放課後、俺は机の上で項垂れていた。
にしてもこの机は良い。十年来の友のようにしっくりくる。
机で寝るには持ってこいの机だ。
「ちくしょう、意味がわからん……。なんでこんなにややこしいんだよ…」
あれから幾多(三時間目から五時間目までだが)の授業を乗り越えわかったが、専門用語の羅列だ。辞書でもなけりゃやってられん。
しかしISの辞書なんて存在しないのでらつまり今日俺は全く勉強せず、つか授業についていけなかった。
ちなみに放課後と言うのに教室には他学年、他クラスの女子が押し掛け、きゃいきゃいと小声で話し合っている。
(うぐ…視線が辛い。勘弁してくれ……)
昼休みなんてそりゃもう地獄だ。
学食に行こうとすればぞろぞろとみんなついて来るし、学食ではモーゼの海割りだ。人垣のね。
「あぁ、織斑くん。まだ教室にいたんですね?よかったです」
「ほえ?」
呼ばれて顔を上げると副担任の山田先生が書類片手に立っていた。
至極どうでも良いがこの先生、やはり身長と胸があってない。
身長は低いくせに胸は千春並みにあるんだから困ったもんだ。
ちなみに千春は俺よりも身長がデカイ。
対して変わらない数値なのだがやはり好きな相手より身長が下なのは男のプライドが許さん。
牛乳に相談だ!
「えっとですね、寮の部屋割りが決まりました」
そう言って部屋番号の書かれた紙とキー(カード)をよこす山田先生。
そう、ここは全寮制の学園なのだ。
「あれ?俺の部屋、決まってなかったんじゃ?」
「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……織斑くんは政府からは何も聞いてないんですか?」
最後は俺にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。
まぁ今まで前例のない男のIS 操者だからな、国としては保護と監視の両方を付けたいようだ。
ちなみに政府ってのは日本政府な。
「そう言うわけで、政府特命もあって、とにかく寮に入れられるのを最優先にしたみたいです。1ヶ月もすれば個室の方が用意出来ますが、しばらくは相部屋で我慢してください」
「はい、わかりました。部屋割りはわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備出来ないですし、今日はもう帰っていいですか?」
「あ、いえ、荷物なら―――」
「私が手配しておいた。ありがたく思え」
ダダン、ダンダ、ダーン。
この声、間違いない。千冬姉だ。
今日はダースベイダーよりもターミネーターな気分だ。
「ど、どうもありがとうございました……」
「まぁ生活必需品だけだがな。着替えと携帯電話の充電器があれば問題なかろう?」
「すげぇ大雑把ですね。いやまぁ確かにその通りですが」
しかし、人間には日々の潤いも大事だと思うんです姉さん。
「では時間を見て部屋へ行ってくださいね?夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取って下さい。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。ただ、織斑君はいまのところまだ使えません」
え?なんでですか?レベル制限とか?解禁イベントはどうすれば……俺大浴場好きなのに……
「アホかお前は。まさか同学年の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」
俺の表情から読み取ったのか千冬姉は呆れたのうにため息をつく。
「あ、そっかレベル云々の前に性別からして違うか。一緒に入りたいのは否定しないけど」
スッパーンッ!
