SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
※順番を入れ替えています。
CE71/5/7
「キラ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……。帰国後の聴取によれば、ラクス・クラインと宇宙で知り合ったって話だったよな?」
カガリがそう切り出したのは、ヤマト家での夕食の後、カリダが淹れたハーブティーの湯気が揺らぐリビングでのことだった。
モルゲンレーテのMS部隊を軍に派遣する場合の、名目上の責任者というのが今のカガリの立場である。
半月前にちょっかいをかけてきたザフトも撃退された後は大人しくしており、カガリも普段は政務の授業なりウズミの付き人なりをしているが、立場上いくらかは顔を出す必要がある。
今日は仕事帰りに誘いを受けて、春先にオノゴロへ引っ越したヤマト家に訪問していたのだ。
カガリがヤマト家に顔を出すのは初めてではなく、半ば強引にカリダの料理に付き合わされたり、キラ共々実の母親ヴィア・ヒビキの話を聞いたりと"親戚"として少しずつ関係を深めていた。
そんなカガリの質問に、キラは怪訝な表情を浮かべて答えた。
「確かにラクスとは宇宙であって友達になったけど……それがどうかしたの?」
「どんな様子だった?」
「どうって言っても……。優しくて良い子だよ。ただ、自分に何ができるだろうって、いつも考えている感じだった」
実際のところは、10日程度の付き合いだった。
敵地に近しいアークエンジェルに身を置いてさえ、戦争に心を痛め、コーディネイターの未来を模索しようとしていた。
「そうか……。実はさ、ちょっとお願いがあるんだ。モルゲンレーテに話は通しておいたから、明日はオロファトまで付き合ってくれ。……彼女は今、そこに居るんだ」
CE71/5/8
ガチャ、と守衛が開いた扉の先を見て、カガリは息を呑んだ。
先触れを出しているし、ラクスが待ち構えていることは特に不思議でもない。
しかし、部屋の空気が違った。
完全にメイクアップし、漆黒のドレスを身に着けた彼女は、あまりにも美しすぎた。
喪に服すかのような黒が、透き通るような肌の白さを異様なまでに際立たせている。
思考の空白に染み入るように、ラクスのガラスのように美しい声が響いた。
「ご訪問いただき、誠にありがとうございます。オーブの次代を担う、カガリ・ユラ・アスハ様のお時間をいただけたこと、光栄に思いますわ」
優雅なお辞儀。完璧な角度。
思わずカガリはたじろぐ。
「い、いや。こちらこそ急な申し出で申し訳ない。貴方にこうして会えたこと、嬉しく思う」
カガリは頬を掻きながら答えた。
(何を考えているんだ、私は……)
同性相手だと言うのに、思わず魅了されてしまった。
あるいは、威圧されたのか。
歌姫として多くのファンを抱えていた相手ではあるが、そういう華やかさとは違う、冷たい引力のようなもの。
「同じ年頃だと伺っております。恐縮ですが、カガリ様とお呼びしても?」
小首を傾げながら問いかけるラクスに、カガリは慌てて首を振った。
「いや、そうかしこまらなくていい! カガリと呼んでくれ。代わりに私も、ラクスと呼ばせてほしい」
「勿論です。改めてよろしくお願いします、カガリ。……さ、どうぞ」
テーブルを挟んだソファの対面に着席を促される。
ラクスが今滞在しているのは、オロファトにある氏族の公館の一つだ。
断絶して無人となっていたそこを、プラントの最新情勢と引き換えという形でラクスが借り受けた。
広い部屋に、二人だけ。
間合いを図るように小さく沈黙が降りる中、口を開いたのはカガリだった。
この空気に耐えきれなかったのだ。
「その……、先日の協議は、残念だった。ラクスのアイディアは、確かに戦争終結への光明をもたらすものだと思う。ただ、我々にも守るべきものが有るのだ」
「御心はわかります。しかし、戦火の広がりは……いえ、人の憎悪と狂気は、常人の予想を遥かに超えます。時間をかけてしまえば、どこかで一線を越えてしまう。今のパトリック・ザラがその証左でありましょう」
苦渋の滲むカガリの言葉に、ラクスはそれ以上の悲壮感を込めて答える。
彼女の声は、カガリの鼓膜ではなく、脳の芯に直接響いてくるようだった。
「戦力差を埋めるという目的があったにせよ、他を巻き込んでまで捨てたはずの核を、再び戦場に送り込もうとする。その邪魔になる、
