「原因不明の爆発を起こした解体現場の整地がようやく終わるか……結構時間がかかったな」
初夏の日差しが降り注ぐ中、火川神社の社務所の縁側で土浦 市は朝のお勤めを終えてお茶をすすりながら新聞に目を通していた――この十番街に来た初日の夜に、宮司のじいさんから聞いた情報を確かめるべく夜の街へと調査に向かった先で遭遇した
時間がかかったなと市は思う。
お茶をすすりながらここ数ヶ月の怒涛の展開を思い起こす……
「……けど、あれから見かけないんだよなぁ」
「――何を見かけないって?」
「――げっ!?」
思わず漏れた愚痴に反応があり、しかもその声に最近特に聞き覚えがあって市は思わず呻き声を上げる……その反応が気に障ったのだろう声の主は柳眉を逆立てる。
「ちょっと市さん! 何よ、その反応は!?」
「……何でもないでやんすよ?」
ここ数ヶ月この神社に世話になっているが、その間よく耳にした怒声である……宮司の源一郎の孫娘である火野レイ嬢がぷりぷり怒りながら市を見下ろしていた。
源一郎から聞いた通り、この娘さんはかなり勝気な性格であり男嫌いらしい。おかげでこの神社に居候してからと言うのもの、かなり風当たりがキツイ……このままでは嫁の貰い手が無いぞ。
「市さん、本殿の掃除は終わったんですか!?」
「ええ、拭き掃除は済ませましたよ」
「……境内の方の掃除は?」
「……ちょっと休んでからしようかと」
「参拝客の方がいつ来るのかわからないんですよ!? 先に境内の掃除をすませてください!」
「……へいへい、わかりましたよっと……小姑が(ボソ)」
「――何か言いました!? ってもう居ない」
小言の嵐が来る前に避難した市は、背中を丸めながら境内へと向けて歩き出す……長い黒髪に整った容姿をしているレイは、実年齢よりも大人びて見える。そこでつい言ってしまったのだ――老けてんな、と。言ってしまって、しまったと思ったが時遅く。烈火の如く怒りの炎にさらされた市はヒドラの
元々勝気な性格に加え男嫌いとあって、仲直りしようにも取り付く島もなく冷戦状態のまま現在に至る訳だ……最近は友達も頻繁に遊びに来て、少しは険も取れるかと思ったが中々上手くは行かないようだ
そう言えば最近神社に遊びに来るレイの友達だが、少し問題があった――
特徴的なお団子からツインテールを伸ばした独特な髪型をしている幼さが残る少女は戦いなれていないらしく、ハラハラドキドキするような戦い方をしており、見ていられないと介入しようとした時には何とか異形の者を倒す事が出来たようだった。
それから暫くは夜の探索の途中で見かけるようになり、その危なっかしい戦い方に自然と気になってしまう……これは恋か? ンな訳がない。ローティーンの少女が何の為に戦いに身を投じるのか、何が彼女をそうさせているのか気になったのかもしれない。
そんな自問自答をしている間に、何と痴女――げふん、げふん、セーラー戦士が増えていた。ショートカットが印象的な同じくローティーンの少女……ツインテールの少女よりは思慮深い性格をしているようで、デコボコ・コンビながら良いコンビのようである。
そして
そんな馬鹿な事を考えている市だったが、更に頭が痛い事に現れたセーラー戦士の中の三人目は最近よく見る少女と似た特徴を持っていた。長い黒髪を湛えて苛烈な性格を表しているのか、炎を操り高い身体能力を屈指した戦闘力を誇る前衛タイプの戦士……どうみてもレイだろアレは。
事実、最近良く神社に遊びに来るようになったレイの友達は、どこかで――邪悪な気配を持つ者との戦いの場で良く見る面々と同じ雰囲気を持つ少女達だった。
「こんにちわ!」
「いらっしゃい、レイちゃんなら奥に居るよ」
「ありがとうございます。行こう、亜美ちゃん、まこちゃん」
境内の掃き掃除を始めると件の少女達がやって来てレイの居る社務所へと向かって行く。途中会釈するショートカットの少女やポニーテールの少女に返礼しながら走り抜ける女子中学生の後ろ姿を眺める……どうみてもセーラー戦士だよなぁ。
境内の掃除を終えた市は社務所に戻ると、急須に茶の葉とお湯を入れて程よく蒸らした後に湯呑にお茶を注ぎ一服入れる――そんな彼の耳に、テレビから流れる音声が聞こえる。
『次のニュースです。イラクで新たに発見された古代メソポタミア文明の遺跡は、奇跡的に戦争の破壊を免れてほぼ完全な形で発掘され、今回日本で開催される展示会には新たに出土した装飾品やオブジェが展示される予定です』
「……おいおい、マジかよ」
