マコトは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の風紀委員長を除かなければならぬと決意した。
マコトには風紀がわからぬ。マコトは、万魔殿の長である。万魔殿の権威を喧伝し、イブキと遊んで暮して来た。
けれども
きょう未明マコトは万魔殿の部屋を出発し、第一校舎を越え食堂を越え、少しはなれたこの風紀委員の部屋にやって来た。
「マ、マコト議長!?」
扉の前には風紀委員所属の生徒が立っていた。まるで見張りのよう――これはつまりヒナは想像通りのことに及んでいるのではないかと、マコトは思った。再び脳裏に、こちらを見下し鼻で笑うヒナの姿が映し出され、思わず拳に力が入る。これは一刻の猶予も許されない。ヒナに先を越されるなど、あってはならぬと。
「そこをどけ。入らさせてもらう」
「い、今は誰も入れるなと委員長から……」
風紀委員の生徒はおどおどしながらも、マコトの要求に拒否の構えを見せる。
だが、正義はこちらにある。風紀委員が男を連れ込み、自分の部下に見張りをさせてことに及ぶなど許しがたい。ここは強行突破しかないと、マコトの完璧な頭脳は導き出した。
「ふん!私は万魔殿の議長だ!風紀委員長の指示などには従わん!!」
「あっ!」
扉を開けさせまいとしている風紀委員の生徒を力づくでどけ、マコトは勢いよく扉を開ける。
「空崎ヒナァ!お前が男を連れ込んで風紀を乱したことは知っている!大人しく――」
そして、見た。
「空崎さん、もう少し近づかないと画角に入らないよ」
「えっ、あっ、うっ?」
男に詰め寄られて機能停止しかけている風紀委員の長の姿を。
「はぁ……はぁ……。マ、マコト先輩。速いですよぉ」
「――――」
「先輩?――えっ」
遅れてきたチアキも見た。そして、驚きながらも無意識的に写真を撮った。
□□□□□□
俺は一般サラリーマンの成人男性。幼馴染もおらず一人出勤しようと電車に乗ったらやけに空いていたので、席に座った。前日に夜遅くまでゲームをしていた俺はやってくる睡魔に気が付かず襲われ、目が覚めたら…
体が若返っていた!
そんでまぁ紆余曲折あり、今後何かあった時にヒナの威を借りようと思い、仲良しの証拠としてヒナとツーショット撮ろうとしたら、凄い勢いでマコトが入ってきたのがついさっき。
「……」
「……」
「……」
「えっと…」
どうやらチアキもいたようで、ソファーに四人全員腰かけ、謎の気まずい空間が形成されています。あ、モブ子ちゃんは引き続きドアで見張りをしてもらってるみたいです。
さてこの気まずい空間どうするかなと思っていると、マコトがゴホンと咳払いをし、こちらに視線をしっかりと向けた。この空気の中一番槍を切ろうとするなんて、流石チーム万魔殿のリーダーだぜ!
「…万魔殿の羽沼マコトだ。議長をしている」
「お、同じく、万魔殿の元宮チアキです…」
「あ、ハジメです。よろしくお願いしますね」
自己紹介をされたのでし返す。しかし、マコトのイメージ的になんかもっと大々的な自己紹介かと思ったけど、意外と丁寧なんだな。どもってもないし。もしかして、男に耐性があるのか?ヒナってウブそうだもんな…。
自己紹介をしながら握手でもと思い、手を差し出す……が、二人は何もアクションを起こしてこない。
「む?なんだ?」
「いえ、せっかく知り合ったから握手でもと…」
「あ、握手!?男の人とですか!?」
握手一つで大げさに驚くチアキ。
「…すまない。男から握手を求められると思わなくて面喰ってしまった」
一方マコトは落ち着いた様子で握手に応じてくれた。…やはり、万魔殿の議長。そんじょそこらの生徒とは一味も二味も違うぜ!
「……」
「……」
「……」
「……」
……いや、握手長くね??
「……」
「……マコト。握手、長くないかしら?」
「えっ、あっ、いや、す、すまない。つい…」
ヒナの一言で我に返ったかのように慌てて手を放すマコト。いや慣れてたわけじゃないんかーい!
