鮮やか、と感嘆させるその刺身。
夕食にて旅館から出されたその内容に一般人主夫代表織斑一夏は戦慄を覚える。
宝石のように輝き、魅了する赤身…
大中の大振りのマグロ達が、対峙した一夏の食欲にダイレクトに訴えかける。
「ほぉら、坊や……お姉さんから食べてくれるのよね?」
「わ、私からっ……食べて…くれるんですよね?」
お姉さんの大トロさんと妹系の中トロちゃんがその魅力たっぷりの身体で一夏を誘惑する。
どちらだっ……俺はどちらから食べればいいんだっ!?
二人とも大好きなのに……順位なんて、決められるわけがないんだ!
一夏は混乱していた。絶賛メダパニ中である。
「うめぇ。マジでうめぇ。大トロさん美味し過ぎる」
そしてお姉さん系に弱い一夏は大トロさんを最初に食べた。
◇
「いや、しかし本当にウマイな、これ。それにこのワサビ…
大部屋で皆浴衣を着て夕食を楽しんでいる中、一般人のスキルを有する一夏は、この夕食は自身の身に余るものだと思い気後れしていた。
IS学園に入ってから食堂で美味いもんを常に食って、肥かけていた一夏の一般人心を大きく刺激した。
かつて一夏は、掃除洗濯食事など織斑家のほぼ全てを担っていた。
とくに、その家事の効率、倹約技術は歴戦の主婦の方々を唸らせ、「織斑一夏は最良物件」と太鼓判を押させ、尚且つ若い少年を私色に染めてみたいと想う人妻の方々の一人寂しい夜に貢献していた一夏。
そんな一夏も、先述のようにIS学園に入学してから衰えたものだ。
大浴場の使用可能数が少ないことが目下の悩みだが、掃除洗濯料理と、世界三大家事全てがIS学園の雇った美人ホームヘルパー軍団の手によって遂行されてしまうのだ。
部屋は綺麗だし洗濯ものは綺麗に畳まれ布団はお日さまの匂いがする。
そしてあの学食だ。
正直人が堕落しかけるくらいに至れり尽くせりなのだ。
「この織斑一夏も老いたものだ……まさかあの時の心を忘れていたとは……」
「一夏?どうしたの?」
「いや、気にするなシャル。俺は確かに思い出したんだ……思い…出せたんだ」
今度からは週一でも弁当にするとしようか。
でも購買のパンも美味いからなぁ………いかんいかん。いつか千春のお婿さんとして嫁ぐんだ。
花嫁修行ならぬ花婿修行を怠るわけにはいかん。
一夏は神妙な顔つきのまま、中トロちゃんに本ワサを軽く乗せ、醤油に絡ませ口に含んだ。
「うまいっ。さすが本ワサ!」
神妙な顔つきだった一夏の表情が笑みに変わる。
やはり美味しい料理は人に笑みを与える。
一夏はこの笑顔を与える料理に至った己の姿を垣間見た。千春が俺の料理に美味いと言ってくれて…そして次の日は千春とご飯を作り……裸エプロンの千春をいただいちゃうその未来を、俺は垣間見た。
それは多分、妄想なのだろう。未来など、わかるはずもない。もしかしたら裸じゃないかもしれない。それでも、裸エプロンの千春を食べる(性的な意味で)姿を思い描き、俺は熱い涙を流した。
「これは…涙?…そうか……俺にまだ…
「いっ、一夏っ、本当に大丈夫っ!?なんだか悟りを開いた人みたいな顔になってるよ!?」
今だ絶賛メダパニ中だった。
◇
「ふぃ~、やっぱ温泉はサイコーだ」
食事後、海を一望できる露天風呂を貸し切り状態で使った俺は、かなり上機嫌で部屋へと戻っていた。
かなり……と言うのは、食事の時、色々ありセシリアにマッサージをすることを約束してしまっていたために、少し早めに温泉を切り上げたのだ。
本当なら湯疲れするほど温泉に浸かり、そして布団へと潜り就寝するのが俺的最高の温泉の楽しみかたなのだ。
ご家庭の御風呂でも可。
まぁまだ夜の八時過ぎ。
夜はこれからなので、ちょうど良いか。
俺がそんな事を思いながら渡り廊下に差し掛かった時、その姿を見た。
「…ち…は…………る」
千春、だった。縁側の向こう、庭園に佇んでいる千春は月夜の光に抱かれながら空を見上げていた。
浴衣姿の千春は髪をサイドテールにしばっており、普段の千春とはまた違った印象を与えた。
月光に抱かれたその姿は、酷く、脆く、儚げに見えた。
見惚れた。
過去、初めて千春を見た時と同じ、想い。
織斑一夏は人生二度目の
