちゃんが!」と喚いている邪老の後頭部を眺めていると、不思議と胸の奥がぽかぽかしてくる。野原でたんぽぽの種を吐息で飛ばして遊んでいる時と、同じ癒し効果がある。ドクターの不幸でほうれん草が美味いね、ジョンちゃん。

 

 フードちゃんも、最初はいい感じだったんだけどな。

 

 荼毘くんは、ホークスの裏を突く形でフードちゃんを投入した。そこまではよかった。実際、奇襲としての効果は十分にあったと思う。ただ、ちょっとフードちゃんは我が強すぎた。

 なまじ知能があるぶん、標的に固執する。現No.1────エンデヴァーが思った以上に粘るものだから、そちらに意識を引っ張られすぎたのだ。

 

 ある程度とはいえ、知能があるのも考えものかもしれない。

 

 指示が普通に無視されることがある、と分かっただけでも、良い試運転だったんじゃないかな。

 

「一回はエンデヴァーを倒したけど、ただの覚醒イベントに消費されたかんじ」

 

「おお、ワシの可愛いハイエンドが……可哀想に……! 荼毘は回収してくれるかのう!?」

 

 ドクターが振り返り、俺にそう聞いた瞬間だった。

 

 モニターが光を放つ。

 

 画面いっぱいに炎が走り、エンデヴァーの必殺技が決まった。

 

 俺は、パチパチと拍手をしていた。ドクターは地に伏し、黒焦げになったフードちゃんを悼んで本気の涙を落としている。

 

 ぱち、ぱち。

 

 惰性のように拍手を続けながら、そういえば俺は父さんが最初に倒れた時、何も心が動かなかったな、と思った。

 

 あー、エンデヴァー負けちゃったか。

 

 それくらいだった。

 

 強いて言うなら、倒れるなら燈矢くんが来た時にしてくれよ、という軽い憤りを感じたくらいだ。タイミングが悪い。使い勝手が悪い。舞台装置として見るなら、もう少し空気を読んでほしかった。そういう、ひどく冷めた感想しか出てこなかった。

 

 きっとこの戦闘は、日本中がニュースで見ている。

 

 市民たちは、傷つきながら戦い、倒れ、それでも立ち上がる大きな背中に希望を見出したことだろう。きっと沢山の人が、負けるな、立ち上がれ、俺たちが見ている、と応援したことだろう。あの背中に、自分たちの日常を託したのだろう。

 

 素晴らしいなあ、と思う。

 

 同時に、俺には関係ないものだなあとも思った。

 

 なんでだろうか。

 

 水族館の水槽くらい分厚い壁がある気がする。向こう側で巨大な生き物が泳いでいるのは分かる。綺麗だとも思う。迫力もある。多くの人が息を呑む理由も、頭では理解できる。

 

 けれど、こちら側に水は来ない。

 

 音も、熱も、届かない。

 

 俺は割と、感受性豊かな方の人間だと自認している。仲間が泣いていたら可哀想だと思うし、腹を空かせていたら身銭を切ってでも飯を食わせたくなる。

 

 それでも何故か、全然、心が動かなかった。

 

 父さんが倒れても。

 

 父さんが立ち上がっても。

 

 父さんが日本中の希望になっても。

 

 俺の中のどこにも、波紋が広がらなかった。

 

 ぱち、ぱち、と拍手の音だけが、処置室みたいなこの部屋に残っている。隣ではドクターが「フードちゃん……!」と嗚咽している。モニターの向こうでは、誰かの希望が燃えている。歓声が聞こえる。新たなるNo.1を讃える民衆の声だ。きっと荼毘くんはイライラしているだろうな、イライラを通り越して笑えてきてる段階かもしれない。

 

 俺はモニターを眺めながら、ふと思った。

 

 もしかすると、俺って父さんのこと、だいぶ嫌なのかもしれない。

 

 一応、転生デバフで赤ちゃんの時の記憶が残ってしまっている。まだかろうじて俺に興味を持ってくれていた時の、微かな父親らしさを知っている。だから、嫌いになれないなあと思っていた。

 

 でも、今日のこれで考えを改める必要が出来たかもしれない。俺は冷血漢ではないので、“嫌いじゃないもの”が死にかけたり、酷い目にあってたらある程度心が動く。

 ジョンちゃんのことだってそうだ。俺はジョンちゃんのことを、マジできしょいなと思ってるし、ビジュが無理すぎて夜中に見るといまだに本気でビビる。

 でも、ボディ部分が赤ん坊だなと察した時は「このカスジジイ死んでくれよ」と本当に思ったし、連想して「あ、もしかしてこれ弔くんが定期的に作らされてる子供……」と嫌なことを考えて悲しくもなった。

 

 ジョンちゃんでさえ俺の心を揺さぶるのに、父さんがフードちゃんに顔面ぶっ飛ばされた時に思ったのは「あ、ヘッドショット」だけだ。キル取れるかな程度の、完全な他人事。

 なんならジョンちゃんに人参のペーストを食べさせてブーブー吹き出されたのを「人参は嫌なんだあ」と宥めてお口を拭いていた。こっちの方が、俺にとって重要度が高かったのかもしれない。

