俺を認識した弔くんが、咄嗟に罵声を繰り出した。手振りでシッシッと追い払われる。実家のような安心感だ……全員から拒否されている状態でなければ……。
仲間の元へ向かったはずなのに突然のアウェー感。ひどいよ……となっている間に「sit!」というコマンドが矢のように飛んでくる。
叱られの発生を確認。粛々と、枯葉の上におすわりをした。
先程までいい感じに敵地を見下ろしていたみんなが、「お前さあ……」の顔で俺を囲んでいる。いじめですか!? やめてください! よく懐いている俺ですよ? 最年少だぞ!! あらゆるものを大目に見てくれ。
こちとら実兄による叱られない教育でここまで育ってしまった化け物やぞ。もう後戻り出来ないんだ俺はよ……。
「今おまえが来たってなんの役に立つんだよ! 戻れ! ハウス!!」
「利口な不服従」
「盲導犬とかが安全のために敢えて指示を無視する事と、おまえが突然馬鹿になることを一緒にするな」
弔くん、実はちゃんと犬が好きだから、こういうことは知っているんだよな……。
みんな~! と意気揚々と合流した俺は、現在、地べたに正座をさせられたうえで、「今忙しいから、わがまま言わずに帰れ」と詰められているところです。
みんな、時間制限あるんだからさっさと行こう!? 俺に構っている暇なんてないよ!!
弔くんは首元をガリガリと掻きむしりながら、「おまえをみてる暇はねえんだよ、も・ど・れ」と叱ってくる。
でも、俺はここで素直にワンとは言えないんだ。
だって……四ツ橋のやつがムカつくから……!
俺だってあいつに、嫌な気持ちを味わわせたいから……!
気合を入れて弔くんを見上げる。すると即座に、「なんだテメェその生意気な目は!!」と平手でぶっ叩かれて、「痛い!」と泣く羽目になった。躾の反射速度がはやすぎる。
「俺のことは大丈夫。危険になったら、ドクターがすぐ回収してくれるから。俺は非戦闘員だよ? そこらへんはちゃんと弁えてるって」
「ドクターと話つけてんの。じゃあもう初めから引っ込んでな~? さすがに今の状態で後ろ気にしてられないから、もしもの時は見捨てるよ」
ミスターが、俺のぶっ叩かれたところを雑に撫でながら言い聞かせてくる。
ミスター優しい! うおおお、好き!!
感極まって足に抱きついたら、「調子に乗る速度が速い」と軽く蹴られた。ひどい。
俺は一ヶ月以上、邪悪な老人か改造死体しかいない空間で生きてきたんだぞ。濃硫酸をかけて襲いかかってこないし、痛そうなところを撫でてくれる優しい仲間が恋しくても仕方ないだろ。甘やかしてくれ。
「見捨てても大丈夫! ジョンちゃん転移できるよ!」
嘘です。
そんな約束はしていないし、俺が死にかけたとしても、ドクターは「あれま」と見守りながら、「治るかのぉ」とワクワクするくらいだろう。なんなら、自分が表に出ずに済む臨床実験くらいに思っているはずなので、俺を助ける気は皆無だ。
「俺は、俺が弱いってちゃんとわかってるんで、危ない時は逃げます! でも、俺だって連合の仲間だからさあ! 俺だけ置いていかないでよ! 戦闘能力がないなりの戦い方ってやつ、ドクターのところで学んできたから! ほんと! 一回だけ信じて!」
嘘です。
ドクターのところで学んだのは、俺の耐久力が案外高いということだけです。
それでもみんな、ギガマキくんとの戦いを通して戦闘技能を磨いてきているから、俺にも何かしらのレベルアップイベントが発生していたのだとなんとなく思ってくれたんだろう。
俺なんか、ドクター相手に濃硫酸をかけられたり、かけたり、刺されたり、殴ったりするだけの生活でした
あと一緒にポップコーン食べながら映画を観たり、ハイエンドの世話をしながら作り方を教えてもらったり、ドクターの人脈を紹介してもらって縁を繋いだり。でも、見てないから知らんもんな!
