SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
7-1
CE71/8/5
沈んでいた意識が浮上する。
体中が鉛のように重くてたまらないが、喉の疼きがそれに勝った。
つばを絞り出しながら飲み込む。
重い瞼を押し上げると、見知らぬ天井がぼやけた視界に映る。
「アスランっ! 気がついたんですか?」
耳慣れた声に、え、と掠れた音を漏らそうとしたが、ひび割れた喉はうまく動かなかった。
「ほら、飲めよ」
もう一つ、聞き覚えのある声。
差し出されたストローを反射的にくわえ、吸い上げた
水分が染み渡るのと同時に、視界がクリアになった。
左目に黒い眼帯をしたディアッカが、ストローごとボトルを支えながら、空いた手でナースコールのボタンを連打している。
そして、ベッドの脇でこちらを痛切な面持ちで見つめるのは、ニコルだった。
「……生きて、いたのか」
思考がようやく追いつく。
溢れ出た言葉は、如何にもありふれたものだった。
通知が出ていたのは
だが続くディアッカの言葉に、アスランの血の気が失せた。
「ちゃんとオーブからカーペンタリアに繋いでもらって、生存報告は通信官に上げてたんだぜ? ……ま、どうやらどっかの誰かが握りつぶした様だけどよ」
アスランの脳が、瞬時に状況をつなぎ合わせる。
ニコルのMIAの報と、
彼から提供されたNJCと、直後の自作自演じみた暗殺。
(
そしてそれがバレる前に、ユーリを排除した。
重い身体を無理やり起こし、困惑に目を見張るニコルに向けて、アスランは深く頭を下げた。
「アスラン!? 何をして……!」
「ニコル……君に、言わなければならないことがある。ユーリさんのことだ……!」
懺悔にも似たアスランの悲痛な叫びを、ニコルは静かな声で遮った。
「ラクス様から、状況は聞いています」
「……え?」
息を呑み、表情を強張らせるアスラン。
ニコルは顔を伏せながら、ゆるゆると首を横に振った。
「今は、よしましょう。僕はただ……アスランと再会できたことを、喜びたいんです」
ニコルの瞳には、隠しきれない悲哀が滲んでいた。
それでも、彼はアスランを責めようとはしなかった。
「……済まない」
シーツを握りしめ、項垂れるアスラン。
気まずい沈黙が広がる。
その静寂をぶち破るように、バンッ、と音を立てて病室のドアが吹き飛ぶ勢いで開いた。
「おい! アスランが目を覚ましたって本当か!!」
捕虜を監視する守衛の制止も振り切り、カガリが飛び込んできた。
目覚めてからの数日は、オーブの病院へ留められたまま尋問と事情聴取の連続だった。
ディアッカとニコルは数ヶ月を過ごしてすっかりオーブへ溶け込んでおり、本来なら未だ厳重な監視を受けるはずのアスランも、カガリの口利きで病院の中庭へ顔を出す程度の自由はあった。
やることもなく眠りすぎた反動か、浅いうたた寝。
それが、足元から這い上がってくるような地鳴りで振り払われる。
風の音もないのに、病室の窓ガラスが何十秒にも渡ってビリビリと不気味に震えていた。
違和感に体を起こし、あてがわれた個室の窓へ近寄って、強烈な朝日を遮るための分厚いカーテンを開く。
地平線のはるか東の空が、不気味な
「あれは……なんだ……?」
放たれた一撃の余波が、地球の裏側からこの島まで到達した。
まるで地球そのものが、痛みに震えているかのように。
「つまり、
精神的支柱だったハイネの撃破と投降、そして38万kmの彼方からも見えた、地球を焼いた光への動揺。
戦意を喪失したジェネシスα守備隊は、COMPASSに降伏した。
即座に司令室を接収したCOMPASS宇宙部隊は、月へ残るハルバートンへ通信を繋ぎ、緊急会議を行っていた。
ジェネシスαの内部データを確認した、シモンズの重苦しい報告が続く。
「大気圏に突入した超高エネルギーのガンマ線が、大気分子と衝突し強烈な2次放射線とプラズマを発生させました。……計算上の出力からすると、ワシントンを焼いたのすら、恐らく20%以下の低出力による