初恋の相手だ。もう惚れている。なのに、この頭をハンマーで殴られたような感覚は、間違いなく、あの時………三年前に千春・フレイヤ・ブリュッセルを見た時と全く同じ想い。
惚れ直す…と言うわけでもない。
強いて言うなら惚れ増す、と言ったところか。
千春が思わず呟いてしまった俺の声に気づき、振り向く。
「お、一夏だ。びっくりしたよ。ちょうど今、一夏のこと考えてたんだぜ?」
クスリと笑った千春はどこか妖艶で、ドクン、と痛むほどに心臓が高鳴った。
儚げな表情にその所作……そして
「俺のこと?」
もっと気の効いたことを言えば良いのに、まるで思考能力を削がれてしまったようになった俺は、千春の言葉に問う。
「うん。……三年前、一夏と、めぐり逢った、あの日の…こと」
千春はまるで、とても大切なことを話す時のように、柔らかな笑みを浮かべ、ひとことひとことを噛み締めるように紡ぐ。
「私ね?……一夏に会う前は、全てを恨んでたんだ。あの時の私はもう、何に怒りを向けたらいいかわからなくってて……でも、でもね?一夏と出逢って、私はようやく、……あぁ、そっかぁ…って、安心出来たんだ」
それは、俺と千春の出逢い以前の話だろうか。
俺達が仲良くなった後も、決して語ろうとしてなかった………その、何かなのだろうか。
「…安心って…?」
「ん。…私は、全然不幸なんかじゃなかったんだって。こんなに胸が温かいんだ。私は、しあわせなんだ。……って知ったら、すごく安心したの」
胸に手を当て、月を仰ぎ見た千春の横顔は嬉しそうで、それでいて、
「……私は、一夏と出逢えたお陰で、全てを許すことができた。一夏と出逢えたお陰で、……人を好きになるって、とても胸が温かくて、痛むものだって知れたんだ。一夏のお陰で、……私は『私』だって考えられるようになった。……」
今にも、哀しみで泣き震えそうな表情だった。
「一夏。私は……貴方に命を賭して報いると誓うわ。一夏の笑顔を、あらゆるモノを使ってでも守り抜く。たとえ私自身が一夏の隣に居れないとしても構わない……この想いだけは揺るがないんだから」
そして、自身の中で何らかの覚悟、決着をつけて千春はその表情を満面の笑みに変えた。
「そう、例えこの世の全て、……一夏の敵になったとしても、この想いだけは……揺るがない」
その言葉は誰にも聞こえないよう呟いて、千春は一夏のすぐ横を通りすぎた。
「…千春」
一夏は千春の纏う雰囲気に何かを思い、彼女の名を呟く事しか出来ない。
「一夏。……おやすみ」
柔らかな笑み。笑みだ。千春は笑ってるはずなのに、俺は何故か言い様のない焦燥感に囚われていた。
「…………千春。……なんだよ、なんで…あんな…悲しそうに、笑うんだよ」
ちくしょう。何も言えなかった自分が憎い。
千春が去った庭園は静かで、月は今だ空にある。
……くやしい。ちくしょう、悔しいっ。
千春は自分の過去の話をしようとしない。してくれないのが、心から悔しい。
なんで、話してくれないんだ?。……言いたくなくなるような、そんな悲惨な過去なのか?……。それとも……俺が頼りないからか?…………。
……強く、なりたい。千春を…好きな女の子を支え、守りきれるように、俺はなりたい。
俺は闇夜を照らす月を見上げながら、そう心から思った。
◇
合宿二日目。本日もまた快晴なり。
自由時間だった昨日とは打って代わり、今日は午前八時から午後九時まで、半日以上を費やしてISの各種装備の試験運用とデータ取りに追われる。特に俺以外の専用機持ちは大量の装備が待っているのだから大変だ。
ん?俺が暇な理由?……白式が今の装備以外拒否って使えないんだよ。
追加スラスターユニットとか、大型ビームカノン搭載防御パッケージとか………色々装備したいんだけどなぁ。
一年生全員が整列している姿は、ある種、壮観だった。全員ISスーツでなければ、邪な考えをせずにすんだろうに………ちくせう、ISスーツなんてなけりゃいいのに。
俺は煩悩に打ち勝つため集中していた。
「ようやく全員集まったか。―――おい、遅刻者」
「ふぁい?」
髪をヘアバンドで片方に留めるサイドテールの髪形の千春は、隈こそ出していないが酷く眠そうな目で、声で答えた。
「起きんかブリュッセルっ!」
スッパーンッ!
