夜空に上る湯煙が幻想的に映える温泉宿の露天風呂。仕切りと緑の自然に囲まれた石造りの湯に浸かっているのは、全裸のユノひとりだけだった。
彼女は肩まで湯に浸かり、空を仰ぎながら寛いでいた。乳白色の前髪を右手で掻き上げ、全身に巡る天然の温もりを堪能する。流れた汗が色白の肌に伝い、促進された血行が彼女の体を
付近で清掃していた女性従業員は、ユノの存在を気にしていた。傍から見れば、湯煙の幻影が生み出した
……根拠の無い、少なからずの予感。近々にも何かが起こることを、彼女は本能的な危機感で察知していた。
午前 大都市『
破滅を招く脅威に晒されていようがいまいが、時間は無情にも流れ、世界は当たり前のように回る。スクランブル交差点には
オフィスに入ったユノが、分厚く束ねたポニーテールを揺らしながら歩を進める。彼女が現場に現れた瞬間から、周囲の人間には特別な緊張感が流れ出した。それは決して威圧的なプレッシャーとかではなく、純粋に雲の上のような存在が故の憧れや恐縮、あとは気に入られたいといった些細な感情が渦巻いているだけのことだった。
ユノが軽い挨拶の言葉を投げ掛け、周囲も期待に応えんと張り切っていく最中のこと。ユノの行く先で佇みながら思考する1人の青年が、彼女に気付いて顔を上げた。彼は175cmの身長であり、
服装は、膨れ上がったシルエットが特徴的である水色のフード付きパーカーと、タックインした黒色のシャツ、スーツのような質感の黒色スラックスに、黒色の革靴という格好をしている。一見して誠実そうなオーラを放つ真面目くん的存在の彼だが、その期待に応えるよう背筋を伸ばした爽快な様子でユノへと挨拶を投げ掛けた。
「あ、おはようございます!」
「おはよう、“
「悩みというか、何と言いますか。今対応しているクライアントで少し気になっていることがありまして」
ユノが男性に協力的なのは、非常に珍しい振る舞いだった。尤も、柏島と呼ばれた彼に気があるわけではない。彼はワールズアパート社内で少々“特殊”な立場にあり、ユノもその事情に関与している関係で親身的なのだ。
「調査依頼の対応は今日が初めてだと聞かされているわ」
「まさにその一件目の依頼で手間取っておりまして……」
「なら、私が
「申し訳ありません、助手の期間を経てせっかく独り立ちできたと思ったんですけれど」
「元々、探偵はバディを組んで調査にあたる組織よ。在るべき姿に収まった。それだけに過ぎないわ」
「ありがとうございます……! 是非とも、本件のご同行をお願いしたく……!」
「それで、依頼の内容は?」
「人探しの調査です。先日ユノさんが対応してくださった人攫いの件もあって、事件性が高いと思われます」
青年の報告を受けて、ユノは神妙な表情を見せながら事の対応にあたった。