その日の夜、火川神社の本殿に隣接する住居の一室で、宮司であるレイの祖父である火野源一郎は、明日頼まれている地霊祭の準備を終えてお茶を飲みながら一息付いていた。今日はあまり参拝客も来ず、祈祷の依頼も無かったので余裕を持って地霊祭の準備をすることが出来たのだった。お茶菓子に何か用意しようかと考えていると、障子の外に人の気配を感じた源一郎は姿勢を正すと声をかける。
「入りなさい」
「……失礼します」
障子を開けて中に入ってきたのは、数ヶ月前より面倒を見ている土浦 市であった。見かけによらず真面目な一面を持つ彼は、学校から帰ると作務衣に着替えて境内の清掃や修繕を行い、神社の雑務を一手に引き受けては完璧にこなしていた。
お茶でもどうかね、とねぎらいの声をかけるが彼はそれを固辞して真面目な口調で話しだした。
「宮司、明日例の展示会に行ってきます」
「……例のオブジェの展示される、アレか」
「ええ、出来れば日本に入る前に押さえてくれれば楽だったんですがね」
揶揄するような物言いに源一郎の表情が曇る。
「じいさん、俺は言った筈だ――あれはヤバイ、正規の
「……
「……信じられないか? 俺の――ヒドラの
眼光鋭く源一郎に問い掛ける市。そんな市の態度に頭を掻いて困ったとポーズを取る源一郎だったが、脳裏には土浦 市に会いに行った日の事を思い出す。
土浦に養子に入った実弟である源次郎が亡くなった事を知った火野 源一郎は、葬儀に参列する為に源次郎が住んでいた地方の町へと向かったが、そこで初めて源次郎が養子を迎えていた事を知り、その養子 未成年である土浦 市少年が喪主を務めて立派に葬儀を行って、納骨まですませていたと言う事に驚いていた。
実の弟でありながらも、中々偏屈な性格をしていた源次郎が養子を迎えたという事も驚きだったが、孫娘であるレイとそう年も変わらない少年が立派に喪主を務めていた。
当然 子供を喪主には出来ずに町内会の人間が表立って動いてはいたが、早くに奥さんを亡くして子供も養子の子供しかおらず、血縁関係にあるのが自分しかいなかったので、町内会の役員が葬儀を行ったのかと思ったが、葬儀を手伝っていた町内会の人に話を聞くと、養子の子供が源次郎を送ってやりたいと率先して動いていたと聞いて親子の関係は良好だったのかと思った。
そして源次郎の遺品の整理と、残された養子の子供をどうするかを話し合うために、源次郎と市少年が暮らしていた家へと向かい、初めて市と顔合わせをした源一郎は、市少年の子供らしからぬ凶相に驚いたが、話をしてみれば理知的な印象を受けた。
彼らの家にお邪魔した源一郎は、市少年にこれからどうするのかね と問い掛けて、弟である源次郎が残した彼が成人するまで後見人として面倒を見る事を提案したのだ
突然、養父の兄を名乗る源一郎に疑いの目を向けていた市だったが、源一郎に養父の面影を見た事もあり、話していく内に次第に警戒心を解いた市は、源一郎の申し出を受けようとした時、養父と暮らしていた家の屋根が吹き飛んだ。
「――な、なんだ!?」
「――ぬっ、これは!?」
吹き飛んだ屋根から大量のこの世ならざるモノども――妖魔の群れが襲い掛かって来たのだ……これまで何者かによって植え付けられた知識
「ぬっ、こしゃくな真似を――怨霊退散!」
巻き込まれただけの筈の源一郎が懐から複数のお札を取り出すと、妖魔目がけて放ち、力の弱い妖魔はお札に込められた力によって消滅していく。
「……じいさん、アンタは…」
この時、初めて源一郎がただの人間ではなく、霊力を持った正真正銘の退魔師――養父であった源次郎と同じ力を有している事に驚いたが、考えてみれば“あの”じいさんの兄を名乗るのだ……只者ではないのは当たり前の事だった。
「……いや、待てよ。“あの”じいさんの兄貴って事は――まさか!?」
「……どうやら、ここに来る途中で調伏した奴らの残党のようじゃのう」
「じいさん! アンタは、正真正銘“あの”源じいの兄貴だよ!!」
襲い来るザコ妖魔を御札で祓っていると、市もまた己の拳に不可思議な、霊力とは異なる力を纏わせてザコ妖魔を叩きのめしていた。
「ほほほ、ヤルではないか」
「――騒ぎを引き連れてきた自覚ないだろ、じいさん!?」
市の家が住宅街から少し離れていた事が幸いしたのか、市の家が全損した以外には目立った被害もなく妖魔を掃討出来るかと思っていた矢先に奴が現れたのだ――この辺りの妖魔のボス『がしゃどくろ』。十メートルはあろうかという巨体から振るわれる拳は圧倒的な存在感を纏って大地を砕き、周囲を瓦礫の山へと変貌させていく。
「……これは少しマズイかの」
「アンタ、疫病神だろ――しょうがねぇ、『クロストーン』」