どこからともなく飛来した出席簿をまるで予知していたかのようにその手に掴み、流れるような所作で千春の頭部を叩きつける千冬姉。
「いっ…つぁ…」
「ようやく起きたようだな。……そうだな、ブリュッセル。ISのコア・ネットワークについて説明してみせろ」
「えー……面ど…――っあたっ!?………えー、…ISのコアは、相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っている。元々広い宇宙空間における相互位置情報の交換のために設けられたもので、今現在で使用可能とされる機能はオープン・チャンネルとプライベート・チャンネルの二つの操縦者同士の会話、通信に使われている。中でも、オープン・チャンネルを多岐に分けると、周囲数キロ圏内のIS、または受信装置との通信に使われる『オープン・チャンネル1』。そして全てのISへ向けて発信する『オープン・チャンネル2』の二つになる。ちなみに『オープン・チャンネル2』はブラックボックス内でも最深部の技術に近く、現在全ISに掛けられているプロテクトを解除しなければ発動できない。オープン、プライベートの他には『非限定情報共有』をコア同士が各自に行うことで、様々な情報を自己進化の糧として吸収しているかとが発覚。これらはインフィニット・ストラトス開発者である篠ノ之博士が自己発達の一環として無制限展開を許可したため、現在も進化の途中であり、全容は掴めていない」
出席簿をもう一度叩きつけられた千春、渋々ながら、それでいて一度も止まらず喋り終えた。
「!……」
「チャンネル…2?」
「お、お待ちください千春さん!そのオープン・チャンネル2とはいったいなんですの!?」
「ブラックボックスの最深部って……どうやって調べられたの!?」
「…まさかっ!?…………流石は電脳戦姫、と言った所か」
なんか代表候補生の面々……いや、俺以外の一年生全員が焦り出した。心なしか千冬姉その他教員の方々も驚いてるみたいに見える。
「いやぁ…色々調べてたら…ね」
あはは、と後頭部を掻きながら千冬姉を見る千春。しかし、その口角が一瞬つり上がったのを千冬は見逃さなかった。
千冬姉は大きくため息をついて俺の横に並んだ千春、更に代表候補生の四人。そして……箒の七人を見渡した。
「無駄口を叩くな。………各班ごとに振り分けられたISの試験運用を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
はーい、と一同が返事をする。
ちなみに現在位置はIS試験用のビーチ。孤島で、ちょっとした秘密のビーチみたいだ。
ここに搬入されたISと新型装備などなどのテストが今回の合宿の目的となる。
「ふぁ…ねむ」
「大丈夫?千春。欠伸連発なんて珍しいしゃない」
「あ、鈴。んー、昨日遅くまで起きてたからね~。おかげで今日一日はデータ取りだけで済む」
「データ取り…『グラデーション』の?」
「うんにゃ、新型のOS弄り。操縦、操作のシステムが他のISとは全く違うから、挙動誤差修正値とシールド・エネルギーの循環効率値の誤差修正。その他もろもろ誤差修正!。正直今日は寝たいよ。……『アヴァロン』全武装の
千春は大きくため息をつき、
◇
「篠ノ之、お前はこっちに来い」
「?。はい」
打鉄用の装備を運んでいた箒が千冬姉に呼ばれてそちらへ向かう。
「先生、なんでしょうか?」
専用機持ちでない箒が専用機持ちである俺達の場所へ呼ばれ疑問を問う。
「篠ノ之。お前に専用機を与える」
それに対し、さも
その言葉を聞いた、俺以外の全生徒の動きが凍りついた。
「専…用機……まさかっ」
「ああ。その通りだ篠ノ之。……そろそろくる時間だが…奴が時間丁度に来たことなど一度もなかったが………ほう、来たか、五秒遅れだな」
千冬が空を見上げた。
つられて空を見ると…俺達の真上、上空で何かがキラリと光った。
何かが落ちてくる。……それは……
「にっ、人参!?」
やけに大きな人参が、高速落下して来たのだった。
「!」
「問題は無い。……!!」
千春が素早くチョーカーに触れる。しかし、その速度を凌駕して千冬姉はそれ……『IS専用』ブレードを上空へ向け振り抜いた。
キンッ…
上空の人参から、鉄音が響く。すると次の瞬間、その巨大人参が爆散した。
「えっ、ええぇぇ~っ!?」
