SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
公式設定を簡単に説明すると、ザフトは軍と警察と政党を兼ねた革命軍で、一党独裁状態としてのプラント評議会があるような感じです。
戦力としてのザフトは党の戦力であって、プラントという国の国軍ではないです。
CE71/4/25
地球に向かうフリーダムの中で、ラクスは溢れる涙を歯を食いしばって耐えた。
着の身着のままで飛び出したから、水分も塩分も、備え付けのキット内にある分しかない。
もはやプラントに戻る事もできない以上、温存するよりなかった。
僅かにこぼれた雫が、球体となって換気ダクトに吸い込まれていく。
NJを無効化するNJCの兵器化を、ザラ議長の説得に応じて開発者であるユーリ・アマルフィが承諾したという情報が回ったのは、早朝のことだった。
NJCそのもの存在自体、
ユーリがザラ派へ一夜にして転身したことは、大きな影響力をもって語られた。
善後策を話し合うため、クライン派を構成するアイリーン・カナーバ、アリー・カシムの二人は、朝からクライン邸に駆けつけていた。
「やはり、まずはNJCの存在を公開する他ないだろう。市民の核への嫌悪感は根強い。ザラ派の影響力は削れるはずだ」
「しかし、ザフト内部は完全にザラ議長に掌握されています。実行力という面では限定的なのでは?」
「公開するリスクも有る。NJCの存在を知ったブルーコスモス共が何を考えるか……。実際、ジャンク屋組合に流したドレッドノートの行方は杳として知れぬ」
「そもそも、そのドレッドノートの事自体、我々は初めて知ったのです。シーゲル殿も事前に情報を共有していただかなくては……」
僅かに人声の漏れる部屋の扉を、トレイを持ったラクスはコンコンと叩いた。
「皆様、もうお昼ですわ。サンドイッチをお持ちしました」
ラクスがそう声をかけると、ややあってシーゲルが扉を開いた。
「すまんな、ラクス」
軽く頭を下げる父に、ラクスは首を振った。
「いいえ……。今が大事なときなのは、わたくしもわかっていますから」
クライン派の影響力というのは未だある。
何と言ってもシーゲル・クラインといえばパトリック・ザラと共に、今のプラントを築き上げた立役者だ。
しかし、国防委員長を務めたパトリックは、ザフト内の軍部に対する影響力が強い。
制度上、ザフトはプラント評議会の下にある組織ではない。
プラント独立を求める義勇軍であり、政治結社というザフトの根幹に根ざしたものだが、そうであるがゆえに、究極的にはザフトは評議会の命令に従う必要すらないのだ。
少なくとも次の選挙が行われるまでは、どれだけ市民に厭戦感情が広がろうが、内部から声が上がらない限りザフトは止まらない。
唯一あり得た、ザフトの軍組織を統括する国防委員長の罷免と言う手段は、パトリックが議長を兼任したことで失われたのだから。
昼過ぎになるまで議論は続き、まとまらないまま解散となった。
二人を見送ったシーゲルにラクスは近寄り、「お茶にしませんか?」とサンルームを指差す。
疲れた表情を受かべていたシーゲルだったが、ラクスの提案に笑みを浮かべて頷いた。
「NJCに必要なレアメタルは、宇宙では早々見つからぬ。直接核攻撃に発展することはないと思うが……」
紅茶をかき混ぜながらシーゲルが言う。
「だが、核という無尽蔵のエネルギーを使えば。レーザーなりビームなりを大規模化して、大量破壊兵器とすることは十分可能だ。……このところ増えたヤキンへの物質を考えれば、既に着手していてもおかしくない」
そこまで言って紅茶をすするシーゲルに、ラクスは沈痛な面持ちを向けた。
「では、MSだけではすまないと?」
シーゲルは悩む素振りもせず答えた。
「数が限られる以上、MS に積むのは非効率だからな。仮に1対100で勝てる機体でも、それが10機だけなら100対10000になった時に勝てんよ。パトリックもそれぐらいの計算はする」
遠い目をガラスの天井に向ける。