俺の説得に、弔くんはしばらく黙り込んだあと、深々とため息をついた。
「ちゃんと逃げてろ」
そう言って、もう一度ペシンと俺の頭を叩いてくる。痛くないので、これは“許可”の合図。
俺が一度言い出したら絶対に引かないことを分かっている荼毘くんも、「……あかりくん、ちゃんと危ない時は隠れるんだよ」と、諦めたように許してくれた。
座っていた俺を立たせると、荼毘くんは正面に回り込んで、ぎゅっと抱きついてくる。
最近、ちょくちょく離れていたから寂しかったんだよなあ。俺も寂しかったけど、荼毘くんも寂しかったんだろう。
可愛いなあ、俺の恋人。
そんなことを思いながら抱き返すと、耳元で「あかりくんが死ぬのは俺のあとにしてね。俺が死んだあと、すぐ死んで。5分以内に死んで、それまで勝手においていかないで」と、しっとり呪いの言葉を吐かれた。
荼毘くん、やることあるからなあ。
今は死ぬ予定がないから生きてね♡ 死なないでね♡ という応援が、なぜか呪詛になっている。ふふ、こわ~い。
荼毘くんは俺を抱きしめたまま、ギチギチと爪を立て、指の形をした痣を俺の身体に刻みつけてから、ようやく離れた。
入れ替わるように今度は、トガちゃんが友愛のハグをしてくる。
「あかりくん、よわよわなのにカワイソです。さようなら……」
しんみりと、悲しげな顔で俺に伝え、そっとはなれる。トゥワイスも後ろから、「こんなに若くしてよお! ざまあねえよ雑魚過ぎっから!」と涙ぐんでいるし、ミスターもどこか沈痛な面持ちで、「大人の言うこと聞かないクソガキだから……」と、何かを諦めたように呟いている。
スピナーに至っては、絶対に神とか信じていないくせに、俺に向かって十字を切って祈りのポーズをした。
な、なんで半数以上が俺の死を確信しているんだよ!! 確信した上で受け入れるのやめて。もっと俺の可能性に期待してくれ……!
俺の生前葬みたいな雰囲気になったところで、トガちゃんがぴくりと顔を上げた。
「誰か来てます!」
その一言で、弛みかけていた空気が一瞬で張り詰める。さっきまで俺の冥福を祈っていた連中とは思えない切り替えの速さで、みんながそれぞれ戦闘態勢に入った。トガちゃんの手にはナイフ、ミスターとトゥワイスは構え、スピナーは武器を握り、荼毘くんの指先には青い火がちらつく。
弔くんが一歩前に出るのを見て、俺は逆に一歩下がった。
ここで俺が前に出ても、できることなんてひとつもない。使えるのは情報だけだ。
戦闘に入らないからこそ、戦場全体を見ることはできる。誰がどこにいるのか。敵が何人いるのか。逃げ道は塞がれているのか。相手の個性は何系統か。俺が直接戦えなくても、気づいたことを伝えるだけで、ほんの少しくらいは役に立てるかもしれない。
「ストップ!! 私は案内役を仰せつかった者!!」
声と同時に、人影が滑り込んできた。
速い。
けれど、走っているというより、地面の上を滑っているような動きだった。足裏で地面を蹴っている感じではない。土を巻き上げるわけでも、積み上がった枯葉さえ舞っていない。ただ、抵抗の少ない何かの上を、すうっと移動しているように見える。“滑る”系統の個性だろうか。
速度はある。けれど、突進の圧は薄い。真正面から轢き殺しにくるタイプではなく、移動や攪乱、接近離脱に向いた個性。市街地なら、障害物の間を縫って動けるぶん厄介かもしれない。
現れたのは、ヒーロースーツ姿の男だった。
……なんだっけ。見たことある。
テレビか、ネットニュースか、街頭広告か。メインで大きく取り上げられるタイプではないけれど、地域密着型のヒーローとして何度か名前を見たことがある。派手な事件を解決するというより、交通整理や市街地警備、避難誘導で評価されているタイプのヒーローだ。
「スライディング・ゴーだ。市街地警備で活躍してる……」
俺が思い出した名前を口にすると、男はぱっと顔を明るくした。
「私を知っているのか? あとでサインをあげよう! さあ、解放軍指導者と話したければ私についてきたまえ!!」
サインは別にいらないです。
もらったところで飾る場所もないし、メルカリで売るのも手間だし、捨てるのもなんか悪い。それはちゃんと貴方のファンの子にあげてください。きっと喜ぶので……。
スピナーが、俺の横で小さく身を屈める。
「つええのか」
声を潜めた問いに、俺もできるだけ視線を外さないまま答えた。
「普通」
弱いとは言わない。
少なくとも、鍛えている。体幹もあるし、移動の癖も個性に合わせて洗練されている。市街地で一般人を相手にするなら、十分に頼れるヒーローなんだろう。もちろん、敢えて実力を隠している可能性はある。
けれど、ここにいるのは一般人ではない。