悪態を一つ宮司に放った後に市は胸元より水晶の付いたペンダントを取り出す。それはどこにもである、なんの変哲もないペンダントのように見える。
「――来い! ヒドラの
市の呼び掛けに答えるかのようにペンダントの水晶が眩い輝きを放ち――市の前に蛇を象った全てがアメジストで作られたかのように紫の輝きを放つオブジェが浮かび上がる――そしてそのオブジェは独りでに分解して市の体に次々と装着されていった。
「な、なんじゃ。それは!?」
「海へび座ヒドラの
突然現れた鎧に驚きを隠せない宮司を尻目に、市は巨大な『がしゃどくろ』の前に仁王立ちする。
「地上の愛と平和を守るのが
そして市は『がしゃどくろ』との戦闘を開始する――巨大な『がしゃどくろ』の攻撃は一撃一撃が爆撃の如く大地を抉り、周囲のモノを粉砕するが市はその攻撃をあっさりと見切り回避しながら『がしゃどくろ』に肉薄する。
「――うおりゃ!」
気合の声と共に繰り出された拳は、己の六倍はあろう『がしゃどくろ』を揺るがして尻餅を付かせる。それを見た市はそのまま右足を大きく掲げると、『がしゃどくろ』の頭蓋骨へと振り下ろす。
頭蓋骨に踵落としを受けた『がしゃどくろ』は、頭蓋に罅が入ると不気味な声なき声で絶叫を上げた――それは空気を伝って周囲の物を震わすが、市はそんな物を歯牙にも掛けずに、大きく跳躍すると『がしゃどくろ』の中でもっとも瘴気の強い場所へと拳を向ける。
『受けてみろ、ヒドラ最大の拳! 『ハンドレットグースネィク・スタイフォー』!!』
これは市が己の力を知り、その先を目指して編み出した必殺の拳――神話にあるヒドラの首は一つから最大百までと諸説あり、ならば無数の鎌首から繰り出す攻撃こそヒドラの攻撃にふさわしいと自らが繰り出せる最大数のパンチを同時に相手に叩き込むという馬鹿げたアイディアを一心不乱に訓練して、満足できる破壊力まで高め圧殺する決め技の一つである。
最大まで高めた
あれほどの妖魔の大群を退け、巨大な主とも言える『がしゃどくろ』を一人で倒した市に、源一郎は己の目にした物が信じられないと思いながらも問い掛けた。
「……お主は一体?」
「この世に邪悪が蔓延る時に、必ず現れるという希望の
カッコつけて名乗りを上げるが、その後ろでは実家が瓦礫の山と化しており、強面の顔には一筋の汗が流れていた。
初めて出会った時、巨大な『がしゃどくろ』を苦もなく倒した市の圧倒的なパワーを思い出しながらも、源一郎はそれでも首を降らねばならなかった。
「お主の話を信じない訳ではないんだかな」
「ならば――」
「止められなかったんじゃよ」
「なに?」
「お主の警告を受けて表と裏の双方から圧力をかけたのじゃが、相手はそんな事お構いなしに事を進めようとする……それこそ日の本で展示できれば後は構わないとでも言う風にの」
「おいおい、展示会を開催するって事は主催者側もメリットがあるから行うんだろうに。それなのにお上に睨まれてまで行う事にどんなメリットがあるって言うんだ」
「担当した者が言うには、開催する事にとり憑かれているかのように意固地な態度で拒否したそうじゃ」
源一郎の言葉に驚きを顕にする市――ここ数ヶ月の間に源一郎の紹介で何度か退魔の仕事を引き受ける事もあったが故、彼の属する退魔の組織が日本においてかなりの影響力を持つ大きな――それこそ公的な機関とも連携が取れるほどの大規模な組織である事を肌身で感じていた。そんな組織の意向に逆らってまで開催する事に固辞するなど、どんなメリットがあるというのか。
「流石にそこまで行けば、この展示会自体が尋常ではない事が分かったのでの主催者には消えてもらおうとしたのじゃが、呪殺ははね返されて直接手を下そうとした者達は暫くすると消息不明となった」
「……きな臭いなんてものじゃねぇな。その主催者の名は?」
「今回の出粗品を発掘したチームの出資者、トリニティ財団じゃ」
トリニティねぇ……三つ組もしくは三位一体か。その言葉からきな臭いものを感じ、市は渋面を浮かべるのであった。
快晴となった日曜日。都内のデパートには家族連れが休日を楽しもうとやって来ていた。今回このデパートの上層の催し物会場では世界初公開の品が沢山あると前評判の古代メソポタミア展が開催されて、何時にもまして混雑していた……そしてそんな人ごみの中に悪役顔のチンピラと長身の美丈夫という悪目立ちする二人組の姿もあった。
「地場先輩、男二人で展示会見物なんて誰得なんですかね?」
「言うな市、これも緊急避難のような物だ」
「……それで割を食うのは俺なんですよね」