その言葉に、息を呑む音がいくつも響く。
「100%、いや80%出力でも……撃ち込まれれば、被害は着弾点に留まりません。強烈なエネルギー輻射が地球のオゾン層を一瞬で剥ぎ取り、急激な地殻の沸騰が大津波と地軸のズレを引き起こします。……地球は、死の星になるでしょう……」
シモンズの言葉が震える。
彼女だって、地球へ家族を残してきているのだ。
沈黙の中、通信越しにハルバートンが口を開く。
『ざっとだが、ワシントンの被害が上がってきた。……直径30kmに渡って地表は消滅、被害推定は400万人。……これがただの試射、か』
誰しもが、ブルリと体を震わせる。
人類が、地球を破壊しうる兵器を手に入れて久しい。
しかし
たった一つの引き金が、地球の全生命を握っているなど、想像の埒外だ。
『……こんなものを実際に使ったプラントが、ワシントンだけで満足するとも思えん。シモンズ主任、第2射へのタイムリミットは?』
「構造上、1次ミラーブロックは使い捨てです。事前に製造していたとしても、移動には数時間かかるものと思われます」
本照射によって、前面に配置された1次ミラーブロックは巻き込まれ破壊される。
それだけがジェネシスの欠点だった。
ハルバートンは手元のモニタを見つめた様子で、重苦しく息を吐いた。
『光学監視によれば、ジェネシス近傍にそれらしい物体が一つ有る。つまり、我々に残されたのはほんの数時間ということだ』
再びの沈黙が場を支配する。
キラが絞り出すように声を上げた。
「……なんとか、ならないんですか? このままじゃ……!」
ハルバートンが額に手を当て、グシャリと髪を潰す。
そして口を開いた。
『今からプラントに攻撃へ行ったところで、防衛線を破るとなると第2射には確実に間に合わない。……そこのジェネシスαは、あのジェネシスと同型なのだろう?』
その言葉を咀嚼するのに、キラですら数秒が必要だった。
『我が方にもNJCはある。……時間はないが、今すぐ月基地から高速ミサイルに核弾頭を詰め込んで送る。ジェネシスαに核弾頭を仕組み、同様のガンマ線レーザーでジェネシスを破壊するべきだ』
「提督?! それは……」
毒を以て毒を制す。
それは効率的では有るが、当然副作用も大きい。
「それでは射線上のコロニー群を巻き込みます! 甚大な被害が出ます!」
叫ぶキラに、ハルバートンは力なく首を振った。
『キラ君の意見もわかる。だが、プラントの数百万の命を案じるがために、地球の全生命の危機を見過ごすわけにはいかん。……これは大人の責任だ。君たちが背負う必要はない』
絶句する一同の中、シモンズが小さく口を開いた。
「技術的には、ジェネシスαの改造は短時間で可能です……」
現在のジェネシスαは、当初のレーザー推進システムの設計通りX線レーザーだが、基本構造はジェネシスと同一だ。
ミラーの力場パラメータを変え、核爆弾を内部に押し込んで起爆すれば、ジェネシスの1/7ながらガンマ線レーザーを発射可能。
そう語るシモンズに、キラは「そんな……」とつぶやき、助けを求めるように周囲を見回す。
しかし同席するアークエンジェルの士官組も、クサナギのクルーも、シモンズも、誰もキラと目を合わせようとしない。
仕方がない──これ以外に地球を救う手立てはない。
そんな諦念が、大人たちの中に伝染していく。
そんな空気の中、顔を伏せて押し黙っていたラクスが口を開いた。
「レーザー推進システムが兵器利用されたと聞いて、移動中に父の遺したデータを総ざらいしました。……ジェネシスαの構造から逆算しても、ジェネシスは発生源に正対する1次反射ミラーがミリ単位で正しい位置になければ、ガンマ線レーザーは収束しません」
強い力を瞳に込めて顔を上げる。
「ミラーブロックの軌道に干渉すれば、コヒーレンスが十分にできず、むしろ歪に反射されたガンマ線が2次反射ミラーを破壊するはずです」