ずるずると音を立てながらお茶を飲む市の目は、テレビに映る展示会に展示される出土物の中でも一際目を引く闇の宝石のように黒く光り輝く異形のオブジェに注がれていた。
養父であった土浦 源次郎が亡くなって、天涯孤独の身の上である市は、養父の兄であり、火川神社の宮司をしている源一郎が好意から身元引受人となってくれたおかげで近所の高校へと編入手続きを行い、元麻布高校の一年生として通っていた。近所でも有名なエリート校ではあるが、何故かさほど苦もなく授業にはついていけるが、問題がないわけではない……そう例のごとく、この極悪顔によって素行に問題があるのではないかと疑いをもたれてしまい、転入そのものが断られる寸前だったのだ。
だが捨てる神あれば拾うあり――深夜のパトロールの折に、はっちゃけた中年男性を救った事があったが、その男性が元麻布高校の教頭であったのだ。当然救われた男性は市に感謝――はしなかったが救われた場所がゴニョゴニョであり、それを匂わせるだけで彼は市の味方として擁護してくれたのだ……やはり正義の為に働くものだね。
そして今日も朝のお勤めを終えて身支度を整えると、高校へ向かうべくバス停へと歩いていく。程なくバス停に着いた市はカバンから雑誌を取り出して読み始める。
そこには数週間後に行われる古代メソポタミア展の記事が書かれていた。有名なデパートの大催し物会場で行われると書いてあり、展示される出土品の写真も幾つか載せられている。そしてその中に例の黒い宝石で作られたかのように黒く輝くオブジェの写真もあった――大きな二つの羽と美しく輝く冥界の宝石のような光沢で作られた蝶のオブジェ。
「……どう見ても地妖星パピヨンの
どんよりとした雰囲気の市は、肩を落としながらもやって来たバスへと乗り込んで空いている席に座る。数ヶ月前に戦った大男が纏っていた
目的地近くでバスを降りた市は、元麻布高校へ向けて歩き出す。すると少し先に行った所に見知った顔を見つける――特徴的なお団子からツインテールを垂らしたレイの友人の一人が猛烈な勢いで噛み付いており、それを余裕でいなす同じ元麻布の制服を来た二年の男子生徒の姿を見た市は、にやりと笑うと現場に近付いて行く。
「大体、何でアンタは何時もタイミングが悪いのよ!」
「赤点を取ったのは俺の所為ではないぞ」
「そっちじゃないわよ!?」
うが~と子猫の如く――いやこの場合は子うさぎか、噛み付いている女子中学生の後ろから近付いて来る市に気付いた男子生徒が、視線を向けてくる。
「いたいけな中学生をからかっちゃいけませんね、地場先輩」
「……市か。人聞きの悪い事を言うなよ、このお団子が勝手にエキサイトしているだけさ」
「誰がお団子よ! って、市さん?」
「しばらくぶりだね、うさぎちゃん」
驚いて振り返る女子中学生はレイの友人である月野うさぎ嬢であり、市とうさぎが顔見知りである事に驚いた顔をしているのは、元麻布高校で世話になっている先輩の地場衛だ。
元麻布高校に無事編入した市だったが、何時もの悪役フェイスが災いして新しいクラスでは針のムシロ状態となっていたのだ。流石の市もそんな状態では落ち着かず、校内の色々な施設を見学したりして暇を潰していたのだが、極悪顔から生徒達には遠巻きにされていた時に彼に出会ったのだ。
「見ない顔だな、転校生か?」
「へい、転校生の土浦 市でやんす」
いつも通りの周囲の反応に、『セブン・センシズ』を飛び越えて『エイト・センシズ』に目覚めそうなほど達観していた市は、目の前に現れた美形の男子生徒の出現に「けっ、美形の出現かよ」と不貞腐れた表情を浮かべるが、そんな市をしばらく見ていた男子生徒は不意に面白そうに口の端を動かす。
「中々面白そうな奴だな。俺は二年の地場だ」
颯爽と去っていく地場の後ろ姿を見ながら美形は違うなぁ、と呟きながら教室へと戻って行く市。その後も何かと地場と顔を合わせては少しずつ話すようになり、そんな二人の姿を見た生徒とも話すようになったのだった。
「という訳で地場先輩には色々と世話になっている訳」
「へ~、アンタでも役に立つ事があるんだ」
「うるさいぞ、お団子」
「あた!?」
地場衛との出会いを話す市だったが目の前でイチャつくバカップルに砂糖を吐くような甘ったるさを感じて、ウザさのあまり『エイト・センシズ』から『ナイン・センシズ』へと目覚めそうな気がしてきた。
そんな馬鹿な事を考えていると、見知った気配が近付いてくる――うさぎちゃんのお友達のようだ……ん? 近付いてくる気配が一つ多い。だが、その気配に市は既視感のようなモノを感じていた。何処かで出会っているのか?
