SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
※前話アラスカの前にラクスのオーブでの活動が入っています。栞から読み始めた方はご注意。
後半部分は流し読みでOKです。
読者には関係ないけど、世界観のつながり的に飛ばすわけにもいかないのです。
5-1
CE71/5/21
医師が舌を巻くほどの驚異的な回復力を見せたアスランは、軍服をまとい部屋の姿見の前に立っていた。
ザフト士官学校で
ザフトの設立から年月が経っていないこともあって、ザフト全軍でも100人程度しか居ない、正真正銘のエリートだ。
プラントの、そしてザフトの誇りであるはずのその姿は、今の彼にはひどくくたびれて見えた。
(この服を着るのも、あと1週間そこらか……)
自嘲を浮かべて、襟元を整える。
度重なる失敗、命令不服従、そして最重要機密であるフリーダムを目の前で奪われたこと。
加えて、此度のオペレーション・スピットブレイクの未曽有の敗北による情勢の変化が決定打となった。
議会やメディアは連合最高司令部の壊滅という戦果をしきりに喧伝している。
だが、実情は惨憺たるものだ。
アラスカ攻略に投入されたのは、ザフトが地上に展開する戦力の実に5割。
そのほぼ全てが失われた。
地球連合が本格投入を開始した新型MSによって、各戦線はジリジリと、だが確実に追い詰められていた。
その状況を打破するため、限界以上の戦力を抽出し、乾坤一擲の決戦に注ぎ込んだのだ。
そして、最悪の形で裏目に出た。
残ったのは2線級の部隊が大半で、実戦力で言えば7割近くが失われたと言っていいだろう。
地球での大戦略を見直し、スカスカになった前線を引き直す……それで済むかどうか。
この未曾有の敗北によって、パトリックの発言力は相応に落ちる、はずだった。
だが現実は逆だ。
強権的な国内世論の締め付けと、軍内部の狂信的な支持層を利用し、父は議長の座を盤石なものにしようとしている。
シーゲル・クライン無き今、国をまとめ上げ、戦争に勝利できるのは自分だけだと。
そんな中、不甲斐ない息子を庇うよりかは、有効活用しようとした。
身内を切り捨てることで公平性と不退転の決意を演出し、ガス抜きを行おうと言うのだ。
最終的に下されたアスランへの処罰は、前代未聞の赤服の剥奪だった。
テストの終了したジャスティスを、ジブラルタルの正規パイロットの元まで送り届け、
端末を開くと、地上からまとめて届くメッセージの中に私信が混じっている。
差出人の名を見て、はるばる地球から送ってくる義理堅さにアスランは小さく笑った。
ハイネ・ヴェステンフルス。父が選んだ、新たな
『ようアスラン! 身体の方はもういいか? 悪いな、病み上がりに』
添付されたショート動画の中で、オレンジ色の髪を揺らしてハイネが快活に笑っている。
その背景には、硝煙の燻る戦場が映り込んでいた。
『お前が調整した機体だ、最高の仕上がりだろ? ……地上の状況はヤバい。マジで猫の手も借りたい状況だ。ジブラルタルで首を長くして待ってるぜ』
メッセージの最後、茶化すようにウインクをして見せたが、その瞳の奥が笑っていないことにアスランは気づいた。
ハイネとは士官学校でも多少の付き合いがあった。確かな実力に加え、気安い性格と面倒見の良さで、多くの者から慕われていた男だ。
彼なら特務隊の立場も、ジャスティスも十全に扱えるだろう。
今の自分などよりも、余程英雄に相応しい。
チェックを終えて閉じかけた端末を、ふと再び開く。
開いたのはジャンク屋組合系の情報サイト。
ユニウスセブンに関する事前リークの影響もあって、当局の厳しい規制を潜り抜けてかなりのアクセスが集まっているらしい。
政府がブロックすれば、有志のコーディネイターが抜け道を作る。そのいたちごっこが続いていた。
アスランもこのところは、こちらを見るようになっている。
今ではテレビの広報が信じられないからだ。
当初は混乱が見られたが、ここ数日で政府広報の論調は、ある一つのシナリオに統一されつつあった。