「お前はもう少し周囲に意識を向けながら言葉を選べ」
「い、イエス マム」
俺はきゃあきゃあと騒ぐ女子をよそに、敬礼しながら寮へむかった。
「え~っと1025室は…っと、ここか」
俺は部屋番号を確認し、ドアのロックを外すためにカードキーをスライドさせる。
おろ?開いてるみたいだ。
ガチャッとドアノブを回し室内に入った俺の目に入ったのは大きめのベットが二つ、感覚を空けて置いてあった。
そこらのビジネスホテルより高級そうなベットだ。
みるからにふわふわしてそうだ。
「うおぉ~、すげぇモフモフ感。やべぇ、安眠できるってこれ」
荷物を置いた俺は早速ダイブ。これは間違いない、高級ベットに羽毛布団だ。
「誰かいるの?」
ふと、部屋の奥から声がした。
あ~、確か部屋にもあるんだっけ、お風呂。
「こんな姿ですみません、んっと、同居人になる――――」
「ち…はる?」
その瞬間、俺の思考力は停止した。
だって目の前には頬は赤く上気し、風呂上がり特有の色っぽさを持った、一糸纏わぬ千春の姿があったのだから。停止したわりに細部までガン見してる俺マジ変態。
千春はもそもそと、身体を拭いていたタオルで身体の前を隠し、顔を茹で蛸の如く赤くしていく。制服の上からでもはち切れんばかりの大きな胸も、しなやかながらほどよい肉付きをした瑞々しい脚も、タオルで隠し切れるはずもなく、さらに色っぽさを加速させる。
対する俺も状況を理解し、……
「きゃ…」
「きゃああああぁ!?」
叫んだ。
◇
「はぁっ、はぁっ!」
俺は部屋を飛び出しドアの前で息を荒げる。
見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった!!!
ち、千春の裸を見ちゃった!!
ど、どうしよう、き、嫌われたか!?
「どしたのどしたの~?」
「あ、織斑くん発見!そこの部屋が織斑くんの部屋なの?」
「ラッキー、良い情報ゲット~」
先程の俺の叫び声を聞き付けたのか、それぞれの部屋から女子がぞろぞろと出てくる。
しかも、困ったことに全員が全員ラフなルームウェアで、かなり男の目を気にしない格好ばかり。
一部の子に限っては長めのパーカーを来て、下にはズボンもスカートも穿いてない。
白の逆三角形がチラチラとのぞいている。
ほかにも羽織っただけのブラウスの合間から肌色の胸元が見えてるこまでいた。
その姿は先程の千春の姿を想起させるには容易で、俺は顔を真っ赤にさせひきつった笑みを漏らす。
ガチャッ
背後のドアから音がなり、ドアこ合間から手が伸びおいでおいでする。
まさに救いの手とはこの事だ。
俺は迷うことなく部屋の中へ入った。
「そ、その、…すまん千春!わざとじゃ―――」
「んな事わかってるよ一夏、ほら、別に怒ってないから顔上げろって」
部屋に入るなり頭を下げた俺の頭を触れるように軽く叩きながら千春は苦笑する。
「わ、悪い、ちは―――」
そこにいたのは女神でしたとさ。
太ももまで伸びる髪の毛を結い上げ、上はタンクトップに下はデニムのショートパンツ。
もうね、はっきり言って卑怯だね。
千春のスタイルの良さでそれは卑怯だ。
「謝んなって」
千春はボリボリと後頭部をかきながらベットに腰掛ける。
部屋の手前側のだ。
奥側のベットを狙ってた俺としては嬉しい。
「私も相手が一夏だって言うのに声あげようとしちゃってさ。ごめんな?」
千春の悪い癖だ。俺相手の時ほど卑屈になる。
「んなことねぇよ……まぁなんだ、よろしくな」
気恥ずかしさを覚えながら妙に冷静に俺は奥側のベットに腰掛ける。
「うん。よろしくな、一夏」
そう言って千春は苦笑した。
◇
「そうだ、一夏、これお前に」
部屋の風呂へと入ろうとした俺に、千春が何かを投げて来た。
「ん?なんだこれ、携帯か?」
受け取ったそれをみてみれば、掌大の、卵を思わせる形のメカだった。
