久しぶりに元麻生高校の制服を着た市は、通い慣れた道を歩いて母校へと向かう――夏も終わりが近づいている割に蒸し暑さはいつまでも続き、残暑という言葉がこれほど似合わない灼熱の道を歩きながら周りで脳天気に笑っている一般市民を見て、自分も脳天気に笑って暮らして行きたかったと嘆息する。
子供の頃から“何者か”によって頭に流し込まれていた、この世界には無い概念――己が内にある
それだけでも頭が痛いのに、居候先の火川神社の巫女さんをしているレイと、その友人であるお団子頭のうさぎちゃんを始めとする あらくれ中学生達が変身する、妙に防御力が乏しいセーラー戦士達の介入……これからどうなるのか、深々と溜息を付く市。
『ハーデス様の下に馳せ参じる』
去り際にラダマンティスはそう言っていた。あいつの言うハーデスなど一柱しか居ない――なぜ彼がこの世界に居るのか、どのような手段を持って願いを叶えようと言うのか分からないが、あの時にパピヨンの
「……考えてもしかたがない……学校行こ」
私立 元麻布高校――都内でも有数の進学校であり、偏差値90を誇る学び舎に似つかわしくない短髪の目つきの吊り上がったチンピラ風の学生が歩いている。極悪フェイス故に、廊下を歩いている彼を避ける学生達を横目に見てながら小さくため息を付く……物心を付く頃からこの極悪フェイスと付き合っている土浦 市は、遠巻きに見ている他の学生達の様子には慣れており、もはや傍観の念にまで達していた。
そして市は校舎を出て校舎裏という、人気もなく悪人顔と相まって一昔前の不良のたまり場にしか見えない場所まで来ると、時計で時間を確認する。
「……そろそろか」
その言葉に誘われたかのように、校舎裏に一人の女生徒が現れる。肩口で整えられた髪がサラサラと流れ、大きめな瞳がチャームポイントの麗しい少女――美春の姉『天川美夏』であった。学校に用事でもあったのかブレザー姿の美夏に、甘酸っぱい青春の一ページのトキメキでも感じたいモノだが、そんな悠長なことをしている場合ではなく、ある事を頼む為に呼び出したのだ。
「ゴメンね市くん。遅れちゃった」
「いえ、時間通りですよ」
てへっと笑いかけてくる美夏の仕草にあざとい物を感じないでもないが、相手は衛と同じ一つ上の三年生――しかも学校でも上位ランクに属する美少女であり、そのコミュ力は百戦錬磨の強者なのだ……そんな彼女には学校生活でも懇意にしてもらい、色々と世話になっていたりするのだ……ホント、色々と。
「……実は天川先輩に折り入ってお話が――」
「ダメだよ、市くん。私には地場君という人が」
何を言っているんだこの人は、目の前で頬を染めてクネクネしている珍獣を冷めた目で見る市……そこで今までの鬱憤というか、これまでのストレスから良からぬ事を思いついたようだ。
「その地場先輩ですが、最近は中学生に手を出してプチ・ハーレムのウハウハ状態に、しかもそれだけに飽き足らず年齢一桁の幼女までその毒牙に」
「ロリの道に!?」
市の戯言に、頬に手を当ててショックを受けたように後ずさる美夏。中々ノリは良いようだ……否、小声で「地場君がそんな邪道に!? ダメよ、なんとしても正常な道へ……その為なら私……えへへ、そんな~」と小芝居をしている所を見るとノリだけでなく良い根性をしているようである……そして小芝居の合間に此方をチラチラと見ている所を見ると、もっと情報を寄越せと言うのだろう。
カースト的に上位である
「中々面白い話をしているじゃないか、市」
静かな口調ながらも妙に迫力のある声が響き、市と美夏の表情が固まる……ダラダラと顔から嫌な汗を流す市と、小芝居の姿勢のまま固まる美夏……そんな二人の前に校舎の影からブレザー姿の地場衛が姿を現した。
「何やら楽しそうに話していたじゃないか、俺も混ぜてくれないか?」
にこやかに話す衛であったが、その手には逃走しようとした市の首根っこが掴まれており、愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとしている美夏に断りを入れて、首根っこを掴まれてぶら~んと風に揺れている極悪顔と校舎の影へと入っていった。
