SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
CE71/7/4
かつて北アフリカを席巻した砂漠の虎の乗艦、レセップス。
砂を流体化させて船のように動くスケイルモーターは、砂漠において絶対的な速度と積載量をもたらし、まさしくサハラの王者だった。
ところどころに痛々しい風穴を開け、不釣り合いな荒野を全速で駆ける今の姿に、その面影はない。
しかし、手負いの獣のような戦意と、ハリネズミのような防空射撃が見るものを慄かせた。
『北北西、砲手が居る! ザウート部隊、行けるか?!』
『右翼、翼付きだ、何とか撃ち落とせ!』
バルトフェルドの枯れた檄が通信帯を飛び交う。
アスランもまた、揺れる艦上にジンを踏ん張らせ、迫り来る敵のミサイルを次々と撃ち落としていた。
なんとか、カーペンタリアからの部隊がたどり着いた。
当初は地球連合を挟撃する増援だったが、今ではケニアに取り残された残存部隊にとっての蜘蛛の糸の如き救援だ。
ただし地球連合の本隊が迫る中、悠長に戦線を再構築するわけにもいかない。
離脱時刻は最初から決まっており、間に合わないものは見捨てられる。
背後からは、ビクトリア基地を襲った敵機もやってくるだろう。
そんな中、バルトフェルドが提案したのは、乗艦であるレセップスを盾にしての強行突破だった。
可能な限りのMSと人員を乗り込ませ、艦上に乗せた直援と艦自身の火力と装甲で押し通る。
道中で艦が限界を迎えたならば、艦の乗員とパイロットがMSにダンデムで乗り込み、再度強行突破。
少しでも早く、少しでも近く、少しでも多く、港へ近づく。
それだけが作戦目標だ。
「ッ……!」
アスランは短い呼気と共に、甲板へ肉薄してきたエールダガーをジンの脚部で強引に蹴落とし、体勢を崩した敵機へライフルの乱射を浴びせて何とか撃墜する。
同時に、艦の後方からは重低音が轟いた。
ザウートの2連キャノンが火を吹き、艦のセンサーと同期することで遠方に展開しようとしていたランチャーダガーの部隊を正確に狙撃する。
ここに来て、旧式だと散々馬鹿にされてきたザウートが、思わぬ威力を発揮していた。
連合部隊が放つ致命的な
だが、死力を尽くした善戦にも限度がある。
艦へ飛来するエールダガーを必死にさばきつつも、防ぎきれないビームライフルの光条が徐々に艦を貫いていく。
ダメコンが追いつかず、ついに黒煙が上がる。
バルトフェルドが声を張り上げるが、限界は近い。
アスランが歯噛みする中、不意に戦場に沈黙が降りた。
そして次々と爆炎を上げて敵機が沈黙していく。
『待たせたな、お前ら!』
分厚い雲を引き裂いて真紅の機体が舞い降りた。
「ハイネっ!!」
通信も繋いでいないのに、思わず快哉を叫ぶ。
『急げ! ボスゴロス級の浮上時間はたったの2時間だ! 連合の本隊が来る前に海へ逃げ込むぞ!』
威風堂々と現れた機体は、まさしく英雄として受け入れられた。
数時間後。
難民船のようにすし詰めになったボスゴロス級の中で、バルドフェルドは外部モニタを眺めていた。
映るのは、なんとか海岸線までたどり着いたレセップス。
スペック上、スケイルモーターは海上を走ることもできる。
だが損害が酷く、とてもボスゴロス級のスピードについては来れない。
主を逃がし、海岸に乗り捨てられたかつてのサハラの王者が、多数のMSと共に最後の足止めとして爆炎の中に消えていく。
その姿をバルトフェルドはじっと、目に焼き付けるように見つめていた。
CE71/7/7
だが、ザフトのビクトリア基地司令部も、ただ黙って拠点を明け渡したわけではない。
マスドライバーに自爆装置を仕掛けておき、陥落寸前に発動させたのだ。
地球連合側が大戦力を投入してれば解除する余裕もあっただろうが*1、敵主力を釣り出しておいて精鋭部隊で奇襲するという戦術をとったため、末端までの制圧には時間がかかった。
