SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択   作:reex

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話数管理を見直しています。第8話(中)→4-3
※順番を入れ替えています。オーブ編の後アラスカとなります。栞から読み始めた方はご注意。




4-3

CE71/5/1

 

手のひら大の小さな防弾ガラスから、微かに朝日が差し込む。

それに目蓋をくすぐられるようにして、ラクスは目を開いた。

見知らぬ白い天井が視界に写る。

 

右腕に固定された点滴のチューブが、わずかに引きつる。

ゆっくりと体を起こすと、緩い目まいが治まるのを待ってサイドテーブルへ手を伸ばした。

ボトルを掴み、品もなくごくごくと飲み干す。

本来であれば誰もが羨む桜色の唇も、今はひび割れて、水が染みるたびにヒリヒリと痛んだ。

 

プラントを脱出して以降、補給もままならぬ逃避行の末にオーブ領海へたどり着いたときには、彼女は完全に脱水症状に陥っていた。

 

それでも国際救難チャンネルでオーブ政府へ亡命を求め、差し出された経口補水液だけを生命線に、協議の席に座り続けたのだ。

最終的にアスハ家が個人所有する、アカツキ島の地下工廠へフリーダムを封印し、一旦自らの身柄はオーブへ委ねることにした。

泥のような眠りにつけたのは、ようやく昨日のことだ。

 

(なんとか、息継ぎはできました……)

 

監視付きではあるが、オーブはラクスを受け入れた。

だが、それは人道的な保護ではない。

プラントへの外交カード、あるいは有事の際の生贄として確保されたに過ぎない。

 

だからこそ、彼らを共犯者に仕立て上げなくてはならない。

理想に殉じるアスハ家だけではない。

サハク、マシマ、キオウ、トキノ。

五大氏族すべてを、盤面に引きずり込む。

 

(マシマとトキノは、今の弱った姿を見せれば同情から入り込みやすい。逆にサハクには、欠片も隙を見せてはなりません。キオウには徹底した損得勘定を……そして、肝心のアスハには)

ベッドの上で起き上がったまま、うつろな瞳で天井を見上げた。

 


 

CE71/5/6

オーブを支配する五大氏族。

その各氏族長と、極わずかな腹心のみが入室を許される極秘会議が、首都の行政会館で行われていた。

モルゲンレーテから招かれた技術士官の長広舌に耳を傾けながらも、ただ一人を除いた参加者は、手元の資料を睨むように読み解いていた。

 

「……以上の様に、ラクス・クライン氏から貸与されたニュートロン・ジャマー・キャンセラーは、少なくとも1G大気下、標準的なNジャマー散布時において、Nジャマーによる核分裂反応阻害効果を相殺・解消することが認められました。理論上は、宇宙空間やNジャマー濃密雰囲気下においても、適切な機械的保護を行うことで効果を発揮するものと考えられます。ただし、製造データについては現時点で開示されておりませんので、同等のものが製造できるかは不明な点、ご留意ください。……以上、報告を終了します」

 

質疑応答の時間が設けられたが、即座に口を開ける者はいなかった。

重苦しい沈黙の後、ウズミが退出を促し、技術士官は肩の荷を下ろした様子で立ち去る。

守衛がゆっくり閉じた扉の音が、不自然なほど部屋に大きく響いた。

 

静寂を破るように、ラクスが透明な笑みを浮かべて立ち上がる。

透明な唇から放たれるのは、モルゲンレーテの人員を招き入れる前に語っていたことの続きだ。

「貴国の設備で検証された以上、NJCの実効性についてはこれで信じていただけたものと思います。製造データの開示についてはこの後の話次第となりますが、材料について言えば宇宙での確保は難しいですが、地上であれば如何様にも、とお伝えします」

 

そう言ってぐるりと席を見回す。

サハク家の席に座る背の高い女性(ロンド・ミナ・サハク)が薄ら笑いを浮かべて口を開いた。

「非常に興味深い話だ。せっかくなら、昨日の面会時に教えてほしかったが」

サハク家当主(コトー・サハク)が制止しようとしたが、ミナは扇子でそれを制した。

 

