SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
CE71/2/12
アガメムノン級宇宙戦艦<メネラオス>。
智将の誉れ高いハルバートン提督率いる、地球連合第8艦隊の旗艦だ。
数十の戦艦、駆逐艦に囲まれアークエンジェルを待ち受ける姿は、まさに威容と言ってよかった。
「……でも、こうしてみたら小さいな」
トールは含み笑いをもらした。
MSに乗って外から見たアークエンジェルは、張り出したカタパルトやエンジンブロックの都合上全長は大きい。
それに比べれば、目の前の艦は小さく見えた。
学生組も避難民も、まとめてアークエンジェルの展望ブロックにたむろっている。
これは何も、艦隊の威容を見届けようというわけではない。
直前まで通路にたむろってメネラオスへの移乗、ひいては地球への帰還を待ちわびていた彼らだったが、先遣隊から移ってきたクルーたちに邪魔の一言で追いやられたのである。
だがトールにとっては、思わずニヤケが止まらないほど嬉しい展開だった。
ここに居ること自体が、トールたちが軍人にならずに済んだ証左だからだ。
(あとは地球降下時に攻撃されないことと……ラクスのことか)
悪夢の状況とは異なり、合流直前のザフトの追撃もなく、完全に振り切れたと思っていいだろう。
しかし、ラクスの扱いについては棚上げになったままだ。
先遣隊と合流した後も、以前ほどではないがラクスの元に訪れることは出来た。
いくらか話したところでは彼女自身、理知的で穏健派と評判のハルバートン提督と話したいという気持ちがあるのだという。
悪夢の中でごく僅かに出会った記憶では、それほど悪い人のようには見えなかったが、G兵器の開発自体提督の発案ということで、かなり合理的な人物でもあるらしい。
がやがやと騒がしい展望ブロックで考え込むトールの耳に、放送が響いた。
『キラ・ヤマト、トール・ケーニヒの2名は、至急艦長室へ移動せよ。ハルバートン提督がお待ちだ』
(さて、どうなるか)
どう転ぶか、トールには皆目見当がつかなかった。
「よくやってくれた。今アークエンジェルが健在なのは、キミらのおかげだ」
引き締まった身体に、ふさふさとした髭、茶目っ気のある瞳。
いかにも近所の人好きのするおじさんと言った風体だが、その身にまとう威圧感と魅了が入り混じった雰囲気は、まさしくカリスマだ。
辺りにはマリュー、ナタル、ムウの士官組も揃っている。
ハルバートンは、敬礼して名乗ったキラとトールに優しく感謝を告げると、副官を目で促す。
副官の手から、それぞれに一枚の紙が渡された。
「除隊許可証だ。いかに協力者とはいえ、民間人が戦場で働いては犯罪行為になる。遡って志願兵であったことにするので、大事にしてくれたまえ」
待ち望んでいた紙片をトールは恭しく受け取ると、きれいに折りたたんでポケットにしまい込んだ。
話についていけず固まるキラを肘でつつくと、キラも慌てて受け取る。
「
ハルバートンが二人を見やると、トールは目を泳がせ、キラは下を向いた。
「……無理強いする訳にもいかん。まぁ、ヘリオポリスの件もあるがモルゲンレーテと大西洋連邦のコネクションは切れておらん。何かあれば、また協力してほしい」
苦笑いしながらそう続けるハルバートンに、トールは内心でため息を吐く。
なんとか助かった。
「ラミアス大尉には伝えてあるが……少し予定が変わった。アークエンジェルは太平洋に降下して離島でオーブに君等民間人を引き渡し、パナマへ向かう。もう少しの間だが、付き合ってくれたまえ。……ああ、アルスター事務次官とそのご令嬢は、別便で母国のワシントンへ降りる。お知り合いにはそう伝えてほしい」
(パナマ? アラスカじゃないのか)
トールは疑問を浮かべたが、すぐに忘れた。
シャトルでの降下は恐ろしいし、アラスカに降りたところでその後が問題になる。
アークエンジェルがオーブに直行してくれるのなら、ありがたいことだ。
話を終えて退出を促された二人だったが、キラが気遣わしげに声を上げた。
「あの! ……すみません。ラクスは、ラクス・クラインはどうなるんでしょうか?」
副官やナタルが厳しい目を向けるが、問いかけられたハルバートンは顎に手をあて、訝しげに片目を潜めた。
「そうか、そういえば君等が世話人をしていたと報告を聞いたな。……いいだろう、丁度この後、面会する予定だ。彼女も一人では心細かろうし、キミも同席するかね?」
