境内を出て氷川神社を後にした後にトボトボとバス停へと向かいながら歩く市の後姿を見ていた沙織は、目の前で溜息を付きながらも何かを思案している市へと話しかけた。
「どうしたの? ため息つくなんて、ザコへびさんには似合わないシリアスな雰囲気だよ」
「……お前って、ほんとナチュラルに煽ってくるよな」
前を歩いていた市はくるっと回転して沙織に向き直ると、そのまま後ろに向いて歩き出す。その顔は憮然としており悪人顔とあいまってそこいらのチンピラならば裸足で逃げ出すほどの凶相になっていた。
「……いや、だってあんなかわいい女の子達に吊し上げられた位で、へこたれるザコへびさんじゃないでしょう」
だが、そんな凶悪な顔に臆する事無く、沙織は「ザコへびさんには、ご褒美の様なもんでしょうに」と市をさらに煽りながら問い掛けて来る。
「――で、何を考えてんの?」
沙織に問い掛けに難しい顔をしていた市は、観念したかのように話し出した。
「……威勢の良い事を言ったが、正直あの『ラダマンティス』を相手に、これだけの戦力で戦うのは無謀も良い所だ」
相手は物語で強大な力を誇った
そんな相手が現実に存在して強大な敵として現れた――
「――戦力が足りないなら、ある所から持ってくるしかないな」
「……まさか!?」
ニヤリと笑う市の思惑に気付いた沙織は露骨に嫌そうな顔を浮かべる……まぁ、それはそうだろう――沙織と“彼女”はとことん相性が悪いらしい。
「――ま、あきらめろ」
「――えぇええ!?」
「と言う訳で、茨城行くぞ、沙織」
「――やぁだぁああ~!?」
心底嫌がる沙織を引っ張って乗り込んだバスに揺られながら、隣に座る沙織の憮然とした表情を浮かべる顔を見て、密かに留飲を下げていた市だったが、流石にこのままでは不味いので『ラダマンティス』の脅威を滾々と説きながらバスを乗り継ぎ、東京駅に着いた後は目的地へ来訪する連絡と退魔師の組織に根回しをして、特急の席を二つ購入して乗り込む……当然グリーン席だ。
「……おい、いつまでムクれてんだよ」
「……ムクれてないです~」
出発時に買い込んだ大量のお菓子をやけ食いしている沙織に、市は声を掛けるが取り付く島もない。そんな二人を乗せた特急列車は茨城へと到着し、そこから在来線を乗り継ぎ、組織の用意した運転手付きレンタカーで移動して――ついに目的地 人里離れた山中にある古びた寺の門の前に到着した。
本堂を囲むように張り巡らされた壁に備え付けられた寺の正門。寺の修行僧だろうか、見ればその門の前を掃除している二人の尼僧が居た。白色の法衣を来た20代前半くらいだろうか、箒を使って丹念に掃いている。
その尼僧に声を掛けて境内に足を踏み入れる……声を掛けた際に市の悪人フェイスがその威力を遺憾なく発揮し、対応した尼僧を怯えさせたのは何時もの事といえばそうだが、『……庵主から物凄い凶相を持ったお客が来ると事は聞いていましたから』と怯えながら通してくれた際には、声を殺して笑う沙織……後で覚えてろよ。
迎えに来た別の尼僧に案内されながら、本堂の外縁にある磨き上げられた廊下を歩く。外に目を向ければ見事なまでの庭園が広がり、手入れが行き届いており見事なまでに調和している事が分かる……それに引き換え………このなんちゃってギャルは。
「……なに、ザコへびさん?」
「……何でもねぇよ」
奥の間に通された市と沙織は、茶菓子を食いながら窓から見える景色を眺めながら待ち人を待つ……しばらくすると廊下から足音が聞こえ、廊下に続く襖が静かに開けられた。
黒の素絹を優雅に着こなして白の頭巾の下には、整った顔立ちながらもあどけなさを残すという、市や沙織と同世代か少し上の世代と思われる女性が部屋の中に入ってくると、二人の対面に座る。
「お待たせしました」
「急な来訪申し訳ありません、庵主」
「……久方ぶりですね。息災そうでなによりです」
