「……何故だ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「………ふん。こいつは私の獲物だ。手出しをするなら貴様も一緒に相手をしてやろう」
「……先程までやられていて、よく言えるっ………」
シン、と静まりかえったアリーナ。終始押されぎみだった箒の逆転攻撃。それにより決着が着くだろうと思われていた試合はまだ、決着がついていなかった。
「……どういう…事よ。ラウラ・ボーデヴィッヒ」
避けられない。と、最悪の事態を想定していた千春は、訳がわからない、と表情に出して問う。
箒が降り下ろした薙刀を、そのレーザー手刀で受け止めたラウラに。
「……有り体に言えば甘く見ていた……とでも言うのだろうな。貴様の戦闘レベルを修正する。……貴様を、この私とシュヴァルツェア・レーゲンの敵であると認めよう」
ラウラはレーザー手刀を納め、右腕を左目を隠すように翳す。
「!!?」
咄嗟に瞬時加速で千春がラウラから離れる。その表情は後悔が見てとれる。
「やはりな。……私のこの瞳を…知っていたな?」
ラウラの左目を覆っていた眼帯はなくなっていて、代わりに見開かれた金色の瞳が異彩を放っていた。
「なればわかるだろう。これで貴様の勝利が万に一も無くなった事が………これが、私の本気だ。その翼有る限り凌いでみせろ」
千春を過去最大の敵と認め、油断や慢心をラウラは棄てた。
「この瞳を使わせた……それを誇りとし墜ちるがいい」
左肩のレール砲《カノン》が唸りをあげる。
◇
「何事だ真耶?」
携帯端末に振動がおこり、それを千春は懐から取り出した。
相手は山田真耶。アリーナの完成室にいるはずの彼女からの呼び出し《コール》だ。
『た、たたた大変です織斑先生!!緊急事態です!!』
端末の向こう側から真耶が声を張り上げて叫ぶ。
「緊急事態?……」
『はい、そうなんです!先程から試合を終わらせるブザーが鳴らなくて…!』
「?……わからんな。そもそも何故試合を破棄するのだ。まだ続いているが?」
千冬は眉をひそめる。視線をアリーナに向ければ空を千春が飛び、それを捕らえんが如くラウラのワイヤーブレードが飛び交っていた。
『ブリュッセルさんはっ、もう試合ができる身体じゃないんです!ISからの情報では、千春さんの健康状態《コンディション》はステージレッド!今すぐ緊急入院しないと…っ!』
絶句。
絶句した。『ステージレッド』、それはISから送られる情報信号の一つで、IS操縦者の『操縦者危機的瀕死域』。操縦者生命危険域を越える危険な状態だ。
目の前で行われていた試合が、人命にかかわるほどの大事になっていたのだ。
「わかった、今からそちらへ向かう。…………しかし…なぜ、その瀕死状態でブリュッセルがあそこまで戦えているのか………」
「あら?……なぜ、そこで私を見るのかしら?」
「貴様も解せんからだ。……何故、自分の『娘』が死にそうになっていると言うのに平気な顔をしていられる」
端末の通話ボタンを切り、隣にたたずむマリアを見据える。
当のマリアは歳に似合わぬ、しかし容姿には似合う少女のような笑みを見せる。
「案外平気じゃないのよ?我慢してるだけよ」
「やはり知っていたか」
「あら…引っ掛けなんて酷いわ」
「ふん、…………解せんな」
「何がかしら?」
何かに気づいたらしい千冬が憎々しげに呟く。
「貴様、自分の娘にナノマシンを投与したな?」
◇
「っ!?………」
今のは危なかった。あの瞳を使ってから、ラウラの動きが変わった。
ラウラの動き一つ一つがこちらを倒すための動き。
こちらの動きに対応し最善の動きで返してくる。
「これで二基目…あと四基だ」
既に二基の『フェザー』をワイヤーブレードで破壊された。
腕を組んだままワイヤーブレードだけを飛ばしてくるラウラに舌打ちし、ビームを連射する。
斬ッ!……――――
「ぐっ!……」
「貰った!」
連射を続けていたライフルを薙刀で叩き切られる。箒だ。
箒はラウラが展開したワイヤーブレードの包囲網の合間を器用に潜り抜けながら接近してきたのだ。
「甘いよ、箒!」
しかし奇襲でもない接近戦など恐るに足らず。回し蹴りを見舞い、アサルトライフル『スケアクロウ』を構え弾丸を乱射する。
それと同時に、展開していた『フェザー』で箒を囲むように『全距離《オールレンジ》攻撃』を行う。
「当たらなければ…どうと言う事はないっ!」
回し蹴りを喰らい、体勢を崩しかけた箒は三次元躍動旋回《クロス・グリット・ターン》で体勢を整えながら四方から放たれるビームを紙一重で避けて行く。
…………強くなっている。
先程まで防御の姿勢を取りながら捌いていた『フェザー』を、今はまるで『未来予知』を行ったかと思えるほど完璧に避けている。
『フェザー』の数が減ったから? まさか…その程度でこんな真似出来るわけがない。
ビームが放たれるより早くビームの射線軸からの回避を成功させるなど不可能だ。
ラウラでさえ、発射後のビームを『見』切っているのだ。
もし、箒が専用機を持ったなら……私は既に負けていた。
がしかし、幸か不幸か箒は専用機を持っていない。
……そして私には奥の手がある。必ず、必ず箒の動きを一瞬だけ止める秘策が……
「まだ…箒には負けてあげられないんだよ!」
「私にも、負けられない理由がある!勝たせてもらうぞ、千春!」
薙刀を量子分解し、ビームの雨を掻い潜りながら箒が迫る。
徒手空拳の状態で迫る箒を見て、千春は確認した。
箒が狙っているのは居合い………勝機だ!
