「うわぁ…すげぇ……」
一夏は辺りを見回して小さく呟いた。
上を見上げれば照明が光り輝き、前を見れば撮影スタッフが機材や何やらを声を掛け合いながら手際良く運んでいた。
「千春さん、来ました!」
スタッフの内一人が叫ぶと、喧騒に包まれていた撮影スタジオに緊張が走る。
「おはよーございまーす!よろしくお願いします!」
女性スタッフを数人引き連れ、長い髪をサイドテールに纏めた千春が、黒と白を基調とした際どい水着姿で現れた。
そう、今日一夏は千春の付き添いで水着モデルの見学に来ていたのだ。
事の始まりは学園での他愛ないから話だった。
◇
「ねぇねぇ千春さん!」
「なんだい谷本さん」
「再来週のファンファンに出るってのは本当なの!?」
授業合間の小休憩。学園へ入学前から千春のファンである谷本さんが最新刊の女性雑誌を手に持ちながら少し興奮した様子で、窓際の自分の席で日向ぼっこしていた千春へ駆け寄る。
「ああ、うん。明後日には撮影するらしいよ」
その言葉で、やいのやいのと騒いでいた教室がシンッ…と静かになる。
「ほ、ほんと!?……よ、よかったらなんだけど、千春さんのツテで次号を速めに買えたりなんか……出来ないかな?」
おずおずと喋る谷本さん。
千春の写真が見れるのか…俺も欲しいな。
「多分出来るよ?」
「ほんと!?」
その声を皮切りにクラス中の女子が騒ぎだした。
「私二部お願い!定価の二倍までなら払える!」
「わ、私は三部お願いします!」
「私も私も!」
と言った具合にだ。
「ああ~、じゃあ欲しい人はメモ用紙か何かに書いて渡してくれる?料金はいいから。名前忘れないでね?」
千春が宥めるように言うや否や、女子達はメモ用紙やノートの切れ端にガリガリと一心不乱に文字を書きなぐり始めた。
「そ、そっか~、千春ってモデルやってんだっけか~(棒読み)」
「ん、まぁね。学園に入学するに当たって撮影する機会は減ったけどな」
「へー……そ、そそうだ、俺にもくれよ。親友のモデル姿を見ておきたいからな……」
上手く行った!!題して、『興味深々だけどそれを悟られないよう自然な流れで雑誌を貰おうぜ!』大作戦!!
親友を強調するあたりでストレスで吐血しそうになったのは内緒だ。だがその程度で千春のモデル姿を拝められるってなら安いも―――。
「なんだよ、信じてくれてねーのかよ」
千春が頬を膨らませ拗ねるように怒った。…………あれ?なんで今ので怒るんだ?
多分アレだ、言い方が悪くて、『ほんとーにモデルやってるのか確認したい』と言うような言葉に聞こえたのだろうか?。
「あ、いやそれは……―――」
「じゃあ見に来るか?私が仕事してるとこ」
雑誌を貰う以前に嫌われてはかなわない。あわてて謝ろうとした俺の言葉を制したのは千春の言葉だった。
そして冒頭に戻る。
「あらー、千春ちゃん久しぶりねん!」
体格の言いオカマのオッサンが身体をくねくねと動かしながら所謂お姉言葉で千春に声を掛けた。
「久しぶりサブちゃん!ごめんね?ぎりぎりまで予定伸ばしてさ!」
「いいのいいのっ。千春ちゃんのお願いならなんでも聞くわよ?」
サブちゃんと呼ばれたこの人はどうやら千春の仕事の関係者で親しいらしい。
「で、千春ちゃん。この子が見学に来たって言うお友達ね?」
「えぇ、私の親友の織斑一夏。名前は知ってるでしょ?」
「この子があの男の子?私好みの良い男だわ~…………食べちゃいたいくらい」
熱い眼で見られ、ゾワッと背筋に寒気が走った。これほどの悪寒を感じたのは初めてだった。
あ、ウィンクしてきてる。ゾワゾワッ!!――――。
「うふん。じゃあちゃっちゃと水着終わらせちゃうわよん?。……ゴルァッ!撮影始めるぞッ!!」
突然ドスの効いた声でスタッフに怒鳴りつけたオカマさんは、あれやこれと指示を飛ばしたながら時折低い声を出す。
スタッフの人たちは見知っているのか、気合いをいれた声で返し、慌ただしく作業を始め出した。
「カリスマメイクアップアーティストの
「す、すごい………人なん、だな」
千春が近づいて来て、豪参郎を苦笑混じりに見ながら説明してくれた。
俺はと言うと、その肢体に目を奪われていた。
それは白と黒を基調としたスリングショット。ブラジル水着などとも言われてる。紐がうなじ辺りから伸び、首元の鎖骨上で交差して下腹部まで伸び、股でまた交差するなんとも卑猥な水着だ。しかし、布地は比較的に広く、白と黒の二色が卑猥さよりも『妖艶さ』を醸し出していた。
一言で言うなら『エロカッコいい』だろう。
「に、にに似合ってるぜ千春っ」
滾る鼻を抑え、多少どもりながら俺は千春を誉めた。誉めたと言っても本当に似合っていて思わず言葉が出ただけだが。
「ん!。ありがとな一夏っ」
頬をポリポリと掻きながら千春は恥ずかしそうに苦笑し、俺に笑顔を見せてから撮影場所へと小走りで向って行った。
かっ、可愛いぜ千春ぅーーっ!!
