「お前も今からか」
あれから三日後の朝、つまり俺がガルバドに殺されたデスペナが解ける日。
俺は食堂でまったりとルピナを待っていた。
あの日約束した10階までの探索に付き合うためである。
「隊長! おはようございます!」
「先輩こんにちわ」
「おはよう、隊長ではないです」
ガルバドとシーニアとネルファだ。この三人もまたあの日約束していた。
たしか15階までの探索とシーニアの対人戦の練習にガルバドが付き合うんだったかな。
15階に行くなら今の時間ぐらいが丁度良い。むしろ少し早いくらいだが、対人の練習も含むとなると遅いくらいか?
そしてシーニアとネルファは中層冒険者の付き添いがあるとはいえもう15階に挑むのか。新人では驚異的なペースだな。
「気を付けてな」
「はい!」
シーニアは返事が良い。でも分かってないだろうな。
「俺から出来る助言は一つだけだ」
「?」
「冒険者と出会ったら魔法陣に走れ、戻る魔法陣でもいい」
これは探索に関する助言ではない。ガルバドに関する助言だ。
「ソイツ、冒険者見たら必ず斬りかかるから、ガルバドが死んでも巻き添えを受けないように逃げろ」
「えっ」
「おい」
ガルバドと組む上でとても大事な事だ。コイツと組んだらもう和解は存在しない。
一緒に戦うか、ガルバドを置いて逃げるかだ。
ちなみに俺は躊躇わず逃げる、仲間を置いて逃げさせてもらう。冒険者に襲い掛かるのはガルバドのポリシーであり、自己責任だからな。
更に言えば仲間だと思われて顔覚えられたくない。俺までギルドでの評判が悪くなったら困るし。
「初心者だったら俺は斬らんぞ」
「そうじゃなかったら斬るんだろ?」
「ああ」
「ほら、こういう奴だから。ガルバドと一緒に悪名轟かせたくなかったら顔見られる前に逃げた方がいいぞ。一緒に戦ったらお前達も冒険者狩りする奴だと思われるからな。そのうち顔覚えられて野良チームに断られるようになるし、ダンジョンで顔合わせた瞬間襲い掛かられるようになるぞ」
「えぇ……」
俺だって一緒に戦うまではしてやってもいいと思っている。だが評判が下がるのは絶対宜しくない。
俺みたいな固定チームのいない奴は評判が命だ。いつか下層冒険者になるためにも、評判は高く維持しておきたい。
「うーん……」
シーニアは目を閉じて頭を悩ませている。
仲間を捨てて逃げるという事に抵抗があるのかもしれない、でもここってそういう世界だから。
大事なのは慣れよ、俺は流石に慣れた。
「もう行くぞ」
「あ、はい」
「では隊長! また!」
「はいまた、隊長ではありません」
ガルバドを先頭にシーニア達はダンジョンに向かう。
15階周回。初心者から中堅まで幅広く愛される、このダンジョンで人気の攻略法の一つである。
このダンジョンは階層を一階降りる毎に階層が広くなる。2階は1階よりも大きく、3階は2階よりも大きい。
さくさくと探索しながら降りて、ボスを倒し、そこから帰って丁度夜になるラインがこの15階なのだ。
この15階を超えて20階を目指すとなると、探索を諦めでもしない限り帰る頃には深夜になってしまう。
つまり、ここから先は言わなくても分かるだろう……
そう、生活習慣が乱れてしまうのだ。
とても深刻である。
仮に20階まで潜って帰ってくるとしよう。
この5階の差はとても大きく、帰る頃には深夜になる。ギルドに帰る頃には店は殆どが閉まり、ろくな飯にもありつけない。それでも飯を食べて、そこから寝ても睡眠時間が足りず、ついつい昼まで寝てしまう。
そうなると、その日はもうダンジョンに潜るには遅過ぎる。しかし一日を丸ごと諦めてしまえば、期待値で見れば15階を二日連続で潜るより遥かに効率が落ちてしまう。
だから仕方ないともう一度20階に潜ると、次帰る頃にはなんと朝。飯を食って寝たら次目が覚めるのはなんと夜だ。
この世界、深夜に行ける店なんて全部アレ系だし、ゲームのような部屋で黙々と遊べる娯楽も無い。夜に起きてしまったら、もう一度寝るかダンジョンに潜るかだ。
このように20階周回は恐ろしい程に生活習慣が乱れていく。
そうならないラインが、15階周回なのだ。
幸いこの15階周回は死なずに効率よくこなせば三人分の生活費くらいまでなら余裕で稼げる。
この日帰りラインを上げるには、51階に行かなければならない。中層が始まる36階ではなく、51階だ。
51階に入ると、1階と繋がる転送陣が開放される。一度51階に辿り着いてしまえば以降はいつでも51階から始める事が出来る。
51階は中層のド真ん中だ、下層とは比較にもならないモンスターがうようよしているが、拾えるアイテムも下層とは比較にならない。