生徒と教師一同、もはや驚きを通り越して唖然と空を見上げていた中で、山田先生だけが悲鳴を上げて驚いていた。
「―――ちぃぃぃちゃぁぁぁ~~んっ!!」
上空で爆発した人参。その爆炎の中から、人が現れた。
「あれは………まさかっ」
落下していた人物は空中で三回転すると、スチャッ、まるでオリンピック選手のように華麗に降り立った。
「やーやーやー、久しぶりだねちーちゃん!束さんは久しぶりの出会いにハグハグを要求するよっ。ちーちゃんはやくっ!私が抑えてるうちにぃっ!」
「黙れ」
千冬姉はやれやれと大きなため息を漏らし、鼻息荒く今まさに千冬姉に抱きつかんとする
「うふふっ。流石はちーちゃん、けどねっ!束さんはもっと優しい愛の表現を求めるよっ。チュッチュッとかは人気のない所でだからねちーちゃん!」
「死ね」
ドカッ
千冬姉のわりと本気の蹴りが炸裂する。
ぐぇ、と変な声を漏らし束さんが砂浜に顔から突っ込んだ。
「い、一夏っ。今あの人、束って……言ったよね?」
俺の後ろに居たシャルロットが恐る恐ると言った様子で束を見ながら聞いて来た。
「ああ。箒のお姉さんの篠ノ之束さんだ」
「「「「 ………… 」」」」
あれ、なんか皆の空気がおかしいぞ?
なんと言うか、いるはずのない幽霊を見ちゃったかのような雰囲気だ。
千春だけは黙々と揚陸挺からISの武装を取りだし
「ぷはぁっ。相変わらずちーちゃんの蹴りは適度な痛みで気持ち良いねっ」
「束。言っていたISは何処にある」
人一人を蹴り飛ばしたと言うのに我が姉の表情は普段のままだ。
しかし束さんはニッコニコと笑いながら立ち上がり両手を広げ、
「もう、有るよ!」
声高らかに、そう言った。
ブォンッ…―――。
束さんの背後の空間が歪み、そこから深紅の鎧が現れる。
「これが…私の…」
「そう!この世でただ唯一、箒ちゃんだけのISだよ!」
誰かの声が漏れる。思わず見惚れてしまう造形の、ISだった。
深紅の装甲を持つその機体は、太陽の光りを反射し眩しく輝く。
「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機!全スペックが現行ISを上回る、天才束さんのお手製ISだよっ!」
両手を広げたままクルリと一回転。
そして全世界に喧嘩を吹っ掛けることを言ってのけた。
全スペックが現行ISを上回るって……とどのつまり、最新鋭機にして最高性能を誇るってことか!?
「さっ、箒ちゃん触れてみて!」
「……はい」
箒が束さんの言葉に頷き、深紅の装甲に触れる。
「!………『
装甲に触れた途端、箒は目を見開いた。
溢れ、流れ込む大量の情報を捌ききれず苦悶の表情を見せるも、それもすぐに終わった。
「さぁさぁ箒ちゃん!今からフィッティングとパーソナライズを始めようか!私が補佐するからすぐに終わるよん♪」
「……それでは、頼みます」
「堅いよ~。実の姉妹なんだし、こうもっとキャッチャーな呼び方で――――」
「はやく、はじめましょう」
とりつく島もないとはこのことか。
箒は束さんの言葉を取り合わずに行動を促す。
「ん~。まぁそうだね。じゃあはじめようか」
ぴ、とリモコンのボタンを押した束さん。
すると紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態に移る。
「箒ちゃんのデータはある程度先行してあるから、あとは最新データに更新するだけ、だね。」
空中に投影されたディスプレイを六枚呼び出した束さんは、ディスプレイに写る膨大なデータに目配せしながら、同じく六枚呼び出した空中投影型のキーボードに指を滑らせる。
「ん~、ふ、ふ、ふふ~ん♪また剣の腕前があがったねぇ。お姉ちゃんは鼻が高いよ~。鼻高々だねっ」
「…………」
「えへへ、無視されちった。――ほいほーい。フィッティング終了~。超速いね。流石私」
無駄話をしながらもその手は止まることなく動き、数秒単位で変わりゆく画面にしっかりと目を通している。
態度はふざけていてもやっぱり、超がつくほどの天才なのだ。
それにしても、この紅椿も近接特化っぽいんだよなぁ。
武装には左右の両腰に一対のISサイズの刀が装備されているものの、それ以外はなにも装備しているように見えない。
射撃武器などは量子変換しているのだろうか?。
