「さて、10階ボスだが」
「はやーい」
俺達は10階のボス部屋の前に立っていた。
ルピナには10階が終わるのが早く感じたらしい。9階は探索が半分になったのもあり、この10階の方が長く滞在しているのだが……9階での出来事が大き過ぎて、何もない10階の方が体感時間が短く感じたのだろう。
「俺は攻撃しない」
「えええええええええ?」
ボスでの方針を予め定めておく。
「サポートに徹するから、安心して攻撃していいぞ」
笑顔でサムズアップする。
「そんなあ……こんなんでボスを倒せるわけ……」
ルピナは手に持った安物のナイフを見ながら言う。
恐らくギルドで買った物だろう、よく見るタイプのナイフだ。
「初心者の盗賊は基本的に皆それだぞ。鉄武器なのに比較的安価で思ったより丈夫で優秀な武器だ」
「でもそれって盗賊で言えば、ですよね?」
「確かに戦士が使うには物足りない武器だが、ショートソードくらいの鉄武器になるとそのナイフの5倍くらいの値段するぞ? だからこの辺りの戦士は拾った武器かこん棒になる。ロストのリスクまで見るならそのナイフは本当に優秀なんだよ」
俺も昔はこん棒だけで戦っていた。鉄の剣を拾う事もそれなりにあったが、それは基本持ち帰って大事な時に使う用にしてたな。
序盤の鉄武器はこん棒と比べたら本当に見違えるくらい強いんだが……微妙な鉄が使われているのか、こん棒より遥かに壊れやすいんだよな……。あの頃の俺はそれにまだ気付いていなかった。
「ただ武器としてこん棒を使い続けるのは限界があって……だからって鉄の剣は高いし脆いしで……ナイフじゃ心許なくて……」
「先輩?」
「あ、ああすまん、ちょっと過去に浸ってた」
結論、決まった武器を使い続けるより、拾ったちょっと良い武器をその都度使っていくのが良い。
どうせ壊れるし、ギルドで買うと高いし、色んな習熟度稼げるし。
「まあ結局盗賊って短剣とかナイフとかしか装備出来ないから、無い物ねだりするだけ無駄だぞ。それに短剣ってお前が思ってるよりもかなり強い武器だからな? 強い武器で楽にモンスターを倒すより、苦戦してでもそのナイフで戦って短剣を使いこなせるようになる方がお前のためだ」
盗賊といった職を強くするのに必要な、習熟度と呼ばれる数値がある。
言ってしまえばゲームにおけるレベルアップに必要な経験値の事だ。
だがこの数値は困難であるほど上昇し易く、楽であるほど上昇しにくい傾向がある。
簡単に言えば、今の俺が中層装備を身に着けて1階で延々とゴブリンやスライムを狩っても、習熟度は全く上昇しないだろう。
習熟度を上げるには挑戦的行動や危険な状況を切り抜けるような経験が最も効率が良いとされている。
さっきの9階でのルピナがまさに良い状況だった。
他チームという危険を前に、囮にされ、全神経を集中させて索敵をしながら進む。初心者の盗賊にはこれ以上ないくらいの習熟度の上昇があったことだろう。
惜しむらくは俺がいた事で危険度が下がってしまった事と、次の階層の魔法陣を見つけるまでの短い間だった事だろうか。
「てことで、開けまーす」
「え゛っ、まだ心の準備が……」
俺はルピナを無視して、ボス部屋の扉を開ける。他の部屋とは明らかに違う、荘厳さを感じさせる高級感のある扉だ。
ゴゴゴゴゴ、と地響きを立てながら地面に擦り跡が出来るくらい重く扉が開く。
他の安い扉は寸法完璧なのに。きっと演出だろうなこれ。
「えっ、キモッ!? 先輩、あれはなんですか!?」
扉の先から見えたのはライオンのような大きな猛獣。
しかしアレの正体を知っている俺は直ぐにライオンではない事を見抜く。
たてがみがありながら少々人面に近い顔、獅子のような体付きに不釣り合いな甲殻類の尻尾、そして尻尾の先端は蠍のように尖っている。
「マンティコアだな」
マンティコア、ギルドが出している図鑑にその名前で記載されているモンスターだ。
一見獅子より凶悪な見た目をしているが、このダンジョンでは普通の獅子の方がよっぽど怖い。