「携帯型空間ディスプレイだ。右のボタンで起動、後はディスプレイが出てくるから直接操作。防水加工してあるから風呂で使って見てくれよ」
空間ディスプレイ。
空間に投影されたウインドウに触れる事により、キーボードを必要とせずキーボードのウインドウを叩く事によりタイピングを可能としたなにやらすごい技術。
SFに出てくるあれだ。
メタ発言するならアニメやらで束さんが使ってたやつ。
「いいのかよこんなもんもらっちゃって」
「いいのいいの、我が親友への細やかなプレゼントだ。IS辞書がインストールされてあるから何か分からない事があったら調べろよ。この学園で学ぶ専門用語とかなら全部入ってるはずだ」
へぇ、と俺は声を漏らす。
「ISの辞書なんてあったんだな、いやぁ辞書ないかな~と思ってたんだよ。助かった、サンキュな?」
「おう、じゃあ入ってこい」
俺は頷き、片手に携帯型空間ディスプレイを持って風呂場へ向かう。
ほんとに、千春には感謝してもしきれないな。
「なぁ……」
「…………」
「なぁって、お前なに怒ってるんだよ」
「……私は怒ってなどいない」
「嘘つけ、顔が怒ってますよっていってるぞ?」
「生まれつきだ」
にべもない。
ちなみに今は入学式翌日の朝八時。一年生寮の食堂だ。
相変わらず右を見ても左を見ても前も後ろも見ても女子ばかり。
職員まで全員女性なのだから恐れいる。
そして俺は『幼馴染みのよしみ
』でこうして箒と朝食を食ってるわけで……
ちなみに俺のメニューは和食セット。
味噌汁が五臓六腑に染み渡る。
やはり日本人は白米と味噌汁に限るぜ!
「もぐもぐもぐっと」
鮭の切り身を咀嚼しながら千春から貰った空間ディスプレイを起動。
昨日はどこまで行ったっけ?確かISの特殊機動を幾つか見てたはず。
「行儀が悪いぞ一夏、いつからそんな風になった」
「う、…一週間後に代表候補生とやりあうんだ、多少の事は目を瞑ってくれって」
確かに行儀が悪い。しかし待って欲しい。寝る間も惜しんで訓練しなきゃヤバいんだ、飯時くらい許してくれよ。
「簡単な挑発になる貴様が悪い」
ピシャリっ
ちくせう、確かにその通りだよ。
にしても機嫌が悪いな、あの日か?
「………」
「な、なにも考えてないっすよ!?」
殺気を飛ばされた。
「ねえねえ、彼が噂の男子だって~」
「なんでも千冬姉様の弟らしいわよ」
「えー、姉弟揃ってIS操者かぁ、やっぱり彼も強いのかな?」
そしてこれも変わらない。
周囲では女子が一定の距離を保ちつつも『興味津々ですよ。でもがっつきませんよ』
と言ったむず痒い気配の包囲網。
「なぁ箒―――」
「な、名前で呼ぶなっ」
「……篠ノ之さん」
「…………」
名前で呼ぶなって言ったのに名字で呼んだら今度は今度でむすっとしてしまった。
こいつ自分の名字嫌い直ってないな。
まぁ仕方ないとも思えるが…
ザワ…
食堂の空気が変わる。
そりゃもうガラリと。
「千春」
「!……」
食堂に現れた千春・フレイヤ・ブリュッセルに先程まで俺に注がれていた視線の数々が移る。
ん?どうしたんだよ箒一段と機嫌悪くなって。
「か、カレンデュラ様…」
近くに座っていた女子の呟きが聞こえた。
なんか惚けたような視線が混じっていることに俺はなんとなく気づいた。
「お!居たな一夏。篠ノ之さん、おはようございます」
トレイの上にサンドイッチを数個乗せた千春が、俺の前の席ににトレイを置き、挨拶しながら席に座った。 ちなみに箒は俺の隣。
それに呼応してか、
「お、織斑くん!隣いいかなっ?」
「へ?」
見ると朝食のトレイを持った女子が三名、俺の反応を待ちわびるが如く立っていた。
「ああ、別にいいけど」
というよりここは公共の場だ。
何処に座ろうと自由な訳で……
しかし俺がそう言うと声をかけた女子は安堵のため息を漏らし、後ろの二人は小さくガッツポーズをしてる。