「うそ、あの専用機って、篠ノ之さんが貰えるの……?身内ってだけで?」
「代表候補生でもないのに、身内贔屓だけでISが貰えるのってなんかずるくない?」
ふと、群衆の中からそんな声が聞こえた。
確かに、必死に勉強に訓練を重ねる人たちにとっては、こんなこと破格中の破格だろう。
(かくいう俺も、男で唯一ISを動かすことが出来ると銘打たれ、白式を渡された身である。破格な待遇を受けてるのは俺もなのだ)
事の異常ぶりに、件の代表候補生達の表情さえ暗く、重いものとなっていた。
特に代表候補生の中でISに触れた時が一番少なく、貴族でもIS製造会社の令嬢でも軍人でもない。優れた家柄や特殊な生まれでもないただの一般人で、プライドと根性で代表候補生に登り詰めた鈴。彼女の表情は、怒りを通り越して無表情。
しかし確かな殺意を纏っている。
群衆の中から聞こえた声に素早く反応したのは、なんと意外なことに束さんだった。
「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな?有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」
その冷たく、飛ぶ蝿を払うような物言いにピンポイントに指摘を喰らった女子達は気まずそうに作業に戻る。
それに続き、代表候補生でない生徒達は揚陸挺が並ぶ海岸へ向かい歩き出した。
「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるよん。あ、そだそだいっくん、白式見せて。束さんは興味津々なのだ~」
「え?あ。はい」
全部のディスプレイとキーボードを片付けて、束さんが俺の方を向き手を差し出す。
不思議の国のアリスを彷彿させるようなスタイルのそのワンピースは、くるりと回った束の動きに連動しひらりとなびく。
(来い、……――白式)
最近、展開速度がようやく一秒の壁を越えた俺。光の粒子が展開し装甲を展開する。
「うりゃ」
言うなり、胸元から出したコードを白式の装甲にぶっさした束さん。あれ?そんな所にプラグの差し込み口なんてないはずだが。あれ?
「ん~~……随分と摩訶不思議アドベンチャーなフラグマップを構築してるね。なんでだろ?見たことないパターンだよ。いっくんが男の子だからかな?……おんや?ここら辺のマップはどこかで………う~ん」
「束さん。そのことなんだけど、どうして男の俺がISを使えるんですか?」
また、何故女性だけがISを使用出来るのか。もしこれが解明出来たら世界に混乱が生じ兼ねない質問だ。
聞いた後で気づいた。やべぇ、後の祭りとはこのことだよ。
「ん?どうしてだろうね。私にもさっぱりだよ。ナノ単位まで
ちなみにきっとこの分解の対象には俺も含まれてる。だって目が俺を捉えてんだもん。
「ダメに決まってるでしょうがー!」
「にゃはは、そういうと思ったよん。んー、まぁ、わかんないならわかんないでいいんだけどね。そもそも『IS』には自己進化するように作ってあったしねー」
なんの解決にもならなかった。
「ちなみに後付装備が出来ないのはなんでなんですか?」
「そりゃ私がそう設定したからだよん」
「へー、束さんなら仕方な…………って束さんが作ったんですか?」
「うん、そーだよ。っていっても欠陥機としてポイされてたのを貰って動くように弄っただけなんだけどねー。でも、そのお陰で初期状態から単一仕様能力が使えるでしょ?超便利。やったぜブイ。でねー、なんかねー、元元そういう機体らしいよ?日本が開発したのは」
「馬鹿たれ。機密をべらべらとバラすな」
バシッ、と千冬姉が束さんの頭を叩く。威力は俺にやる時と対々だろう。
「あいたた。は~ちーちゃんの愛情表現は今も昔も過激だね。あれ?じゃあ同じく良く叩かれてるいっくんにも……や~んっ、ちーちゃんのえっち~」
「失せろ」
も一つバシッ。と束さんが叩かれたところで一人の女子が一歩前に出て束さんに声を掛けた。
「あの~、篠ノ之博士のご高名は予てより伺っております。もしよかったら私達のISを見ていただけませんか?」
栗色の淡い髪の、千春だった。
◇
………………おっと、眠りかけてたぜぇ。
やっぱり夜更かしはいかんよ夜更かしは。
けどまぁ、もう八割終わらせたし後は自動でいっか。
ん?なんか人だかりが出来てる。どうしたんだろう?