その後その一部がラクスを人質に軍機密を奪って逃亡。
後になって追加された報道は、その際に「スピットブレイクに関する作戦データ」も奪われた可能性がある、と付け加えている。
(……いくら何でも、無理がすぎる)
開戦から一年以上が経過した、宇宙に浮かぶ本国に工作員が侵入し、同時多発テロを起こして重要人物を連れ去る。
そんな映画のような話を、ザフトの警備網が許すはずがない。
理屈で考えれば、この発表が政権の失態を誤魔化すための欺瞞であることは明白だ。
(元々は、ラクスも死んで工作員も全員死亡ということにして、詳細不明で押し通すつもりだったんだろうな)
その上でオペレーション・スピットブレイクが大成功を収めていれば、国内は勝利の熱狂に包まれ、多少の不審点など歓声にかき消されていた。
だが、そうはならなかった。
ラクスを取り逃がして、論理に破綻を作ることになったアスランへの、パトリックのあたりが強くもなろうというものだ。
そんな粗が見えているにも関わらず、街を覆う空気は、その矛盾を追及することを許さない。
スピットブレイクでの敗北。数え切れないほどの戦死者。
誰もが家族や友人を失い、あるいは失う恐怖に怯えている。
そんな極限状態において、人々は真実よりも、連合を憎むのに都合のいい物語を求めた。
プラントの混乱やアラスカでの大敗北は、工作員や自爆という卑怯な手段によるもの、プラント指導部の誤謬ではないと。
そう信じなければ、明日にもザフトが負けるという恐怖に押し潰されてしまうからだ。
"負ければ皆殺し"という言説が飛び交い、生き延びるために、彼らはあえて嘘に縋り付いている。
それでも胸中に疑念を持つものは多い。
警察やメディアの統制によって表面上は平穏に見える。
だがその平穏は、市民が自ら黙り込み、あるいは思考を停止させて狂乱に浸ることで成り立っている危ういものだ。
議会を狂信的に支持する者と、沈黙を選んだ者。その亀裂は、見えないところで確実に広がっていた。
(……父は、狂ってしまったんだろうか)
レノアが眠って以来のパトリックの行動は常軌を逸している。
この期に及んではアスランも
一方で、母のために父が暴走していると思えば、家族として見捨てることもできない。
頭が左右に割れるかのような懊悩がアスランの中で渦巻いている。
不意に、端末が震える。
操作もしていないのに画面が立ち上がると、怪訝な視線を向けるアスランの目線の先に、二つの人影が現れる。
「ラクス……?!」
その片方は、忘れるはずもない、一月前アスランを撃った元婚約者のものだった。
無意識に、脇腹の傷跡を押さえる。
痛みはもうないが、未だ受け入れきれぬ彼女の怒りと、父の所業への絶望が、冷たく押し当てられたように錯覚する。
『私は、ラクス・クラインです。この放送は、ジャンク屋連合の力をお借りして、地球圏全てに繋がっています。……願わくば、この声が可能な限りの人々に届かんことを』
ラクスが両手を結んで祈りを述べ、一歩下がる。
入れ替わりに、もう一方の壮年の男性が一歩前に出て口を開く。
『私はデュエイン・ハルバートン。かつて地球連合第八艦隊で指揮を取っていたものだ。そして今は、敵前逃亡と装備品略取の嫌疑で手配されている身。私を敵と憎むものも、裏切り者と蔑むものも、この一時だけは、どうか話を聞いてほしい』
背後のモニタに映し出されたのは、望遠で撮ったと思わしき画像だった。
陽炎のように歪んだ大気と、まさにその時弾け飛ぶディンを写し取っている。
『5月8日、アラスカで大規模な戦闘が発生した。連合首脳部は、侵攻を察知し、サイクロプスによる自爆装置を準備していた。だが、それを現場の将兵には伝えなかった。我々には、死守命令だけが与えられ、首脳部は、その前に撤退していた』
諦めたようなため息が漏れる。
『私は、ギリギリのタイミングでそれを察知し、部下と友軍を連れて撤退した。それが、理性有る軍人として正しい行為だったと、今でも信じている。だが……その戦場には、逃げられなかった者たちがいた。連合の兵も、ザフトの兵も、同じ戦場で命を失った。私と彼らの間にあったのは、ほんの数十km。生き残ることができたのは、幸運に過ぎない』