サングラスをかける姿も妙に似合う衛に、諦め気味ながら文句を言う市……彼は知っていた。衛が多くの女生徒から一緒に古代メソポタミア展に行こうと誘われていた事を。そして先約があるからと断っていた事を……後日に多数の女生徒に吊し上げにされる自分を幻視しながら市はため息を一つ付いた。
正面玄関からデパート内に入り、展示会が催される催し物会場への直通エレベーターに乗り込むと軽い浮遊感を感じながら上層へと向かう……中に乗る人の負担にならない程度のスピードで登るエレベーターからは地上の構造物が下方へと遠ざかっていき、ビルに隠れた遠い山々が見えてくる。
なんでこんな景色を、野郎と二人で見なければならないのだろう。隣で外の景色へと目を向けるイケメンを見ながら市は嘆息する……いや、分かっている。下手な色気を出してこのイケメンを売ろうとしたペナルティを受けている事を。この地場衛という先輩は、クールな見た目に反して中々腹黒い物を持っているのは、この短い付き合いでも分かった。
程なくしてエレベーターは目的の階へと到着して扉が開く市と衛はエレベーターから降りて、展示会の入口を探す。すると二人の前に人だかりがあるのが目に入った――どうやらアレが古代メソポタミア展の入口のようだ。
その周辺には一見民間人のような服装をしているが、源一郎と同じく
何も起こらない事を願いつつも、地妖星パピヨンの
それを見たのは偶然だった。
日曜日をどう過ごそうかと考えていたが、朝から出来の良い姉と比べられて早々に家から出て当て所もなく街を歩いている時に目に付いた広告――古代メソポタミア展の垂れ幕。以前にテレビで特集として流れていた事を思い出し、暇つぶしにちょうど良いかと足を運んだ彼女は、展示されている出土物の中でも大きなオブジェに目を奪われた。
丁重な仕事で作られた細々としたパーツにより組み立てられた蝶を象ったオブジェ。黒く輝く宝石のようなでモノで組み立てられており、妙に目が離せなかった。
どんな素材で作られたのか分からないが、大きな二つの羽を見ていると、どこか遠くへ運んでくれるのではないかという幻想すら湧き出てくる
「……どこか、遠くへ行きたいな」
意図せず漏れ出る本音。人の流れに逆らい何時までも蝶のオブジェの前に居る少女の姿は妙に目立っていた。故に彼女の後ろ姿に気付いた者が声をかけた。
「――
「……えっ?」
突然声をかけられた事に驚いた少女は思わず振り返る。そこには少女と同世代の5人組の少女達の姿があった――特徴的なお団子からツインテールを伸ばした大きな瞳と小さな唇を持った可愛らしい少女と、学校でも有名な天才的な頭脳を持ちながら美麗な顔を持つショートカットの少女、そして最近学校に転校してきた高い身長とポニーテールが特徴の綺麗な顔立ちの少女。
その他にも見慣れぬ顔の、これまた黒髪の綺麗な顔立ちの少女と大きなリボンが特徴的の愛くるしい少女が居たが恐らく他の学校の生徒なのだろう。
そんな五人組の美少女達の存在感に、美夏と呼ばれた少女は気後れしたのか言葉を返すことが出来なかった。だが相手は、そんな事はお構いなく話しかけてくる。
「美春ちゃんも来ていたんだ」
「うさぎ、知り合い?」
「同じクラスの
「ああ、そういえば」
美春そっちのけで話が進む……それぞれが華やかな雰囲気を持つ五人の少女が朗らかに笑いながら会話を進めていくその姿が、美春のコンプレックスを刺激する。
セミショートに小顔とそれなりに見られる容姿をしているのだが、それを美春は認める事が出来なかった。三つ年上の姉と何時も比べられ、それが根深いコンプレックスとなって彼女は卑屈な性格となり、成長途中ゆえに大きめな瞳の下にはそばかすなどがあり、自信となるべき物が無いと思い込んでいた。
故に自分そっちのけで話をする五人への印象は最悪な物となっていた――いわく煩わしい、と。どうしてそっとしておいてくれないのか、そんなにも仲良さげな所を見せつけて何が面白いのか。
暗い光を宿した瞳で談笑する五人を睨めつける美春だったが、次の瞬間にははっとするほどの美しい男性の姿を見てドッキっとする……濡れているかのような艶の黒髪と落ち着いた雰囲気にマッチする理性的な瞳に、美春の心はトキメキのようなモノを感じる。すらっとした長身から、恐らく年上だと思うがそれが優しい包容力を予感させて否応なく美春の心はときめいた。
隣にいる目つきの悪いチンピラ風の男が引き立て役となり、その男性の憂いを帯びた佇まいに美春の視線は惹きつけられるように注がれていた。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
古代メソポタミア展へと赴いた市は、そこで知識の中にある地妖星パピヨンの
では次回『第六話 本当の戦い」12/30投稿予定です。
ではでは~。