「……なんだ空崎ヒナ。言いたいことがあるなら言ったらどうだ」
「……いえ、なにも……」
絶対何もないことないだろその反応、とは言えない。ヒナと握手した時も、さっきのマコトと似たような反応してたとも言わない。
なんだか悔しそうなマコトを尻目に、チアキとも握手しようと手を差し出すと、一瞬きょとんとしたと思ったら、慌てながら手をスカートの裾で拭いた後、握手に応じてくれた。…なんか、反応が女の子に慣れていない男の反応みたいなんだよなと、改めて逆転していることを感じる。
「…で、マコトたちは何しにここに?」
「決まっているだろう。風紀委員長が男を連れ込み風紀を乱していると聞き、確かめに来たのだ」
ヒナの問いかけに、当然だと言わんばかりの態度で答えるマコト。瞬間脳内にあふれ出した
「連れ込んでなんかないわよ」
「だが実際に彼はここにいるではないか」
「いや、それは俺から頼んだことだから。空崎さんは悪くないですよ」
実際悪くないのでかばっておく。変に話しこじれても面倒だしな。
「本当か?空崎ヒナに無理やり言わされたりしてないか?」
「もちろん。空崎さんは良い人ですからね」
「っ……!…んんっ。私がそんなことするわけないでしょ」
「…では、ハジメさんはここに何をしに?」
「あー…いや…」
チアキに尋ねられ、少し言葉に詰まる。ゲヘナに来たのは、目が覚めてから一番近かった学校だったからってだけだし。でも特に理由もないのに男一人でいたのはすごく怪しいか…?
…あ、そうだ。このボディの力も知りたいし、力試しにきたことにしよう。それでゲヘナ最強と言われているヒナを尋ねてきたことにすれば、ゲヘナに来たことはなんの不自然もない!はず!
「実は、空崎さん目当てなんだ」
「わ、私!?」
「!?」
「!?」
――ん?今の言い方まずくないか?
「そ、空崎ヒナ!!やはり貴様体で誘惑を…!!」
「やっぱり風紀を乱す方の委員会だったんですか!?」
「わ、私はそんなことしてないわよ!!」
貞操観念が逆転していないならいざ知らず、どう考えても男に慣れていない人間しかいない中でのこの発言はそう取られるよな。失敗した。
騒然としている3名を止めるため、一度手を叩いて注目を集める。
「申し訳ない。こちらの言い方が悪かった」
「…貴公はこの女に誑かされたわけではない、と」
「ええ」
「じゃあ、あの発言の意味とは?」
「目当てにしたのは、空崎さんの実力の方で」
そう言って、ヒナに視線を移す。…なんだかちょっぴり残念そうに見えるのは気のせいだろう。
「そう…。何かトラブルかしら?」
「あー、そうじゃなくて。腕試し的な?」
「腕試し?」
さっき思いついた目的を話すと、3名とも不思議そうな顔をした。
「俺はこの世界を見て回ろうと思っているんだが、俺のような男が一人で出回るのは大変だろう?一応、自分では結構実力があると思っているんだが、如何せんこの世界でどれほどのものかは疎くてな。そこで、最強と名高い空崎さんを相手にしてみようと思って」
「えっ?」
おや。そこまで変なことは言ったつもりないんだけども。
「ハジメさんは戦うことができるのですか?」
「まぁ、結構強い方だと思ってはいるけど」
「……マコト先輩は聞いたことがありますか?戦える男性がいるということは」
「いや、ないな」
もしかして、この世界の男性は戦闘力をお持ちでない?なんだそれ。男は襲われたらなすがままになるしかない…ってコト!?ということは、この世界の男は蝶よ花よと愛でられて実質監禁みたいにされてるのかもしれない。だから全然見かけないのだろう。
さて、こちらを怪しんでくるチアキに対し、どう誤魔化そうか悩む。そりゃ今日出現した男なんだから話を聞いたことがないのは当たり前なんだが、この状況で怪しまれるのは非常にまずい。ゲヘナ2大権力者の前で不審者扱いになろうものならば、牢にぶち込まれるかもしれない。変なことになって監禁されるのも勘弁したいところだが…。
「…まぁ確かに、ハジメはヘルメット団を一人で制圧できるくらいには強かったけど」
どうしたもんかと悩んでいると、ヒナが援護射撃をしてくれた。サンキューヒッナ。