「見た目にそぐわないかなり狡猾な奴だ。不意打ちには気を付けろ」
「ナイフじゃ勝てそうにないんですけど!?」
「いや? 刃物が通るだけマシな方だぞ?」
レッサーガーゴイルのような石系、霊体系、高所から降りてこない奴、ここら辺はナイフじゃ致命的に相性が悪いが、マンティコアはあの甲殻類の尻尾も含めてどこでも刃物が通るし、斬撃使いには優しい敵だ。
「俺が体勢を崩してやる、その隙に攻撃するんだ。一応尻尾に毒があるから気を付けろよ」
俺は部屋の中に足を踏み入れる。そしてマンティコアの全身に力が入り、明らかな警戒態勢になった。
俺は盾を構える。右手には一応剣も持っておくが、今回は使う気はない。
そしてルピナを見て……
……一度部屋から出て剣を仕舞い、ルピナの服の襟首を掴んで前に押し出し、部屋の中に無理やり入れる。
「ぐえー……」
「さっさとしろ、手間を取らせるな」
何をそんなにビビってるのか分からん。真横にアレよりずっと強い中層冒険者がいるってのに。
「ほら、来るぞ」
痺れを切らしたマンティコアがこちらに向かってくる。
ドスドスと音を立ててこちらに走ってくるが、そこまで速くない。
大きな体、不気味な顔、毒を持った蠍の尾。一見とても強そうだが、ハッキリ言ってコイツは見掛け倒しだ。結局の所上層の弱めのボスとして置かれた程度の強さしかない。
ライオンに近いのは見た目だけ。コイツの戦法はどちらかと言うとハイエナに近く、尻尾にもあるように毒のような搦め手で攻めて来る。
その戦い方は獅子のような気高さも威厳も圧も無く、大きな体と釣り合わない卑屈なモンスターだ。
実際この通り……
「ハッ!」
近付いて来るマンティコアに、逆に俺から近付く。
そして相手の勢いを跳ね返すように、その顔面を盾で思いっきり押し飛ばした。
それにマンティコアはまるで壁に顔をぶつけたかのように怯み、のけぞる。
「ほら、今だ!」
「えっ、やああ!!」
そこにルピナがナイフを握りしめて突っ込む。
結果、マンティコアの頬が切り裂かれた。
浅い、目に見える傷で血こそ流れているが、急所でも手足でもない。実質ほぼノーダメージだろう。
だがルピナにはまだ準備が出来ていなかったように思える。突然の隙に、俺の声に脅されて無理やり突っ込んだだけだろう。
だからこれでいい。これでルピナに無理やり心構えを作れた。次はもっと上手く刺せるだろう。
「いいぞ! 次を構えてろ!」
ルピナに指示を飛ばし、同時に俺も構える。
ーーーー
先輩の指示通りに攻撃を仕掛け、崩れたマンティコアの体にナイフを刺す。それを繰り返す事十数回。
もうマンティコアの全身は穴だらけになっていた。体の至る所から血を流し、右前足に至ってはもう動いていない。
先輩はもう剣を収めて、盾や腕の力だけでマンティコアを抑えている。
「やああ!」
再び先輩が押さえつけ、そこにナイフを差し込む。
流石にそろそろ慣れてきて、相手の急所を狙えるようになってきた。
喉は遠いし顔の下で隠れていて刺しにくい。やはり心臓を狙うしかない。しかしこのナイフじゃ届かない。
でも既に私に切り裂かれ、大きく開いた傷口がある。
私はその傷口にナイフを差し込んだ。
「おっ?」
先輩は余裕そうだ、マンティコアを抑えたまま私を見る余裕がある。
私のナイフは私の想像よりも深く刺さり、腕の半分がマンティコアの中に入ってしまうくらいかなり斬り進んだ。
先輩の反応が良い、自分でもこれはかなりの一撃だったと思う。
「うえ~……」
私はナイフごと腕を引き抜く。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
深く肉を斬り進んだ感触と、腕まで体内に入ったことでの生暖かさを直に感じてしまった。
しかも引き抜いた腕には血がべっとりと付いてしまって、洗って落ちるか分からない。
私の一撃を受けたマンティコアは肩で息をするようにふらついている。
まだ? もうよくない? 流石にそろそろ死ぬんじゃない?