◇
撮影中の千春はそれはもう凄かった。
「千春さん、笑顔でお願いできますか?」
「りょーかいっす…んっ」
カメラマンの要望に答え、千春が笑みを浮かべる。
望んでた以上の笑顔を見て、カメラマンが小さく頷きシャッターを押す。
「じゃあ次は胸を少し寄せてみようか」
「こんな感じっすか?」
………おいちょっとカメラマン、グっジョブなんだが前屈みになるな。
とまぁこんな風に、要望に完璧以上で応えてるんだ。
なんと言うか、『プロ』だなぁと実感させられる。
「休憩入れまーす!」
撮影開始から既に一時間。微笑んだり儚そうな表情を見せたり、………千春は多くの表情をカメラ納めていた。
「お疲れさま千春」
「あんがと。ん~、次は秋ものの撮影かな?」
ぬるめのスポドリを千春に渡す。ちなみにペットボトルだ。
「秋の?なんで夏前に秋のなんか………」
「ファッションって言うのは流行を先取りしないといけないんだ。だから秋物を今の内に、ね」
人差し指を立てて先生のように千春が教えてくれた。もちろん露出度過多な水着姿でだ。
もう辛抱たまらんっ!
「千春ちゃんっ、次は秋物なんだけどいいかしら?」
筋肉隆々なオカマさんがまたしても身体をクネクネさせながら近寄って来た。
「りょーかいっ、じゃちょっくら着替えてくるぜ一夏」
千春は小さく頷くと俺の肩を軽く叩いてウィンクし、更衣室らしき個室へ向かって歩いて行った。
…………みっ、水着が食い込んでるだとぉっ!!?(どこが食い込んでるかは皆様のご想像にお任せします)
「さって、織斑くんだったかしらん?」
ゾワゾワゾワッ!!
俺の全身から鳥肌が立つ。この
「な、なんでしょうか?」
「ん~っ、やっぱり良い素材だわ~っ!貴方に決めたわんっ!」
とりあえず視線を合わせないようにしながら聞くと、オカマさんは先程の三倍の速度(当社比)でクネクネし始めた。
「貴方、モデルやらない?」
突然ピタリと動きを止めたオカマさんは俺にそう言ったのだった。
◇
あれから数週間経った朝、刷り上がったばかりと言う雑誌を、予約していた人に配り終え、千春は自分の席で寝息をたてていた。
「わっ!織斑くん!?」
「え?何々?雑誌?…………あっ!織斑君とチハるんが一緒に写ってる!?」
その一言で喧騒に包まれていた教室がシンッ…と静まり返った。
「ホントだ……ファンファンの新刊に、織斑くんと千春のツーショットがある!」
ざわざわ…ざわざわ………
ガタッ……――!×4
「なん………だと?」
「なっ!?……一夏さんとのツーショットですって!?」
「え?雑誌に一夏が載ってるの?」
「お姉様と私の嫁のツーショットだとっ!!?………………こちらラウラ・ボーデヴィッヒだ。クラリッサ、『ツーショット』とはどういう意味だ?」
ざわつく教室内で音を立てて立ち上がる四人。千春が配っていた雑誌を持ってる近くの級友の席にくらいつく。
「うわーっ、織斑君カッコいい~!」
「こう言う服も似合うねっ、燕尾服とか着たら超似合うかも!」
キャーキャーと騒ぐ女子達を他所に、ツーショットの写真を見た箒が真剣を手に握り、俺を見た。
「…き、切るっ!」
カチャッ…――。
「何の脈略なく刀を抜くなって!」
「な、なぜこんなにも爽やかな顔でツーショットが撮れている!?う、うう腕を組みながらっ!」
そう、俺と千春のツーショット写真は女物、男物の両方の秋物の服を着た俺と千春が、恋人のように仲睦まじ~く腕を組んでるところが写っていたのだ。
「ばっ、バカっ!俺だって緊張しまくったんだからな!?」