楽しげな表情のハルバートンを真剣な目で見つめたキラは、「……お願いします」と口をひらいた。
トールも慌てて片手を上げる。
「あ、すみません。オレ……私も同席します」
(何が起きるかわからない……。キラを一人にはしておけないな)
周囲の驚きを気にもせず、ハルバートンは「もちろん構わんさ」と鷹揚に頷いた。
ハルバートンに連れられた二人と案内役のマリューは、すぐ近くの士官用の食堂へ向かった。
扉の前では銃を構えた兵士が、物々しく周囲を警戒している。
マリューが先に入って内部を確認し、ハルバートンを招く。
ハルバートンに連れられて入ると、一般区画での食堂ほどではないが広い部屋に何人もの兵士が壁際に立ち、手錠をかけられたラクスは更に足輪でベンチに拘束されていた。
傍らには例の少尉の姿もある。
ハルバートンは、対面のベンチにゆっくりと座り込んだ。
マリューに促され、トールとキラはその後ろの壁際に立った。
ラクスはいくらか驚いた様子でキラたちを向いたが、すぐに視線をハルバートンへ移す。
「はじめまして、ラクス・クライン嬢。私は地球連合第8艦隊を指揮するデュエイン・ハルバートンというものだ。……まずは単刀直入に聞こう。貴方が”国家元首の娘”でいられるのは、後どれぐらいかね?」
言葉の内容に追いつかないキラたちを置いて、ハルバートンはゆっくりと問いかける。
「はじめまして。わたくしはラクス・クラインですわ。……そうですわね、あと一ヶ月半、でしょうか」
ラクスは微笑んで答えたが、その声音にわずかな陰りがあった。
「評議会は主戦派に傾いています。次の議長は……ザラ議員になるでしょう」
ハルバートンは鼻で笑い、頷いた。
「で、あろうな」
周囲の困惑をものともせず、ハルバートンは続けた。
「敵としては色々言いたいこともあるが、クライン議長は政治家として有能だ。彼が実権を握っていれば、戦争の終わりを見据えて動いただろうし、地球の戦線もここまで野放図にはならなかった。連合ももっと苦しんでいただろう」
下を向いてラクスは答える。
「……NJの散布からして、当初想定していた区域や濃度より遥かに被害が大きいと、父は嘆いておりました。統制が取れてないというそしりは、受け入れざるを得ないでしょう」
「君を庇護するクライン議長の権力に陰りがある、とすればだ。君の身柄を戦略に組み込むのは危険にすぎる。統制の効かないタカ派にとってすれば、”平和を歌う囚われの姫”よりも”ナチュラルに害された悲劇の歌姫”のほうがよほど扱いやすい。いっそ、プラントに居られるよりも」
両手を軽く上げて、ハルバートンはため息を吐いた。
話を聞いていたキラも、ようやく思考が追いついてきた。
<血のバレンタイン>含め、ニュースではブルーコスモスの過激派の暴走が取り沙汰されていたが、何のことはない、プラントも同じように過激派が暴走しているのだ。
その過激派にとってすれば、むしろ地球連合のせいでラクスの命が失われるほうが、世論を望む方に持っていきやすい。
(地球連合がラクスの身柄を盾にしようとも、向こうがそのつもりであれば要求を受け入れない……まさか、積極的に暗殺とか)
「そんなの駄目だ!」
思わず声が出る。
いくつかの銃口がキラを向き、隣のマリューとトールが身構えるが、ハルバートンは落ち着かせるように手で制した。
「そう、駄目なのだ。そのような不確かな手段は。戦争はそんなに甘いものではない。人一人の行動が、戦略に影響を及ぼすことはないし、そうあってはならない。……だが戦局となれば、話は別だ」
ハルバートンが「モニタを」と言って促すと、士官室のモニタに戦場が映された。
映されたのは湖畔の基地だ。
天に向かって大きな基台が据えられている。
しかし周囲は黒煙を上げ、大勢のMSが我が物顔で大地を歩き、空に雲を描く。
その内に振動が走り、映像は途切れた。
「見ての通りだ。ユーラシア連邦の所有するビクトリア基地は、今現在ザフトの攻撃にさらされ、すでに陥落間近と言っていい。……これに対して、ザフトに退けと言ったところで聞きはすまい。しかし、撤退する兵を見逃せということであれば、兵の心ひとつの問題でもある」
ハルバートンは手を組み、真剣な表情でラクスに語りかけた。
「ラクス嬢、貴方にはザフト兵に対して追撃のサボタージュを呼びかけてもらいたい。そうしてもらえれば、プラントに即刻貴方の身柄を渡す用意がある。……ムリにとは言えんし、直接的に言うのではなく、そう促す程度で構わん。それでも、兵の命を救う手助けになるはずだ。……お願いする」