マンティコアは動かない。動けない? 先輩も動かない、様子を見ている。
マンティコアが動き出す、でも動きは遅い、走れてもいない。右前足を引きずるようにこちらに向かってくる。
が…………
マンティコアは力尽きてその場に倒れた。
「やった! 倒せましたよ!」
私は横たわるマンティコアに飛ぶように近付き、ドロップが何かわくわくしながら眺める。
その時ふと先輩の声が聞こえ……
「あっ、馬鹿……」
「えっ?」
その声に反応し、一瞬後ろを向く。
正に、その瞬間だった。
私の背中からドスりと、衝撃が走った。
衝撃の方向を向くと、こちらに伸びるマンティコアの黒い尾。
その尻尾の針が放射状に広がり、私の体を突き刺していた。
「あ……え……あ…………」
先輩の言葉を思い出す。
『一応尻尾に毒があるから気を付けろよ』
『見た目にそぐわない狡猾な奴だ』
「死んだ……ふり……?」
確かに、まだ消えていなかった。だけどもう動けないと思っていた。
私の一撃は間違いなく致命傷で、実際もう動ける状態じゃなくて……
「あー……まぁ良い経験か……」
ヤバい? ヤバくない? 痛みは不自然なくらい感じない。だけど体が動かない。
毒は先輩がアンチドーテを持ってるから大丈夫。
でも体の穴は? この傷を治す方法が……
「ルピナ」
先輩が私を呼んでいる。
先輩と目が合う。
先輩は何故か途中から仕舞っていた剣を右手に持っていて……
「ギルドで待ってな」
その剣を私の首に振り抜いた。
ーー☆ーー
「酷い!」
「まーまー、落ち着けって」
俺達は……いや、俺はギルドに帰還していた。
そこで待っていたルピナに今俺は詰められている。
「落ち着けって、よく考えろって。確かに毒はまだ何とか出来たけど傷の治療はどうしようもなかったんだって。あのまま痛い思いして死ぬまで苦しむのと、あの場でスパっと楽になるのどっちが良いかって話なのよ」
「だからって! せめて聞くとか!」
「いや違うんだって、あれよ、注射みたいなもんよ。今から斬られるって心構えすると怖いじゃん? あれなら痛みも無く気付いたら死んでるっていう一番幸せな死に方なのよ」
「注射と首落とすの一緒にしないでください!」
ルピナはあろうことか、まだ消滅していないモンスターに背を向けてしまった。
死んだふりをしてくるモンスターは少ないが、死ぬまで暴れて来るモンスターはかなり多い。モンスターは完全に消滅するまで油断してはいけない。
今回は良い教訓になっただろう。
「あれは介錯と言って、助かる見込みのない仲間を楽にしてやるっていう割と一般的な方法なのよ。ほら、お前の装備も持ってきてやったから」
俺は鞄からあの時回収したルピナの装備を返却する。
「……ありがとうございます」
すげー不服そう。
だが大丈夫、機嫌を取る方法はある。
「大事なことを忘れてないか?」
「?」
ルピナは首を傾げる。ホントに忘れてるじゃん。
俺は更に鞄に手を入れる。
「10階のボスドロップだ」
「!」
そして俺は鞄の中から手を出した。
「じゃーん」
「……なんですかこれ?」
俺の手には直径5センチくらいの石ころ。
俺はアイテム名が見えているが、ルピナにはその辺で拾ったただの石ころに見えているだろう。
俺はこの石をルピナの手に置く。
「……白金ウサギの黄石?」
「なんと! 石ころだ!」
プラチナウサギのキセキ。白金ウサギはダンジョンで超極低確率で出現するレアモンスターだ。この石はそのモンスターの特徴を少しだけ捉えた石である。
このままだとただの石ころだが、綺麗な腕輪や綺麗な首飾りに加工処理をしてこの石を付けると。白金ウサギの腕輪や首飾りに名前が変わる。
効果はなんとLUCK上昇、運が良くなる。