弔くんがいて、荼毘くんがいて、トガちゃんがいて、トゥワイスがいて、ミスターがいて、スピナーがいる。比較対象が悪すぎる。普通に鍛えているヒーロー、という評価は、決して侮辱ではない。ただ、この場においては、脅威として想定の範囲内というだけだ。
スライディング・ゴーが先導しようとする中で、俺は足を止めた。
振り返った弔くんに、「じゃ、またあとで!」と手を振る。
スライディング・ゴーが「おや、君は行かないのか?」と聞いてきたので、どうやら俺たちがさっきまでわちゃわちゃやっていた時の会話は聞かれていなかったらしい。
やだやだ、みんなと一緒に戦うんだ、と駄々をこねていた俺が、ここに来て突然の手のひら返しである。もし話を聞かれていたなら、もっと分かりやすく不信感を露わにするはずだ。
まあ、聞かれていないならそれでいい。
「俺は非戦闘員なんでね。こういうのは向いてないんです。背後湧きの乱数濃いから、安置でリス管理しておくね」
「なに? なに?」
「じゃあみんながんばれ~~!」
ひらひらと手を振って、俺はさっさとその場から離脱した。
ヒーロー活動に忙しいプロヒには、やっぱり崩したゲーム用語は伝わらなかったらしい。スライディング・ゴーは「湧き? 乱数?」と混乱したまま止まっている。突然過剰なオタクを浴びて怖くなっちゃったかな……。
今のは、要するに【敵が背後に出現する可能性が高い状況だから、俺は安全な場所に下がって、敵の出現位置を探っておくね】という意味だ。
少なくとも、弔くんとスピナーには確実に伝わる。
実際、弔くんの目がほんの少しだけ細くなった。スピナーも、武器を握る手の位置を変えながら、何気ないふりで街へ視線を流している。よし、通じた。意思疎通成功。
俺はとにかく、みんなと同じ場所では戦えない。
戦闘に入ったらお荷物だ。そこにいるだけでデバフ。動く足枷。呪いの装備。装備した瞬間に回避率が下がって、判断力にマイナス補正が入り、味方AIが勝手に庇い行動を始めるタイプの、最悪のイベントアイテム。
みんな、なんだかんだ言って俺のこと、気にしちゃうだろうから……!
俺が危険な状態になったら、一瞬だけでも俺に視線が行くだろう。その一瞬が、戦場では命取りになる。俺の命ではなく、みんなの命がだ。だから、俺はみんなの視界に入らない方がいい。守らせない位置にいる方がいい。
俺がいちばん輝くのは、ひとりで動いている時だけ……!
あと、俺の個性が仲間にも悪影響を及ぼす危険もあるしな。俺自身にもまだよく分かっていない。分からないものを、仲間のすぐそばで雑に使うわけにはいかない。
四ツ橋のクソが、わざわざこの街に連合を呼び出したということは、まあ、街全体が四ツ橋の支配下にあると見ていいだろう。
異能解放軍の本は、以前に読んだことがある。
最近流行りの思想というふうに見られているが、実際には今まで潜伏していた者たちが表に出始め、それに釣られて新規参入も目立つようになった、というだけだろう。
火のないところに煙は立たないが、火種が地下でずっと燻っていたなら、煙が見えるようになった瞬間を「流行」と呼ぶのは少し違う。
スライディング・ゴーのようにヒーロー側にも戦士がいるなら、街ひとつくらいはとっくに“自分のモノ”にしていると考えた方がいい。
マフィアとかもよくやっていたからな。街ひとつ、俺のファミリー。
規模の大きな輩がやりがちな管理方法だ。土地、店、人間関係、自治会、役所、警備、噂話。そのへんをまとめて握ってしまえば、外から来た人間の動きはすぐに浮くし内側の人間同士で自然に相互監視が始まる。
支配っていうのは、上から押さえつけるだけじゃない。
逃げ場を減らして、見張りを増やして、そこにいる全員に「ここではそれが普通だ」と思わせることでも成立する。街ひとつが味方なら、それはもう拠点というより、でかい胃袋みたいなものだ。
呼び込まれた時点で、俺たちは半分くらい呑まれている。
とはいえ、街ひとつというのは普通にでかい。どれだけ隅々まで支配しているつもりでも、組織となった集団には、どうしても権力の三角形が発生する。四ツ橋────リ・デストロを頂点として、その下に幹部がいて、さらにその下に戦士たちがいる。下層へ行けば行くほど、当然、母数は増える。
そしてリ・デストロにとって、俺たちは“いまここで潰したい”存在だ。
弔くんのことは舐めている。けれど、“先生”への警戒はまだ健在なんだろう。あの“先生”が育てた死柄木弔を、いま、確実に、この街で潰したい。できることなら、ただ勝つだけじゃなく、圧倒的な大勝利を決めて、己の強さと正しさを誇示したい。
だから、戦力のほとんどは、いまこの泥花市に集中しているだろう。
戦士として有能な奴らは、幹部の近くに配置されているはずだ。そしてそういう連中は、弔くんたちとぶつかる。
けれど、それはあくまで限られた一部の話だ。どんな組織にも、上澄みがある。そして、その下には必ず、その他大勢がいる。