机に頭を付けんばかりに、ハルバートンは頭を下げる。
周囲に沈黙が満ちる中、目を閉じて話を聞いていたラクスは、やがてゆっくりと目を開いた。
その瞳は、闇を吸い寄せたかのように光を持たない。
これまでの天然気味なラクスとの違いに、キラの瞳が困惑に揺れた。
「ハルバートン提督。……わたくしからも、伺いたいことがあります」
「……何かな?」
ゆっくりと頭を上げるハルバートンに、ラクスは透明な声で問いかけた。
「この戦争は、いつ終わるのでしょうか? 我々は、どこに行こうとしているのでしょうか? 平和の歌を歌っても、怒りに身を焦がす方には届きません。わたくしにできることは……なにか無いのでしょうか?」
ハルバートンは目をつむり、咀嚼するようにラクスの言葉に何度も頷いた。
そして再び口を開いた。
「……そうだな。古今東西戦争というものは、なにかの奪い合いだった。それが権威や権利といった目に見えないものだったとしてもだ。名分が神であれ自由であれ、突き詰めれば配分の争いに過ぎん」
話しながらも思考を整理するように机を叩く。トンッという音が静寂に響いた。
「だが、今回の大戦は違う。プラントと理事国の争いであれば、よかったのだ。しかし積み重ねた因縁が、コーディネイターとナチュラルの戦いへと、その様相を変えた。地球や中立国に住む、何千万というコーディネイターを置き去りにしてな」
そういってハルバートンは僅かにキラを見やる。
血のバレンタイン、エイプリルフール・クライシス。
マンデルブロー号事件、コペルニクスの悲劇。
遡ってはS2型インフルエンザ、あるいはジョージ・グレン。
世界がこの半世紀ばかりの間に刻んだ歴史には、いくつもの火種が絡み、今この時に大きく燃え盛っている。
「ただ、ある意味で前例はある。戦争の中で民衆の感情が暴走し、トップの意思すら聞き届けないような状況となっても、戦う力を根こそぎ奪われてしまえば、戦争は終わる。あるいはあまりに多くのものを失い、戦いに疲れたものが集まって多数派となれば、それでも戦争は終わる」
軍人として私が目指すのはこのあたりだな、とハルバートンは続けた。
「どちらにしても被害は甚大になるがね、負けた方はもちろん、勝った方も。……そしてそれが禍根となって、次の戦いが起きることも、ままある」
呟くようなハルバートンの言葉に、ラクスは何かをこらえるように唇を強く結んだ。
その姿を眺めていたハルバートンは、いくらか嘆くような口調で続けた。
「もう一つ言えば、睨み合う両者に水をかけるような第三者がいれば、いくらか早く戦争は終わり、被害を抑えられるだろう。それが調停者となれば、次の戦いも組織が腐敗しない限りにおいて防止できる。……ただ、それには冷水を被せるだけの力と、両者に働きかけるだけの関係性がいる。プラントと地球連合に色分けされたこの世界には、もう難しいだろうな」
バッとラクスが立ち上がる。
反射的に周囲の兵が銃を向けるが、ラクスは一顧だにしなかった。
光を取り戻した瞳は、ハルバートンと共に、キラにも向けられている気がした。
「……ハルバートン提督。お話、ありがとうございました。先程お話いただいた件についても、承知いたしました。わたくしから地上のザフトの皆様へ、呼びかけを行いたいと思います。準備をしていただいてもよろしいでしょうか?」
毅然とするラクスの態度はしかし、キラには強がりのようにも映った。
CE71/2/13
驚くべきことに、それから1日の内に準備が整えられた。
まずはプラントに対し、ラクス・クラインを保護していることと、その引き渡しを国際救難チャンネルで呼びかけた。
これについては、元々ラクスの捜索に出ていた艦が、たまたま近くに居たということで急行してくるという。
そして、放送設備を乗せたシャトルからメネラオスをリレーして地上につなぎ、ビクトリア基地に攻撃を仕掛けるザフトに放送を行う。
この放送は、地球連合が誠実さを見せ、ラクスの自由意志のもとに行う、という体裁を崩しては意味がない。
そのため、メネラオスとザフト艦の間を移動するシャトル中で呼びかけを行うわけだ。
シャトルそのものの操縦は、コーディネイターにとっては簡単なものだからラクス本人が行う。
シャトルについても護衛を付ける必要はあるが、脅しと思われないよう最小限でなければならない。
だから、キラが立候補した。
エールストライクからライフルもサーベルも外し、手に持つのはシールドだけ。
