SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択   作:reex

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2026/2/1:若干改稿
2026/3/22:若干改稿


トールのトリガー:Overcome the Nightmare
Prologue


 

CE70/4/16

 

トール・ケーニヒにとって、オートテニス場での特訓は日課だった。

ヘリオポリス内の公営スポーツ施設に向かい、オートテニス場を占有する。

彼の使う場所はいつも空いていた。

 

元よりこの施設は閑散としている。

遺伝子調整を受けたコーディネイターの台頭は、スポーツという分野においてナチュラルの情熱を根こそぎ奪い去った。

どれだけ努力しても、生まれ持ったスペックの差は埋まらない、そんな諦念が蔓延する中、公費で建てられた立派なスポーツ施設は、常に静寂に包まれている。

珍しくオートテニス場に先客がいる場合迷わず弓道場へ向かい、精神統一のために黙々と弦を引き絞ることにしていた。

 

この施設の最大の利点は、ボールマシンを5台も設置している点にある。

射出速度、スピンの回転数、発射間隔。

設定の自由度は恐ろしく高く、中身はモルゲンレーテ製かもしれない、とトールは密かに疑っている。

 

端末をかざしてクレジットを支払い、いつもの設定にする。

速度は最速の180km/hから100km/hまでランダム、コースもランダム。

5台が連携し、予測不能な弾幕を張る

 

ガゴン、と重苦しい駆動音が響く。

瞬間、黄緑色の弾幕が一斉に放たれた。

ドクンと心臓が早鐘を打つ。

毎年、4月という時期が巡ってくるたびに、重圧がのしかかる。

それを振り払うために、ここに通う時間は延びた。

 

だが、レクリエーションではない。

次々と飛来するボールを視界に入れるのは、トールにとって苦痛以外の何物でもない。

これは、トールが今できることを考え抜いた末の、狂気じみた"訓練"だった。

 

(フリスビーじゃないだけマシだ……)

 

フリスビーやブーメランは、例え低速であってもトールの精神を蝕む。

それが赤色だったら最悪だ。

幼い頃、公園で見ただけで吐いたこともある。

 

コートを埋め尽くす弾幕に対し、体は思考するよりも早く反応した。

弾幕の中で生存可能な空白を探す。

身体を狙った球に対しては半歩で角度を作り、ボレーで壁面のターゲットへ叩き返す。

テニスのルールなど意識しない、フォームの美しさも関係ない。

必要なのは、脅威の認識と、排除の手順だけだ。

 

コート全体を俯瞰するように意識を拡散し、各マシンがボールを吐き出した瞬間の初速と回転を目で捉える。

何年もの反復の末に研ぎ澄まされた直感が、コンマ数秒先の未来の軌道を予測した。

その動きは、傍から見れば旧世紀のトッププロのようかもしれない。

だがトールにとっては、これは才能などではない。

運命という巨大なシステムに抗うための、唯一の生存手段だった。

 

(これが実際役に立つかどうかなんて、保証はないけどな)

戦場を飛び交うビームやミサイルの速度は、こんな玩具の比ではない。

だが、ごく一般的なナチュラルであるトールにとって、反射神経と勘こそが戦場で生き残るための命綱だ。

頭で考える前に体が動く。

その領域に達するには、脳が焼き切れるほどの反復訓練しかない。

こうして体を極限まで動かすことや、シューティングゲームに命懸けで取り組むことが、今のトールにできる精一杯の努力だった。

 

(ついでに身体も鍛えられたしな)

太いハムストリングや割れた腹筋は、トールの密かな自慢である。

 

 

夕食の席で、母が不安げに声をかけた。

「トール……今日は、大丈夫そう?」

手を降ってウインクで返す。

だが、口元は自覚する程度に引きつっていた。

「大丈夫だって! もういい年なんだし。……でも、うるさかったらゴメン」

 

心配をかけるのも当然で、生まれてこの方4月17日の夢見は最悪である。

最後は必ず自分の断末魔と共に目を覚ますのが常だ。

しかも、どれだけ抗っても日付が変わる0時には意識を失うように昏倒し、朝まで目を覚ますことはできない。

夢の長さを考えれば妥当かもしれない。なにせ、丸々16年分の追体験(走馬灯)なのだから。

 

自室に戻ると、いつものように情報収集を始めた。

ジャンク屋たちが集うアングラネットを軽く覗く。

表立った大きな動きはないが、一攫千金を狙うハイエナたちの熱気が高まっていた。

 

ノート端末を閉じ、ベッド脇に置いたフォトフレームに視線を移す。

笑顔の自分と、ミリアリア。

愛おしさがこみ上げると同時に、胸が締め付けられる。

写真を見つめながら、恋人に電話をかけた。

 

「ミリィ、今いいか?」

『いいよー。私もヒマしてたトコ!』

 