「うそ、あの専用機って、篠ノ之さんが貰えるの……?身内ってだけで?」
「代表候補生でもないのに、身内贔屓だけでISが貰えるのってなんかずるくない?」
少し気になり、人だかりの近くに行ってみると、そんな声が聞こえた。
「…………え?」
専用機、篠ノ之さんが、貰える………え?
言葉にノイズがかかったように聞こえ、良く聞き取れなかった。
まさか…………箒が、専用機を?
そして、箒が深紅のISを纏っているのを見て、千春はようやく、理解した。
そうか、箒は……………私と同じズルをしたのか。
私のISの適性値は一般的な数字だ。ヴァルキリーであるマリアンヌの娘なのに、才能なんて欠片もなかった。
だけど、私は力が必要だった。一夏を支えたくて、側にいたくて、二年以上もの間をISに注いできた。
適性値が低いのに、国は私を代表候補生にした。
けれど、私なんかでは代表候補生は務まらない。私以上の適性者が現れ、私は代表候補生を降ろされたのだ。
……悔しかった。努力が認められて、代表候補生になれたと思ったのに………なんてことはない。
『閃光』の娘だったからだ。
だが、あきらめきれなかった。一夏の側に居たくて。
私は『家』を使いISの研究、開発機関を作り上げた。
そこで私は作り上げた。代表候補生らにさえ打ち勝つために作り上げた『
そう……私も専用機を持つためにズルをしていたのだ。
「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな?有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」
そう、その通りだ。私が他の人と比べて、裕福な家の生まれであるように、優劣は必ず存在する。
ISの起動時間が四桁を越えても、僅か二桁の箒に、負ける私がいるように。優劣は存在する。
「…………」
見ると、セシリアが物凄く真剣な目で篠ノ之束を見ていた。
「セシリア?」
ワシッ、もにゅっ。
「ひやぁっ!?……ち、千春さん!」
「ごめんごめん、でも柔らかいねセシリアのお尻♪」
あんまりにも真剣に見てるので、思わずお尻を鷲掴んでしまった。
うん。揉み心地サイコー。
「もう!やめてくださいまし!」
「あはは。……――で、どうしたのセシリア。なんだかソワソワしてたけど」
「い、いえ。……わたくしは、まだブルー・ティアーズを扱いきれてないので……篠ノ之博士からアドバイスを貰えたら、と思いまして」
「え?十分じゃない?……あ、でもセシリアが悩むとしたらあれか、『
「!?な、何故それを……っ」
セシリアの目が見開き、警戒体制になった。
流石に機密を喋るのはヤバイか。
「あ、ごめん。ハッキングしたの」
「くっ、流石は電脳戦姫ですわ」
「いや~照れるにゃ~。……で、篠ノ之博士にアドバイスを、だっけか?多分だけど、やめておいた方がいいよ?」
「な、何故ですの!?」
「いや、多分あれ、自分と自分の周囲の人間しか興味ないタイプの人間だろうし」
「何故それがわかるのですか?」
「ん~、似てるんだよね」
「……誰に、ですの?」
「私に、かな。試してみる?私がお願いしてみよっか?」
◇
「あの~、篠ノ之博士のご高名は予てより伺っております。もしよかったら私達のISを見ていただけませんか?」
千春があははーと笑みを絶やさず束さんに話しかけて来た。
「はぁ?誰だよ君は。そんな下品な色の髪は知り合いにいないんだよ。そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんとの数年ぶりの再会なんだよ。そういうシーンなんだよ。どういう了見で君はしゃしゃり出て来てるのか理解不能だよ。っていうか誰だよ君は」
突然の冷たい言葉言葉だけでもなく視線も、そして口調もかなり冷たい。
「あはは~、ですよねー」
「うるさいなぁ、消えてくんない?」
「すいませんでしたー」
しかし、ここまで明確に拒絶を示されても千春はこうなって同然……いや、こうなると思っていたのか笑いながら踵を返した。
「はぁ、これだから外人はやなんだよ、図々しくて。やっぱり日本人だよ日本人。あ、でもちーちゃんと箒ちゃんといっくん以外は日本人でも別にどうでもいいんだよね~」
「千春っ…、姉さん!」
束さんの冷たい言い様に箒が噛みついた。
「ほえ?…………チハル?…………ねぇちーちゃん」
すると、珍しくも束さんが、目を丸くして驚いた。
「……なんだ」
「あの茶髪って、……なんて名前?」
「それを聞いてどうする?」