このダンジョンにおいて運という数値は極めて謎の深い数値だ。確率に振り回される事が多いこのダンジョンにおいて、迷信であろうと縋りたくなる数値である。
アクセサリー装備を付けていないならぜひ付けておきたい装備だ。
「なんなんですかこれ」
「まあ加工用の石だな。だがその石はそんなもんじゃない」
「この石はなんと……」
「なんと?」
「高く売れる!」
「お、おお~!」
ようやくルピナが喜ぶ。
この石、外側はただの石ころだが、中は綺麗な黄色を出す宝石のようになっている。見逃す程存在感が薄く、捕まえれば値千金である白金ウサギの特徴を捉えた石だ。
この黄色が高級感溢れる綺麗な黄色で、極めて人気。ダンジョンでしか取れない石で、ダンジョン外でもこの黄色は変わらないので、この街の外でも高値で取引される大変希少な石ころだ。
その値段は装備にするにはもったいないと感じてしまう程。
「いいか? これはギルドじゃなくて街で売るんだ。宝石屋さんに持ち込みなさい」
「え? あ、はい、分かりました」
ギルドで売ってはいけない。ギルドではそれを宝石としてではなく加工品として買い取られてしまう。
ちなみに俺はギルドで売った事があります。ええ。
いや流石にそんなルートの売り方があるなんて知らんかったもん。街の宝石屋の相場チェックなんて普通しねーよ。
ただ宝石系を売りに持ち込む度にリュミレさんが「あら? 私へのプレゼントですかぁ?」なんて意味深な事を毎回言ってくれてたんだよな。普段なら鉱石系も普通に買い取るのに、宝石系だけ一回手を止めて毎回同じ文句言って来るから不思議に思ってたんだよ。
最初俺は気付かず「え? 違いますけど、いつもお世話になってるんで良かったら差し上げますよ」とか言っちゃってたよ。で、「嬉しいですけどごめんなさいー。私はこの世界線に捉われるわけにはいかないのでぇ」とか言ってそのまま会計するから意味分からんかった。
そんなやり取りを3回もやったら流石に何か意味あるなって気付く。そんで恥を忍んでコウに聞いてみた。
あそこコウ以外女しかいなくて、しかもコウになんかオーラがあるから話しかけ辛いんだよな。
でもコウは優しくて、宝石店という別のルートをあっさりと教えてくれた。
「まさか倍どころじゃないとはな……」
「先輩?」
「ああすまん、さて! 腹減ったろ! 今日は俺が奢るから好きなもん食っていいぞー!」
「わぁーい」
俺達は食堂の方へ移動する。
「えっ? あの石の取り分も奢りですか?」
「なわけねぇだろ首落とすぞ」
あれは大銀貨までいくんでそれはないです。
□マンティコア
見た目はライオンに酷似している。しかしライオンとは違い、まるで人面の様な顔と蠍のような尾が特徴的である。この尾の先端は使用時に放射状に広がり、強い毒を持つ。
ライオン程の力は無く、戦士に力で押し負ける程。速さもそこまでではない。
しかしライオンには無い狡猾さを持つ。この狡猾さこそがこのモンスターの最大の武器である。
尾の毒は強力であるが、尻尾が正面まで届かないので正面に立って戦えばそこまで脅威ではない。逆に背後を狙ったりすると極めて危険。体は正面を向いていても、常に尻尾が狙える相手を狙う。
まともに戦うと面倒な敵が多い中、このモンスターは逆に正攻法以外で戦おうとすると目敏く感知する。毒や麻痺にも強い耐性を持ち、状態異常攻撃をすると露骨に効いているフリをする。効いていると思って攻撃を仕掛けると手痛い反撃を受けるので注意。
死ぬ寸前まで攻撃を受けた場合、死んだふりをする。待てば勝手に死ぬ。
□墓場
男性は死ぬと街の墓場から蘇生する。アイテムも装備も全て失い、パンイチになって土の中から復活する。
女性はギルドホーム施設にある女性用更衣室の狭い個室から蘇生する。下着だけでなく、上下に布の服を着た状態で復活する。
ちなみに男性用更衣室は無い。
男女差別!!