ミリアリア・ハウの明るい声が、締め付けられるような胸の不安を和らげる。

友人の笑える行動や、授業の愚痴、日常の他愛もない会話。

だがその話題もやがて、自然と世界を覆う暗い影へと移っていった。

 

『テレビじゃ毎日戦争の話ばっかりだけどさ、本土も大変だよね。核を使わないのはエライけど、プラントの偉い人たちも、そろそろ周りのこと考えてくれないかな? 巻き込まれるこっちの身にもなってほしいよ、ホント!』

 

「ああ。ユニウスセブンの報復は分かるけどさ、NJは連合じゃない国まで被害が広がってるし。本土は地熱発電でマシでも、貿易とか生活への影響は避けられないよな」

 

トールはニュースを聞くたびに、夢の中の戦場が少しずつ現実に近づいていくのを感じていた。

この"エイプリルフールクライシス"は最終的に数え切れないほどの被災者が出るが、その多くは貧しく環境の厳しい中小国だ。

"血のバレンタイン"も、起きる前から知っていた。

しかし、知っているだけだった。

中立国に住む少年が世界に対してできることは、あまりにも少ない。

 

 

『じゃ、明日もカレッジでね。おやすみ、トール』

「おやすみ、ミリィ。愛してる」

『……トールってさ、やっぱりチョット重いよね! おやすみ!!』

 

重いのは仕方ない。実際の交際期間に比して、トールの中でのそれは十数倍になるのだ。

 

電話が切れた後、古式ゆかしい壁掛け時計の短針は真上を指そうとしていた。

彼は深呼吸し、覚悟を決めてベッドに潜り込んだ。

意識はすぐに夢へと沈んだ。

 

 

 

 


 

一人の少年(トール・ケーニヒ)がいる。

彼は差別の少なく豊かな国で生まれ、両親に愛されて育った。

学校に通う中で、明るい性格は素敵な恋人も、能力はありながらどこかとボケた親友も捕まえられた。

生まれ故郷(ヘリオポリス)が喪われても、戦火に巻き込まれても。

家族と再び暮らすことすら放棄して、彼は恋人と友人のために諦めなかった。

 

そして親友の助けになればと戦場に出て、一度は成果を上げて、そして。

 

回転するシールドがキャノピーを割り、引きちぎられた頭からは砕かれた自分の身体が見えた。

 

 


 

 

 

 

CE70/4/17

 

「アアアッッ!!」

 

絶叫とともに飛び起きた。

汗に濡れたシーツが肌に張り付き、喉は焼けるように乾いている。

首と胴が繋がっていることを確かめ、大きく息を吐いた。

 

恐らくはこれが16回目。

物心付く前は1日中泣き続けてたと言うし、成長してからも数日ふさぎ込む羽目になった。

お陰で日付の近い4/11の誕生日まで憂鬱になり、わざわざ別日に祝ってもらっていたほど。

 

だが、今は違う。起きてしまえば、憂鬱は次第に薄れていく。

体を鍛え、自信をつけた成果だろう。

俺はまだ生きている。

そして、悪夢を乗り越えるチャンスを持っている。

 

朝食をとり、カレッジに向かう途中でミリアリアを迎えに行った。

 

「おはよ、トール。今日さ、ダーツいかない?」

「いいけど、最近多くない? 飽きないの?」

腕に絡みつくミリアリアに、思わず呆れ顔を浮かべてしまう。

 

「いいの! 友達も連れてくから、またアレ見せてよ。ダーツの後ろにダーツ刺すやつ!」

「継ぎ矢は一発でシャフト壊れるから勘弁……」

笑い合う二人のそばを、友人のキラ・ヤマトが駆け抜けていった。

 

「キラ、おはよう! そんなに急いでどうしたんだ?」

「おはよう! 教授に実験の準備頼まれたんだけど、寝坊しちゃったんだ。急ぐから、またね!」

 

相変わらず天然な彼の背中に「コケるなよ!」と声をかける。

悪夢の中で見る戦争中の神経質で苛烈な姿も、キラの一側面に過ぎない。

トールにとっては、キラも長く付き合ってきた友人だった。

 

ミリアリアと一緒に着いたカレッジは、地球連合がついにプラント中枢近くへ攻撃を仕掛けたとの噂で持ちきりだった。

 

トールが日常を過ごす中でも、戦火は確実に広がりつつあった。

ここからわずかなうちにザフトは地球上の各地に基地を整備。

宇宙でも連勝を続け、当初圧倒的と見られた地球連合は追い詰められていく。

 

 


 

 

CE70/12/24

 

 

開戦から10ヶ月たった現在、プラントと地球の戦線は硬直していて、大きな戦いは起きていない。

 

旧世紀の日本の影響を強く受けたオーブでは、クリスマス、特にクリスマスイブは恋人たちの時間だ。

 

公園のベンチで、手を繋いだまま並ぶトールとミリアリア。

コロニー内の空気は、いつでも快適だ。

 

