「どうも、コウです!」
「ゲホッ……クォブツです……」
俺の正面に二人の男が座っていた。
一人はまさに好青年という感じ、さわやかな顔に常に口元に笑顔を作っている。身長が高く髪も金髪でまさにエースを感じさせる風貌だ。
片やもう一人は正反対。卑屈で猫背でブツブツの顔には表情が無い、ぼさぼさの黒髪が顔を覆い、体もひょろひょろで全体的に頼りない。
声を掛けた変態先輩と話してみると、どうやら今日の新人研修の担当は先輩がしてくれるらしい。
先輩と話ながら少し待つと、この二人が合流した。
「で、お前は?」
先輩は俺を含む三人の前に立ち、先輩は一人一人名前を聞く。
「あ、まだ名前決めてないです」
俺は答えた。
あれから結局名前の事を忘れていた。なので今俺には名前が無い。
「名前が無いだぁ? ああ、そういや異世界人か」
「へぇ、君もそうなのかい?」
コウがキラキラとした笑顔でこちらに尋ねて来る。
君も?
「実は僕達もなんだ」
ええ?
「ああ、実は丁度異世界出身の奴が三人初心者でいたんで、このグループにされたようだ」
異世界人が、三人。告げられたその事実を正しく理解するのに、俺は数秒掛かった。
異世界人ってそんなにいるのか? 少なくとも偶然この場に三人集まってしまうくらいには。
昨日受付さんが言っていた丁度良い枠ってこういう事か? 確かに丁度良い、同じような仲間がいて嬉しくもある。だが、同時に何と言うか、喪失感を感じる。
この世界で俺が持っていた唯一のアイデンティティである異世界出身という長所が、一気に安物に変わったような気分だ。
「異世界人ってそんなに多いんですか?」
たまらず俺は先輩に問い掛ける。
「いや、俺の知る限りだが、大体一年に一人くらいらしい。まぁ実は一年に十人くらい来てて、その内九人が死んでるのかもしれないけどな」
あー……、俺はあの時先輩に会わなかったらあり得た未来かもしれない。
少なくともダンジョンに行こうなんて発想にはならなかった。適当に街の賑やかな方に行って、憲兵に捕まって、素性が怪し過ぎてそのまま処刑……も、あり得たかもしれない。
捕まらないまでもパンイチだったのに変わりはない、住む場所も職も見つけるのは絶望的だろう。ダンジョンの話を聞いて結局ダンジョンに辿り着いていたか、貧困街に辿り着いて盗みでもしていたかもな……。
「僕は大体一ヵ月前にここに来たね」
「けほっ……俺もそんくらい……」
一ヶ月か、その割には既にコウの方には安定感を感じさせる。
この街に来て一年は経ってそうな貫禄だ。
「しかし名前が無いと不便だな……」
う、先送りにしていて考えてなかった弊害が遂に来た。
どうしようかな……、仮でいいから何か呼びやすいやつ……。
「じゃあナナシって呼んでください」
「分かった、じゃあナナシな」
一先ず名前が無いからナナシにした。
翻訳で名無しという意味にならないよう、意識的に名称としてのナナシとして伝える。
早いとこ名前考えておかないとこれで定着しそうで怖いな。
「よし、俺の名はガンシェル。と言ってもお前等は俺の事は教官と呼ぶように」
「はい……」
「はい教官!」
「はい先輩!」
「……まぁ先輩は許してやろう」
許された。俺の中では偉大なる変態先輩だ。
今更呼び方を変えるなんてとてもとても。
「はい、まず自分の職業言ってけ」
「僕は剣士だね」
「盗賊……」
コウが剣士で、クォブツが盗賊ね。
剣士、たしか戦士の習熟度を少し上げると出現する職業だったか?
一ヶ月でそれに就けているという事はそれなりに潜ってるな。
「あ、俺は戦士です」
「まぁチーム構成は悪くない、ちなみに俺は守護者な」
「ガーディアン?」
「盾士の上位職だ。と言っても今回は俺は前に出る気無いからな? ヤバい時は守るけどよ」
「戦ってくれないんですか?」
「お前等に戦い教えに来てんのに俺が戦ってどうすんだよ」
まぁそれもそうか……。
「でも遠距離いないから火球の杖だけ支給して貰うかな」
杖……嫌な思い出しかない。
火球の杖は杖の先から火の弾を飛ばす杖だったか、
「え、貰えるんですか?」
「俺だけ、今回だけな。他にもアンチドーテとか色々支給されてる。ポーションは流石に無いから、重い怪我したら撤退な」
ーー☆ーー
「ほら、盗賊は常に警戒、探索中は常に前歩け。戦闘中は前衛を援護しながら、新たに敵が来ないかも警戒するんだ。戦闘中に背後から敵が来て僧侶が死亡、とかダンジョンじゃあるあるだからな」
「けほっ……は……はい……」
あの後俺達はダンジョンに入り、順調に階層を攻略していった。
「前衛組は敵が来たら即座に盗賊とスイッチ※1。敵を倒す事よりとにかく敵を後ろに通さない事を意識しろ。まぁ今回みたいに後ろに盗賊しかいないなら敵を倒す事に集中してもいいが、魔法使いとか僧侶とかの後衛がいるなら絶対通すな。敵通す前衛は二度と組んでくれなくなるぞ」
「はい!」
「ただまあ敵の数が多かったり、敵が空飛んでたり、どうしようもない時はあるんだけどな。そん時は臨機応変だな」
俺達は道を進みながら一つ一つ先輩に教わる。
探索中の立ち位置、戦闘中のチームでの立ち回り。