「聞くだけだよちーちゃん。聞くだけ」
「……千春・フレイヤ・ブリュッセルだ」
「ふーん。やっぱりそっか」
束さんは千冬姉の言葉に二・三度頷いて、セシリアと話してる千春に向かい歩き出した。
「え?……えと…なんですか、篠ノ之博士?」
自分に向かって歩いて来たのに気づいたのか、千春が振りかえる。
千春が振り向くと、束は千春の目を少し見て、楽しげに笑った。
「ふむふむ、ナノマシンは上手く適合してるみたいだねー」
…………え?。ナノマシン…?。なんだそれ。
俺が無知ゆえ悩んでいると大きく砂利を踏む音がした。
「っ!!?…………な……ぜ、…………それを……っっ!!」
その音は、千春が後ずさった音だった。
先程まで気色が良かった顔が見る見るうちに青ざめて行く。
千春は、恐怖や怒りをない交ぜしたような表情で束さんを見ていた。
「おやおや~?忘れちゃったのかにゃ?まぁ束さんも忘れてたくらいだし、まぁ仕方ないかな?」
「……忘れた…って……何をっ…」
「なにいってるのさ。君は六年前、一度死んだじゃないか」
「!!!!!」
憎悪。……千春は、もはや親の敵を見るかのように、睨んだ。
ラウラの時など比ではなかった。
六年前に死んだ?……どういう事だ、それは。だって千春は生きてるじゃないか。専用機持ちの皆も、表情を堅くして、呆然としている。
わけがわからない。……だけど、一つわかる事がある。……――――。
現に、千春は束さんの言葉に動揺している。
…………俺の知らない事を………何故束さんが?……
「おっと~!命の恩人にそんな顔向けるなんて流石外人。恩を仇で返すのかい?」
千春に向け、ニコニコと笑いながら返す束さんに向け、俺は、
「束さん…千春が死にかけたって、なんなんですか?」
聞いて、みた。
「!?いっ、一夏!ダメ、聞かないで!」
先程まで束さんを睨み、怒っていた千春が今にも泣き出しそうな顔になり、俺の腕を掴む。
良心がやめろ、と叫ぶが、俺は止まれなかった。
「ん~?。なんだ、教えてなかったんだ。いっくん可哀想~。簡単だよいっくん。いっくんと同じことをされたんだよ」
「!!?…………同じ…こと?」
「お………まあああぁえええぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!」
千春が俺から離れ、首のチョーカーに触れようとする。
「あはははっ。そうだよいっくん。いっくんとおんなじで、……六年前に拐われて、そこで一度殺されちゃったんだよ?それでね?この束さんが……―――」
「……―――それ……以上っ、言うなぁぁぁっ!!!」
溢れ出した思いは、怒りなのか憎悪なのか、絶望なのか………子供のように声をあげた千春は束さんに向け、駆け出した。
「お、落ち着け千春!姉さんも何を…っ」
「束、……やめろ」
その千春を紅椿を纏った箒と、千冬姉が押さえる。
「んー…ちーちゃんが言うなら仕方ないっか。ごめんねいっくん」
「え、……あ、……はぁ…」
「じゃ、また後でねー!」
束さんは、ドレスを翻してタッタタと靴音を鳴らしてさって行った。
「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生っ!」
束さんと入れ替わるように、専用機持ち以外の一般生徒の方へ行っていたらしい山田先生が、今にも泣きそうな顔をしながら走ってこちらへ向かって来た。
いつも慌てている山田先生だが、それにしても今回はその様子が尋常ではない。
「どうした?」
「こ、これをっ…」
渡された小型端末の、その画面を見て千冬姉の表情が曇った。
「は、ハワイ沖で試験稼働をしていた―――」
「しっ。機密事項だ。生徒たちにきこえる。」
「す、すみませんっ」
「…………ふむ。専用機持ちは?」
「ひ、ひとり欠席していますが、それ以外は…」
なにやら、千冬姉と山田先生は声を小さくして会話をしている。
しかも、集まって来た生徒たちの視線に気づくと手話で会話し始めたのだ。
「なんだろう…あれ。普通の手話、じゃなあないよね?」
「組織間でのハンドサインだろう。……第一種戦闘配備、か?」
「解読出来るのですか?」
「我が軍とは多少異なるが、な」
シャルロットとラウラ、セシリアがその様子について小声で話し合っていると、どうやら会話が終わったらしく、山田先生が大きく頷いた。
「そ、そ、それでは、私は他の先生たちにも連絡しておきますのでっ」
「任せた。……――全員、注目!」
山田先生が走り去った後、千冬姉は一年生全員に聞こえるように大きな声をだす。
