SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
CE71/8/1
ハルバートンが宇宙へ上がり、実に3週間。
粘り強く続けられていた地球連合月本部への調略も、ようやく終りが見えてきた。
本来、大西洋連邦とユーラシア連邦のそれぞれの宇宙軍は、開戦前からザフトと直接対峙していた最前線ということもあり、強い独立性を持ち、本国の政治的思惑とも一定の距離感を保っていた。
所詮准将であるハルバートンが、一部の政府高官の後押しがあったとはいえ
一方で、その政治的間隙を突かれる形で地球連合本部付のサザーランド大佐による
月で起きたグリマルディ戦線においても、壊滅した第三艦隊を必死に救援しようとしていた宇宙軍は、同じく地球連合本部に因って起爆されたサイクロプスへ巻き込まれた。
それだけの目にあってもなお、彼らが地球連合の軍服を脱がず素直に従っているのは、地球を守るための一致団結した使命感と、強い独立軍であるからこそ
加えて、水の一滴から推進剤に至るまで、物資という生命線を完全に地上の本国に握られているという実務面も重くのしかかっている。
ユーラシア連邦が地球連合から離脱して以降も、ピリピリとした空気を漂わせながらも一致団結する宇宙軍を切り崩すのは容易なことではなかった。
もういくらか待てば
交渉のロジックの1つ目は、ナタルも語ったブルーコスモスの専横。
議員ですら無い人間の意見が通るのは、もはや文民統制ではない。
さらに言えば、軍事的妥当性を考えない素人に指揮されるというのは、軍人の生存本能を激しく刺激する。
勝利のための死すら渋々受け入れているだけだと言うのに、妥当性を欠いたヒステリーに巻き込まれて死ぬなど、望むものが居るはずもない。
2つ目は、地球連合の勝利が見えているからこそ発生する戦後の話だ。
ブルーコスモスの背後に居るのが軍需産業体だというのは、将官クラスでは知られた話だ。
そうでなければ、大佐であるサザーランドがあれほど自由に動けるはずもない。
共通の敵であるプラントがなくなった後、焼け太った彼らが何を始めようとするか。
優秀な月の指揮官たちは、当然地球の歴史を学んでいる。
火種がなければ作り出す。
現場の将兵を置き去りにして、終わらない戦いが始まるのだ。
幾度もの交渉、時には軍人同士の恫喝すれすれの腹芸も交え、ハルバートンは各艦隊司令や基地の司令部を少しずつ、だが確実に頷かせていった。
ユーラシア連邦側は本国も通信で交えているし、大西洋連邦側もハルバートンの顔の効く議員を裏で巻き込んでいる様だ。
ユーラシア連邦との中立国同盟の話が一気に進んだのは、それだけ彼らが切羽詰まっていたと言うだけで、当たり前だが国と国、軍と軍の話が数週間で進むというのは十分早い。
そんな中で伝わったが、カーペンタリア基地自爆、ザフト全軍が地球撤退というニュースだった。
地上がフリーハンドになれば、かつてJOSH-Aにいた人間が続々と月を乗っ取りに来るのが目に見えている。
その前に月の独立を叫んで正面から対抗するか、後になって主導権争いという暗闘を繰り広げるか。
プトレマイオスという月のど真ん中で、ハルバートンを主演にした壮大な政治劇が進められていた。
一方で、アークエンジェルの面々にキラ、ラクスを加えたCOMPASS宇宙部隊は、プラントに対する多角的な働きかけを休むことなく続けていた。
ジャンク屋組合やアメノミハシラを介した大量破壊兵器の情報収集や、不審な輸送船団への強行臨検、あるいはプラント本国の民衆へ向けたラクスの平和への呼びかけの放映、さらには月からの光学監視の死角へあえて回り込んでの観測。
疲労を隠せないまま、慌ただしい
「L4……ですか? L5では無く」
提示された宙域図を見て、ラクスが不思議そうに首を傾げた。
「ああ。シーゲル・クライン氏のデータではL5ヤキンドゥーエ近郊での建設ということだったが……。パーツ単位で製造して、最終組立はL4デブリ群の中で行った、という可能性もある」
そう語ったのは、
ミナが持ってきたのは、知人のジャンク屋たちが同業者から聞きつけたという不審な建造物についての情報だった。
何故かL4に構築された強固なザフトの防衛線と、その奥に潜む巨大な建造物。