何かあっても使えるのは、イーゲルシュテルンとアーマーシュナイダーだけだ。
「キラ様。お手数おかけしますが、どうかよろしくお願いいたします」
アークエンジェルの格納庫。
シャトルとストライクが並んだその脇で、キラとラクスは言葉をかわしていた。
拘束を解かれた彼女は、まるで昨日の会話が嘘だったかのように元通りの態度となっていた。
「うん……。ラクスも、難しいとは思うけど、頑張って」
なにせザフトを止めつつ、地球連合に味方しないという微妙な舵取りをしなければならないのだ。
変に地球連合に同情的であれば逆効果だし、プラントに帰った後のラクスの立場もあるだろう。
ハルバートン提督としてはやってくれれば幸いぐらいなもののようだが、ラクスが誠心誠意呼びかけることを、キラは疑っていなかった。
「あと……。これ、返しておくね」
自室から持ち出したピンク色の球体を差し出す。
その場で電源を入れると、「ホナナー」と声を出してラクスの足元に収まる。
「まぁ、ピンクちゃん! キラが預かっていてくれたのですね。ありがとうございます」
ハロを拾い上げて抱えるラクス。
その笑顔に複雑な表情でキラは告げた。
「ハロを作った婚約者って、アスラン……だよね?」
「まぁ、アスランをご存知なのですか?」
「うん……。友達なんだ、幼年学校の頃の。……このところは、戦場で敵としてあってばかりだけど」
キラの言葉に、「……そうでしたか」と沈痛な面持ちでラクスは答えた。
「僕もアスランに作ってもらった
苦笑いして続ける。
「ミリアリアはキツイこといってたけどさ、アスランも良い奴だから。もうちょっと見てあげて。……ロールキャベツを作ってあげるといいかも。まだ好物だと思うから」
頭をかくキラをラクスはいくらか見つめると、寂しげに微笑んだ。
「本当にキラ様は、優しくて強い方ですのね」
ラクスが乗ったシャトルが格納庫のエアロックから飛び出し、いくらか遅れてストライクも宇宙へ出る。
今回はカタパルトは使わない。
ランデブーポイントまで望遠で確認すると、ナスカ級が映る。
見覚えのあるMSの姿もあった。
(そうか、元々ラクスの捜索部隊ってことだから、婚約者のアスランが居ても不思議じゃないのか)
なかなか途切れない縁に苦笑が漏れる。
だが、今回は戦闘ではないと思えば、気が楽だった。
アークエンジェルとイージスの中間点辺りまで来たところで、通信モニタが映る。
どうやら舵をオートに任せたらしいラクスが、声を発しようとした瞬間だった。
「ッ!!」
シールドを構えてシャトルの前に躍り出る。
ジンから放たれたライフルをシールドで受け止め、脚部から放たれたミサイルをイーゲルシュテルンで撃ち落とす。
『この裏切り者がぁ!』
激昂した誰かの声が通信チャンネルに乗ったと同時、ライフルを放ったジンにイージスが向かった。
ミサイルごと脚部をサーベルで切り離し、ライフルを持った腕を抱えるようにして取り押さえる。
反ナチュラルのパイロットだろうか。
ラクスが呼びかけをすると聞いて、地球連合に寝返ったと考えたのだろう。
今更になって嫌な汗が吹き出す。
また何かあるんじゃないかと周囲を見回すが、その後の動きはない。
ほっと息をつくと、視線の先のイージスが頷いたように見えた。
シャトルがもう少し進んだ後。
ラクスの声が、宇宙へ響いた。
『今、アフリカで戦う、勇敢なるザフトの皆様へ。わたくしはラクス・クラインです。
貴方がたが戦い、勝ち取ろうとしているものを、わたくしは誇りに思います』
『けれど……どうか忘れないでください。 戦いが始まったその日、我々が望んだのは”勝利”ではなく、”生存”だったことを。その意志を見失えば、どれほど勝っても、 私たちは“何のために戦ったのか”を失ってしまう』
『怒りを忘れるべきとは申しません。けれど、それに飲まれないでください。我々が目指すのは、ただの報復ではないはずです。未来に、同じ悲劇を繰り返さないこと。それこそが、プラントの正義ではありませんか』
『背を向ける敵を獣のように追うのではなく、理性と矜持のもとに、正義を果たしてほしいのです』
『……私たちは、闇の中でも星を見上げられる
設定だとこのタイミングの第二次ビクトリアでも捕虜虐殺があったらしいですね。
マジ頭CE。
こっから先はほぼほぼオリジナル展開になります。
具体的には砂漠編はオールカット。
アラスカじゃなくてパナマになった理由は次話冒頭に入れます。