自爆が始まったのに気づいた段階で物理攻撃により自爆プロセスを停止はさせたものの、その攻撃とそこまでの自爆により基部に損害が出た。
修繕には、さらに一月以上かかるという。
「そういうことで、地球連合は中立国連合による宇宙部隊、特に
ハルバートンは満足げにそう報告した。
ウズミも小さく頷く。
「人道的支援というのは、時に最も便利な言い訳だからな。先月から声はかけ続けたが、さすがに二ヶ月も物資が来なければ宇宙は干上がる。地球連合の判断も妥当だ」
「言い訳というわけでもありません。実際に困っている方がいれば助けを差し伸べる、それが中立国同盟の形でもあります。…………恩に着てくれれば、言うことはありませんが」
ラクスまでも悠然と微笑むのを見て、カガリはあきれたように口を開いた。
「あー、まー…………いいや。それで、宇宙に上がるってことでいいんだよな? 誰が上がるんだ?」
宇宙での勢力拡大のため、地球連合の月本部の切り崩しを行うのも、事前のユーラシア連邦からの事前提案も、実行に移す段階に来ている。
良くも悪くも地上の趨勢が定まってきている以上、宇宙へ目を向ける頃合いだった。
「月本部へ話を通すという面では、ハルバートン提督は必須だろう。そのままプラントを目指すなら、ラクス・クラインもいるべきだ。宇宙での活動を考えれば、アークエンジェルも欲しいな」
ウズミの言葉にハルバートンも頷く。
「ザフトや月面のブルーコスモス派の動きも考えられる。フラガ大尉のストライクはアークエンジェルの直援として、フリーダムかバスターニンバスのどちらかは欲しいところですが」
フリーダムの圧倒的な空間制圧力と、バスターニンバスの超長射程・ステルス能力。
どちらも、遮蔽物のない宇宙空間で威力を発揮する。
しかし、トールは手を上げてひらひらとふった。
「申し訳ないですが俺はパスで。宇宙に行ったら、いつ戻れるかわからないじゃないですか。……ミリィの出産に立ち会えなかったら泣きますよ、俺」
「え?」「は?」「まぁ!」
ひょうひょうとしたトールの言葉に、キラ、カガリ、ラクスが揃って目線を向ける。
驚いた表情の三人を見回した後、トールはバツが悪そうに頬をかいた。
「……実のところ、4月にはもう、もしかしたらってレベルだったんだ。もう膨らみも出てきてる。戦闘も続いたし、気を使わせても、って思ってな。……言ってなくてゴメン」
「このところミリアリアの顔色が悪くて、秘書も外れると言うことでしたので、何かあったのかと思いましたが……おめでたいことで良かったです」
ラクスが胸の前で手を合わせ、心底嬉しそうに微笑む。
ウズミとハルバートンは若者たちの輪から少し外れ、「ふむ、親というものは……」などと、何やら父親の立場について嬉しそうに語り合っている。
「流石に目立つぐらいになってきたし、つわりもな。お互いの親が面倒は見てくれているけど。……そういうわけだから、宇宙はキラ、お前に任せてもいいか。予定日より前の分には、俺も地球で働くさ」
そう言ってトールはキラに頭を下げる。
キラは、「ううん」と言いながら首を横に振る。
「もちろん大丈夫。……トール、無理しないでね」
「お前もな」
お互いにそう言って、二人はなんとはなしにハイタッチを交わした。
CE71/7/12
足早にカグヤにアークエンジェルで飛び乗った者を見送り、数日。
トールとカガリは、灼熱の太陽が照りつけるインド洋にいた。
穏やかに佇むオーブの哨戒艦の甲板で、今回の任務のパートナーを待ちわびる。
「地球連合、特に大西洋連邦の連中が、捕虜条約をガン無視してザフト兵を虐待してるって噂が絶えない。COMPASSの監視の目があるって分からせるだけでも、意味はあるはずだ」
「ユーラシアにとっては、少し前まで味方とはいえ、散々コケにされてきたライバルだからな。嫌がらせ込みで、余計に睨みが利くと思うぜ」
