「よっ、一夏」
「ち、千春?」
月曜の朝、部屋を出た俺とシャルルに千春が声を掛けてきた。
「お、おはよう千春」
「ああ、おはようシャルル。昨日は悪い事したな、折角尋ねて来てくれたのによ」
「気にしないでくれ千春。それより身体は大丈夫か?」
「ん、一日休んだら治ったよ」
昨日の日曜日、俺たちは早速千春に力を借りようと千春の部屋を尋ねたのだが、千春は体調を崩していたのだ。同室の三浦さん(最初の方ででみうっちと呼ばれてた文系の女子)が看病していたらしい。
「で、用ってなんだったんだ?」
「ああ、それなんだが………少し時間を取らせちゃうけど、いいか?」
「構わないさ。シャルルも?」
「シャルルの事で、相談があるんだ」
そこで、千春の目が細くなり、千春はシャルルを値踏みするように見た。
「……よし、ご飯の前に済ませちゃおうか」
千春が首のチョーカーに触れ、ISを部分展開した。その装甲色は深緑。
「千春?」
「盗聴防止。辺りに気をつけて話せばバレないぜ?」
千春は展開したISの腕部をコツコツと突けばニヤリと笑った。
「で?相談ってなんだ?新型の設計図か?」
「いやいや、違う違う。実はな、シャルルは―――」
「一夏、僕が自分で話すよ」
「シャルル?」
「僕自身が話さないとダメな事だから……」
「……わかった」
シャルルがやけに真剣な表情で俺を制した。
「千春、実は……僕は女なんだ」
そうして、シャルルは自分自身の事を話し始めた。
「……つまりは、だ。……シャルル、君は自分と自分の身内とのゴタゴタや、これから起こるであろう罰から逃れたいから…………私を……いいえ、『ブリュッセル』を利用しようと?」
シャルルが話し終わった後、間を置いて千春がシャルルに問いただす。
その表情はとても、冷たかった。
「っ……うん…間違って…ない」
「そっか。……で?」
「……え?」
「私にメリットは有るの?」
「………………」
「私は別に構わないわ。オーケー、圧力でもなんでもかけてあげる。………だけどねシャルル、……私は貴女の事も『別に構わない』のよ。寧ろ、一夏を利用しようとしてたんだもの、会社ごと潰してやろうかと私は今思ってる」
「……千春っ」
「ゴメン、今は一夏は話さないで。……で?シャルル、貴女を助ける事が、私のメリットになるの?」
千春はどこまでも冷たく、言い放った。
「……なら…ない」
「ん。その通り。別にデュノア社なんか興味無いし、シャルルなんてもっと興味ない。助けても貴女から私に出来るような事なんて、何もないんだもん」
「…………」
シャルルはうつ向いて黙り込んでしまった。恐怖を覚えたように肩を小刻みに震わしながら。
世界最高の大富豪『ブリュッセル』全世界の国に莫大な『貸し』を持つ家。
例えば、ISが登場する以前大赤字だった日本に、道楽と趣味のため、黒字になるほどの資金を私的に貸し与えたりなど。
各国に赴けば国の主要人物が頭を下げて迎えるほどの家なのだ。
それほどの大きな相手に『興味がない』と言われてるのだ。
「一夏、少し離れてて貰っていい?二人で話がしたいの」
「二人でって………千春っ」
「安心して、一夏。シャルルは助けてあげる。ただ、私からの『お願い事』を言うだけだから」
「…………わかった」
そう言って、俺は二人の会話が聞こえるか否かくらいの位置に立ち、壁にもたれ掛かった。
「……そう、貴女が私にして欲しい事なんてない。けど、私が貴女にして欲しいことが一つだけある。それを交換条件に、私……『ブリュッセル』は貴女と言う存在を庇護しましょう」
「交換……条件?」
「そう。……私にとって…何よりも大切な事……」
「それは……何なの?」
千春はクス、と一度笑ってから答えた。
「シャルルには……一夏を守る騎士《シュヴァリエ》であって欲しい」
「え………千春…?」
「……一夏はすぐにでも強くなって遠くに行っちゃうだろうから。私なんかより遠くに、ね。だからシャルル見たいな強い人に一夏を守って貰いたいの。ダメ……かな?」
「ううん。……僕も一夏の為に、一夏を守るために戦いたかったから」
「そっか、お願いするまでもなかったんだ。安心した」
「うん。……だけど、僕は誓うよ」
シャルルは膝を付き、
「例え一夏が世界中の敵になっても、僕だけは一夏の味方であり続ける。それが僕の騎士道だ」
騎士の誓いを誓った。
その誓いは、かつて千春が誓ったものととてとよく似ていて、それでいて千春が誓った想いよりも眩しい物だ、と千春は一人思った。
◇
「そ、それは本当ですの!?」
「う、ウソついてないでしょうね!?」
千春とシャルル、そして俺。三人連れだって教室に向かっていた俺達は廊下にまで聞こえた声に目をしばたたかせた。
「なんだ?」
「さぁ?」
「……何か面白い事が起こってる!?」
ピキーンと目を輝かせた千春、どこからともなく、人一人が入れるくらいの段ボールを取りだし、それを被り教室に入って行った。
なんで段ボール?