「ほう、男が一人で制圧したと?」
「えぇ。少なくとも私が見た限りでは誰もいなかった…。そうよね?」
「そうだな。…俺は今までそんなに人目を浴びてこなかったからな。それで聞いたことなかったんじゃないのか?」
「…男性の情報の取り扱いは厳しいらしいので、そうなのかもしれませんね」
これ幸いと適当に述べると、ある程度説得力が出たのかチアキは納得してくれた。そして、マコトが何か思いついたのか、ヒナを見た後、にやりと笑いこちらを向く。…多分碌なことではないだろう。
「キキッ。私もその実力を見てみたいな。空崎ヒナ。受けてやれ」
「…貴方に命令される覚えはないのだけれども」
「そうは言ってやるな。折角彼がお前を求めてゲヘナまでやってきてくれたんだぞ。相手をしてやれ」
「……でも、万が一傷でもつけようものなら…」
「キキキッ。貴様の実力なら大丈夫だろう。それとも、天下の風紀委員長様がこの程度もできないと?」
あー、なるほど。マコト的には話を受けなければ風紀委員長は男の頼みも受けれない器の小さい奴だと言いふらせるし、受けて戦った際に傷をつけたらつけたで、男を傷物にしたと吹聴するのだろう。それに恐らく、俺の実力を見てみたいというのも嘘だけではないのだろう。もし実力がなければ、ゲヘナで保護という名目も作れるだろうし。学校に男が所属するというのも一種のステータスにできるのかもしれない。
「それに、このままでは風紀委員長が男を連れ込んだという誤報がゲヘナ中に広まってしまうかもな」
その誤報、万魔殿が広めるつもりなんだろうなぁ。
「………分かったわ。ハジメ、その挑戦受けるわ」
渋々といった態度を見せながら、ヒナは先ほどの話を了承してくれた。なんかすごい申し訳ないな。
「ありがとう」
「うむ!話はまとまったな!では風紀委員の訓練室に向かうとしよう!行くぞチアキ!!」
「あっ!待って下さい!マコト先輩~!」
マコトは勢い良く立ち上がり扉を開け、恐らく訓練室とやらのほうに向かっていった。チアキも慌ててついて出て行ったのと入れ替わりに、ドアの前で見張りをしていたモブ子ちゃんが入って来る。
「い、委員長。どうなったのでしょうか…?」
「…ちょっと彼と模擬戦することになってね」
「えっ!?男の方と委員長が!?」
「そ。だから申し訳ないんだけど、いつもの準備、お願いしてもいいかしら?」
「りょ、了解です!」
ビシッと綺麗な敬礼をし、風紀委員室の一角――恐らく訓練用の弾とか物が入っているであろう段ボール――の方へ向かっていく。
「あー、すまなかったな空崎さん。大事にしてしまって」
「大丈夫よ。マコトに話がいっていた時点で遅かれ早かれこうなっていただろうから」
「…迷惑料ってわけではないけど、模擬戦のお礼に、俺のできる事なら何でもするから」
「な、なんでもっ!?」
「ちょっと手持ちの金はないから、お金とかは厳しいけれども…」
「いや、あの」
「だから、ちょっと考えておいてほしいかな」
「……ほんとに何でもいいのね……?」
「男に二言はないよ」
「それは女の人の台詞……。わ、分かったわ。考えておく」
何でもとは言っているけど、ヒナは良心的な生徒だし、そんな無茶ぶりはしてこないだろう。いってハグレベルのことだと思う。まぁ、何であれかなえてあげたい気持ちは大きいがな。結構な迷惑かけてるしね。
モブ子ちゃんが台車に段ボールを積んでこちらにやって来る。
「委員長!!準備できました!行きましょう!」
「ありがとう。…それじゃ、ハジメ、ついてきて」
「了解」
「…それと、できるだけ傷つけないようにはするから。やる前から言うのは申し訳ないけれど、恐らく私の方が強いから」
少し心配そうな顔でこちらを見るヒナ。いくらヘルメット団を制圧していたと言え、所詮はヘルメット団。男が自分より強いというのは想像がつかない故の発言かもしれない。でも、その心配は無用だろう。こういう力は最強なのがテンプレってものよ。
「心配してくれてありがとう。でも別に、倒してしまっても構わないのだろう?」
大丈夫、俺(多分)最強だから。
□□□□□□
「ぐえー!」
負けました。
続きそうな終わり方になってしまったね…