周囲から妙なざわめきが聞こえた。
「ああ~っ私もはやく声かけとけばよかった……」
「カレンデュラ様と織斑くんの一石二鳥がぁ…」
「まだ、まだ二日目。大丈夫、まだ焦る時間じゃないわ」
「昨日のうちに部屋に押し掛けてた子もいるって話だよ!」
「なんですって!?」
………ああ、うんそうなんだ。
一年生が八人。
二年生が十五人。
三年生が二十一名、俺と千春の部屋に自己紹介にきた。
同居人が千春とわかったらその倍の人数が押し寄せた来た。
いや、千冬姉が納めてくれなきゃひどい事になってたぜ。
「うわ、織斑くんって朝すっごい食べるんだー」
「お、男の子だねっ」
「ブリュッセルさんも結構多いねっ」
「俺は朝多めにとって夜少なめにするタイプだから」
ちなみに千冬姉から真似しただけなんだが。
「ていうか、女子って朝それだけしか食べないのか?あ、でも千春は普通か」
三人はメニューこそ違うが、飲み物一杯、パン一枚、おかず一皿(しかもすくなめ)だ。
ちなみに千春は食パンを半分に切ったサイズのサンドイッチを三つ。
卵、ハムサラダ、ハムカツと意外とコーヒー一杯。量はある。
「わ、私たちは、ねえ?」
「う、うん。平気かなっ?」
なんという燃費の良さだ。女性しかISを使えない理由って実はこれとか?(伏線にあらず)
「お菓子をーよく食べるしねー」
……間食は太るぞ?
「まぁ一夏、女の子には引けない戦いがあるんだよ」
「千春、お前だって女の子だと思ったが?」
思い出されるのは昨日見てしまった千春の裸。
煩悩退散煩悩退散!!
「あたしだって撮影前には体型維持頑張ってるんだ。基本的に食べる量は変えないけど」
撮影ってのはあれか?グラビアとか?欲しいなぁ
「ブリュッセルさんっ、モデルのお仕事とかってどんな感じなのかなっ?」
「あ、それ私も聞きたーい!実はファンファン冬の特大号からのファンなの!今でもちゃんと持ってるの!」
ファンファンなるものはいわゆる女性が向けのモデル雑誌らしく、中小企業だったらしかったが、千春が初めて紙面にのった号の人気が凄まじく、今では世界二十一ヵ国に出版されるほどのトップレベルのモデル雑誌らしい。
千春が出るのはたまにで、その時は表紙、巻頭ページはすべて千春になるんだとか。
保存用、鑑賞用は普通で、名かには布教用を買う猛者もいるらしい。
以上、谷本さん?からの説明でした。
「……織斑、私は先に行くぞ」
「ん?あぁ。また後でな」
さっさと食事を済ませた箒は席を立って行ってしまう。
俺と箒は幼馴染みだ。
小学一年の時に千冬姉の付き合いで剣道場に通うことになって、四年生まで同じクラスだった。
よく篠ノ之夫妻にはよく夕食に招いて貰っていた。
しかし箒とは最初から仲がよかったわけじゃない。
むしろ確か悪かった。
けれどまあそこは同じ道を歩むもの―――剣道を一緒にやるうちに仲良くなった……はずだったのだが、
(あんまりよく覚えてないんだよなぁ。昔のこと……)
まぁ大概みんなそうだろう。昔は昔、今は今。
「いつまで食べてる!食事は迅速かつ効率よく取れ!遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」
途端、食堂にいた全員が慌てて朝食を食べる作業に戻った。なにせこの学園のグラウンド、一周が五キロある――って冗談じゃねぇっ!
「織斑ぁっ!お前は遅れたら二十周だ!」
身内贔屓はよくないぜ千冬姉!
まぁ多分昨日の騒ぎのせいで気が立ってるのだろう。俺も急いで食べねば。
ちなみに千冬姉は一年生寮の寮長も務めてるらしい。
相変わらずいつ休めてるかわからん人だ。
まあ心配無用、タフネスで我が姉に敵う人類はいない。
わりと真面目に。
(ま、今は飯に集中するか)
俺は最後のラストスパートをかけた。
千春は優雅にコーヒーを飲んでいた。