「本当だってば!この噂、学園中で持ちきりなのよ?月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑君と交際でき―――」
「俺がどうしたって?」
千春の後に続き教室に入り、話題の中心らしき田島さんが俺の名前を言ったので、俺はちょっとした好奇心から聞いてみた……みたんだが……
「「「 きゃあああっ!!? 」」」
な、なんなんだ?クラスに入って普通に声をかけたつもりだったんだが、返ってきたのは取り乱した女子達の悲鳴だった。こらこらはしたないぞ。
「で、何の話だったんだ?俺の名前が出ていたみたいだけど」
「う、うん?そうだっけ?」
「さ、さぁ、どうだったかしら?」
鈴とセシリアはあははうふふと言いながら話を逸らそうとする。
なんだよ、聞いたらまずいことなのか?アレだ、女子達の中だけで伝えられる伝説とかか?
死神の話とかならちょっと聞いた事あるぞ?
「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」
「そ、そうですわね!わたくしも自分の席につきませんと」
どこかよそよそしい様子で二人はその場を離れていく。
その流れにのってか、何人か集まっていた他の女子達も同じようにそそくさと自分のクラス、席へと戻っていった。
「……なんなんだ?」
「さあ………?」
ガサゴソ、ガコッ
「待たせたなっ!」
「HRを行う、自分の席につけブリュッセル」
スッパーンッ!
段ボールを放り投げて立ち上がった千春に千冬姉の出席簿が降り下ろされた。
◇
(どうしてこうなった!?)
教室の窓側列で表面上平静を装えず、頭を抱え机に突っ伏していた箒は、心の中で叫んでいた。
近頃何か、月末の学年別トーナメントに関する噂が流れているのは知っていた。しかし問題はその内容だった!その内容とは……
『学年別トーナメントの優勝者は織斑一夏と交際できる』。
(そ、それは私と一夏だけの話だろう!?)