パトリックとシーゲルは若い時からプラント独立を目指した同志だ。
今や思想は違えど、その能力と思考は熟知している。
「……ラクス、お前にはこれを預けておこう」
シーゲルは胸元に手を差し入れると、ロケットを取り出した。
シーゲル、ラクス、そして亡くなった母の入った写真のプレートを更に取り外すと、二重底にデータチップが収めてある。
それを再び元に戻すと、ラクスに差し出した。
「議長専決事項を含め、現時点での諜報結果や研究成果を入れてある。私に変事あれば、信頼できるもの……カナーバ議員あたりか、に渡してほしい。最悪は、マルキオ導師を経由してオーブのアスハ前代表でも構わん」
暗い顔のシーゲルの行動を見れば何を警戒しているかは明らかだ。
流石ににラクスは否定の声を上げた。
「そんな……小父様が
シーゲルは両手を組む。
「……レノア殿が被害を受けてからとというもの、パトリックは全く手段を選ばなくなった。なまじ目の前にいるからこそ、焦燥が尽きないのだろう」
シーゲル自身もそうだが、コーディネイター差別に立ち向かい、プラントを独立させるというのは生中なものではない。
当然、後ろ暗い手段をとったことも相応にある。
敵と味方では見せる顔が異なる、それだけの話だった。
「なに、念の為という話だ、何も起きなければそれでかまわん。中身はきちんと頭に入っている」
シーゲルはにやりと笑って、こめかみをトントンとたたいた。
ラクスがおずおずとロケットを受け取る。
「何かあったときにのための脱出ルートも盛り込んである。転ばぬ先の杖として目を通しておくといい」
「……はい、お父様」
微笑む父に対して、ラクスは不穏なものを感じざるを得なかった。
果たしてその夜、議員に働きかけをするために外出したシーゲルが、帰ってくることはなかった。
そしてザフト内のラクスのファンによるリークがなければ、ラクスも命も失われていただろう。
逃れた車中で護衛とともに眺めた放送では、自らも軽傷を負ったというパトリックが、額の包帯に血を滲ませながら地球連合による工作だと訴えていた。
『今日、私はプラントの同胞に対して、悲しい知らせを述べねばならぬ……』
『同時多発テロにより、我が友シーゲル・クライン、そしてアイリーン・カナーバ議員、ユーリ・アマルフィ議員、
『言うまでもなく、シーゲルと私はザフトを立ち上げた同志だ。コーディネイターの自立を夢見て、我らは共に汗を流し、血を流した。その志を共にした友人の死は、私の心を深く抉る』
『そして、彼と同じ場所で命を落としたのはライトナー議員である。血のバレンタインで核の暴虐に憤った彼女の志は、再び踏みにじられたのだ』
『我々は、二度とユニウスセブンの悲劇を繰り返してはならない。議員達の犠牲を無にしてはならない』
『ゆえに、私は誓う。彼らの理想を、そしてその死を決して無駄にせぬために、プラントを守るすべての力を解き放ち、我らの未来を地上の暴虐から取り戻すことを』
『失ったものはもどらない。だからこそ二度と失わぬ為に、我らを害する全てを打ち砕く必要がある。……諸君等の力を貸してほしい』
涙に頬をぬらしながらも、ラクスは画面をキッと睨んだ。
まさしく
開戦前夜、国連が設けた最終協議の場で、理事国と国連の代表が爆弾テロにより全員死亡。
唯一生き残ったのは、シャトルが遅れた
これがプラントの作為であるとして、地球連合の結成と宣戦布告の大義名分となった事件。
プラント側が起こしたとする割に、翌々日の地球連合の結成は混乱もなくスムーズに行われたが。
パトリックは、かつての同志も今の仲間さえも薪にくべて、全てを焼き尽くす業火を上げようとしているのだ。
その業火が地球連合だけを焼くとは、もはやラクスにも思えなかった。
「……なんとしてでも、小父様を止めねばなりません。まずは、プラントからの脱出を」
ラクスがそう願い出ると、護衛は深く頷いた。
そうして、ラクスはフリーダムの中にいた。
より追跡を逃れられるように、よりザラ派にダメージを与えられるように。
