ガイアメモリを手に入れた……というか手に入れてしまったものの、使用さえしなければ特に変わらない日常を過ごしていた。
けれど、何故かウルフのメモリだけは気が付けば服のポケットやら鞄の中にやら入り込んでいて、それが見つからないかと不安になりながらも隠し持ち歩く事にしていた。
そんなある日の夜。バイト帰り、少し帰るのが遅れてしまった為に、人通りの少ない近道を駆け足で進んでいると、ひょっこり路地裏から出てきた血塗れのドーパントと鉢合わせしてしまった。
既に理性が溶けてしまっているのか、人語を話す事なく唸り声を上げながら飛びかかってくるドーパントを間一髪で躱すが、無様に尻餅をついてしまう。
緩慢とした動きでこちらへと振り返るドーパントの姿を見ながら、私はどうすべきかと頭を必死に回転させる。
このままだと何の力も持っていない女子中学生では、すぐに新たな犠牲者になってしまうだろう。おやっさんが来る事を期待しようにも出来ないだろうし、万事休すかと思っていると、コツンと指先に硬い何かが当たった。目を向ければ、そこには鞄から転がり出てきたウルフメモリがあった。
「生体コネクタなしに使えるか?」「一度メモリを使ったら中毒にならないか?」「私に命を奪えるのか?」「痛いのは嫌だ」
様々な考えが脳裏を過ったが、一番強かった思いは「また死にたくない。殺られる前に殺らなきゃ」で、ウルフメモリを握り締めて『ウルフ!』のガイアウィスパーを鳴らす。そしてそのまま右手首に突き刺すと、そこを起点に何かが私の体の中に入り込み、広がって行くのを感じた。
最初は異物感のあったそれも次第に無くなっていき、体が変化していくと同時にえも言えない全能感と高揚感が沸々と胸の奥底の方から湧き上がってきた。
「アオォーンッ!!」
本能に突き動かされるまま、状態を後ろへ晒し、天へ向けて高らかに
「……さあ、狩りの時間だ」
「ふっ!」
ザリィインッ!
「グぎゃあっ!?」
体重移動だけで躱すと、すり抜けざまに鋭い爪でドーパントの脇腹を抉る。激しい火花が散り、ドーパントは悲鳴を上げ、着地に失敗して地面を転がる。
悠々と歩いてドーパントに近付くと、いまだに地面で踠くドーパントの頭を左手で掴み、力づくで持ち上げる。
「これで終いだ」
苦しそうに俺の左手を引き剥がそうとするドーパントの喉へ向け、右手で勢い良く抜き手を放つ。ズブリと爪が肉を貫いていく感触と生暖かな血の温度。激しく暴れながらも次第に力が抜けていくドーパントを見て、ズポリと右手を抜き取ると、ポイっと放り捨てる。
血溜まりに沈んだドーパントの身体が変質して行くと、そこには虎縞柄のスーツにチェーンがジャラジャラとついたジーパン。そして茶色いグラサンをかけたガラの悪そうなオジさんがこと切れて横たわっていた。
そして、その首元からぬるりとメモリが抜け出てくると、ぽちゃりと血溜まりに落ち、ガシャンと割れてメモリブレイクされる。
その様を見届けると、メモリを突き刺した右手首からメモリを排出し、ドーパントから人間の体へと戻る。
そして、すぐさま鞄を拾い上げると、その場を全力疾走で離れるのだった。
「はぁーっ……。メモリを挿せば、あんな感じなのか。そりゃあ中毒者も出るなぁ」
無事……と言って良いのか分からないが、家の中へと転がり込むと、鞄を適当に放り投げ、壁に背を預けたまま座り込む。
ふと右手を見れば、いまだにあの肉を貫いた生々しい感触が蘇る。のに、何故かそれに対して忌避感も恐怖感もそして罪悪感すらも感じない。
人を殺しておいて罪悪感を感じない自分に少し恐ろしく思いながらも、同時に、「襲ってきたから殺した。あいつは弱かったから殺された」とさながら野生の獣のような事を考えてしまっている自分に気付き、ウルフメモリと適合するのはこういう所なのだろうかと他人事のように感じた。
これが、私がドーパントになってしまった夜。仮面ライダーW風に言えば、私の『ビギンズナイト』だった。