色白でキメ細かな美肌のうなじ。ボタンを2つ外した赤色のシャツから覗く胸の谷間。黒色のライダースジャケットと黒色のバイクパンツが織り成す、黄金比のスタイリッシュなシルエット。179cmからなるクールビューティーが脚を組みながら悠々と座るサマは、オープンテラスのカフェに集った客や店員その全てから強く意識されていた。
まるで、現世に降臨した女神が如き存在感だ。分厚く束ねた乳白色のポニーテールを揺らし、落ち着き払った黒色の瞳とオーラが一種の威厳を放つ。そんな彼女と相席する依頼主の若い女性がもはや恐れ入るように縮こまっていると、直にも女性店員によって注文していたランチセットが運ばれてきた。
オムライスやパスタ、ハンバーグ。腹を空かせているのだろうか、若い女性が舌鼓する。彼女を横目にユノは女性店員を眺めていると、その視線に気が付いた店員は恐る恐るといった具合にユノへと訊ね掛けた。
「あの……何か?」
「貴女、良い肌をしているわね」
「え!? 肌……!?」
「スキンケアでもしているのかしら」
「や、安物を使ってますけど、スキンケアは毎日してます……!」
「とても良い習慣ね。その調子で継続して頂戴。貴女は美しいわ」
「あ、ありがとうございます……?」
ユノは恍惚とした眼差しを女性店員に向けていた。この秘めたる熱情に女性店員は困惑混じりに喜びながら業務へと戻っていく。
口説くかのような甘い言葉を口にした後、ユノは向かいの席で様子を伺っている依頼主の女性へと喋り掛けた。
「待たせてしまったかしら。それじゃあ食事にしましょうか」
「あ、あの……! ありがとうございます……」
ユノが凛々しい面立ちで首を傾げる。その真っ直ぐな瞳に見つめられ、女性は照れと焦燥を抱きながら言葉を続ける。
「こうして食事に誘って頂いたのも、わたしがストーキングの不安から1日ずっと何も食べてなかったから、ですよね……?」
「何よりも優先するべきは、依頼者の安全よ。それは身体的な無事だけに非ず。心の余裕、平穏な日常。空腹や不眠に苛まれてしまっては、心境も穏やかではいられない」
「えっと……わたしに気を遣って頂けているんです、よね? 本当にありがとうございます。ユノさんがご一緒してもらえると、すごく安心できます」
「私の事は気にしないでちょうだい。今は食事に集中しましょう。さぁ、存分に召し上がって。お代は経費で支払うから」
「何から何まで、ありがとうございます……! い、頂きます!」
少しでも不安から解放されたのだろう。依頼主の女性はそう言って料理を食べ始めた。
遠慮せずに口へと頬張る女性。その姿をまじまじと見つめるユノ。どこかうっとりするような、美術品を眺めるように穏やかな心境で頬杖をつく彼女は、暫くした後に若い女性の食欲が落ち着いたタイミングを見計らってその言葉を口にする。
「食事の後に済ませたい事はあるかしら」
「えっと……その、お風呂に入りたいです……。汚い話かもしれませんが、入浴している時に襲われたら怖いと思って、昨日からお風呂に入れてなくて……」
「貴女の心遣いに感謝するわ。それじゃあこの後は銭湯へ寄りましょう。大丈夫、私がずっと傍についているから」
銭湯の脱衣室に到着すると、ユノは羞恥を伴うことなくおもむろに服を脱ぎ始めた。
所作のひとつひとつが大人の色気に溢れており、依頼主の女性は思わず見惚れてしまう。ユノは黒色の花柄刺繍が入ったピンクと白のランジェリー姿になると、ブラジャーを外し、ショーツも脱いで全裸になった。
人類の大半が思い描く理想のプロポーションは、神から賜った祝福とも呼べる。ユノはポニーテールを解いて乳白色の長髪を流していくと、隣に佇む依頼主の女性へ振り向きながら凛々しいサマで言葉を投げ掛けた。
「何か気掛かりでも?」
「あっいえ! ユノさんは綺麗だなって思って……」
「最上の褒め言葉を賜れたこと、光栄の至りよ。それでも、貴女に備わる清楚な品性には敵わないでしょう」
「え、えぇ……!? そんなことは別に……っ」