「美味しかった~! あのお店のチキン、大当たり!」

「味も盛り付けも良かったな。まあ、見た目だけならミリィの料理も対抗できるぜ。見た目だけなら」

ミリアリアの調理は暗黒物質を生む、幾度となく試された上の結論だった。

見た目は良い分、騙されるのが極悪だ。

「うるさいっ!」

 

軽いパンチをかわし、そのまま抱きしめる。

ミリアリアは抵抗せず、安心したように身を預けた。

彼女の髪から、微かに甘いシャンプーの香りがした。これを失うわけにはいかない。

 

「……避難のこと、考えてくれた?」

「またその話? どう考えたって今の地球よりヘリオポリスのほうが安全じゃない。あれだけドンパチやってたら、どこで流れ弾が来るかわかんないよ! オーブは中立なんだし」

ミリアリアの呆れ超えを聞きながら、トールは自分の顔をミリアリアに擦り付けた。

 

「そうだな、そのとおりだ……」

 

正論だ。今の状況で、わざわざ混乱する地球へ降りようなどと言うのは狂人の戯言に聞こえるだろう。

だが、1ヶ月後のCE71年1月25日、このヘリオポリスは崩壊する。

それでも地上が安全かといえば、そうではない。

小競り合いはいつどこで起きてもおかしくなく、シャトルの航路やオーブの近海すら例外ではないのだ。

逃げ場はない。ならば、戦うしかない。

 

 

強く抱きしめると、ミリアリアは小さく呻いた。

 

「ちょっと、トール。痛いって」

「ミリィ、戦争が落ち着いたらだけどさ、結婚しないか」

 

ミリアリアは一瞬目を見開き、ポカンとした表情を見せた。

やがて状況を理解したのか、ふっと肩の力を抜いて、柔らかくに微笑んだ。

 

「まったく、この歳でそんな事言う人、普通いないよ。ホント重いんだから」

ミリアリアはそう言ってから、トールの頬にキスをした。

 

「……いいよ」

今度はトールの方から唇を重ねた。

 

 

(俺は生きる。生きて、ミリアリアと……幸せな未来を掴む)

 

トールの幸せな未来像には、ミリアリアと友人たちが必要だった。

そのための手段を選ぶつもりも、もうなかった。

 


 

CE71/1/5

モルゲンレーテ内にあるカトウ教授のラボ。

早朝のまだ人通りの少ない中、トールはキラを呼び出していた。

 

「アレ、トールもう来てたんだ。おはよう。……って、なんで教授の端末開いてるの?!」

「おはよう、キラ。ゴメンな、朝から」

 

キラが慌てて咎めるが、トールの視線はモニタに釘付けだ。

キーボードを叩く手は止まらない。

 

「お前、年末に変な課題出されたろ。動作解析のやつ。実はモルゲンレーテの人から色々聞いてることがあってさ、気になったから調べてたの。……カトウ教授がリモート接続したまま端末放置してたし」

手を降ってキラを呼び寄せると、画面が見やすいように軽く身を引く。

 

画面に映るのはG()A()T()-()X()1()0()5()と型番が付されたモビルスーツの外形図だった。

四本の角を生やしたかのようなヒロイックな頭部、ザフトのジンとは比較にならないスラリとしたボディ。

そして図面の端に刻まれた地球連合のロゴ。

 

 

「まさか……」

「オーブで地球連合と一緒に開発してたんだ。中立の看板なんて、もう形だけだ」

 

必死な表情のトールに見つめられて、キラは息を呑んだ。

 

「プラントは中立国にも容赦なくNJを撃ったんだ。連合に協力してるってなったら、ヘリオポリスが巻き込まれるのも時間の問題だ。……何も知らないまま、無力なまま巻き込まれるのは怖いんだ。他にも機体はあるだろうし、データ収集、手伝ってもらえないか」

「で、でも僕らは関係ないじゃないか!! オーブは中立だし、プラントが来たって、見逃して貰えれば!」

 

キラの必死の反論を、小さく首を振って押し留める。

「その中立のオーブが地球連合と組んでるんだ。もうどこも、なりふり構ってないってことさ。状況を知れば、できることだってあるだろ。……頼む」

 

頭を下げるトールに、キラは観念したように小さくため息を吐いた。

 

 

「……わかった。でも見るだけだよ」

「ありがとう……本当にいつも、苦しいときほどキラに頑張ってもらっている。無理言って本当にゴメンな」

 

戦場でも、いつもキラを矢面に立たせた。

その後悔は今もトールの胸にある。

 

 

「もういいって! 開発状況を抽出して、機体の情報を整理するってことでいい?」

 

トールは、この行動がより良い未来につながっていることを祈った。

 

 

繰り返し見る悪夢の中で、トールが死ぬのはCE71年4月17日。

あと三ヶ月ほどだ。

 

 

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