「こんな人気のない所に女の子を呼び出してイタズラしようだなんて、言語道断! そんな悪い子は、月に変わってお仕置きよ!!」
「……おい」
ノリノリでポーズを決めているのは、どう見てもレイの友人である月野うさぎちゃんだし、その周囲に少女達も何処かで見た面々……と言うか、その中に住み込みでお世話になっている火川神社の巫女さんをしている火野レイ嬢の姿がある……何をやっているんだ、レイちゃん。
「何処の誰だか知らないが、誤解があるようだ」
「何が誤解よ! 仮面を被って顔を隠して、それこそ疚しい事があるからでしょう!」
「……ああっ、どこかで見た事があると思ったら、何時ぞやの痴女――」
「――誰が痴女よ!!」
うが~! とエキサイトする長い髪のセーラー戦士……というか、レイの友人でもある愛野美奈子嬢。今にも襲いかかってきそうな彼女を、仲間の少女が押さえつけながらも宥めているようだ……怒りで顔を真っ赤にしているその姿に、ちょっと口が過ぎたようだと内心で反省する市。
「とにかく、美春ちゃんには指一本触れさせないから!」
ビシッとポーズを決めて言い放つセーラー戦士達……それを冷めた眼で見ていた市は、仮面の下で小さくため息を付く――仮面を被ってもこの有様だ、この強烈な悪役顔はもはや呪いではないかと思ってしまう……ならばと市は覚悟を決めた。ヒールならヒールらしく行こうじゃないか。
美春を警戒しながらも、市は身体の向きを変えてセーラー戦士達を正面に見据える――市の雰囲気が変わった時に敏感に感じ取ったセーラー戦士達も思わず構える。
「……つまり、君達――いや、お前達は俺の邪魔をする訳だな」
只そこに居るだけでピリピリした何かを感じ、セーラー戦士達の表情が強張る……ピリピリした空気は何時の間にか濃密な密度となり、生物の原初の本能を呼び覚ます――神話の世界に語られる残虐な怪物を前にした人が総じて感じるモノ――恐怖だ。両拳に内蔵された牙をこれみよがしに出して、あからさまな殺気を撒き散らす市を前にセーラー戦士は闘志を燃やして相対する。
まず動いたのは市であった――殺気と共に燃やした
「まずは、お前達だ」
「「はっ!?」」
攻撃を避けたセーラームーンとちびムーンの背後に迫った市は、毒牙の付いた拳をふり下ろそうとする。
「させない! ヴィーナス・ウインク・チェーンソード」
市の攻撃に反応したセーラーヴィーナスがチェーンの付いた剣を召喚して、拳が振り下ろされる前に市を迎撃する――迫り来る二つの剣を、身体を捻って回避するがその所為で攻撃のタイミングの逃してしまう。
「マーキュリー・アクア・ミラージュ!」
「ジュピター・ココナッツ・サイクロン!」
そこへセーラーマーキュリーとセーラージュピターが攻撃を仕掛けるが、新調された
「……良い連携だ」
「――それは、どう――も!!」
大技の隙間に小技を練り込む連携に、思わず賞賛の声を上げた市の頭上よりセーラージュピターの踵落としが振り下ろされるが、紙一重のタイミング――否、最小の動きで回避する――が、その最小の動きがアダとなる。
「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!」
「ピンク・シュガー・ハート・アタック!」
他のセーラー戦士が攻撃を繰り出している間に態勢を整えたセーラームーンとちびムーンは、それぞれ必殺技を繰り出す――妙にカラフルな、それでいて恐ろしい密度の力の奔流が市を覆い尽くそうとした。
「くっ! 『メロウポイズン』!」