シーゲルのデータを吸い出して行ったフリーダムの強奪という一手は、短い時間ながらも考え抜かれたものだった。
フリーダムの前にアスランがいたことは驚きだったが、状況をよくわかっていないようだったから、もしかしたらパトリックの打った手ではなく成り行きなのかも知れない。
彼にはそういう、タイミングの悪いところがある。
だが、今となってはただの敵、障害に過ぎない。
ラクスは小さく首を振る。
陽動として離れてしまった、護衛の無事も祈らずにはいられない
私生活の面倒もみてもらった
生活を共にした時間で言えば、友人と言っていいだろう。
ここから先は、ラクス一人だ。
(今必要なのは、冷静な判断……)
4秒かけて静かに息を吸い、7秒止めて、8秒かけてゆっくりと吐く。
指にはまった母の指輪とともに、父の形見となってしまったロケットを握りしめる。
それを繰り返す内に心が落ち着いていき、涙が引いてきた。
事前に行ったシミュレーションを、口に出して整理していく。
「プラントには小父様の手が回っています。個人で動くジャンク屋、ましてや地球連合にNJCをさらすわけにも参りません。ですから、宇宙は諦めて地球へ降下する。その上で、オーブへ向かってアスハ代表へ話を通す」
オーブに直接降下して、ザフトや地球連合に捕捉される訳にもいかない。
太平洋上に降下して、南極海を遠回りする形がよいだろう。
オーブは地下にかなりの秘密空間を抱えているらしいから、そこにフリーダムを隠せば一息つける。
父の言葉によれば、アスハ前代表は信頼するに足る。
ラクスには数えるほどにしか面識はないが、もはや信じるしかない。
(そこから先を、どうするかですが)
プラントの内部から動かしていくというのは、もはや現実的ではない。
外からラクスが、同胞達に対してできること。
「両者に水をかけるような第三者……でしたね」
ほんの二ヶ月前、地球連合のハルバートン提督と話したときに言われた言葉だ。
プラントに戻ってから父とも話をしたが、プラントが一方的に有利な現状の戦力差では難しいだろうと返された。
だか、いまではどうか。
地球連合は着実に戦力を整え、地上のザフトとにらみ合いに入っている。
そして中立のオーブは、強引に侵攻してきたザフトを押し返すまでになった。
ザフトは主敵である地球連合に注力するため、再侵攻を断念したという。
(オペレーション・スピットブレイクの結果次第もありますが……)
第三者としてザフトに圧力をかけて、軍内部に慎重論をもたらし、ザラ派から離反させる。
一方で地球連合にも圧力をかけ、その足を止めさせる。
どんな手段を使ってでも、ザラ派の暴走を止めなければならない。
穏健派の壊滅した今、シーゲルの遺志を引き継いでコーディネイターを導くという使命感がラクスを突き動かす。
人も資金も戦力も無い以上、外の力を巻き込むしかない。
それが誰かを傷つけることになったとしても。
「……あの方々は、無事帰国できたのでしょうか?」
短い間ではあるが、ともに過ごした3人を思い返す。
今度はこちらが巻き込んでしまうことになるのだろうか。
地球連合に捕らわれたと気付いたとき、内心は怯えを隠すのに必死だった。
敵にもならない子兎を装うしかなく、普段以上に無力に振る舞った。
体制の整わないアークエンジェルの中で、半ば放置される形となったのは拍子抜けだったが、周りが全員敵と思えば、気を抜くことは出来なかった。
それが落ち着いたのは、3人とともに食事をしたときだった。
どんなときも日常の香りを纏うミリアリア、力を求めながらもバランス感覚に優れたトール、戦いの中にあって己の意志を失うまいと足掻くキラ。
彼らは中ではどうだかわからないが、ラクスにとっては既に友人だ。
力は手段だと言ったキラは、フリーダムを見てどう思うだろうか。
託される方にとっては、迷惑だろう。
それでも、今ラクスの背後にある力に善悪が無いのであれば、役立てることも出来るだろうか。
ゆるゆると考えるうちに、溜まった疲労にラクスの瞼が降りる。
フリーダムはただ設定されたとおり、誰の声もなく地球を目指して飛び続けた。