「うさぎちゃん、おはよう!」
考え込んでいる内に近くまで来たようだ。火川神社によく遊びに来るショートカットが良く映える亜美ちゃんと、頭一つ分背が高いまことちゃん――そしてファースト痴女……げふん、げふん、以前出会ったセーラーヴィーナスと同じ気配を持つ、長い髪に大きなリボンが特徴的な少女がうさぎちゃんと地場先輩に向けて次々挨拶をする……オマケで市にも挨拶をしてくれるが、イケメンとの違いに人知れず涙しそうになる。
「市さんは初めてだったわね。この娘は愛野美奈子ちゃん、学校は違うけど仲良くなったの」
「初めまして……よね? どこかで会った事があるような気がするんだけど」
うさぎちゃんに紹介されてお互いに挨拶をしようとした矢先にそんな事を言い出すセーラーヴィーナスこと愛野美奈子ちゃんだったが、鉄壁の演劇マスクは完璧に市フェイスを隠していた為にヒドラの
「そう言えば知っていますか先輩?」
「何だ?」
「今度、デパートの古代メソポタミア展があるらしいですけど、どうです天川先輩と行ってみては?」
「……何でそこで天川が出てくる?」
……本気で言っているのだろうか、このイケメンは? 件の
周りを見回していると、何人かの通勤通学の途中であろう女性が頬を染めているのが見て取れる――けっ、所詮顔かよ。とはいえ、ここで話を終わらせる訳にはいかない。何とか天川先輩と展示会へと行くように誘導せねば……決して天川美夏に提示された学食無料券の綴りに目が眩んだ訳ではない。
「今度の展示会には世界初公開の出土品が展示されるらしいですからね、天川先輩ならそういうのにも詳しいでしょうから解説役に良いんじゃないですか?」
「……市」
「……何でやんす?」
「何で、そこまで天川を押す?」
「……」
明後日の方を見ながら下手な口笛を吹いて誤魔化そうとする市にジトっとした目を向ける衛。そうこうしている内に高校の正門が見えてきた。
「……ま、まぁ、見ごたえがあるのは確からしいざんずよ? 定番の金細工はもちろんの事、ラピスラズリや紅玉璻だけでなく、珍しい光を放つ水晶を使った装飾品なんかもあるそうで」
テレビに映し出された黒く輝くオブジェの事を思い出しながらも、市は未練がましくまくし立てていると、意外な事に衛が興味を示した。
「……水晶?」
「そうでやんす、地元でも噂されていた幻の水晶のペンダントらしいでやんすよ?」
思案顔で何かを考えている衛……だが気付いているのだろうか? その思案顔がイイと登校中の女生徒が頬を染めているのを……そんなギャラリーの中に件の天川美夏先輩が居て、こっそり市にエールを送っていた。
「……市、今度の日曜暇か?」
「へ? 暇って言えば暇ですけど」
「なら決まりだな。次の日曜、展示会に行くぞ」
「へっ? どういう思考回路をしたら、そういう展開を思いつくんでやんすか!?」
抗議の声を上げる市に、衛はにやりと笑う――これはアレだ、天川美夏との裏取引がバレている。そして、そのペナルティとして市を虫除けに使う気だ、と悟った市はトホホと肩を落とす……余談であるが、天川美夏より提示されていた学食無料券は泡と消えたのだった。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
極悪顔ながらも、それなりに学園生活を謳歌している市。
では次回『第五話 忍び寄る悪意』12/29投稿予定です。
ではでは~。