「それは……。しかしそれは、今の戦力が連合有利に傾き、プラントが追い詰められているからこそじゃないのか? 何かをする前に、連合が勝ち切ることだって」
「それほどの勢いでもってプラントを下した連合が、どういう判断を行うのか。今度はそれが問題になります」
言い訳のように情勢を話すカガリだったが、ラクスは遮るように小さく首を振った。
否定されたわけではない。
ただ、「甘い」と突きつけられた気がして、カガリは押し黙る。
連合が勝ったとき、
誰しもが恐れて、考えないようにしている懸念だ。
ラクスは自らの細い肩を抱きながら言い募る。その姿は、世界の不条理を一身に背負った悲劇のヒロインそのものであり――だからこそ、逃れがたい説得力を持っていた。
「私は恐ろしい……。恐ろしくてたまらないのです。だからそう、貴方に、私の力になっていただきたい」
瞳から流れる一筋の雫に、カガリが目を奪われた瞬間。
コンコンというノックが響き、言葉が途切れる。
一瞬の間の後、頬にハンカチを押し当てたラクスが「どうぞ」と声を掛けると、扉を開けた守衛が声を上げた。
「ご歓談中失礼します。カガリ様のお連れ様が到着されました。ご案内してよろしいでしょうか?」
「あ、ああ! よろしく頼む」
裏返り気味の言葉でカガリが声を上げ、ラクスも戸惑いがちに頷いた。
「すまないな。こんな話をするつもりじゃなかった。……気晴らしになればと思って、私の弟を呼んでいたんだ。本当は一緒に来るつもりだったんだが、話をしたら夜中に会社にとんぼ返りして、少し遅れるとか言い出してな」
カガリが照れ笑いを浮かべる。
一方でラクスは思案げに眉をひそめる。
「カガリの弟様ですか……? しかしアスハ家には……?」
「いや……。聞いたことが有るかも知れないが、5大氏族は原則養子が後を継ぐんだ。優秀な親戚が継ぐことも多いが、私は一般家庭の出身だ。もっとも、アイツのほうも養子に入ってるからちょっとややこしいんだが。……あ、来たみたいだな」
ドタドタドタと、重厚な絨毯敷きの廊下には似つかわしくない、慌ただしい足音が響く。
しばしの後に守衛が扉を開けた。
そこには息を切らせ、脇に箱を抱えた少年が立っていた。
思わずラクスは立ち上がり、町中の少女のように驚愕の声を上げた。
「キラ……?!」
箱を抱え直したキラが、ひだまりのような微笑みで答えた。
「久しぶり、ラクス。……大変だったね。でも、また会えて良かった」
そういったキラは、スッと動いて手に持った箱を席の脇におろしたが、ラクスは表情も姿勢も固まったままだった。
その様子にカガリはクスリと笑うと、扉を閉めようとした守衛に声を掛ける。
「済まないが、お茶を持ってきてもらえるか。私の持ち込みのデーツもよろしく。渋めの緑茶によく合うんだ」
「私も知ったのは、一月ほど前の話なんだがな。養子の多い氏族ではない話ではない、とはいえ突然弟ができるとは驚いた」
自分の隣りに座るようキラにも促して、カガリはお茶をすすった。
「いっておくけど、姉だって言い張ってるのカガリだけだからね。別にどっちでもいいけどさ」
いくらか不満げなキラとの掛け合いに、ラクスは思わずクスリと漏らした。
「……お二人共、仲が良いのですね」
「まぁ……ね。初対面のときとか、二度目にあったときはあんまりそういう状況でもなかったけど。話してみると、結構話しやすいかな」
キラは苦笑しながら答えた。
戦闘が繰り広げられる工場内や、敵基地からの脱出中にゆっくり話すわけにも行かない。
「でもコイツ、3度目の時はいきなり友人の結婚式に呼び出したんだぞ。こっちは周りに知り合いも居ないし、肩身が狭いったら」
「中々皆が集まる機会無いんだから、仕方ないじゃないか。……そうそうラクス、今言った結婚式ってさ、トールとミリアリアなんだよ」
「まぁ! それは本当に良かったですわ」
キラの言葉に、ラクスは自分のことのように華やいだ声を上げた。
「今はちょっと、ラクスの都合もあるから、すぐには難しいだろうけど。動けるようになったら、ぜひ会いに行って」
「勿論です」
穏やかな話題に、ラクスは遠いものを眺めるように目を細めた。
苦笑しながらその様子を見ていたカガリは、ふとキラの持ち込んだ箱を見やった。
「それで、キラ。その箱は?」
カガリが顎で箱を指す。
「ああ、これ? ラクスが、着の身着のままで来たって聞いたから……気晴らしになればとおもって」
キラは苦笑しながら箱をテーブルに置き、蓋を開けた。
ラクスは脱出ポッドへ乗っていたときさえ、ハロを連れていた。