地球戦線における、ザフト捕虜の虐待防止や難民保護を目的とした監視任務。
敗走を続けるザフト軍に対し、地球連合や現地武装勢力が非人道的な報復を行うのを防ぐための、COMPASSとしての重要な役割だった。
二人の視線の先、水平線の向こうから一隻のユーラシア連邦所属艦が姿を現した。
艦が接舷されタラップが架けられると、ユーラシア側の将兵を押しのけるようにして、パイロットスーツ姿の青年が一人前に出てくる。
餓狼のような、という表現がこれほど似合う男もいないだろう。
周囲の人間をすべて獲物か、さもなくば敵と見なしているような、射殺すような鋭い双眸。
カガリはその過剰なほど挑発的な態度にカチンときて、思わず真っ向から睨み返してしまった。
波の音だけが響く中、不良同士の路地裏のガンの飛ばし合いじみた沈黙が場を満たす。
やれやれ、と呆れたように首を振り、間を取り持つようにトールが口を開いた。
「COMPASS所属、モルゲンレーテ出向組のトール・ケーニヒだ。……名前ぐらい、名乗ろうぜ。ほら、副理事補佐も」
「……COMPASS所属、副理事補佐官のカガリ・ユラ・アスハだ」
ドスを効かせたカガリの言葉に、相手はニヤリとしながら答えた。
「ユーラシア連邦 特務部隊X所属、カナード・パルスだ。……COMPASSへ出向しろとの命令が来ている。
カナードの鼻で笑うような言葉に、トールはおや、という表情を浮かべる。
「トール・ケーニヒ、お前のことも聴いている。目端が利く奴だとな」
やはり、かつてアルテミスで出会ったジェラード・ガルシア提督の手筈だったようだ。
COMPASSがユーラシア連邦と協力体制を築くにあたって、どうやら先陣を切ってくれたらしい。
(にしても。……似てるな、キラに)
最初の鋭い雰囲気が真逆だったのですぐにはピンと来なかったが、こうして話してみれば、声色や容姿が非常に似ている。
どこかで血の繋がりがあるのか。
あるいはコーディネイターであるなら、同一の遺伝子デザイナーの手によるものか。
踏み込んで経歴を問いかけようかと逡巡したトールだったが、カナードが先に口を開いたため、そのタイミングを逃した。
「……ハルバートン提督と、アラスカでのストライクのパイロットはいるのか?」
周囲を見回すカナードに、カガリは呆れたように声を掛ける。
「ストライクのパイロットってのはフラガ大尉のことか?……あいにくと、ふたりともつい先日宇宙へ上がったよ」
「……そうか。借りを返したいところだったが。まぁいい、かわりに
少し残念そうな声をあげたが、そのまま獰猛な笑みを浮かべる。
訝しげに眉をひそめる二人に、カナードは自身の胸を親指で突き、宣言する。
「俺もいたからな、アラスカに。ハルバートン提督の指揮と、ストライクの動きには、文字通り命を救われた。……反対に、大西洋連邦のクソ共には背後から足をすくわれるところだった。奴らには、血できっちりツケを払わせてやる」
芝居がかった、しかし殺意のこもった口ぶりとともに、バチンッと拳を手のひらに強く打ちつける。
カガリは一瞬驚いた表情を浮かべたが、彼の抱える事情を察し、小さく頷いた。
「それは……大変だったな。ただ、COMPASSは何も大西洋連邦に直接敵対しているわけじゃないんだ。勝手に暴れるなよ」
釘を刺すようにビシッと指先を向けるカガリ。
だが、カナードは両腕を横に開き、悪びれもせずに再び獰猛な笑みを見せた。
「さぁて、どうだかね。俺は俺のやり方でやらせてもらう」
「オマエっ!」
堪えきれなくなったカガリの怒声が、甲板へ響き渡る。
トールは天を仰ぎ、深々とため息をついた。
(相性、いいんだか悪いんだか……)
当初プロットには影も形もなかったカナード。
ガルシアと知己を結んだあたりで「俺を出せ」と聞こえてきて、アラスカで勝手に動きました。
ムウに手をふりかえしたのがカナードです。