光明を見出したように、キラがハッと息を呑み、ラクスへ明るい表情を向ける。
しかし画面の先のハルバートンは、嘆息して問い返した。
「……だとしてもだ。今からL5へ全速で向かっても数日はかかる。どうやってそれを為すつもりだ?」
ラクスの答えは端的だった。
「……この、ジェネシスαで」
「ラクス?!」
それではハルバートンの提案と同じではないか。
目を剥くキラに、ラクスは優しく、しかし力強く首を振った。
「本来の、超長距離X線レーザーとして使用します。ガンマ線用に調整されたミラーに波長の異なる光を浴びせ、ライトクラフトで僅かにズラす。……これならレーザーの出力は最小限で済みます」
熱伝導が起こるより早く、かつ短時間熱を伝えることで、
ジェネシスαもジェネシスも、本来はそのための装置として設計されていた。
キラがすぐに思考を巡らせる。
「……X線なら、出力調整は容易。コロニーの宇宙線シールドの減衰特性を計算して、
希望の光が見え始めた作戦に、しかしハルバートンは依然として思い悩むように眉間を揉んだ。
『……私には、技術のことはわからん。しかし、ずるい言い方になるが、試しもしていない一か八かに、地球の全生命を賭けろというのか?』
両手を組み、祈るようにラクスが告げる。
「これは、プラント創設時からずっと研究されてきた技術です。いつか人々が、争いをやめて深宇宙へと踏み出すための……真の意味での、人類の叡智。私は、それを信じます」
はたして、数時間後。
月とL4からの三角測量に因って得られた、ジェネシス本体の位置。
そしてジェネシスαの構造から計算された、正規のミラーブロックの位置。
キラとシモンズの二人がかりでこなした複雑な計算の末に、ミラーブロックの移動を見極めながらジェネシスαが照射された。
放たれた見えないX線の閃光が、宇宙を駆け抜ける。
その数秒後、月面の光学望遠鏡が、小さな炎を噴き出すジェネシスの姿を捉えた。
人類は、僅かな猶予を手に入れたのだ。
CE71/8/10
文字通り超特急で回航されてきた
カガリは、その威容を複雑な思いで見つめていた。
ジェネシスの発射により、首都ワシントンを首脳陣ごと一瞬にして喪失した大西洋連邦は、激しい混乱の渦中にあった。
その間隙を縫って、軍部の一部がクーデターを決行。
行方をくらませたブルーコスモスの盟主を除く、サザーランド大佐他COMPASSが指定した戦争犯罪人を拘束。
最新鋭戦艦ごとCOMPASSに差し出してきたのだ。
その代わり、あの大量破壊兵器を止めてくれと。
「……降伏は、しないんだな」
地球連合の姿勢にポツリと漏らしたカガリだったが、隣のトールが鼻で笑って答えた。
「首都を無警告で、何百万人もの民間人ごと焼き払ったプラントに降伏を? 冗談だろ。……白旗を上げたところで、撃ってこない保証なんてどこにもない」
今さら降伏した程度で、攻撃を止めるはずがない。
誰しもが、プラントの狂気をそう受け止めている。
現にCOMPASS宇宙部隊が妨害しなければ、第2射が放たれていたという報告が上がっている。
無力感に下を向くカガリの元へ、護衛の兵士から一台の車が到着したことが告げられた。
手錠と足枷をかけられ、完全に拘束されたアスランが、刑務官とともに歩み寄ってくる。
カガリにどうしても直接話したいことが有ると、連絡がよこされたのだ。
今はカガリも忙しく、とても病院へ寄る時間は作れない。
結果的に、アスランを港まで厳戒態勢で連れ出す格好となっていた。
思い詰めたように厳しい表情を浮かべるアスランを、トールが横目で静かに眺める。
(コイツが、イージスのパイロットだった男。……
かつての記憶──自分の乗るスカイグラスパーが、真っ赤な機体の投げたシールドによって叩き斬られた光景が、脳裏を掠める。
複雑な思いがないとは言えない。
だが、戦場での出来事を今さら恨むつもりはなかった。
それを言い出せば、トールとてバスターの引き金を引き、すでに敵艦ごと数百の命を奪っているのだから。