あいにくハロの設計データは手元に無いが、ペットロボットと思えば参考になるものはあった。
何年にも渡ってキラのそばにいる機体は、当然ながら構造を解析して修繕を繰り返しているのだ。
飾り気もない段ボールの中から取り出されたのは、
「会社の設備を借りて、急いで組んだんだ。ちゃんと室長には話したよ。……事後承諾だけどね」
キラが掌に乗せて電源を入れると、青い小鳥はパタパタとぎこちなくも元気に飛び立った。
ラクスの周りを一周し、彼女の肩にちょこんと止まる。
「まあ……」
ラクスが目を丸くする。
「慣らし運転もしてないから、動きはちょっと雑かもしれないけど」
「いいえ、とても可愛らしいです。……はじめまして。ラクス・クラインですわ」
ラクスが指先で頭を撫でると、小鳥は嬉しそうに電子音を鳴らした。
「それってトリィの同型か? よくこの短時間で作れたな」
カガリは感心したように呟いた。
家を訪問しているカガリは当然トリィと戯れたことも有るし、話の流れでそれがアスランが作ったものであることも知っている。
苦笑しながらキラも答える。
「予備パーツも常備してるしね。大体、トリィをアスランが作ったのは幼年学校時代、しかもそんなに時間をかけたわけじゃないよ? 設計は秀逸だけど、個々のパーツは汎用品の組み合わせだから」
「へー、そうなのか」
何の気なしにそう相槌を打って、カガリは「ぁ……」と声にならない息を漏らした。
カガリはキラに、プラントで政変が起こり、現在の最高議長によりラクスの父親が暗殺され、ラクス本人も追われている、とは伝えている。
だが政治に疎いキラは、今の議長の名がパトリック・ザラであり、アスランがその息子であるという事実を、この場の文脈に接続できていない。
キラにとってアスランはあくまで幼馴染であり、親の威光とは切り離された存在だからだ。
しかし、ラクスにとっては違う。
バツが悪げに押し黙るカガリと、それを見て怪訝そうなキラ。
その二人を見やってから、ラクスは目を伏せた。
「……以前、仰っていましたね。私のハロと同じように、キラもアスランにペットロボットを作ってもらったって」
呟き声に、キラは「そうそう、その子をベースに作ったんだ」と懐かしむように答える。
一方でカガリは「ハロ……?」と首を傾げている。
カガリは、アスランとラクスがその両親の関係性から知り合いであろうとは思っていても、その付き合いの深さまでは知らなかった。
そして逆に、ラクスはカガリとアスランの関わりを知らない。
だからラクスにとって、キラが初めて現れた事情を知る相手だった。
「……あの方は、こういう小さな友達を作るのが、本当に上手でしたわね」
ラクスは告解するようにうつむき、両手を握る。
揺れた身体に、青い小鳥はテーブルの上に移った。
「私は、アスランを撃ちました」
「……え?」
カガリが困惑の声を上げる。
そしてキラは息を呑んだ。
ラクスとアスランは、親が決めた相手とはいえ婚約者。
ミリアリアはアスランの対応をなじっていたが、その関わりが薄くないことはハロを見れば分かることだった。
それに構わずラクスは口を開いた。
「私が脱出手段に選んだMSの前に、彼が立っていたんです。……アスランは、父の仇で私の追手であるパトリック・ザラの息子。親の指示で私の前に立ちふさがったと踏んで……排除しようと思ったんです。……彼は最初無手で、困惑した様子でした。でもそれに気づいても、構わず拳銃で撃ち続けました。声や反撃はかえってきましたが、何発かは体に当たったと思います。最後は彼の言葉を切り捨てて、そのままMSに乗って飛び去りました」
堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「長年の付き合いのある婚約者ですら、敵と思えばためらいもなく撃つ。なんということはない、私もパトリック・ザラと同じです。目的のためなら、手段を選ばない人間なんです」
押し黙るようにして話を聞いたキラが、小さく問いかけた。
「……なんでラクスは、言葉で解決しようとしなかったの? ラクスはずっと、そうしてきたじゃないか」
ラクスは一瞬傷ついた表情を浮かべたが、きっと眼尻を釣り上げると、立ち上がって叫んだ。
「仕方ないではないですか?! お父様が殺されて、小父様が私を追い立てて、皆が私を助けるための囮になって……。そんな余裕はありませんでした。せめて私は、お父様の遺志を継がなければならないのです。そのために、障害は排除するし、手段なんて選んでいられない!!」