降りて5分で銀貨数枚分を得るとかザラにある。勿論その逆もあり、降りて1分で死亡もザラにあるが……。
よって死亡率が跳ね上がる中層はチームで潜る事を推奨される。チームで潜れば最後の一人が死ぬまでロストにならないからだ。持てるかどうかは話が別だが。
51階、ここに辿り着いて初めて『中層冒険者』を名乗る事が出来る。35階の下層最終ボスを倒し、36階に足を踏み入れる事が出来た者は中層到達者。中層冒険者ではない。
そう、俺はここに辿り着いた中層冒険者だ。
あの地獄のような挑戦を繰り返して俺は51階に辿り着いたんだ。
ダンジョン内で二週間以上にも渡る探索、価値のあるアイテムより食料を優先して拾い、気の休まらないダンジョンでの睡眠、一体一体がボスに匹敵するモンスター達。
疲れ切った体、しかしその果てに待っているのは50階のボス。今までのボスとは明らかに違う、冒険者に絶望を与える関門として置かれたボス。
50階ボスはランダムではなく、変わる事の無い固定ボス。しかし45階ボスとは桁違いの強さを持っており、その強さは下層のボスより強いと言われる程。
俺も何度も死んだ。二週間もダンジョンに潜って、得たのは絶望のみ。そこまでで得たレアアイテムは勿論、沢山準備したアイテムも装備も全て失い、虚無だけが残る。
あれで心が折れて引退する人も多くいた。
それでも俺は諦めなかった、この世界で俺にはダンジョンしかなかったからだ。
そこで諦めて今更街で就職先探すのも、このまま毎日上層を漁って細々と暮らすのも俺には出来そうになかった。
「でもまさか8回も挑む事になるとはな……フフ……」
「え、なんか一人で笑ってる、きも」
テーブルから見上げるといつの間にかルピナがそこにいた。
止めろ、若い女から言われるキモいは俺みたいな歳の奴には一番効くんだ。
「遅かったなルピナ」
「遅いですか? 朝としか言われてなかったんで」
あれ、そうだっけか。
「まあ今回の目標は10階だから後1時間遅くても問題無いんだけどな」
「じゃあいいじゃないですか」
「あともう少し早く来ると通勤ラッシュが見れるぞ、15階周回を狙う層が一斉にダンジョンに向かうんだ。壮観だぞ」
「通勤ラッシュ……変な表現しますね」
翻訳で別の言葉に聞こえてんのかなあ、出勤の群れ、みたいな。
「じゃあ行くか」
「二人ですか?」
「うん、10階までで三人は過剰だからな。今日は研修でもないし」
俺は椅子に乗せておいた愛用のバックを背負う。
そこには俺のソロ用セットが入っている。アンチドーテとか対遠距離アイテムとか、俺の詰み状況に対応出来るアイテムだ。
加えて状態異常対策の指輪や腕輪も安いやつだが付けている。これが俺の完璧な下層ソロスタイルだ。
本来ならロストしても大丈夫なように剣と盾も安いやつにするのだが、今回は前回の続きという事もあって引き続き白鱗セットを持ってきた。
仮に道中で武器が壊れたとしても俺は素手でも一応戦えるが、初心者の手前でそれは恰好が付かない。簡単には壊れない武器を持ち込みたい。
ーーーー
ピシュ。
「キャー!!」
「嘘だろお前」
ルピナがまた宝箱の罠解除をミスっている。しかも前回と同じ毒の罠だ。
しかし今回は道中で解毒草を拾えていない……。
うーん、良い機会だから毒に耐えてもらうか? なんか痛い目を見ないと覚えなさそうな奴だし。
……いや、流石に見限るには早計過ぎるな。
「……ほら、半分だけ飲め。その程度の毒なら半分でも直ぐ治る筈だ」
俺はルピナにアンチドーテを手渡す。
今回唯一の毒対策、雑に全て消費するのは避けたい。
「おお! 今回は草じゃない! ありあり」
一応前回支給されたアンチドーテをそのまま持って来ている。シーニア達に返して貰った鞄に入っていた物だ。
……一応これはお前達の物だったし、金は取らないでいてやろう。
「次ミスったら金要求するから、ちゃんと神経尖らせて解除しろよ」
「え゛ぇ!?」
「過去一反応がエグいな、というかお前買って来てないのか?」
「ないです」
「じゃあ買おうな、お前には必須だから」
罠には毒が仕込まれる事がとても多い、しかし基本的に回避が可能である。
俺は盗賊の経験は無いが、ある程度なら俺でも宝箱の罠も道中の罠も見極めれる。しかしこれは長い経験の産物だ。
だが経験が浅く、盗賊の習熟度も低いルピナには到底無理な話だ。大人しくアンチドーテを買った方が良い。
「もう直ぐ5階ボスだけど、どうする?」
「どうするって、何をですか?」