「現時刻より、IS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付け旅館へ戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」
「え……?」
「ちゅ、中止?なんで?特殊任務行動って………」
「状況が全然わかんないんだけど……」
突然の非常事態に、女子一同がざわざわと騒ぎ出す。
しかし、それを織斑千冬が一喝した。
「二度は言わん。以後、許可なく室外に出たものは我々で身柄を拘束する!いいな!!」
「「「はっ、はいっ!」」」
全員が慌てながら動き始める。
テスト装備を解除し、ISをカートに乗せ、片付ける。
今まで以上に真剣な怒号に怯えているのだろう。その一連の動作はとても速かった。
「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、ブリュッセル、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!――――それと、篠ノ之だ。貴様も専用機持ちとして扱わせて貰うぞ?」
「はっ、はい!」
妙に気合いの入った返事をしたのは、今しがた紅椿を量子分解し、ISスーツ姿になった箒だ。
――…そうか、箒もこれで専用機持ちになったんだよな。
「ブリュッセル、……おい、ブリュッセルっ!」
「はっ、はいっ!?」
千冬姉の呼び掛けを二・三度聞き逃していた千春が声を裏返して驚く。
「全く……体調が優れないなら部屋にて待機していろ」
「!……す、すみません。大丈夫です」
「…………そうか」
そう、頷くと千冬姉は旅館へ向け歩き出す。その足取りは、まるで戦場へと向かうような強く、そして速い足取りだった。
千冬姉の後を専用機持ちの俺たちが続く。皆一様に真剣な表情だ。
……千春を除いて。
千春は一番最後、俺の後ろを大きく距離を開けてついて来ていた。
その表情は、まるで絶望の淵に立たされたかのようだ。
「……千春………さっきの…アレは…本当なのか?」
その表情を見て、俺は束さんの言葉を思い出した。
誘拐され……殺された?……。誘拐まではまだわかる。でも、殺されたって……。
俺が訳がわからず問うも、千春は――
「………………」
俺から視線を外し、ただ、黙っていた。
俯き、今にも泣きそうな顔。
何故か、俺の胸がムカムカとし始めた。
「言えない…か。わかったよ…ああ、わかったよ。頼りにならないもんな、俺なんかじゃ」
わけのからない感情に煽られ、俺の言葉にも棘が刺して来た。
「ち、違うっ、違うの一夏っ」
千春の瞳から、涙が流れ出した。
ズキリッ
こんなことをしたかったわけじゃない。したかったわけじゃない。
なのに、なぜ、こんなことになる。
「じゃあ、なんなんだよ。……六年前に、拐われたってっ………」
「そ、…それは………」
千春の言葉が詰まる。
なんで…―――
「死んだって言うのも、なんかあるんだろ?。意味はわからないけど、それだけ慌ててるんだもんな……隠してることが、まだあるんだよな」
千春は……俺に隠し事をするんだ。
俺は、なんでこんなにも憤っているのたろうか。
隠し事をされたことが、悔しかったのだろうか?。
「…………なんで、千春は……教えてくれないんだよ。……違うって言うなら、理由を教えてくれよ!!。」
それだけじゃないだろう、俺。
これは、言わば嫉妬も混ざっているはずだ。
なぜ、俺が知らないで、束さんが千春の過去を知っているか。
そんな、醜い感情も見え隠れしている。
「…………」
千春が自分の体を抱くように腕を回す。震える腕を、押さえている。
「っ!……そうかよっ…」
踵を向け、進もうとすると、そこには鈴が立っていた。
その目は、まるで敵を見るような…鋭いものだった。
「……なんだよ、鈴」
「今のアンタ、最低よ」
「…………」
「人ってもんは、例え友達にでも、家族にも、話したくない事はあるもんでしょうが。アンタ、そんなことまで忘れたの?」
「っ……」
「いこっ、千春。こんな馬鹿はほっとこ?」
「え…で、でも…」
「いーのいーの。ほら、織斑先生に怒られちゃうよ?」
千春が鈴に手を引かれ俺のすぐ隣を過ぎ去って行く。
「なんだよ…それ。俺が悪いのかよ。……俺は、ただ好きな女の子を支えたいだなんだよ…………」
鈴と千春が立ち去り、俺は、拳を握りしめた。
「大切な人だから……ちゃんと知っていたいんだ………それが…………悪いのかよ」
先程まで晴天たった空には、灰色の雲が見え始めていた。