茹だるような暑さが厳しいその日の午後、火川神社に隣接する母屋にある火野レイの自室にはセーラー戦士達に半ば連行される形で連れて来られた土浦 市が正座しており、それを包囲するようにセーラー戦士達とタキシード仮面こと地場衛の姿があった。
だが外の暑さと裏腹に、レイの自室は寒々とした空気が流れていた……冷気の元凶は、無限学園での戦いの後に余計な気を効かせた月野うさぎが、その場に居なかった仲間にも情報の共有が必要だと言い出して、連絡を取って呼び出した天王はるかと海王みちるそして冥王せつなという、レイやうさぎより年上の恐らく市と同年代か、少し上の年代の女性達であった。
うさぎからどんな説明を受けたのか分からないが、レイの自室で初顔合わせをした時には彼女達は臨戦態勢で冷たい殺気を纏っており、うさぎ達に宥められて直接的な行為には及んでいないだけという寒々とした状況であった。
「まぁ、まぁ、はるかさんにみちるさんそれにせつなさんも、市さんも事情を話してくれるって言うし、ね?」
「……だが、彼は明らかに異質だ」
「そうね、彼からは星の加護は感じられない……かと言って、今までの敵のような邪悪な気配も皆無。どうなっているのかしら?」
冷たい口調で断ずるはるかに、小首を傾げながらも視線が冷たいみちる。せつなに至っては厳しい視線を向けている――彼女達の対応は仕方がない部分もあった。異界からの侵入者『デス・バスターズ』を撃退したと思ったら、未知の力を操る存在が現れた――うさぎから連絡を受けた三人は、レイの家に来る前に戦闘があった無限学園の跡地へと足を運んできた。
そして彼女達セーラーチームが戦った場所は、まるで爆撃でも受けたかのような様相をしていた――これだけの事を成し得る存在が『デス・バスターズ』の陰に隠れて暗躍していたなど、心穏やかではいられないだろう。
「今、一番欲しいものは情報だ、市 話してもらうぞ、
会話が途切れた頃合を見計らって、市の正面に座る衛はすべてを話すように促す。真剣な衛の視線――九人のセーラー戦士達の圧力を伴う視線の中で、市は大きく息を吐くと語り出す――この世界には存在しない、知るはずもない神話を。
「……分かったよ先輩、俺の知っている事は全て話そう――だが、あの
「……ハーデス……ギリシャ神話にある冥府の神ハデスの事か?」
“あの”ラダマンティスと呼ばれる男が最後に言った言葉――ハーデスの元へ馳せ参じるという言葉……冥府の神の元へと馳せ参じるとは一体? 何かの比喩表現かと思ったが、本当に冥府の神の元へ行こうというのだろうか。
「冥府の神に会おうって……どうやって? あの時に美春ちゃんが言っていた黄泉ヒマラヤってのが、関係あるのかな?」
「……
うさぎの愉快な物言いに、秀才と名高い亜美が訂正を入れる。
「……黄泉比良坂、この世とあの世の境目にあるとされる坂……通説では古墳の石造りや石室へ通ずる道から連想されたのではないかと言われているけど……」
こほん、と咳ばらいを一つした後に火川神社で巫女をしているレイが黄泉比良坂に付いて説明を加えた……幼い頃より神道に触れてきた彼女は、古事記などに記載されていた黄泉比良坂の説明を仲間たちにしていると、と気を取り直した市が補足する。
「黄泉比良坂。
「……『聖戦』?」
その疑問の声は、誰の言葉だろうか……等しく首を傾げているセーラー戦士達に向けて市は語る――はるかな神話の時代より、女神アテナに仕えて武器を嫌うアテナの為に己の肉体のみで敵と戦い、地上に害をもたらす魑魅魍魎だけでなく、野心あふれる神々の魔の手からも地上の愛と平和を守る、天空に輝く八十八の星座の守護を持つ闘士『
「地上に邪悪が現れる時に必ず現れる希望の
「……
疑問に思ったのだろう柳眉を寄せるまこと。
だがそれに答える事なく、市の話は続く。
「神話の時代からアテナの
「神々って」
「オリンポスの神々との戦い――海皇ポセイドン率いる
肩を竦める市だったが、話の内容と相まって物凄く胡散臭く見える。当然、セーラー戦士達も不信感丸出しの視線を向ける……しかしセーラー戦士達は、美春が巨大『ダイモーン』を消し去ったのを目撃しており、ラダマンティスと言う とてつもない強者の存在も目の当たりにした……もしかしたらという考えも頭をよぎるが、常識が邪魔をしていた。
「海皇ポセイドン? 冥王ハーデス? それってギリシャ神話の神様じゃない。そんなとんでもない存在と戦っていたというのかい?」
話が突拍子もなさ過ぎて不信感丸出しで問い掛けるまことに、シニカルな笑みを浮かべる市……その極悪フェイスと相まって詐欺師にしか見えなかった。
微妙な空気が流れる中、困惑するセーラー戦士達を尻目に市は彼女達の疑問に答える為に神話を語り始めた――この世界では市以外誰も知らない、神代の時代より語り継がれる『
「――遥かなる神話の時代より、地上は様々な神々の野心に狙われてきた……そんな神々の侵攻を防いできたのが、女神『アテナ』――地上へと侵攻してきた神の先兵に立ち向かったのが、戦いの女神『アテナ』と、『アテナ』を信奉する者達……それぞれの神の加護を受けて超常の力を振るって侵攻する神々の先兵達に対抗するために、過酷な訓練の果てに究極の闘法を身に着けた者――それが『
「――『
「――究極の闘法って、一体?」
疑問の声を上げるセーラー戦士達に向けて市は語る。