手甲より爪を伸ばすと、市は無数の拳を打ち出して自身を覆うエネルギーの奔流を吹き飛ばす……が、吹き散らされるエネルギーの中に、微弱ながら神聖な力のようなモノを感じる――まさか!? 仮面の下で市の顔が引きつる……そういえば、うさぎちゃん達が戦う前に良く『月に変わって』など言っていたが、あれはその場のノリじゃなかったのか――もしかして、この世界の
埒も無い事を考えてしまったが、セーラー戦士達の攻撃をしのぎ切った市は後方に大きく跳躍して距離を取る。その行動を見たセーラーマーキュリーは仲間に警戒するよう告げる。
「皆気を付けて、大きく距離を取ったという事は何か仕掛ける気よ」
油断なく相手を見据えるセーラー戦士達を尻目に、市は無造作に右腕を振る――腕を振るという単純な動作が引き起こした効果は劇的だった。右腕を振ったかと思ったら凄まじい暴風が発生して、セーラー戦士達を襲ったのだ。
「くっ!?」
「なに、これ!?」
「はわわわわ!?」
「――ちびムーン!?」
凄まじい風がセーラー戦士達を吹き飛ばそうと襲い掛かる。激しい風はまるで塊の如き様相で少女たちに襲い掛かり、一番小柄なちびムーンは暴力的な突風に吹き飛ばされそうになるが、セーラームーンに抱き抱えられて事なきを得る。
「なに、今のは?」
「腕を振ただけに見えたが?」
「気を付けて、次が来るわよ!」
セーラーヴィーナスの警告の声を受けたマーキュリーとマーズの目に、これみよがしに左腕を掲げる市の姿が映る。そして左腕が一瞬ブレると、凄まじい空気の圧力が暴風となって再びセーラーチームを襲う――一度受けた攻撃なので、それぞれが身を屈めて風が過ぎ去るのを待って、暴風の範囲から逃れようと距離を取る者も居たが、それを嘲笑うかのように市は次々と腕を振って暴風を生み出す。
彼女達は知らない事だが、
最下級の
幼少の頃より行って来た修練と、パピヨンとの戦いで実力不足を思い知った事で行った強力な妖魔を相手にした実戦で強化され
今彼が対峙しているのは、世話になっている家の孫娘とその友達の少女達だ。その彼女達がきわどい格好の魔法少女もどきに変身して立ち塞がっているのだ。軽く小突いて意識を刈り取ろうにも、妙に強化されていて加減が難しく……故に、小細工を弄したのだ。
「……な、なに身体が痺れて」
「――急に身体の自由が」
「……た、立ち上がれない」
市の繰り出す暴風を避けていたセーラー戦士達は次々と身体の不調を訴えてその場に蹲る。痺れて動けないのか、ヨロヨロとした動きで戸惑いの表情を浮かべる。
「……ようやく効いてきたか」
蹲るセーラー戦士達から少し離れた場所に立った市は、蹲るセーラー戦士達を見ながら呟く。ただ闇雲に腕を振るっていた訳ではなく。手甲よりヒドラの牙を出して微量の毒を放っていたのだ。
この毒は、ヒドラの毒に種類がある事に気付いた市が、町の図書館で蔵書を読み漁って毒の知識を得て、配合で作れるようになった無味無臭の毒で、気化しやすい性質を持つ。それを暴風に乗せて周囲に巻いたのだ――後で障害が出ないように細心の注意を払いながら、軽く痺れるくらいの濃度になるように調節して。
「……お前の仕業か」
「……暫く大人し――むっ?」
苦々しげに睨むセーラージュピターに仮面の下で苦笑する市であったが、周囲に光る蝶を見つけて表情を引き締める――随分大人しいと思っていたが、どうやらしびれを切らしたようだ。
見れば光る蝶はどんどん数を増していき、戦場となった無限学園の跡地全体に満ちていく――それはある種の幻想的な光景ではあるが、光る蝶が秘める恐ろしき力をその身を持って体験した市は、少し離れた所に立つ漆黒の輝きを放つ鎧を纏った美春へと視線を向ける。
「……美春ちゃん」