「それで? それだけの爆弾を持ってお前は何をしようというのだ? 身柄の安全と引き換えに連合に差し出したところで、骨までしゃぶられて終わりだろう」

 

挑発的な視線にも、ラクスは揺るがない

「地球連合が欲しがることは間違いないでしょうが、差し出そうとは思っておりません。……コズミック・イラは、"最後の核"が使われた年を元年と定め、ブルーコスモスが暴挙を行うまで、70年近くにわたって核の平和利用を続けてきました。NJCを使用すれば、凍結された発電所を再稼働できる。飢えと寒さに震える人々を救うことができる」

 

ミナが鼻で笑う。

「ハッ、今更になって博愛主義か? お花畑もそこまで行くと」

「果たしてそうでしょうか?」

ミナの言葉をラクスが遮る。

優しい声色はそのままだが、瞳は全てを受け入れる(飲み込む)様に黒く染まっていた。

 

「オーブのご協力をいただけるのであれば、わたくしはこのような流れを考えております。……オーブの保有する大型潜水艦や戦闘艦に、広範囲影響型のNJCを搭載する。これを、電力不足にあえぐ国々の沿岸原子力発電所へ横付けすれば、直ちに再稼働が可能となります」

 

「ほう、パッケージとして配るのではなく、船ごと貸し出すと?」

ミナが身を乗り出した。

その瞳に、明確な理解の色が灯る。

 

「ええ。オーブと同じ立場の中立国はもちろん、親プラント国、あるいは連合の末端国に対しても、中立の立場を取ることを条件に、NJC搭載艦の派遣を提案します」

 

未だ気づかぬものも多いが、思考が追いついたものはハッとした表情を浮かべる。

ラクスは畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 

「NJCはブラックボックス化し、オーブ軍の管理下に置きます。そうすれば、もし受け入れ国が裏切りの兆候を見せたり、あるいは他国からの侵攻を受けた場合……即座に給電を停止し、離脱することができます。逃げ場がない場合は、最悪、NJCごと艦を自沈させることも可能です。技術そのものを相手に渡すわけではありません」

 

ウズミは唸るように口を開いた。

「……エネルギーを質に取るということだな」

 

「そうです。自分でNジャマーを落としておきながら、エネルギーを配給制にするプラント。解決策を持たぬまま搾取する連合。そのどちらにも、世界は疲弊している」

 

ラクスは、懺悔するようにわずかに視線を伏せた。

「……この戦争の根底には、コーディネイターとナチュラルの確執があります。互いの存在そのものを否定しあう、種としての憎悪。それが最大の火種であることは事実であり、容易に消せるものではありません。ですが……」

 

再び顔を上げる。

「父は、報復と戦力差是正の為に、誤った判断を下しました(オペレーション・ウロボロス)。エネルギー不足という物理的な飢餓が、人々の心から理性を奪い、憎悪を加速させているのです。思想も立場も異なる国々を、生きるために連合とプラントの二つの陣営に色分けしてしまった。現にオーブが中立を保っていられる大きな柱が、独自の地熱発電によるエネルギー的自立であることは、皆様が一番ご承知のはず」

 

「シーゲル・クラインの後始末を、君が取ると言うことかね?」

マシマ家当主の言葉に、ラクスは小さく首を振った。

 

「そういった面が無いとは言いません。しかし、これはあくまで手段です」

彼女は拳をテーブルに置き、身を乗り出した。

 

「NJCを活用して、人々の理性を呼び戻す。オーブにつなぎ止める。そして……巻き込まれた戦争に厭戦観を募らせる国々を束ね、"第3極"を糾合する。NJCの技術を持つ私と、資源と軍事力を持つオーブ。この二つが組めば、連合とプラント、そのどちらにも属さない巨大な中立国同盟を作り出せる。……そうして三つの勢力が均衡すれば、もはや戦火をうかつに広げることはできません」

連合とプラントの戦争自体は終わらないかもしれない。

だが、中立同盟という巨大な塊が成立すれば、両陣営とも顔色を伺わざるを得なくなる。

同盟が味方した側が勝つという状況になれば、いたずらに戦火を広げることはできない。

 