異能解放軍の思想に同調している。心酔している。自分たちは正しいと信じている。リ・デストロの言葉に熱を上げ、解放という甘い響きに酔い、今この街で起きていることを“歴史の転換点”か何かのように感じている。
けれど、戦闘には向かない。
強くない。戦闘は苦手。判断も鈍い。命の取り合いをする覚悟まではない。ただ思想に乗って、数の一部になって、正しい側にいるつもりで高揚している人間たち。組織として最も重要で、戦場で最も不要な部分。
俺が狙うのは、そこだ。幹部でもない。精鋭でもない。名のある戦士でもない。
この街を支配している“空気”そのものを作っている、その他大勢。そういう人間を、俺のものにしたい。
そもそも、連合も異能解放軍も、やっていること自体は同じなんだよな。
既存の社会を壊したい。今の仕組みに従いたくない。押し込められたものを外に出したい。自分たちの在り方を、誰かに許可されたくない。自由が欲しい。
言葉を変えれば、それだけだ。けれどリ・デストロは、そこにこだわっている。
“誰がやるか”。
“誰が代表か”。
“誰の思想か”。
誰の旗の下に集まり、誰の名前で歴史に残り、誰の言葉として語り継がれるのか。そこを譲れない。
だからこそ、死柄木弔という存在が邪魔なんだろう。同じ破壊を掲げているからこそ、似た願いを持っているからこそ、別の名前でそれを成し遂げられることが許せない。
でも、その他大勢にとって、いちばん重要なのはたぶん違う。
“何を成すか”だ。
自分たちの異能を隠さずに生きたい。押さえつけられた怒りを、正しいものとして肯定されたい。社会に屈服するのではなく、社会の方を変えたい。きっと彼らの奥にある欲望は、リ・デストロの名誉や血筋や思想の純度なんかより、もっと素朴で、もっと生々しい。
目的が同じなら話は簡単だ。
対話をしよう! 腹を割って話し合い、お互いの意見を交換しよう! 同じものを見ている仲間じゃないか。俺たちはきっと分かり合える!
そう、これは戦闘ではない。交渉だ。俺はみんなが向かった方向とは正反対へ回り込み、置き去りにされていた自転車を拝借してしばらく距離を稼いだ。適当なところで止まり、人の気配がする民家の扉をそっと開ける。中にいた女性が、物音に気づいて弾かれたように立ち上がり俺を見た。バウンサーで寝ている赤ん坊に、身を乗り出すようにして前に出る。街ひとつ戦場にしたら、そりゃあ赤ん坊もいるよな。
怯えと警戒で強張った目。逃げるか、叫ぶか、攻撃するか。その判断が形になるより先に、彼女の視界に入る位置で、俺の“灯火”が微かに揺れた。ざらりと炎が歪み、掠れ、消える瞬間の光が震える。
「すいません、助けてください……!」
「ど、どうしたの……?」
警戒が、ほどける。さっきまで俺を侵入者として見ていた目が、迷子の子供を見つけた大人のものへ変わる。
危ない。放っておけない。助けを求められている。自分が応えなければ。この子は、自分を頼っている。
俺の“灯火”を視界に入れたまま、女性の頬にうっすらと血が上った。恐怖で固まっていた身体に、役割を与えられた高揚が流れ込んでいく。
背筋が伸びて、瞳に光が宿る。誰かに必要とされること。自分だけがこの場で選ばれたのだという感覚に侵される。それは、きっと、とても甘い。
「どうか俺の話を聞いてください。なにか誤解があるんだ。たすけて、“あなたにしか頼れないんだ”」
その言葉で、彼女の顔つきがさらに変わった。
困惑は使命感に、使命感は陶酔に近い熱へ変わっていく。
唇がわずかに震え、息が浅くなる。逃げなければ、という本能の声はもう遠い。俺の「助けて」という言葉に、彼女の中で万能感が膨らんでいくのが見て分かった。
自分にはできる。自分なら救える。自分こそが、この子に選ばれたのだ。ヒーローになったような気持ち。誰かの人生に手を差し伸べる、清く、正しく、誇らしい陶酔。
う~ん、なんか、前よりパワーアップしている気がするな……?
「は、入って! 私が守ってあげる!」
ぐい、と腕を引かれ、部屋の中へ招き入れられながら、俺は心の中で首を傾げた。
明らかに効きがいい。警戒している相手にもここまで直通で効果があるとは思わなかった。前はもう少し限定的な効果だった気がするが、今は水に落とした角砂糖みたいにするすると警戒が形をなくしていった。
ドクターのところで回復のために“あかり”を消費していたのが、なんらかの訓練になったのか……?
……まあいっか!
俺は前世の職業適性検査で、詐欺師・宗教家・政治家を勧められた男!
つまり、人心掌握三種の神器に適性があるということだ。履歴書に書いたら一発で落とされるタイプの才能だが、こういう場面では頼もしくなる。なんとかなるだろ、たぶん!