ハルバートンが顔を伏せる。
ラクスが再び前に出た。
『プラントはユニウスセブンの悲劇を繰り返さまいと、核の力を捨てました。そしてそれを中立国を巻き込んですら、世界に強制しました。多数の餓死者と引き換えに、人類は今度こそ核を捨てました。……そのはずでした』
画面に移されたのは、影で詳細の見えないMS。
アスランにはわかる、フリーダムだ。
『けれど、プラントの中枢は、核を再び使える力を手にしました。それが、どのような未来を招くのかを、誰にも問いかけることなく、真っ先に兵器へ。まずはMSに、次いで大量破壊兵器へ。それに異を唱えようとした人々は、排除されました。私の父も、その一人です。……私にできたのは、同じように消されそうになりながら、生き延びることだけでした』
僅かに涙がこぼれる。
『ナチュラルの方々は、笑うでしょうか。理性を失ったザフト同士の争いを。
コーディネイターの皆は、笑うでしょうか。秩序を失った連合同士の争いを』
ラクスは正面を向いて、首を振りながら嘆きの声を上げる。
『私は長い間、平和の歌を歌ってきました。人は誇りを持ち、優しく、理性を持って生きていけると。……けれど世界は優しくない。嫌悪が誇りを、怒りが優しさを、憎悪が理性を塗りつぶしています』
『今やそれは敵のみならず、味方だったはずの人々にさえ刃を向けてきています。……私たちは、どこに行こうとしているのでしょうか』
ラクスの問いに答えるようにハルバートンが口を開く。
『理性による折り合いを打ち捨てて、憎悪のままに敵を排除し続けたとき、たどり着く先は無人の荒野だ。ナチュラルやコーディネイターなど関係ない。全く意見を同じくする人間など、この世に誰一人としていないのだから』
ラクスは深く頷く。そして画面に手を伸ばして問いかけた。
『……私たちは、その恐怖を共有しました。そして、この放送を聞くすべての人に問いかけます。あなたを戦いに駆り立てる、嫌悪は、怒りは、憎悪は、本当に貴方のものですか? 周囲の強い思いに、貴方自身を塗りつぶされてしまっていませんか?』
ハルバートンが拳を持ち上げて宣言する。
『我々は、人類の理性を信じる。未来へと、この世界を繋ごうとする――人類の矜持を信じ続ける』
ラクスとハルバートン。
異なる陣営、異なる種、異なる世代の二人が並び立つ。
『だから、私たちは行動します。憎悪に人を駆り立てる者たちに、対抗するために。 ……私たちは、COMPASS』
今になって背後のモニタへ映し出されるのは、力強く描かれたロゴだ。
『
『中立国であるオーブ連合首長国は、我々の理念に共感し、協力を申し出てくれた。我々はオーブを拠点とし、地球連合、プラント双方に対して、理性なき戦いに介入する。……それは、武力を行使してでも』
『……かつて、ジョージ・グレンは語りました。人の今と未来の間に立つ者、調整者。それこそがコーディネイターであると。私は、その言葉を忘れていません』
画面がひとりでに閉じると、息を止めてそれを見つめていたアスランは、大きく息を吸って、吐いた。
心が追いつかず、ベッドに座り込む。
(この放送を、どれだけの人が見たんだろうか……)
プラント内部でも、少なくはないだろう。
誰かと話し合いたかった。
ラクスと連合の指揮官が並び立って行った演説は、反抗や共感ではなく、ただ衝撃をアスランにもたらした。
誰かと話し合い、語られた内容一つ一つに意見を交わしたかった。
心の中にある
そう問われても、もはやアスランは答えを出せない。
母は目覚めず、ニコルも戦場の露と消えた。
そしてキラは、遥か遠くにいる。
連合が強くなる→(厭戦に走らないようにシーゲル暗殺)→アラスカで確実に勝てるよう戦力そそぎ込む→キラがいないしハルバートンがついマジメにやっちゃう→ザフト大損害→政権交代先もないから一億火の玉→CBっぽいものが出てきて宇宙猫(今ココ)