ミナがくつくつと笑いを漏らす。

「成程? そしてオーブは中立の理念を保ちながら、世界のキャスティングボートを握る。実に愉快な話だ」

 

「オーブの立場については、そういうことにもなるでしょう。しかし第一は、この愚かな戦いに冷や水をかけ、戦火を止めることです。……どうか皆様の力を、お貸しいただきたい」

 

真摯で、なおかつ強かな声が部屋に響く。

トキノ家(経済)の面々が目を合わせ、値踏みするように頷いた。

キオウ家(外務)は思案げだ。

マシマ家(内務)は複雑な表情を浮かべ、サハク家(軍事)は口元をゆがめている。

そしてアスハ家(首相)は、カガリが沈痛な面持ちで立ち上がった。

アスハ家だけは、事前に概要を聞いていた。

だからその言葉は、短時間ながらも考えられた末の結論だ。

 

「ラクス・クライン、ご提案に感謝する。戦火を止めたいという想い、我々も全く同じだ。第3極の結実が成れば、戦争を押しとどめることもできるだろう。……しかし」

ラクスの表情が曇る。

「……今のオーブには、その力が無い」

 

カガリは、胸元に当てた手が、まるで自らの首を絞めたかのように苦しげな表情で告げる。

「NJCを使用すれば、本土を守ることはできるかも知れない。しかし、仲間に入った外国まで守るには、軍人も、兵器の生産能力も、圧倒的に足りないのだ。自国で守れというのも、この情勢下では見捨てるのと同じだ。そして、軍事的な後ろ盾のない同盟など、狼の前の羊の群れに過ぎない」

 

カガリは悔しげに唇を噛み、告げた。

「……我々に、その理想を守り抜く"剣"がない以上、現時点では参加する国は居ないだろう」

拳を握りこんだまま着席する。

 

ミナが扇子をバサンと片手に打ち付けた。

「まぁ、そういう事だ。悪い提案でも無かったが、現時点では画餅に過ぎん。連合やプラントに変事あれば、また状況も変わるだろうが」

 

ウズミが重々しく口を開いた。

「……将来的な方向としては、悪くない。この情勢下だ、軍備の増強自体は既定路線。現実的なラインになったところで再検討としたい。……とりあえずは、NJCの暫定的な取り扱いについて協議したい。もちろん、ラクス・クライン氏の意見も含めてだ、よろしいかな?」

 

「……お待ちください」

ラクスの瞳が開き、その奥に暗く妖しい光が灯っていた。

 

「……もう一度、考えてみていただけませんか?」

透明な、美しい声だった。

空間が揺らぎ、脳の芯が直接とろけるよな感覚。

幾人かが、再び思案げな表情を浮かべる。

 

しかしウズミは、目まいを払うように首を振った。

「申し訳ないが、情勢に変わりが無い以上、結論は変わらぬ。……次の機会としてくれ」

 

「はい……」

か細く応えて、ラクスも着席する。

時期尚早、戦力が無い。

そんなことはオーブの資料を集めたラクスにもわかっている。

だが、その正論を弄している間に、世界はどれだけ燃えるのか。

パトリック・ザラの狂気は、コーディネイターという種そのものを道連れに暴走しようとしている。

止めるには、オーブが立つしかないのだ。今すぐに。

 

 

一つ、考えがある。

幼いときより時折感じる、人の心に触れる感触。

これをうまく使いこなせれば、もはや言葉も理屈も介さずして、人を動かせるのでは無いか。

実際、力を意識して接したオーブからの監視は、ラクスに心酔した様子で願いを拒否することが無い。

 

(人目の無い、一対一の状況で権力者と接することができれば……)

うつむいて前髪で視線を隠し、幽鬼のような瞳で議論を飛び交わす参加者達を見回す。

 

その様子を、気遣わしげにカガリが見ていた。

 




次回、ラクスカール帝国大勝利! エンジェルハイロゥで平和な世界へレディ・ゴーッ!!
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