 

 好きの反対は無関心ってはなし、信用してなかったんだけどこれなのかな。

 

 ドクターのこともっと嫌いになったら最終的に無関心になるのか? でも、たまに可愛いからなこのカスジジイ……。関わりがあると、どうしてもプラスの部分も見つけちゃうからな……。

 

 

 ああ、関わり無かったからか。思い出の貯金がカラなんだ。もう赤ん坊の時の、些細な記憶では補いきれないほどの時間が過ぎてる。口座に数円だけ残っている古い通帳みたいなもので、その数円を引き出すためにそれ以上の手数料がかかる。俺にとっての父さんって、そういう存在なのか。

 

 

 俺の中で、何かの答えが見つかりかけていると、画面の向こうで荼毘くんが「ちょっとご挨拶でもしますか」くらいのノリで、エンデヴァーとホークスの前に姿を見せた。

 

 荼毘くん、結構優しいからな……。

 

 ここでホークスを攻撃しておけば、ヒーロー側に「寝返ったのではないか」と疑わせる隙を与えずに済む。どこを突っつき回してもひっくり返しても、連合とホークスの繋がりは無い。あくまでも襲撃。あくまでも敵対。

 

 あと、ワンチャンついでに殺せたらラッキー、くらいの気持ち。

 

 それから、父さんがここで死んだら嫌だから、発破をかけて元気になってもらおうね、の気持ち。

 

 そして、自己顕示欲。

 

 概ね攻撃的な行動です。

 

 とはいえ、ミルコの横槍で仕方なく撤退する流れになり、荼毘くんから「氏子さん」という短い言葉でワープ依頼が来たので、俺はジョンちゃんを撫でて合図を送った。

 いま飼い主のドクターは泣いていて反応しませんからね。なんて役に立たないんだ、このハゲダルマ。

 

 ジョンちゃんがぶるぶると震える。

 

 同時に、画面の向こうの荼毘くんが、泥を吐き出した。

 

 要約すると、「お父さん、また会おうね」という別れの言葉のあと、ミルコの蹴りが泥を散らす。危ねえな、荼毘くんに当たったら怪我するだろ、やめろ。

 

 完全に泥に呑まれる寸前。

 

 直前までの怒声とは打って変わって、荼毘くんはふっと気の抜けた声で、「そうだ、“よろしく”だってよ」と、取ってつけたように伝えた。

 

 そして、笑い声だけを残して消える。

 

 ワープ先は、街ひとつ離れた廃倉庫だ。すぐに追撃されることはないだろう。位置も距離も悪くない。撤退先としては、かなり安全な部類に入る。

 

 それはいい。

 

 それはいいんだけど。

 

 俺が適当に書いた伝言、そんなに律儀に伝えないでくれてよかったのに……。

 

 

 

 とりあえず、荼毘くんの方は、特に問題なく山場を越えた。

 

 後処理が終われば、そのまま弔くんたちの方へ合流してもらえるだろう。そう判断して、モニターの表示を弔くんたちのチームへ切り替える。

 

 どうやら、いまはギガマキくんの休眠時間らしい。

 

 約3時間眠っては、元気になって襲ってくる。ちょっと寝ただけでHP完全回復するのやめてください。おはようございますの代わりに地面を割るな。日本の国土を物理で削るな。荒れる中年男性、こわすぎる。

 

 こんな環境なので当然みんな、まとまった休みは取れていない。ギガマキくんにマーキングされ、集中的に追い回されている弔くんに至っては、眠り方がほぼキリンだった。立ったまま数分ずつ細かく分けて、気絶しているのか寝ているのか分からない時間を一瞬だけ得ている。

 

 俺は……心配です……。

 

 一応、エネルギー源として食事は意識して摂ってくれている。かつてグミだけで生きて栄養もクソもなかった弔くんも、俺が毎日せっせと餌付けした結果として、食事を当たり前のこととして受け入れてくれた。

 

 でも、睡眠も命に関わるから……。

 

 別に弔くんがショートスリーパーという訳ではないこと、俺は知っているから……。放っておくと生活リズムがぐずぐずになるだけで、本来ちゃんと寝ないと駄目なタイプの人間だって、俺は知っているから……。

 

 荼毘くんが合流したら、なんかこう、うまい感じに覚醒イベントが起こってくれないかなあ。

 

 いや、あるだろ。イベントが。こういう時に発生するやつが。

 

 苦戦、消耗、仲間の合流、極限状態、謎の覚醒。

 

 物語としては完全に条件を満たしている。満たしているはずなのに、こちらに攻略本がないせいで、いつ発生するのか分からない。

 

 ここ最近、3日に1度は後悔していることを、今日もまた繰り返した。

 

 前世でヒロアカ、ちゃんと履修しておけば良かったなあ……。

 

 

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