ラウラとの一騎討ちには箒は邪魔になる。……まず、箒を打ち倒す!
展開していたビットを戻し、手にアサルトライフルを構え迎撃する。
ガガガガガガガッ!
アサルトライフルが火を吹く
箒が『打鉄』の実体シールドを展開し、銃弾を弾きながら迫る。
「貰うぞ、千春!」
箒は居合いの構えを取り、瞬時加速《イグニッション・ブースト》駆ける
フォンッ――……
ザシュッ…――
「!?……なっ………ちはっ…」
「墜ちろ、箒」
エネルギーシールドにぶつかるはずだったブレードは、千春の左肩を切り裂いた。
傷は浅い。だがしかし、『ISを装着された人間に対し、通常の装備での直接攻撃は出来ない』と言う固定概念を持つ一般人……つまり箒は思考能力を一瞬奪われる。
そこが狙い目。勝機。
『フェザー』を展開と同時に箒の腹部に蹴りを放つ。もちろんエネルギーシールドにぶつかり箒自身にダメージはない。
蹴りにより距離が開く。
箒が体勢を整えるよりも速く、四基の『フェザー』はビームを放つ。
「ぐっ…ここまで…か……!」
『打鉄』のエネルギーが尽き、箒は戦闘行動が不能になる。
IS戦においてエネルギーが尽きた者が基本的に敗けとなる。
箒には勝った、後は…―――。
シュルルッ……―――グンッ!
「しまっ―――!?」
『グラデーション』の脚にワイヤーが三本絡まり、思い切り引っ張られる。
箒を倒した一瞬の気の緩みを突かれた。
ダァンッ!!
「ぐぅっ!……」
ワイヤーに引かれ、地面にうつ伏せに叩きつけられる。
全身を襲う衝撃に一瞬意識が遠ざかる。
それを無理矢理制し、ラウラへ視線を…………、
ガシャンッ!!
「っ!?」
背中から衝撃が伝わる。それは、ラウラが私を踏みつけた衝撃だった。
「ふん、奴め…私と貴様との戦いに横槍を入れよって………」
ギリギリと力を込められ、私は押し潰されていく。
「ふ、フェ…―――」
「翅など使わせん」
ビットで射撃をするより速く、ラウラの放ったワイヤーブレードがビットを貫く。
「これで、私の勝ちだな。武装も近接ブレードしか残っておるまい。……選べ、ここで無惨に破れるか、自ら敗けを認めるか…な」
ラウラが『グラデーション』の固定部位のスラスターウイングを掴む。
「ふ…ざけ…っ、私はっ!!」
起き上がろうとするも、『動きを止められて』は動けない。
片手で翼を掴み、もう片手でAICを発動されている。
万事休す。どうしようもならない。だがしかし、今の千春は自分から、負けたとは言えなかった。言いたくなかった。
まだ武装はある。近接ブレード一振りだとしても、だ。
まだ動ける。シールドエネルギーが尽きるまで。例え残りが少なくても、一夏を馬鹿にしたラウラに、言いたくなかった。
「そうか、そうでなくてはつまらん。…………しかし、今回は私の勝ちで終わりだな」
ビシッ、…バキィッ!…ブチブチ…
スラスターウイングが引き千切られる。内線が音を立てて切れていく。
「翅を失い、それでも翔べるか、妖精よ?」