腕は胸に挟まれるわ顔は近いわまつげは長いわ良い香りはするわ緊張してたのバレて久しぶりに頬を指で突かれてもう千春のかわいさが爆発するし、もうね、アレだ、生殺しだったんだ。
「む、そ、そうか………ならば私とも腕を組んでツーショットだ!」
「いやその理屈はおかしい。なんで俺が…――――」
「嫁よ!お姉様は兎も角愛人より私と先にツーショットだ。なんでも『ぷりくら』なる媒体があり、そこではかっぷるがツーショット写真を撮ると聞いた!」
「な、何を言っていますの!?旦那さ…―一夏さんはわたくしとツーショットを撮るのですわ!」
「ぼ、僕は…その、最後でも良いからね?。一夏とツーショット写真が撮れるなら……って、何を言ってるんだろうね僕はっ」
話が…勝手に一人歩きしていく………
「えー!ズルいズルーい!私達だって織斑君とツーショット撮りたーい!」
「そうだそうだー!専用機持ってるからってズルいぞー?」
教室がガヤガヤと騒がしくなり、対に奴が現れる。
「こんのバカ一夏ッ!何千春と二人だけでそんなことしてんのよ!!」
前に鈴が壊した黒板を、急場凌ぎだが板で修繕していたのを、怒りに燃える鈴が突き破って現れた。板での修繕だったので一組の話は丸聞こえだったのだろう。……つかまた俺が修繕すんのか?
ガラガラッ!――
「大体あんたは…――ヒッ!?」
俺の襟を掴み上げた鈴の表情が青を通り越し、一回りしてまた青になった。
その視線はHRのチャイムが鳴るよりも早く現れた千冬姉。その眼はただ一点、俺の襟を掴む鈴と俺だけだ。何故かって?
「「「 ……………… 」」」
誰一人として騒いでいないからだ。いや、違うな。先程までは騒いでいた。しかし、千冬姉が教室に入ってくる時にはどんなに騒いでいても自分の席に姿勢を良くして座っているのだ。
見ろ、箒やセシリアなんて風格すらただようほど澄まされた姿勢で座っている。シャルロットはニコニコと、ラウラは自分が持つ装備の点検。皆一様に『私は騒いでませんよー』と言った空気を出していた。
見よ、これが千冬姉相手に皆が鍛えたスルースキル。
千冬姉が担任であるが故の高等技術!
「……もう
絶対零度の無表情。おびただしいほどの量の殺気に晒され、鈴は生きるのを諦めた。
それもそのはず、鬼など生温温い。今目の前に立つは、悪鬼羅刹の修羅の王。
小娘如きが相対することが
その一言で、凰鈴音の下着が濡れた。
「ち、千冬さん……」
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、でなければ……わかるな?」
それからの鈴の行動は早かった。
俺から離れ、股をスカートの上から抑えて教室から走り去っていった。
あれ?前にもこんなことあったような…………。
「さて、雑誌を読むのは構わないが騒ぐな。これよりSHRを始める」
騒動の原因はバレてるようだ。千冬姉が教壇に立ち、出席簿を振り上げた。
「いい加減起きろブリュッセル!」
「ぐぇっ」
スッパーンッ!!
千冬姉から放たれた出席簿は爆睡中の千春の頭を強打し、クルクルと回転しながら千冬姉の手に戻っていった。相変わらず人から大きく外れた人だ。
「今日の一、二時限目は来週に迫った郊外特別実習期間についての諸々だ。重要な件なので聞き漏らすなよ?それと織斑、今失礼な事を考えたな?」
スッパーンッ!
千冬姉が俺を出席簿で叩いた後、クラスを見渡し、意見はないな?と無言で問う。
「ではSHRを終わる。各人有意義な一日を過ごせ」
そうして、今日のSHRは終わったのだった。