「一体何を考えている市!」
美夏の姿が見えなくなるや、掴んでいた市を校舎の壁に押し付けて低い声で詰問する衛。
「何って、何をでやんす?」
「とぼけるな。お前、天川を巻き込む気だろう! 彼女は一般人だぞ」
とぼける市の胸ぐらを掴んだ衛は怒りの視線を向ける。
「……お前、あのパピヨンとかいう娘に天川を当てる気だろう。何を考えているんだ! お前も見ただろう、パピヨンが躊躇いもなく うさこ達を攻撃した事を」
怒りを顕にする衛に、市は大きくため息を付いた……このイケメンは、天川美夏ではなく一般人を巻き込む事を問題視しているのである。一般人を巻き込まないようにするというのは、確かに立派である――だがそれは、あれだけダダ漏れの思慕の感情を出している天川美夏個人を歯牙にも掛けていないという事になる。
「……確かに、俺は天川先輩をパピヨン対策に当てようとした。けど、それは天川先輩の願いでもある――たった一人の妹が失踪した日から探し続けている先輩の願い――妹の美春ちゃんを探し出す……知ってます、地場先輩? 天川先輩は休日には捜索のビラ配りをしたり、心当たりのある所を回っていた事を?」
「だからと言って、彼女を戦いに巻き込まなくても……回っていた?」
市の言葉に疑問を持つ衛。『回っていた』それは過去形であり、今は行っていないという事。困惑した衛は背後からの気配に気づくのに遅れてしまう。
「……驚いた。地場君も市くんの仲間なんだ」
「……天川……なに?」
あとを追ってきたのか、校舎の影に現れた天川美夏。それにすら気付かなかった迂闊な自分に渋面を浮かべながらも、どう誤魔化すか考えていた衛だったが――美夏の言葉に引っ掛かりを覚える。
「ねぇ、地場君も
「……市」
目をキラキラさせて一気に距離を縮めた深夏は興奮しているのか早口でまくし立て、その勢いに困惑した衛は壁にもたれながら苦笑を浮かべている市に問い掛けた。
「いや、アッシの所為じゃないでやんすよ?」
私立元麻布高校の近くに有る雑居ビルの2階にある小洒落た喫茶店――柔らかい笑みを浮かべた初老のマスターが、サイフォンから格調高い香りを漂わせながら用意していた二つのコーヒーカップに自慢のコーヒーを二つ入れて、窓際の席に座る二人の見慣れない男性客の前に置く。
造形じみた美麗に憂いを浮かべて外の景色を眺めている横顔は、同性であれどゾクリとする程の色気を感じさせ、対面に座る奇抜な顔した男性の年齢の割にアンバランスさが余計に彼を引き立たせている。
「どうぞ」
それぞれの男性の前にコーヒーを置くとマスターはカウンターへと戻ってサイフォンの片付けを行う。そんなマスターの姿を横眼で追っていた極悪顔をしている男は、コーヒーを一口飲んでその旨さに悪人顔を綻ばせていると、外を見ていた男性が口を開いた。
「……つまり、お前は転校以前から天川と親交があった訳だ」
「……親交というか昔の事件で、ちょっと」
「事件?」
興味を惹かれたのか、外の景色を見ていた男――地場 衛は反対側に座る男――土浦 市へと視線を向ける。見ると市の顔は苦虫を噛み締めたかのように歪んでいた。
「こっちに越してくる前にあった事件でね」
「事件?」
「外道どもが起したクソッタレな事件の被害者の一人が天川先輩だったんですよ」
市は苦虫を噛み締めた表情のままに事件の概要を話す――その内容のあまりの“おぞましさ”に衛の顔も嫌悪感に歪んでいく。
「……人は、人間は、そこまで堕ちるモノなのか」
「……まぁ、ごく一部だと思いたいでやんすけどね」
「……市、感謝するぞ。よく天川を救ってくれた、おかげで大事な友人を失わずにすんだ」
ヤダなにこのイケメン。顔が良ければセリフも決まる――そして何より真摯な表情が本気で言っている事を物語っており、思わず市は横を向いて“けっ”と唾でも履きたい気分だった……可哀想に天川先輩。
「だが、何故わざわざ救った天川を戦いに巻き込む?」