言葉とともに溢れる涙が、完璧だったメイクをぐずぐずに溶かしていく。
キラも立ち上がった。
思い悩む様子を見せながら、しかしハッキリと告げる。
「うん……。多分なんだけど。ラクス、君は間違っている」
その言葉にラクスは目を見開くと、へなへなと椅子にへたり込む。
俯いて、ドレスの裾をクシャクシャに掴む。
キラはそのまま、ラクスの隣りに座った。
苦笑いを浮かべながら口を開く。
「トールと話してて、つくづく思うんだけどさ。……案外みんな、
キラだってヘリオポリスで不正アクセスしたり、ストライクやメビウスのデータを勝手に抜いたりしている。
それは友達を守りたいという心から出た行動だった。
「でもさ。ラクスは今……泣いているじゃないか。それって、本当にラクスがやりたいことなの?」
ゆっくりとラクスは顔を上げ、隣のキラの横顔を見やる。
キラは指を組んで頭上を見上げていた。
「アークエンジェルを守るために戦っていたとき、僕は嫌で嫌で仕方なかった。でも、似たような立場のトールは全然迷っていなかった。先月、オーブを守るために戦ったとき、敵を撃つのは嫌だったけど、戦うこと自体は嫌じゃなかった」
(イージスと戦うのは、嫌だったけど)
イージスにアスラン以外が乗っているとは思わず、撃破した後は思わず泣いてしまった。
冷静に考えれば、通信に応答がなかった時点で違うと分らなければならなかった。
義理堅い彼が、何も言わずに
そう頭の隅で考えながらも、ラクスに向き直る。
彼女らしくもなく、ポカンとこちらを見ている。
「言葉に出来たのは最近のことなんだけど……。たぶんさ、
カガリの救出は、やるべきことだった。
でも、ザフトにも人的被害を出さず、アスランと話し合って解決できたから全く辛くなかった。
「ラクスは、優しいから。パトリック・ザラと同じ手段を使ったら、パトリック・ザラよりもずっと深く傷つく。……だから泣いているんだ」
キラの言葉は、論理的でありながら、感情の芯を突いていた。
「お父さんの遺志を継ぐために戦う
唖然としたまま、ラクスは口を開いた。
「本当にそんなことで、良いのですか……?」
キラは照れながら頷く。
「結局誰にとっても、自分にとって世界は自分自身のもの、なんだから。もっと
ラクスは、小さく「ありがとう……」と呟くと、ハンカチで顔を覆った。
肩が小刻みに震え、嗚咽が何度も漏れる。
話の行方を戸惑いながら見回していたカガリも、腕を組んでふっと息を吐いた。
「……いい話だった! 私も政治を考えるのもいいが、もうちょっと我が儘になろう。キラもたまにはいいことを言うな!」
ウンウンと頷くカガリに、キラは「何だよそれ……」と呆れ顔を浮かべる。
「それにだ」
カガリが指を一本立てる。
「あのアスランだぞ? ラクスが銃で撃ったくらいでくたばるようなヤワな奴じゃない。どうせ今頃、包帯だらけの情けない格好でウジウジ悩んでいるさ」
根拠のない、けれど妙に説得力のある自信満々な様子に、キラも肩の力が抜けたように頷く。
「まぁ……そんな気もするよ。調べてみないと、わからないけど」
「……アスランにお会いできたら、謝ります。それはそれとして、パトリック・ザラは絶対に許しません」
顔を拭ったラクスが口を開く。
拭いきれない化粧が残っても、すっぴんでも、人を許さないと口にしても。
柔らかく笑うラクスを綺麗だと、キラは思った。
「私は、我が儘になります。話し合いで解決できるとは、正直思えませんが……それを諦めることは、したくないと思います。戦いになるとしても、できるだけ被害を少なく、皆が納得できる形を目指したいと思います」
宣言するように語るラクスに、キラは「それでいいと思うよ」と返す。
そのキラの手をラクスがそっと両手で包み込むと、青い小鳥が重ねた手にピョンと止まった。
「手始めに、この子のお返しを、キラに受け取ってほしいと思います。巻き込んでしまうとか考えずに。自由に振る舞うための、青い翼を」
光墜ち2コマ
キラ/ラクスが大事な人を亡くして無気力に/修羅になった後、お茶会でアスランを撃ったことを告白し、ラクス/キラに諭され自分の本当にしたいことを見つけ、ラクスがキラにフリーダムを渡す。
本編の裏返しが狙いです。
この展開にうまく繋げなくて前話はクソ難産でした。
キラのスタンス(殺したくないから殺さない)、三隻同盟(止めたいから止める)、カガリは今ないているんだ、世界は貴方のもの、何より主役機がフリーダム。
自分の解釈ですがSEEDの裏テーマはやりたいようにするだと思ってます。