太古より人々は無数に輝く星に思いを馳せて、夜空を見上げては神話になぞらえて星と星を結んで星座を生み出していった――それは現代においても変わりなく、人は天を見上げて星々が創り出す物語に思いをはせていた。
それは何時もと変わらない日々であった。麗らかな春の木漏れ日が降り注ぐ中、その都市は今日も平和であり、天高くそびえ立つビルの合間を足早に歩く人の群れ――まもなく訪れる21世紀に思いをはせ、誰もが平和の中でそれぞれの生活を送っている日々平凡な世界。
そんな朝日の中で、早朝にも関わらず足早に歩く人の群れの中を、『彼』は憂鬱そうに歩いていた。季節に合わせた明るい色のシャツと落ち着いた色のパンツを身に纏い、薄手のグレーのコートを羽織った『彼』は憂鬱そうにため息を一つ付いた……肩にかけたボストンバックのベルトが一段と重く感じる。
「――ん?」
「――あっ!?」
ボストンバックに注意が行ったのが悪かったのか、ちょうど曲がり角に差し掛かった『彼』の前に小柄なブレザー姿の少女が小走りで出てきて、『彼』にぶつかるとバランスを崩して尻餅を付いてしまう……身長170センチの『彼』の肉体は細身ではあるが鍛えられており、人一人がぶつかった所で身じろぎ一つせず、ぶつかった相手の方が転倒してしまったのだ。
「……大丈夫か?」
中学生位の女の子が倒れているのは流石に世間体が悪いと思ったのか、『彼』は憂鬱そうにしながらも少女に向けて手を差し伸べる。
「いたたった、ありが――ひっ!?」
転んだ拍子に腰でも打ったのか痛みを訴えていた少女は、自分にかけられた声に気付いて礼を言いながら差し出された手を取ろうとした所で『彼』を見て息を飲んで硬直した……またか、またなのか、顔を引きつらせている少女を見て嘆息した『彼』が周囲を見回せば、通行人達が固唾を飲んで少女と『彼』のやり取りを見守っていた。
「なるちゃん! 大丈夫!?」
「――う、うさぎちゃん!」
遅れて出てきた友達だろう髪な長い女学生が、倒れた友人を心配そうに見ていた。……なんだろう、この構図は? 倒れた友人を庇うように抱き締める女学生を見下ろす『彼』、それを周囲の人々がどんな風に見るか? 『彼』は深々とため息を付いて厳つい顔をしかめながら歩き出した。
(くそっ、所詮世の中は顔なんだよなぁ……)
そう『彼』――
「ふむ、仙台坂上でバスを降りて暫く歩けば火川神社か、辺鄙な場所に住んでるなぁ……けどあの爺さんが宮司か、似合わねぇな」
十番街のアーケードを抜けた市は、ポケットから小さな紙を取り出して目的地を確認していた……今より数ヶ月前になるが天涯孤独な身の上の市は施設で育ったが、生まれた時より人とは違う“ある能力”を持っており、その力を利用して早い段階で施設より独立して それなりに暮らしていたが、縁あって温厚そうな老夫婦と懇意になった事で、老夫婦の養子として迎えられて共に暮らしていたが、そんな夫婦も亡くなって再び一人になった市の前に一人の老人が訪ねてきた。
とりあえず家に入れて話を聞くとその老人は養父の兄であり、少し前に養父の男から養子を取った事を聞いており、用事がてら義理の両親を事故で亡くした市を心配して様子を見に来たとの事だった。
『すまなかったの、君の事を知ったのは最近での。どうじゃ、ワシの所に来ないかね?』
この世知辛い世の中で、えらく善良な爺さんだな――自分が遺産を狙って老夫婦を亡き者にしたとは考えないのかと聞くと、爺さんは「アイツはああ見えて武芸に長けておっての、若造如きには遅れを取らんわ」と豪快に笑う。
……通りで年の割には体幹がしっかりしていると思ったわ。
聞けばこの爺さんは東京で神社の宮司をしているという。それは市にとっても都合の良い話であり、彼はその申し出を受ける事にしたのだった……もっとも爺さん-火野源一郎が野暮用があると言う事で、人となりを観察するべくその用事とやらに同行したのだが、それがとんでもない厄介事で、市はとてつもない迷惑を被ったのだが。
源一郎との出会いを思い出していると、停留所に着いたようだ。丁度バスがやって来たようで、幸先が良いと乗り込んで後部座席へと進んで座り込む――そういえば、神社では源一郎は孫娘と住んでいると言っていたな。
期待半分とあきらめ半分と言った所で、市はバスに揺られていた。
そしてバス内にアナウンスが流れ、目的地が近付いてきた事を告げる。市は仙台坂上でバスを降りて暫く歩いていると、石で出来た立派な鳥居が見えてきた。近づくと側に火川神社と刻まれた石が置いてあった。それを確認した市は、ゆっくりとした足取りで鳥居を潜って石畳に足を乗せる。
「――むっ、これは?」
神社の敷地内に足を踏み入れた途端、清浄な空気に包まれて思わず驚きの声を上げてしまった。周囲を見回すと神社の敷地内は浄化されたかのように清浄な空気に包まれている――まるで