「俺達の身体を構成する要素は、突き詰めれば宇宙誕生時に生成された原子で出来ている――俺達の身体の中には宇宙を創造したエネルギーが内包されており――それを燃やして爆発的な力に変える――それが究極の闘法――
――その拳は天を裂き、その蹴りは大地を割ると言われ、各々の守護星座を象った
「つまり、その究極の闘法を会得した者が?」
「己の
市は胸元からペンダントを取り出すと呼び声に答えるかのように水晶が輝き、市の側にアメジストのような輝きを放つヒドラをモチーフにしたオブジェが現れる――だが、そのオブジェは、ラダマンティスと呼ばれる男との戦いによっボロボロになっていた筈なのだが、弱弱しい光を放ちながらも次なる戦いの為に己を修復しているのか、一応の形を保っていた。
「これが、俺の守護星座『うみへび座』ヒドラの
「これがあの鎧」
「ショルダーアーマーやレッグアーマーが組み合わさってオブジェを形作っているのね」
「あれだけのダメージを受けていたのに、もうほとんど修復されている……素材は何かしら? ケプラー? 超高分子量ポリエチレン? いえ、この光沢は金属よね……」
うさぎや美奈子は興味深そうにヒドラの
「……なるほど、良く出来た御伽噺だ。それほどの闘士が存在すれば噂話の一つでもありそうな物だが、寡聞にして聞いたことがないな」
「そうね。いくら秘匿していても痕跡くらいは残りそうな物だけど、そこらはどうなのかしら?」
限りなく冷めた視線でこちらを目ねつけながら問い掛けてくる天王はるかと、いかにも馬鹿にしたような口調で言葉を掛けてくる海王みちる……そう言われる事は予想が付いていた。
だが、素直に何者かによって頭の中に直接知識を流し込まれたと言った所で、頭の可哀そうな奴扱いされるだけだ……なら少し洒落っ気を出してみようか。
「……
市がそう問いかけた時、数人のあらくれ女子中学生が反応した……予想よりも多い人数が釣れた事に、市は そういえばレイちゃんやうさぎちゃん達の年代って、背伸びをしたり尖ったりする――いわゆる中〇病の年代だったなぁ、とお気楽に考えていたが、彼女達が受けた衝撃はそんなお気楽なモノではなかった。
「……市さん――それって!?」
表情を強張らせるうさぎや亜美とレイ……見れば周囲にいるあらくれ女子中学生だけでなく、視線を強めてほぼ殺気のようなモノを放ってくる はるか や みちる そして せつな の年上組の三人組。それと表面上は平静を保っているが、微妙に表情を曇らせている衛もまた影響を受けているようだ……ここは相手の様子を観察しながら、慎重に行くべきだろう。
「……“前世”の自分がなんだったのか、俺は覚えていない……ただ分かるのは、偉大なる、仕えるに値する至高の神に仕え、大切なモノを守るべく戦う
どや顔で……本人はニヒルに決めたつもりだったが、周囲にいるセーラー戦士達の反応は無かった……彼女達もまた“前世”の記憶を持っており、大切な存在を守るという使命をもって転生したが故に、記憶を持たない不完全な存在とは言え、自分達とは別の転生者がいると言う事実に困惑していたのだ。
だが、そんな事を市が知る筈もなく、気を取り直した市は
「だが、それもこの十番街に来た途端に一変した――この街にやって来たその日の夜に微弱な
「――ちょっと! 今なんて言った!?」
うがっ! と荒ぶる美奈子と、まぁまぁと宥めようとする亜美とまこと。そんな美奈子の様子に苦笑いをする うさぎ達という構図を見て、片眉をぴくっと上げた市は口角を少し上げた後、いよいよ彼女達や衛に続きを語り始めた。
「その男の着る鎧は
「……こちらの攻撃は全く効かなかったのに、それがお粗末な作りの鎧って」
「――お粗末さ、お粗末で粗雑な作りさ――あのラダマンティスが纏うワイバーンの
「ラダマンティス!? 美春ちゃんの側に現れたあの男の事ね」
自らの攻撃が全く効かなかった相手をお粗末呼ばわりされた美奈子はショックを受けていたが、話が未知の相手――ラダマンティスの事に及んでうさぎ達に緊張が走る。
「改めて言うが、何故あの男が此処に居るのかは俺には分からない。だから俺の知るラダマンティスという男について話そう」
それは冥王ハーデス率いる
「パピヨンの
「ねえ、市さん。美春ちゃんは一体どうしたの? あんなに冷めた目をして、まるで人が変わったみたいに」
無限学園の跡地で、市ごと自分達を倒そうと攻撃して来た事にショックを受けていたうさぎは、その変異の原因に付いて問い掛ける。そんなうさぎに、肩を竦めた市はいっそ哀れみを含んだ口調で答える。
「パピヨンの
じっとりとした視線でセーラー戦士達を睨めつける市……知らないとは言え、それを邪魔した事への抗議の視線を受けたうさぎ達セーラー戦士達は揃って顔を青くする――つまり美春を
「……そんな」
その言葉にショックを受けて青ざめる者、唇を噛んで悔やむ者と様々な反応を見せるセーラー戦士達を気遣った護が、ならば素直に協力を申し出れば良かったのでは? とフォローを入れるが、お互いに正体を隠した状態で協力するのは難しいと返す市。
「……こうなった以上は、よほどの事がなければ あの美春って子を開放するのは難しいだろうな」
どうも、しがない小説書きのSOULです。
美春を
では次回『第十三話 頼もしき援軍?』1/6投稿予定です。
ではでは~。