極悪な顔なのは変えようがないが、普段のふざけた態度からは考えられないような真摯な態度で頭を下げる市……対して沙織は無然とした表情のままお菓子を食べており、そんな二人に静かな笑みを浮かべた女性……この寺の管理をしている庵主であり、市や沙織と浅からぬ因縁のある相手であった。
「庵主、折り入ってお話が――」
「……みなまで言わずとも、分かっておりますとも」
話を切り出そうとした市を、笑みを浮かべながら制止する庵主。
庵主に制止された市は困惑した表情を浮かべるが、そういえば と彼女が得意としていたのは
「……あなたが関わっている件。放置しておけば、とてつもない災害となるでしょう」
朗らかに慈愛に満ちた表情を浮かべる庵主……茶菓子を貪り食いながら、横目で庵主を見ていた沙織が ぼそっと一言。
「……アンタは存在自体が災害でしょうに」
ぼそっと毒を吐く沙織に視線を向けた庵主は ころころと笑い、
「……言う事が可愛いわね。さすが二重人格」
庵主の余裕綽々な態度に、ぐぬぬっと唸る沙織……水面下で拳を交える二人を見て、市は天井を見上げる……そういえば、この二人は会うたびに口喧嘩をしているのだ。
茨木県の山寺からとんぼ返りした市と沙織は、それからが怒涛の日々であった……沙織が掴んで来た情報を精査し、自分達やうさぎちゃん達が大手を振って学校を休めるように、退魔の組織に島根県に架空の姉妹校の短期間交換学生の枠をでっち上げさせてその枠に収まり、現地での宿泊施設や移動手段を確保して――市と沙織は、修学旅行気分で浮かれているセーラーチームと共に神話の香り漂う島根県は出雲地方へと足を踏み入れていた……踏み入れたんだが。
「――ねぇ、地場くん。観光雑誌で、あそこの出雲そばが美味しいてあったわ、行こ!」
「……ぐぬぬぬ、ちょっと、天川さん! まもちゃんにくっ付き過ぎじゃない!?」
「――ああ。ゴメンね、月野さんも出雲そばが食べたかったんだね――じゃ、行こうか」
黒で固めたシャツとスラックスにイタリアンカラーのジャケットという年齢の割には渋い出で立ちに困惑の表情を浮かべた衛の手を引きながら、この日の為のリサーチに抜かりない天川美夏にイライラしたうさぎちゃんが嚙みつくが、相手は学校でも美少女ランキング上位に位置する強者だ……今もあっさりと流された うさぎちゃんが歯噛みしている。
それを見た地場先輩が何か言おうとする前に、天川先輩は他の少女たちにも声を掛けて話の主導権を握る……さすが天川先輩。時刻は丁度昼時、早めに行かなければ席も無くなるだろう……それが分かっている故にレイちゃんたちも、ぐぬぬっと唸り声を上げているうさぎちゃんを宥めながらも蕎麦屋に向かう……ぬふふぅ、困り顔の地場先輩など中々見れるモノではない――イケメン滅ぶべし、慈悲は無い。
天川先輩リサーチによる有名な蕎麦屋に付いた市と衛そして沙織と美夏の四人の高校生チームと、うさぎ達とちびうさちゃんの中学生チーム+αは、店内の座敷に通された後、名物である出雲そばを堪能しながら、これからの事を話し合う事になった。
有名店らしき蕎麦屋に行く道中で、いつの間にか姿を消している沙織……この周辺の状況を探って来ると言っていたが、どう考えても うさぎちゃんと天川先輩のバトルに巻き込まれるのを回避したようにしか見えない……アイツが逃げ出したくなるような面倒が待っているかと思うと此方としても遠慮したい所だが、逃げ出す素振りを見せる度に地場先輩に阻止される……道連れですか、分かってましたよ。
そうこうしている内に件の蕎麦屋が見えてくる。さすが有名店だけあって店の前には行列が出来ており、行儀よく列に並ぶ高校生と中学生+αのチーム……しばらくしてようやく順番が来た高校生と中学生+αのチームは店内へと足を踏み入れて、大人数ゆえに奥の座敷へと案内されてからようやく名物の蕎麦が運ばれてきた。
それぞれの前に出された蕎麦の食感に舌鼓を打ちつつ、天川美夏はバックから一冊の本を取り出す……それは何処にでもある旅行雑誌だった。