巨大な凹面鏡と、その中心に配置された独立ブロックが、遠目には漏斗のように組み合わされている。
近いものとしてはレーザー通信用のパラボラとアンテナだが、直径4kmというサイズはその用途にはデカすぎる。
外宇宙向けならまだ可能性はあるが、そうだとすればL4のデブリの中にはおかないだろう。
「モルゲンレーテの者に検討させた。先端が1次ミラーブロック、凹面鏡を2次ミラーとすれば、特大のレーザー装置として動くと。発振源次第だが、地球も十分射程範囲だ」
ミナの言葉とともに、モニタ上に幾何学的な光の軌跡を伴うレーザー発射のホログラムが描き出された。
中央円筒部から発した光が1次反射ミラーへ収束。
そこから逆に2次反射ミラーへ規則的に反射。
そのフィードバックによりコヒーレンスされたレーザーが発射される。
「シンプルな機構だが、その分ロスを差し引いても大出力化が容易だ。核の使い道として申し分ないと思うが、どうだ?」
COMPASS設立宣言でラクスが告発した、核を使用した大量破壊兵器。
宇宙空間でザフトが確保可能なNJCの絶対数から、使い捨ての核爆弾ではなく、それを恒久的な動力源として使用した兵器であろう、という見立てがなされていた。
ミナの問いかけに、ラクスは微かに眉根を寄せ、自らの額を指先で押さえながら記憶の糸をたぐった。
「……昔、父の資料で見た覚えがあります。ジョージ・グレンが遺したコーディネイターの大命題の一つ、深宇宙探査。そのためのレーザー推進システムのプランの一つに、このような形状があった、ような……」
亡き父、シーゲル・クラインは、若かりし頃にジョージ・グレンの直弟子であった。
当然ながら師が夢見た深宇宙の果てに強い関心を持ち続け、プラント最高評議会議長として政治活動が多忙を極めるようになってなお、その分野に関する論文には必ず目を通していた。
ラクスの胸元で揺れる形見のロケットの中にも、その片鱗を示すデータが残っているはずだ。
ミナがそれを聞いて頷く。
「一から設計していては時間がかかる。既存の設計を兵器目的に転用する、というのは有り得る話だ」
「じゃあ、これが本当に……? でも、L4って、そんなに離れたところに?」
L4は、プラント本国が存在するL5から月を挟んだ反対側。
60万キロも離れた地点だ。
そんなところに戦略兵器を置くものだろうか。
キラの鋭い指摘に、ミナも顎に手を当てて唸りながら頷く。
「無理やり解釈しようとすれば、地球連合側の反撃に備えて本国からは離した、あるいはそれ以前に観測の目から隠す為に、といったところか。……しかし、奪われでもすれば取り返しがつかん。NJCさえ持ち出せば止まる、という腹づもりかもしれんが」
考えあぐねたような沈黙が場に満ちる。
その時、静寂を破るように、ミナの腰元の個人端末がブルリと震えた。
背を向けて短く通信に応じたミナは、いくらか言葉を交わした後、くるりとこちらを振り返った。
「軌道上を監視していたアメノミハシラから緊急入電だ。……どうやらアタリを引いたようだぞ」
口角を上げて満面の笑みを浮かべる。
「ザフトのHLVからジャスティスが離脱した。軌道からしてL4だ」
「アメノミハシラへ戻る。まごついているようなら、私が先に行ってしまうぞ」
そう言い残してさっさと自分の船に戻っていったミナを見送り、COMPASS宇宙部隊の面々は急いで出立の準備に取り掛かった。
月基地のドック内、月面で無重力用の最終調整が進めてられていたオオトリストライカー*1が、アークエンジェルへ搬入されていくのを尻目に、マリューは口を開いた。
「本当に、L4であっているのかしら……?」
隣に立つナタルが、険しい表情で眉をしかめながら答える。
「軍事的には信じがたい、というのが正直なところですが。しかし風聞が広まって即座に、プラント本国への帰還も待たずに最新鋭機のジャスティスを護衛に呼び出すというのは、状況証拠としては十分すぎます。……どちらにせよ、ここで手をこまねいていても無駄です。罠だとしても、強行偵察を進める意義は有るかと」
「一旦L4側にいっちまうと、仮に本命はL5側でした、ってなると往復込みで2週間は食うけどな。まぁ、プラント本国の防衛線を突っ切ることを考えたら、誤差だ誤差」