一夏が言い触らしたとは思えないので、どこからか情報が漏れたのだろう。
今にして思えば、あの時の声はやや大きかったかもしれない。それでも二人だけの秘密と言うことで安心していた面もあった。
「…………」
しかし、実際にはもう殆どの女子生徒が知ることになっているらしく、さっきも教室にやって来た上級生が『学年が違う違う優勝者はどうするのか』『授賞式での発表は可能か』などとクラスの情報通に訊きに来ていた。
(まずい、これはひじょーにまずい……)
もちろん自分以外の女子が一夏と付き合うことにも激しい抵抗感があるのはいうまでもない。
箒は自分が一夏と付き合い出した時もあっと言う間に学園中に広まってしまうであろう事に頭を悩ませていた。
正直に言おう、箒は『恋人との二人だけの秘密の関係』と言うものに年相応+αの魅力を感じているし、夢想も抱いている。
例えば、だ。
教室でちょっと視線がぶつかり、にこりと微笑み返してくれる一夏。
更には二人だけの秘密のサインなんてのも良いと思ってる。
右目でウインク二回は『今日は寝かせないぜ?』のサインとか。
「うへへへ………」
いつしか箒は、学年別トーナメントの事など忘れて、一夏との新婚初夜の妄想に入り浸っていた。
まだ純な箒の性知識は乏しく、一番えっちな行為が耳を舐められると信じる箒。
新婚初夜の妄想も、ベッドの中で抱き合うだけと健全なものだった。
◇
「「あ」」
セシリア・オルコットと
時間は放課後、場所は第三アリーナ。人はまだ鈴とセシリアだけだった。
「奇遇じゃない。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」
「奇遇ですわね。わたくしも同じですわ。本当に奇遇ですわねぇ」
二人の間に見えない火花が散る。どうやら互いに狙ってるのは
「丁度良い機会だし、この前の実習の事も含めてどっちが上か白黒ハッキリさせとくってのも悪くないわね」
「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらがより強く、より優雅であるか、……この場所ではっきりさせましょうではありませんか」
二人ともメインウェポンを呼び出すと、それを構え対峙した。
纏うは『絶対強者』の覇気。その一挙手一投足が相手の警戒を強めさせ、そして互いにそれが挑発になる。視線から呼吸までもが相手にプレッシャーを与える――――。
鈴が双天牙月を連結させ、セシリアが『スターライトmkⅢ』を構え………―――
突如飛来してきた超音速の砲弾を迎撃した。
「なに?どういうつもりよアンタ。いきなりぶっ飛ばして来て横槍かますなんて……いい度胸じゃない」
「決闘の邪魔とはとことん不粋ですわね。まずは貴女から風穴を開けてあげましょうか?ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
鈴は双天牙月で払うように、セシリアは『スターライトmkⅢ』で砲弾の射線をずらし、横をチラとも見ずに防いで見せた。
超音速で放たれた二つの砲弾がやかましい音を立てて地面に落ちた。
「中国の『甲龍《シェンロン》』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。………ふん、搭乗者のせいかデータで見たときの方が幾分か強そうではあったな」
漆黒の機体、『シュヴァルツェア・レーゲン』そしてその搭乗者。
ラウラ・ボーデヴィッヒが腕を組んでつまらなそうに言葉を吐き捨てた。
「なに?アンタやんの?わざわざドイツくんだりからやって来てリンチされたいなんて大したマゾヒストっぷりね。それともあれ?千冬さんのいる学校だからってカッコ付けたいって?ガキじゃないんだから大人しくじゃがいも畑で働いてなさいよ」
「まぁまぁ鈴さん、こちらの方はどうも言葉が伝わってない様子。あまりいじめるのはかわいそうですわよ?」
ラウラの全てを見下すかのような目付きに並々ならぬ不快感を二人はいだきながら、どうにかその怒りの捌け口を言葉に見いだそうとしていたが………それは全くの無意味に終わる。
「三人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬ者が専用機持ちとはな。よほど人材不足と見える。数しか能のない国と、古さだけが取り柄の国、ここにはいない『代替え品』は特にな」
二人の雰囲気が変わる。180°、全く別の雰囲気へと。
「セシリア、あたし殺っていい?半分に叩ききるだけだからさ」
「わたくしから先でよいでしょう?頭を吹き飛ばせば私の用件は済みますし」
鈴とセシリアは装備の最終安全装置を外した。
競技としてではなく、戦闘を行うからだ。
「はっ、二人がかりで来たらどうだ?一足す一は所詮二にしかならん。下らん種馬を取り合うメス共にこの私が負けるものか。そう、憎き妖精の羽をむしり取り、あの織斑一夏を処断するより先に貴様らを下し、私の力を見せてやろう」
「今…―――なんつった?つくづく……度しがたいバカね、アンタッ!!」
「この場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。その軽口、二度と叩けぬように今ここで叩いておきましょう」
得物を握りしめる手に力を込める二人。それを冷ややかな視線で流すと、ラウラはわずかに両手を広げ、自分側に向けて振る。
「とっとと来い、貴様ら相手に赴いてやるのも面倒だ」
「舐めんじゃないわよッ!!」
「撃ち貫きますわ!!」
赤と青、そして黒の戦いが始まる。