「さぁ、私と共に銭湯を満喫しましょう。脱衣を手伝いましょうか」
「えっと……本当に何から何まで……っ」
若い女性は今までに感じたことのない高揚を覚えながら、ユノの滑らかなアプローチによって脱衣した。
裸体ともなると、ユノの神々しい存在感は一層と輝きを増す。美麗なシルエットを開放的に披露するユノに手を引かれた依頼主の女性は、まるで人型に象られた運命に導かれるかのような不思議体験を味わった。ユノに寄り添われながら湯に浸かり、常に守護されている安心感、絶やさない周囲への監視の目、そして何よりも特別な存在に先導されるシンデレラ的ストーリーは、ストーキングという恐怖を上塗りした非日常的な満足感に満ち溢れていた。
湯から上がり、待合室のソファでユノに寄り掛かっていた女性。彼女はうとうとした様子で眠気と闘いながらユノへとそれを喋り出した。
「すみません……。ユノさんと一緒に居たら、眠くなってきちゃいまして……」
「構わないわ。どうか、私の膝元で休んで頂戴」
「すみません…………」
間もなくして、依頼主の女性は安堵からなる眠りについた。
膝枕をするユノは女性の眠る様子をしばらく観察し、様子を見てからスマートフォンを取り出して耳元にあてがっていく。次に端末からは呼び出し音が何コールか響いてくると、直にも厳つくも誠実な男の声が聞こえてきた。
『ご用はお済みで?』
「えぇ、報告を」
『依頼者の口述通り、付近で不審な男達の姿が確認されました』
「素性は?」
『不明です。しかし、特定の人物周辺を徘徊する挙動から人攫いの類かと』
「数は?」
『3名です。人間が2名、獣人が1名』
「連中の仲間と思しき存在は?」
『現時点では確認されておりません』
「依頼主の素性は何であれ、疑わしき可能性は潰しておきましょう」
『現在も連中を追跡中です。座標をお送りしますので、対応の方をお願いします』
「承知したわ」
『依頼者を釣り餌にした誘引作戦、お見事でした』
「語弊を招く表現をしないで頂戴。私は彼女と外出を楽しんだ。それだけのことよ」
『申し訳ございません。あなた様の到着をお待ちしております』
「すぐに向かうわ」
通話を切り、ユノは膝枕していた依頼主の女性をソファに寝かせた。
音も気配も殺して銭湯を立ち去るユノ。分厚く束ねたポニーテールを揺らしながら歩き進めるその足取りは、凛としたオーラと共に目的地を目指し始めた。
街から少し外れた、開けた通りの道中。着崩した黒服の男達3名は互いに向かい合いながら立ち尽くしてそれを相談していた。
「おい、
「知るかよそんなこと。匿名の依頼主からは何も言われてねェからよ」
「だが、
2人の人間と、ライオンの頭部を持つ1人の獣人が声を潜めながら会議する。特に2人まとめて攫うという意見に乗り気だった一同は頷き合っていくのだが、そんな彼らの下に1つの人影が伸びたことで意識はそちらへ向けられる。
頭上の陽光に照らされて、スリムなシルエットを映し出す人物。黒のライダースジャケットと赤のシャツ、黒のバイクパンツに黒のロングブーツで堂々たる佇まいを披露するユノの姿に、3名の男達は図星を突かれたような気分を味わった。
後光を身に纏うクールビューティー。長身で長い脚が目立つユノは、軽く腕を組みながら凛々しい声音で呼び掛ける。
「貴方達の目論見は既にお見通しよ」
「これはこれは、綺麗なお姉さん。何を言われるかと思いきや、目論見とは一体何の話かな?」
「今ここで降伏の意を示してみせれば、痛みを伴うことなく楽になれることを約束しましょう」
「チッ、隠すのは駄目そうか。……そちらさんこそ、あまり調子に乗らない方がいい。じゃないと――女1人だと痛い目を見るぜッ!!」
ゆらっと不敵に動いた人間男の1人。指を差しながら何気無く会話を行い、人差し指と中指をくっ付けた拳銃のジェスチャーを見せ付ける。
直後、2本の指が融合して銃口を生成すると同時にして、そこから複数もの電撃弾を繰り出した。油断させての発砲は雷撃の塊となってユノに迫り来るが、彼女は堂々たる風格はそのままに弾丸を目で追い、次にも前のめりの姿勢をとって動き出す。