ニヤニヤと笑いながら搬入光景を見つめるムウ。
彼もストライクに乗って長い。
新たなストライカーパックに興奮しているのだ。
「月側での光学監視は継続されます。
艦単体で長距離レーザー通信を行う場合、艦の側からガイドレーザーを座標の分かっている基地側に送り、ガイドレーザー発信元へ基地側から大出力の通信を折り返すという手段になる。
艦側は相対位置を固定する必要がある為、そう頻繁には出来ないが、急報がある場合は定時ログと設定航路からの予想位置へ、基地側から広範囲へレーザーが発信される。
いわゆる呼び出しベルだ。
そんな会話をしていると、オオトリの搬入を終えたモルゲンレーテのシモンズが近づいてくる。
「艦長さん。オオトリの搬入、終わりました。存分に使ってください」
「ありがとうござます。ご協力に、感謝します」
マリューがお辞儀しようとするのを手で押し留めて、シモンズは続ける。
「未知の光学兵器の観測も含めて、私もアークエンジェルに同行したいと思うのですが。よろしい?」
「勿論です。すぐに部屋を準備させていただきます」
握手を交わしてからシモンズを見送る。
マリューはアークエンジェルを見上げた。
出立の時はもうすぐだ。
CE71/8/2
「こりゃあ……本当にひどい有様だな……」
バスターニンバスのコックピットで息を呑む。
焦げた金属の臭いと、煮えたぎった海水の生臭さが入り混じった異臭が、モニター越しに伝わってくるかのようだった。
自爆同然の大規模作戦の末、波に埋もれたカーペンタリア基地。
地球連合は、興味をなくしたように自分達の兵士すら回収せずに立ち去った。
生存の可能性が著しく下がる72時間のデッドラインが迫る中、トール達COMPASS地上部隊は人命救助のために泥濘む基地跡に上陸していた。
泥にまみれて散らばるMSもの残骸は、戦術として自爆させたものか戦闘で破壊されたものかの区別もつかず、バラバラに転がっている。
ユーラシアの部隊が合流したことで、頭数は足りている。
トールはバスターの巨体を重機代わりに操り、軋む音を立てて崩れた瓦礫や土砂を押しのけ、泥まみれのMSの胴体部を見つけては開き、一つ祈ってはコクピットごと集積場へ集める。
ドッグタグを回収した後はまとめて火葬する予定だ。
先日のビクトリアでは、戦闘から日数が空いていたこともありまとめて焼却することしか出来なかった。
しかし、この静かな弔いと救助の作業に、どうにも納得しない者もいた。
『こんなこと、ちんたらやっていたってしょうがないだろう! さっさと見切りをつけようぜ』
カナードの苛ついた声が通信に乗る。
「まだ72時間は経っていない。生きている可能性がゼロじゃないなら、できる限りのことはやろうぜ」
トールに敵を撃つ躊躇いはないが、戦いの終わった後まで苛烈になるつもりもない。
命の重みが分かっているからこそ、トールは明確な優先順位をつけているだけだ。
『だったらこれでいいだろ!』
がなり立てるカナードが外部スピーカーをONにする。
『オイ、生きているやつが居たら声を上げろ! 上げなかったらスクラップごと燃やしてしまうぞ!』
ビリビリと空気を震わせる暴力的な大音声が、廃墟の海に響き渡る。
MSを介しているトールすら耳が軋む大声が響く。
(初期ならともかく、これだけ経ってそんな元気の有るやつ居ないだろ……)
ガラッ、と。
重い泥の塊が崩れる音が聞こえ、トールは慌てて視線を向けた。
瓦礫の山に半ば埋もれるようにして倒れていた、頭部のひしゃげた一機のダガーが、不自然に腕を伸ばし、泥をかき分けるようにして姿勢を変えていたのだ。
『その声……キラか……?』
ひび割れたスピーカーから、カサついた声が響く。
『いや、違うな……。キラはもっと、優しいもんな……』
それだけを言い残すと、ダガーは再び完全に力を失い、伸ばした腕がだらりと泥の中に崩れ落ちた。
(キラのことを知っている……?)
連合の量産機に乗った兵士の口から出た意外な名前に戸惑い、トールがバスターをそちらへ向かわせようとした瞬間、再びカナードの大声が響いた。
『お前! キラ・ヤマトを知っているのか!!』
所詮カナードはキラの代用品じゃけぇ……。
アスラン回収はもうちょっと引っ張ろうかと思いましたが、多分バレバレなのでとっととやりました。