古くからこの地に置かれた由緒正しき火川神社、その本殿内では赤々と燃える炎が、護摩壇とその前に座って一心に祈祷する長い髪の巫女を照らし出していた…… 一切の雑念を捨てて一心不乱に祈祷している巫女の姿は、この現世からさらに高位な世界へ祈りを捧げているようで、その美麗な姿と相まって一種の神聖な雰囲気を醸し出しており、目を閉じて精神集中するその姿は、護摩壇の炎の灯りと相まって近寄りがたさがあった――だが、そんな彼女の形の良い眉が僅かに上がる。
(……何か良くないモノが、この町に災いを齎すかもしれない)
不吉な予感を感じた彼女は、一旦精神集中を解いて目を開ける。長時間精神集中していた所為か、大きくため息を付きながら彼女は護摩壇から立ち上がると、外の空気を吸おうと部屋の外に向かって行く――が、障子の手前まで来た所で彼女の足が止まった。
「ただならぬ邪気――この神聖な神社に災いを齎すモノは許さない!」
白衣の中から御札を取り出すと、勢いよく障子を開け放ちながら眉間の所で霊力を込めた。
「悪霊退散!」
スナップを効かせて御札を邪気の根源へと勢いよく放つ――だが、邪気を払う御札は根源たる凶相を持つチンピラ風の男に確かに命中したのだが、御札は何の効果も発揮せずハラリと落ちる。
「……何の真似だ。新手のアトラクションか?」
まるで効いた風には見えず、彼女は柳眉を寄せて険しい表情を浮かべる。改めて見れば、確かに感じた邪気はその男から感じられないが、その顔、その髪型を見ればマトモな――いや、カタギの人間にはとても見えない。
「貴方は誰? この神社に何の用!? この神社に悪さをしようというのなら、許さないわ!」
「……どうしてそうなる……やはり顔か? 顔のせいなのか?」
明らかに警戒している巫女装束の少女の放ったセリフに、市はげんなりとした表情を浮かべる……昔からこの顔の所為で要らぬトラブルに巻き込まれるのだ……笑いかければ子供が泣くは、商店街を歩けば警戒されるは、極悪顔のキャラクターとしての面目躍如と言った人生を送ってきた……せめて髪型を変えれば少しはイメージアップになるかと髪を伸ばそうとしたが、妙な事に何故かすぐに短髪になるという、涙も出てこない状況に陥っているのだ。
「……ははは。所詮、世の中は顔か」
乾いた笑いを浮かべる市だったが、その笑みでさえ邪悪に見えるようで巫女装束の少女は警戒を深める……年の頃は自分と同じ十代前半か、柳眉を逆立てているが整った顔立ちをしており、その長い黒髪と相まって将来が非常に楽しみな少女である。
確か源一郎が一緒に住んでいる孫娘の名はレイと言ったか、この少女が件のレイなのだろう。どうやって誤解を解くか途方に暮れていると、廊下の先から誰かが歩いてくる音が聞こえる――騒動を聞いてやって来たのだろう。廊下を歩いて姿を現したのは、この神社の宮司をしているという火野源一郎だった。
「ほほほ。騒ぎを聞きつけて来てみれば、市くんじゃったか」
「出来ればもっと早く来て欲しかったよ」
神官用白衣を着て現れた源一郎は、人懐っこい笑みを浮かべて市に笑いかけるが、市はげんなりしたような表情を浮かべて答える……巫女装束を着た少女は、祖父と市が知り合いのように気さくに話しているのを見て驚いたような表情を浮かべている。
「おじいちゃん、このチンピラと知り合いなの?」
……チンピラと来たか。爺さんから聞いた通りの長い黒髪を持つ整った顔立ちをした少女であり、年齢よりは落ち着いた雰囲気を持つと聞いていたが、自分と祖父のやり取りを聞いて混乱しているのか、キョトンとした年相応の幼さが見える。
「レイちゃん、この人が以前話した遠い親戚の土浦 市くんじゃ」
「ども、チンピラの土浦でやんす」
「……あー、えーと、失礼しました。火野レイです」
何やら笑って誤魔化そうしているようだ。二,三言葉を交わした後に市は宮司である源一郎に連れられて、社務所から住居の中にある茶室へとやって来る。中に通された市は宮司手ずからのお茶で喉を潤して苦笑を浮かべる……余談ながら短く切り添えられた髪と、子供が見れば必ず泣き出す凶相のおかげでカタギにはみえなかった。
「中々愉快なお孫さんですね」
「ほほほ、可愛ゆいじゃろう? まぁ、気が強いのが玉に瑕じゃが、自慢の孫娘じゃよ」
「ふ~ん、そうでヤンスか」
耳の穴を掃除しながら市は、孫自慢を始める源一郎を冷めた目で見ていた。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
導入部分であり、しばらくはこんな感じの話が続きます。
では、次回『第二話 土浦 市という少年』12/26に投稿します。
ではでは~。