雑誌のページをパラパラめくり、山陰地方の名所の中から一か所の神話にまつわる名所のページを差し出す――県庁所在地である松江市から少し離れた東出雲町付近の山中に、神話が示すあの世とこの世の境界である『
「ここが、地場君や土浦君が気にしてた場所だよ」
「……そこが『黄泉平良坂』」
「……黄泉の国への入り口を言われている場所ね」
美夏の差し出した旅行雑誌を覗き込む うさぎ達……とはいえ、観光客に向けた雑誌に詳細な事が書かれている筈もなく、そばを食べ終わったら一先ず現場に行ってみようと言う話になり、食事が済むとタクシーを複数台呼んで分乗して目的地へと向かう事になった……なったのだが、
「――ちょっと、天川さん! 何をシレっと、まもちゃんと同じタクシーに乗ろうとしているのよぉ!?」
「えっ? 高校生組は一緒にタクシーに乗った方が良いかなって、月野さん達は 中・学・生・だから話が合わないでしょう?」
「――そんなこと、無い!……無いよね、まもちゃん?」
天川先輩と うさぎちゃんに同時に迫られて、泡食っているイケメンなどめったに見られない……いいぞっ もっとやれ、と安全圏から見学している市だったが、にやにやしている悪人顔を見た衛が、良い事を思いついたとばかりに市の傍にやって来ると、にやけている市を前面に押し出す。
「――こういう時は、男は男同士。女性は女性同士でタクシーに乗った方が良いと思うだ――という訳で、行くぞ市」
「――ちょっ、先輩!? 押さないでくれよ! 後で天川先輩や うさぎちゃんに責められるのは俺なんだよ!?」
不満げに剥れている二人を尻目に、タクシーに市を押し込んだ衛はそのままタクシーに乗って発車する……後には剥れている美夏とうさぎ、そしてそんな二人を呆れたように見ている中学生組が残されたのだった。
3台のタクシーが国道を走り、しばらくしてから目的地周辺へと到着した。近くの駐車場に入って降車した高校生組と女子中学生+α組は、整備された緩やかな坂道を登ってしばらく歩くと年季の入ったしめ縄を抜ける――そこには大きな石碑と、そこから少し離れた所に二つの大石が鎮座しており、あれが神話において
「……思ったより、こぢんまりとしているわね」
「……もっと、こう洞窟でも塞ぐようにでっかい岩があるのかと思ってた」
大岩を見た美奈子とまことが拍子抜けたような表情でつぶやき、それを聞いた亜美が苦笑しているが、その表情はどこか険しい……タクシーから降りて坂道を登って行くにつれて、妙な感覚を感じていたのだ。
坂道を上るにつれて気分が重くなり、『
「……どうしたんだろう? 風邪でも引いたのかな、頭がガンガンして来た……」
「……まこちゃんも? 私もさっきから妙に頭が痛いのよね……」
こめかみを押さえながら顔を顰めた まことの隣を歩いていた美奈子もまた突然襲って来た体調不良から顔を顰めており、眉間に皺を寄せている中学生組だけでなく、衛や美夏も苦痛に耐えるように眉間に皺を寄せていた。
「……突然なんだって言うんだ……まさか、精神攻撃か?」
この地に来てから感じる不快感に顔を顰めながらも、この空間そのものから拒絶されているかのような威圧感に耐える市……このままでは、高校生組はともかく中学生組――彼女達と共にいる ちびうさちゃんが持たないだろう……込み上げてくる嘔吐感に耐えながら来た道を戻るべく周りにいる うさぎちゃん達に提案しようとした所――周囲の空間が軋んだような気がした。
「――これはっ!?」
……そして、その場には誰も居なくなった。
久しぶりの方はお久しぶりです、そうでない方は初めまして。
しがない小説書きのSOULです…いろいろ有って、死にかけました。
気を取り直して、未知の現象に襲われた市とセーラーチーム。
舞台は新たな場面へと変わります。
とはいえ、SOULのライフはかぎりなくゼロに近い状態ですので、続きは気長にお待ちください。ではでは。