――常人には視認できない、音速の前進だった。ジグザグに角張る黒色の残像が空間に走り出すと同時にして、次の瞬間にもジェシチャーを構えた男の目の前に姿勢を低くしたユノが現れた。彼らが彼女の接近を認知するよりも先に、ユノの鋭い蹴りの一撃が男の顎を捉える。
身を屈め、上半身を捻りながら踵を持ち上げて蹴り上げた足裏の攻撃。垂直に迸る衝撃波が生じると、ジェスチャーを構えていた男はまるで発射したロケットのように勢いよく頭上へと吹き飛んだ。刹那の出来事に理解が追い付かず硬直した男達に、更なる猛攻が襲い来る。
付近に佇んでいたもう1人の人間男へと、ユノは飛び出すと同時にして顔を蹴り上げた。音速で斜め上に前進する鋭い蹴りを受けて男が浮き上がると、ユノは空中で縦に回転しながら斜め下に蹴り下ろす一撃を加えて男を地上に叩き落としていく。その瞬間的な隙を逃さんとばかりに獣人男が爪を出しながら宙にいるユノへと迫り来るが、彼女は予期していた相手の動きに合わせて次にも全身に捻りを加えて横に回転し始めた。
回転の勢いで、獣人男の爪を空中で華麗に回避する。それだけではなく男の体に手を付いていくと、ユノは男をポールに見立ててアクロバティックに回転しながら彼の全身に纏わりつき始めた。洗練された動きと柔軟な体術で男に絡みつき、両脚で男の首元を絞め、がっちりとホールドする。後頭部に感じる彼女の下半身に男は状況に関わらず雑念すらも
緩やかな縦の回転を伴いながら上空に投げ出された男。彼の視界が青空に覆われた直後にも、音速の勢いで視界の外から現れた踵落としが男の顔面に叩き込まれたことで彼は地上に打ち付けられる。その際に有り余った衝撃はクレーターを作り出し、周辺に地割れを起こしながら男は力尽きた。
……あまりにも一瞬の出来事だった。地上に着地したユノは何事も無かったかのように凛とした面持ちでその場に佇んで、胸ポケットから電子タバコを取り出していく。
吸い口を咥え、煙を吐き出して一服する。スリムなクールビューティーがひとり、一仕事を終えたように佇んでいた。
依頼主の女性は目を覚ますと、その視界にはユノの姿が伺えた。
……彼女に加えて、刑事と警察官という大所帯が視界に映り込む。この状況に女性は困惑していると、次にも刑事は警察手帳を見せながら喋り出した。
「せっかくお休みになられていたところ、お騒がせしてすみません。私は警察の者なのですが、今回の事件に関してあなたからのお話を伺いたく訪ねた次第でして」
「じ、事件ですか……?」
「はい。というのも、あなたは今回の事件で逮捕された人攫いの標的とされておりまして。ぜひ詳しいお話を聞かせて頂けますと助かるのですが」
「人攫いの、標的……」
女性は、ユノへと視線を投げ掛ける。ユノは彼女の背を撫で掛けながら、凛々しい面持ちと声音で優しく喋り出した。
「貴女の予感は決して気のせいではなかった。貴女は人攫いに狙われていて、危うくその毒牙に掛かるところだった」
「ま、まだ状況を呑み込めていないのですが……その人攫いが逮捕されたということは、わたしは助かったということでいいんでしょうか……?」
「えぇ、その認識で間違いないわ」
「もしかして、ユノさんが解決してくれたんですか……?」
「私だけの力ではないわ。今回の問題解決に最も貢献した人物として、我々ワールズアパートに相談する勇気と行動を起こしたカノンさんが挙げられるでしょう」
「そんな、わたしは何も……!」
「いいえ、これも全ては貴女のおかげよ。ありがとう、我々を頼ってくれて。そして、貴女が無事に平穏な日常を取り戻せた事実を、私は心から祝福しましょう」
ユノは女性の手を取り、手の甲にキスをした。
神々しく存在する眼前の女は、凛としたサマで立ち上がった。そして場に集った一同を横目に通り過ぎると、ユノは悠々たるオーラと共に彼らの前から颯爽と姿を消した。
To be continued......