カガリの前に立ったアスランが、重い口を開いた。
「……カガリ、無理を言って済まない」
「いや、いいんだ。お前も、私にとっては恩人だからな。……それで、どうしたんだ? 私も正直、あんまり時間がないんだが……」
首を振りながらも、カガリは言い淀む。
プトレマイオス基地では、ジェネシス破壊に向けた作戦が立案中だ。
現在の計画では、持ち込まれたドミニオンにも重大な
カグヤで打ち上げての月までの回航に、カガリも同行する予定だった。
アスランはギリッと奥歯を噛み締め、喉の奥から絞り出すように告げた。
「……自爆装置でも、なんでもつけてくれて構わない。俺を戦場で使ってくれ」
「え……?」
剣呑な言葉にカガリが戸惑うが、構わずアスランは続ける。
「父の暴挙は──止められなかった俺の責任だ。……使い潰してくれていい、死んででも父を止めてみせる」
パトリックの狂気に、アスランは気づいていた。
家族という立場を使えば、不意をついて無理心中するなり、止めることはできたはずだった。
だが、情に迷って出来なかった。
自分の甘さが、この未曾有の惨禍を引き起こしている、そうアスランは捉えていた。
アスランの迷いのない力強い言葉に、カガリの唇が戦慄いたかと思えば、下を向いたままアスランへ歩み寄る。
──そして拘束されて無防備な腹部に、体重を乗せた強烈な拳を振り抜いた。
「ガッ?!」
さしものアスランも肺の空気を吐き出し、苦悶の呻きとともに前屈みになる。
下ったその襟首を、カガリの両手が力任せに掴み上げた。
「……簡単に、死んででもとか言うなッ!! 残された者の事を、少しでも考えたのか!? お前が死んで……キラがどれだけ悲しむか、分かってるのか!? ……勿論、私もだ!!」
涙ぐみながら告げるカガリの脳裏に、砂漠で過ごした日々がよぎる。
命を懸けて戦うと笑ったアフメド、いつだって頼りになったサイーブ。
そして、もう一人の父親と呼んでいいはずだったキサカ。
皆、自分を置いて向こうへ行ってしまった。
残された者がどれほどの後悔と痛みを抱えて生きていくかなど、考えもせずに。
「……戦いたいって言うなら、手助けしてやってもいい。今は私も、指揮官として仲間を戦場に送り出す立場だ」
襟首を掴んだまま、顔を近づけて瞳を合わせる。
「だけど──忘れるな。生きることだって、戦いなんだ。死んで楽になんて、勝手にするなよ」
真剣なカガリの表情をアスランが見つめる。
涙で潤みながらも決して逸らされないカガリの真剣な眼差しを、アスランは呆然と見つめ返した。
やがて、アスランは憑き物が落ちたように、フッと小さく笑みをこぼした。
「……そうだな、そのとおりだ」
「アスラン……!」
明るい笑みを浮かべて、手を離すカガリ。
アスランは真っ直ぐにカガリを見据え、言葉を続けた。
「死んで楽になんて、許されるわけがない。生きて、罪を背負わないと──ガボァッ?!」
鈍い音を立てて、再びカガリの拳がアスランの鳩尾に深々と突き刺さった。
「ぜんっっぜん、分かってないじゃないかコイツ!!」
「ゲホッ、ゴホッ……!?」
その痴話喧嘩を眺めて苦笑しながら、トールは昨夜のミリアリアとの会話を思い出す。
「……ゴメン、いかなくっちゃ」
「分かってる。だけど約束して……必ず帰ってくるって」
「勿論。約束するよ、絶対に帰って来る。……ミリィたちに降りかかる悪夢を、振り払って」
あのとき振り払うのは、自分の悪夢だった。
けれど今相対するのは、地球滅亡という悪夢だ。
トールは、顔を上げて空を見つめた。
アスランのように、死に場所を探す気など毛頭ない。
生きて帰るために、未来を掴むために、死地へ赴くのだ。
世界の終わりを目前にしているというのに、オーブの空は憎らしいほどに青く、どこまでも澄み渡っていた。
ジェネシスは小破です。
盟主王はこれで退場です。
根が小心者だから、物資を持って宇宙ステーションにでも逃げてんじゃないかな。