そう問い掛けてくる衛に、市は努めてシリアスな――傍から見ればガンを飛ばしているようにしか見えないが、真面目な表情を作る。
「パピヨンの
「天川を使って妹の精神を揺さぶろうという訳か……市、それがどれだけ危険な事か分かっているだろう。お前の言う
ラダマンティス――その名を聞いて市の身体に震えが走る。知識としては知っていた。だが対峙して、まったく理解していなかった事を思い知った。
冥府の王ハーデスに忠誠を誓い無双の力を誇る地獄の番人――
そして目の前のイケメンやレイちゃん達がピンチになった時に咄嗟に体が動いて渾身の力で殴りかかったが、強固な
闘士としての完成度も、身にまとう闘気の質も、全てが規格外と言える――そんな男を敵に回しながら、天川美夏の妹である美春を正気に戻さなければならない。そして衛は知らない事だが、対象である美春もまた地妖星パピヨンの
「……市?」
「――ま、何とかしてみるでやんすよ」
妙に余裕を見せる市を訝しげに見ていた衛に向けて悪党ヅラを歪ませた市は、次の休みにうさぎちゃん達と共に火川神社に集まるように告げたのであった。
未だ残暑が猛々しい秋の初め、暑い日差しが極悪顔を焦がす。ウィンドウには秋の装いが並び、街には多くの人が溢れて思い思いに日々を楽しんでいた……そんな中、まったく似合わないヤクザのような凶相が街を練り歩く――その日、土浦 市は苦虫を噛み締めた表情のままに待ち合わせに指定された店に向かっていた。
何が彼の表情を曇らせているのか……それはこの店で待ち合わせをしている相手の存在であった。市が籍を置いている退魔組織はブラックな商売のくせに人材の層は厚く、その中にはコンビを組んで仕事をしている内に親しくなったり、ギブ・アンド・テイクの間柄など色々な人間が在籍している。で、今回待ち合わせしている人物は仕事は極めて有能なのだが、その独特なノリについて行けない事が多々あるのだ。
目的地である店の入ったビルが見えてきた。ビルに入ってエレベーターで三階に降りると視界の先にアンティークな趣の古い喫茶店の入口が見えた。古いながらも趣味の良いドアを押し開けると、チリリンと小気味良い音がする。
「あ、ザコへびさん。ちーす」
使い込まれたカウンターと小洒落たテーブルが二つある店内に、今時のギャルと言うべき少女がテーブル席に座りながら声をかけてくる。整った顔立ちをした美少女といって過言ではないのだが、コッチにちらりと一瞥した後は先に注文したであろうコーヒーフロート片手に、退魔組織より支給されている外見上は小さな手帳にしか見えない高性能通信機をポチポチとイジっていて、人生を舐めきっている感半端ないのだ。
「……誰がザコへびだ。うみへびだ、うみへび」
憮然とした市が反対側の椅子に座るも、彼女は手帳から目を離さない。
「……おい、沙織。いい加減仕事の話に入れよ」
「――ん、ちょっと待ってザコへびさん」
沙織――川上沙織は市と同じ高校二年生で、私立の高校に在籍している今時のギャルだ。以前に何でその高校に行ったのか聞いた所、制服が可愛いからだという返答があり呆れたのは良い思い出だ。
市が注文したコーヒーに砂糖とミルクを入れて掻き回しながらも、時折手帳を片手に持っているボールペンもどきでポチポチ押す沙織は、待ち合わせの相手が来たというのに良い根性をしていると思う……とはいえ、何をしているのか興味が沸いた。
「なぁ、一体何をしているんだ?」
「ん? これ」
そう言って手帳を見せてくる沙織。
その手帳を覗き込んだ市は、額に#を浮かべた。
『ザコへびさんが来た、相変わらず服のセンスが悪くて超ウケる』
「お前、何を書いてるんだよ!?」
「暇だったもので」
「暇で人をディスるんじゃねぇよ!?」
怒声と共にテーブルを叩く……カウンターに居るマスターの片眉がピクリと動いたが気付くことがない市。憮然とした表情を浮かべた市だったが、深く、ふか~くため息を付いて目の前に座る沙織にジト目を向けた。
「で、調べは付いたんだろうな?」
「それはもちろん」
にやりと笑う沙織――彼女に連絡を取る際に市は、何故かこの世界にいる
「で?」