「部屋には直ぐ入るな、盗賊が必ず部屋全体を見ろ。部屋は通路より圧倒的に罠が多い。と言ってもこんな上層じゃ罠は殆ど無いがな」
部屋の見方から……、
「で、俺は言ってやったわけよ。後衛死なせる奴はタンク※2じゃねぇ、お前が真っ先に死ねってな」
くだらない話まで。
先輩は一つ一つ教えてくれた。
「もしポーション拾ったら即帰宅、即利確※3。ボスドロなんかよりポーションの方がずっと価値が高いからな」
「ポーションってどれくらいの確率で出るんですか?」
「正確には分からないが、下層冒険者だけでも毎日最低1チームは持ち帰って来るそうだぞ? だからー、うーん、15階までを周回するとして、1回の探索で5%くらいか……?」
低い……いや、思ったより出るか? 一ヶ月毎日周回すれば毎月一つは出そうな確率だ。
「拾った使えそうなアイテムってどうすればいいんです?」
「ドロップは基本的には全売り想定で、探索に使えそうな物はそのまま使える奴に使わせろ。今回みたいな短い攻略なら惜しんでもいいが、20階を超えるような想定なら惜しまず使え、どうせ後の方でもっといいアイテムが出て来る」
先輩から教えを聞き、探索は程々にして先へ先へと進む。
現在7階、俺が一人で潜っている時と違って驚くくらい順調だ。
勿論先輩がいるのが大きいが、やはりチームは安定感が別格だ。先程も武装した人骨のモンスターの集団に襲われたが、殆ど俺とコウの二人で乗り切る事が出来た。
この前俺はこの辺りで苦戦し、帰還を選択した。それがこの余裕である。
宝箱も俺が開けなくて良いのが本当に幸せ。後ろから眺めてるだけでいい。
「やっぱダンジョンってチームが必須なんですかね」
俺は悲しく呟いた。
「いや、そうとも限らん。ソロでやってる奴は結構いるし、ソロでやってると他の職の技術も身に付いたりするからな。階層攻略は遅くなるだろうが、将来性はソロでやってる奴の方が上かもな」
そうか、四人分の仕事を一人でやっていればそりゃ強くなるだろう。
「まぁチームの方が圧倒的に楽ではあるけどな」
そうなんだよなぁ……こうして罠に対する回答があるのも大きい、一人死んでも仲間が帰れればロストにならない。仲間がいる方が圧倒的にメリットが大きい。
「しかしこういう上層だと、四人は過剰だ。というのも四人で割ったら稼ぎがかなり少なくなるからだな。何回か死んだとしてもソロの方が稼げる場合もある。結局ダンジョンなんて如何に稼ぐかが肝だから、一概にどちらが正しいとは言い難いな」
ああ、確かに報酬を割ってしまうと稼ぎが一気に減る。
二人でも報酬半減だ、これは痛い。
「ただ中層目指すなら四人揃えた方がいい。上層周回だと鞄が埋まらない事がままあるが、中層目指すならむしろ何を捨てるかで悩むくらいだからな。流石に人数分の稼ぎは期待出来る」
あー、確かに5階まで隅々まで探索しても鞄が埋まらないことはかなりある。
なるほど、上層じゃ四人全員の鞄をいっぱいに出来るほどアイテムが落ちてないんだ。
俺は先輩の話を聞きながら、ソロかチームかで頭を悩ませる。
俺達は雑魚を蹴散らしながら通路を進んでいく。
ソロの方が稼げるなと思う反面、順調過ぎてつまらない程、俺はチームのありがたさを実感していた。
ーーーー
「前衛は後衛を守るのは当たり前だが、仮にどちらかが死ぬって状況になったら前衛を生かせ。僧侶が一人残されても何にもできん。戦士が生きればロストアイテムをそのまま持てるしな。戦士が死んで魔法使いとかが生き残っても、戦士の装備は重過ぎて魔法使いじゃ持ちきれないんだ。結果的に戦士が死ぬ方が生存率も下がり損額も大きくなるわけでだな……」
9階、もう10階のボスも目前まで迫っている。
そんな中俺達は快調にダンジョンを攻略していった。
ボス戦が間近に迫って来たからか、先輩が誰かが死ぬ場合の状況まで説明をくれる。
そんな中異常事態が起こる……
目の前の通路の影から、人影が現れたのだ。
「フヒッ……」
「あれは……人だ!」
レオが声を上げる。困惑に近い、驚いた声だ。
俺達の前に現れたのはモンスターではなく、人間。俺達ではない別の冒険者だった。
俺もこんな事は初めてだった。まさかダンジョン内で人間と出くわすなんて。
相手はフードを被っていて顔全体は見えないが、口元は笑っているように見える。実際アイツの笑い声が聞こえた気もする。
俺は先輩を見る。
先輩は目をギラつかせて、ため息を一つ吐いた。
「あー、お前等二つ覚えとけ。一つ、ダンジョン内では稀に他の冒険者と階層が交わる事がある。ダンジョン内で犯罪は存在しないから、人間を見たら警戒しろ。そんでな……」
先輩は俺達の前に立ち、盾を構える。
「人を見て笑いから入るような奴はほぼ敵だ」
□守護者(ガーディアン)
盾士の上位職。盾士を習熟すると職業一覧に現れる。
盾士のスキルに加え、『ストーンスキン』『ウォーハウル』スキルを習得する。『ウォーハウル』によって敵の注目を一身に集める事が出来る。
防御力に強力なバフが入り、状態異常全般に若干の耐性を得る。筋力も上がり、所持出来る重量も大幅に上がる。
この職がいるだけで後衛の安定感が格段に変わる。
「強いスキルだけどよ……いちいち使う時に叫ばないといけないから恥ずかしいんだよな……」