光る蝶の群れに囲まれたセーラームーンが戸惑ったような声を上げる……その表情には戸惑いとある種の期待のような色が見える――が、それは裏切られる。
「突然横から割り込んできて人の獲物を横取りにした挙句、あんな初歩的な手に引っかかるなんて何しに出てきたんでしょね? この人達」
こてんと首を傾げながら無邪気に問い掛ける美春――その表情はどこまでも透明で――人として何かが欠けていた。
「まとめて蝶の羽ばたきの中で消えなさい――『フェアリースロンギング』」
「させるかよ! 百蛇圧殺 『ハンドレット・グースネィク・スタイフォー』」
内なる
「へぇ、今ので倒せないなんて以前とは段違いですね。びっくりしました」
本当に驚いたのだろう。美春は目をぱちくりさせながら、そんな感想を伝えてくる。その表情を見ながら、市は仮面の下で渋面を浮かべていた。
「……テメェ、今この娘達ごと消そうとしたな」
「それが何か?」
「……完全に
あっさりと肯定する美春にセーラー戦士のうち何人かはショックを受けているようだが、市は仮面の下で苦々しく唇を噛み締めていた。
本来、この世界には
だが
しかも、この十番地に来た途端に
何者かによって流し込まれた知識によれば、
出来れば完全に
そう市が覚悟を決めた時に、無限学園の跡地に暴力的なまでの気配が沸き起こる。周囲に居るセーラー戦士達も空気が変わった事に気が付いているのだろう、険しい表情で周囲を見回している――だが市には明確に判る。この恐ろしく攻撃的で強大な
空間が歪み“そこ”が“別の”場所と繋がり、夜よりもなお深く冥府の宝石の如き輝きを持つ鎧を纏った男が現れる。黒く輝きながらも圧倒的な存在感を持ち、巨大な二対の羽根を持ち刺々しい印象を持つ
「何時まで遊んでいるつもりだ、ミハル」
「……ラダマンティス様」
バツが悪そうに苦笑い浮かべる美春を一瞥した男―ラダマンティスは、その視線を市達へと向ける。
「……なるほど。アレが報告にあった
「……な、なに。視線を向けられただけなのに、身体が動かない」
「……アイツの威圧に抗えない」
只そこに居るだけで周囲のモノを萎縮させるほどの圧倒的な気配は、その場にいる者に格の違いをまざまざと見せつける――そしてそれは市も例外ではなく、男の纏う圧倒的な
「……ラダマンティス? 冥界三巨頭の一人――ワイバーンのラダマンティスか!? な、何でアンタがこの世界に居るんだ!」
驚きのあまりに思わず大声で問い掛ける市に、ラママンティスは視線を向ける。
「俺の方こそ問おう、何故この世界に居るアテナの
逆に問い返されて言葉に詰まる市。だがラダマンティスは、それ以上問わずに一歩踏み出す。それを見たセーラー戦士達は構えようとするが、威圧により身体が思うように動かないのかその動作は緩慢であり、市に至ってはその恐るべき強大な
「
ラダマンティスの
「……何者だ?」
薔薇が飛んできた方向に視線を向けるラダマンティス。視線の先には瓦礫の上に立つ一人の男の姿があった――シルクハットとタキシードに身を包み、アイマスクで目元を隠した男はラダマンティスへと視線を向ける。
「暴力を持って可憐な花たちを手折るなど、世界への冒涜。このタキシード仮面が許しはしない」
瓦礫から飛び立ってラダマンティスの前に降り立ったタキシード仮面は、ステッキを向けると果敢に戦いを挑んだ。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
廃墟と化した無限学園の地で、対峙する
そんな三つ巴の戦いに最中に姿を現したのは、本来この世界には存在しない筈の男だった……果たして、“彼”はあの男なのか?
では次回『第十一話 最凶の闘士』1/4投稿予定です。
ではでは~。