「ザコへびさんからの依頼――鎧を着た怪しい集団を死者の国に繋がるという伝承のある場所で見掛けないかって話だけど、結論から言うとそれらしい目撃情報は無いって」
「……流石に難しいか」
奴らも隠蔽位はするかと嘆息するが、そんな市に向けてノンノンと指を振る沙織に額に血管が浮かぶ。
「その代わり、東出雲の辺りに東洋系の集団が出没するって話が最近多いらしいわ」
「東洋系?」
「そう、どうやら真っ当なお仕事の人達じゃないみたいね」
「……まさか、ヘイシャーホェイ系(中国系犯罪組織群)か?」
「どうやらまんま中華系という訳じゃなく、裏で操っている奴らが居るようよ」
「何処のどいつだ、そのはた迷惑な奴は?」
「ヨーロッパ系なのは分かっているんだけど、それ以上はもう少し時間が必要ね……相手のガードが高くてね、こんな画像しか撮れなかったのよ」
手帳を見ながら調べた情報をスラスラと話す沙織……傍から見れば手帳に記載している情報を話しているように見えるが、コンビを組んでいい加減長い市には真面目な表情を浮かべながらも忙しなく指を動かしている様子から、碌でもない事をしていることが手に取るように分かる……その人生を舐めている感じに思わず右拳がプルプルしだすが、鋼の自制心で押さえ込む市に向けて手帳を向ける沙織――その画像を見た市は思わず凝視する。
「……おい、沙織。お手柄だぞ」
「へ?」
キョトンとする沙織の表情を見ながらニヤリと笑う市……凶相もあってその顔は犯罪者そのものだったが、本人は会心の笑みのつもりで浮かべた笑みのまま画像に映る一際背の高い男を指し示す――かなり遠くから撮影したのか、画像が荒く輪郭しか分からなかったが金髪の北欧系の男性が写っており、荒い画像からでも分かるくらいの存在感を放っている――この圧倒的なまでの存在感は、あの男ラダマンティス以外に考えられない。
「見つけたぞ、ラダマンティス」
などと言ってみるが、彼我の戦力差は絶望的なまでに開いている――ならば戦力差を埋める努力をするしかない……具体的には外部協力者としてうさぎちゃん達の助力を乞う事は告げてある。だが、もう一手欲しい――そして市はにやりと笑って沙織に視線を向ける。
「……何、そのヤラしい視線は?」
その視線に不穏なモノを感じたのか、両手で肩を抱きながら器用に視線から外れるように席を移動する。
「沙織、お前には貸しが有ったよな?」
「ん?」
「お前がヤラかしたアレやコレの後始末をしてやったのは誰だったかな?」
「……何で、そんな古い事を」
痛い所を疲れたのか、微妙に頬がヒクつく沙織。
「ココらで纏めて返してもらおうか」
「……具体的には?」
「現地に行く時に付き合え」
「え~~!?」
大げさに驚いて見せる沙織と悪人顔をさらに極悪に歪めて笑う市……と言うか、傍から見れば三文芝居にしか見えないが。それから暫く小芝居は続き、市の方から協力費として相応の金額を進呈することで決着が付いたが、不貞腐れたような表情をしながらも口元が微妙に緩んでいる沙織と、痛い出費に顔を歪めている市……どちらが勝ったが一目瞭然であった。
「けどさ、ザコへびさん。これから会うのは中ぼー達でしょう? 一体どんな経緯があれば、極悪な顔をしたザコへびさんと接点が出来るの? もしかして人には言えないような……」
「逞しい想像力を働かせてるところ悪いが、
「な~んだ、つまんない」
「お前は何を期待してんだ。そろそろ行くぞ」
「あ、もうちょっと待って」
事前に話した通りにうさぎ達セーラーチームと合流すべく席を立とうとした市にストップを掛けると、沙織は残っているコーヒーフロートを慌てて食べ始める……そのふてぶてしさに額に青筋が浮かぶが、ふと何かに気付いた市はその悪人顔をにやりと笑みを浮かべる。
「……そんなに食うと太るぞ」
直後、市の顔に手帳が轟音を立てて突き刺さった。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
では次回『第十四話 協力要請』1/7投稿予定です。
ではでは~。