ルピナは半分飲み終えたアンチドーテを腰に付けた小さな鞄に仕舞っている。
どうするって、そりゃあもう、
「お前がどう倒すかだよ」
「え? 無理ですけど」
うん、なんかそんな気はした。
一応ここまで俺が前衛として立ち回って来たが、ルピナは徹底して前衛補助をしていた。
と言うか、殆ど何もしていない。
「流石に5階くらいのボスは一人で倒せないと話にならん、死んだら装備回収はしてやるから、戦ってみろ」
「ええええええええ!?」
たかが5階ボスソロに凄い反応だ。
三人とはいえ初見で10階ボスに挑んだ奴とは思えない。
「私一人じゃゴブリンくらいしか倒した事ないですよ!?」
「俺もそうだった。なんなら昔モスとかいうクソザコに半殺しにされたよ」
「え、よっわ」
「情報皆無で初見の上パンイチだったしな」
「え?」
意味分からんよな。俺も分からん。
結局パンイチで潜ろうとする程吹っ切れた奴見たことない。
ーーーーー
「あ、ポイズンモスですね」
5階、ボスへと続く鉄の扉を開けた先には何も無く、上を見上げると紫色の大きい蛾が天井付近をふわふわと漂っていた。
ポイズンモス、戦闘能力自体はとても低いが強い毒を持ち、尚且つ攻撃の届かない空から降りてこない害悪のようなモンスターだ。
道中で見かけたらスルー安定だが、こうしてボスとして出て来られたら倒さなければ先へ進めない。
今回俺達は近接二人、あれを倒すには工夫が必要になる。
「杖は持って来てるか?」
「杖?」
「無いなら……仕方ないか」
俺は鞄から一本の杖を取り出す。
それを即座に空を漂うポイズンモスに向けて振った。
杖の先から火の弾が発射され、それがポイズンモスに直撃する。
「落ちて来るぞ、トドメを刺せ、近付くとき呼吸はするな」
「はい!」
全身に火が付いたポイズンモスは中空で暴れ回り、落下するように地面へと落ちて来る。
「やあ!」
それにルピナは短剣をポイズンモスの頭に突き刺した。
そして自身に火が燃え移らないよう短剣を手放して即座に離れる。
「お疲れ、一応暫くは近づくなよ? 毒だけ警戒しろ」
ルピナに倒させるつもりが結局手を貸す形になってしまった。
それも仕方ない、ポイズンモスは高所から降りてこないため近接では手も足も出ないからだ。それに時間を掛け過ぎると部屋に毒が充満して俺ですら危険になる。
少々惜しいが、俺は対遠距離用に持ち込んだ炎の杖を使った。杖の先から弱い火の弾が飛んでいくだけの杖だ。あまり強い杖ではないが、体が燃えやすいポイズンモスには極めて有効な杖だ。
「なんか出ました!」
ルピナはポイズンモスの消えた場所から何かを持ってくる。
小さい、武器ではないな。装飾品か?
「耐火の指輪だそうです!」
耐火かー。燃やした相手から出るとはなー。
属性耐性装備は正直言って全体的に人気が無い。更に言えば売値もしょっぱい。
そもそも属性攻撃をしてくる相手が少ない上、一種だけ対策をしてもカバー出来ない属性が多過ぎる。
だがこの耐属性装備はそれに付随するオマケ効果に真価がある。
この耐火装備は火に対して強くなるのは勿論の事、なんと暑さにも強くなる。
ダンジョンは階層が一区切りする毎に風景が変わり、今のような洞窟だったり、洋館の中だったり、森の中や、果てには火山の内部や雪山の内部といった人間には厳しい気候に立たされる事がある。
そんな時に役に立つのがこの耐属性装備だ。特に火山エリアでは耐火装備は必須とすら言えるだろう。
まぁ耐火の指輪程度じゃ効果が薄過ぎて重ねて付けないと意味無いけどな!
せめて強耐火の指輪くらいじゃないと話にならないぜ!
「そっかー、それはやるよ」
「わぁい、これ売れますか?」
「さぁ? おやつくらいは買えるんじゃないか?」
ルピナは俺の返答を聞いて固まっている。
嬉しそうな顔が萎れるように無表情に変わっていくのが面白い。
□ポイズンモス
通常のモスより一回り大きく、体表の色が紫色に変化している。
行動は通常のモスとほぼ変化は無い。しかし鱗粉による毒が強力になっており、まともに吸い込めば死に至る。
道中で遭遇した場合は魔法使いや弓士等の遠距離攻撃が無ければスルー推奨。ポイズンモスは高所から降りて来る事は無く、攻撃も仕掛けて来ない。一体なら息を止めて歩くだけで無視出来る。
ボスとして出現した場合、遠距離攻撃が無い場合は詰みの状態になる可能性がある。
一見理不尽に感じるが、ここから先、霊体系等の対策が無ければ倒せないモンスターが出現する。このモンスターが最初のボスとして配置されるのは、常に対策を持ち歩けという神からのメッセージなのかもしれない。