SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
ミネルバの大西洋連邦領内における強行査察任務は、既に数ヶ月に及んでいた。
各地での武装勢力の鎮圧、ブルーコスモスの迎撃。
証拠を完全につかんで令状を取る場合もあるのだが、基本的にこちらから手を出すことは無い。
しかしやましい事がある者は、踏み込んでくるミネルバに早々に牙を剥いてくる為、それを逆手にとって自衛という名の武力行使を繰り返している。
当然息を潜めてやり過ごそうというものもいるのだが、COMPASSの工作員がよほど優秀なのか、土に隠れた熾火が小火として表に出てくることがままある。
そうなれば小火を消すためという名目で、やはりミネルバが干渉できる。
一方で、先制攻撃を相手に許す都合上、艦も人員も消耗していた。
艦の修繕と補給に合わせて、半月の長期休養が認められたミネルバだったが、オーブに戻ってここまで築いた大西洋連邦への圧力を減じさせるというのも得策では無かった。
「ここがパナマかぁ……。やっぱり大きいな」
徐々に近づいてくる港に、展望室から感嘆の声を上げるシンに、キラが微笑みながら説明する。
「前大戦では、地球連合最大のMS生産拠点でもあったからね。破壊されたマスドライバーの再建時に拡張した分も含めて、今地上にある基地としては最大級と思っていいよ」
「……規模が違うな。ここまでの拠点だと、テロリスト程度では手が出せないだろう」
レイが冷静な声で分析し、ルナマリアがワクワクとした様子で身体を弾ませた。
「半月でしたっけ? 久しぶりに、ゆっくり休養できるといいですね!」
大西洋連邦に隣接する、中米パナマ基地。
前大戦において、南アメリカ共和国ごと大西洋連邦に併合された基地だったが、南アメリカの再独立に合わせて奪還。
中立国同盟に母国が参加したこともあって、現在はCOMPASSの補給拠点ともなっている。
ミネルバは半月に渡って補給と修繕を行い、乗員は上陸も許可されての休息期間に当てられていた。
「うん。皆もゆっくり休んでね」
「……なんか、隊長楽しそうじゃない?」
「そうだよな……? なんかいいことあったのかな」
いつも穏やかなキラではあるが、こうも機嫌良さげというのはシンたちも初めて見る姿だ。
その疑念の答えが出たのは、艦がパナマへ入港し、検疫や書類の受け渡しという雑務が終わり、乗員の上陸許可が下りてからだった。
艦のゲートに接続された接続ブリッジが妙に混み合い、並んだクルーたちの行手からは不思議と歓声が上がっている。
不思議に思いながらシン達パイロット組が後ろについていくと、やがて声が聞こえだした。
「ラクス・クラインだ……!」
「あれがラクス・クライン、平和の歌姫……」
「理事自ら出迎えって……もしかして抜き打ちの査察か?」
漏れ聞こえる名前に、シンたちが目を見開いて背伸びをする。
基地側のゲート際。そこに、降りていくクルーたちへ楚々と手を振る桃色の髪の少女が立っていた。
コーディネイターの中にあってすら突出して目を引く、圧倒的なまでの容姿とカリスマ性。
まさしく平和の女神そのものといった神々しい佇まいだった。
しかしその瞳がキラの姿を捉えると、超然とした姿がとろけるように柔らかくほころんだ。
周囲の目も気にすること無く小さく駆け込んできたかと思うと、キラの手に指を絡ませた。
「キラ。直に会うのは、84日と4時間ぶりですわね」
「……ちょっと怖いよ、ラクス」
「いやぁ、びっくりした。隊長とラクス・クラインが夫婦とは聞いていたけれど、あそこまでラブラブだと、こっちが恥ずかしくなるわ」
上陸してから真っ先に
手で顔をあおぐようにするルナマリアに、メイリンも思わず苦笑してしまう。
「たしか、まだご結婚されて1年ちょっとでしょ? 新婚さんなのにあんなに遠距離じゃ、やっぱりお辛いんじゃないかな。ヤマト隊長が艦上勤務だと、そうやすやすと通話もできないだろうし」
オーブの通信網を使えたミネルバ出港前ならまだしも、宇宙と地上のタイムラグに加えてNJに依る地球上の通信環境の悪さや戦闘中の無線封鎖を考えれば、ビデオメッセージのやり取りがほとんどだろう。
「軍人や船乗りあるあるとはいえ、大変よね。ラクス・クラインも色んなところ回らなきゃいけないでしょうし」
ナチュラルとコーディネイターと言う根源的な対立がある世界が、曲がりなりにも手を取り合っているのは、人類の救世主とすらいえるCOMPASSに逆らうものは悪、という空気感によるものだ。
この強行査察任務もそれが下地であるからこそ。
それを担保するCOMPASS発起人のラクスやハルバートンは、各地に顔を出して自分たちの
「前線で戦うのも疲れるけど……平和の象徴で居続けるのも、きっと息が詰まるわよね」
ルナマリアがぽつりと呟いた言葉は、誰に聞かれるでもなく空気を揺らしただけだった。
「……ま、とりあえず私たちは与えられた休みを満喫しましょ! メイリン、これから基地の施設にも行ってみ──」
気を取り直して荷物を置き、部屋の自動ドアを開けたルナマリアの言葉は、そこで途切れた。
壁に背を預けたシンが、手元の端末から顔を起こす。
「あ、ルナ。……と、メイリンもか。ちょっといいか?」
「どうしたのシン? 出待ちなんて気持ち悪い」
いささかトゲのあるルナマリアの言葉を聞き流し、シンは真面目な表情で告げた。
「休養期間中、どっかで俺に付き合ってくれないか」
後ろで聞いていたメイリンが「ひゃっ!?」と小さく悲鳴を上げ、目をキラキラと輝かせた。
色っぽい話を期待しているのだろうが、ルナマリアにはわかる。
感情の抜け落ちたジト目でシンを見据えた。
「……どうせ、シミュレーターで模擬戦の相手しろってことでしょ?」
「そうだけど?」
キョトンとした表情のシンに、ルナマリアはため息を吐く。
シンは大体こういうやつなのだ。
「……はいはい。時間があったらね」
「おっ、言ったな? 逃げるなよ」
手をひらひらと振るルナマリアに、シンは満足そうに頷くと格納庫に向かった。
いつものようにシミュレーターに籠もるのだろう。
(……救いようがないわー)
ルナマリアがやれやれと肩をすくめながら歩き出したが、盛大にずっこけたメイリンは「ええええ……」と漏らしながらしばし遅れていた。
半月の休養期間。多くのクルーが地上に降りて羽を伸ばす中、シンはミネルバのシミュレーターに籠もりきりになっていた。
航海中はシンも雑務があるし、優先順位は当然正規パイロットであるレイやルナマリアが上で、シンが好きには使えない。
休養期間だからこそ、シンが独占できるというわけだ。
シートに深く沈み込み、目を閉じて反芻するのは、手持ち無沙汰な航海中に、夢に見るほど繰り返し見続けたデータ。
キラやレイ、ルナマリアの戦闘時のガンカメラや操作ログだ。
COMPASSの育成システムは、オーブ軍のそれに準じている。
座学、練習機を使用した仮免、実機を使用した模擬戦、そして着任後の隊長の許可。
これらのプロセスを経て、ようやく実戦配備される。
コーディネイターとナチュラルを均一化するため、これらは時間ではなく試験に合格するかという一点だけで判断される。
プラントのように
勿論、基礎体力や耐G能力を鍛えるための肉体訓練は相応に厳しいのだが。
任官教育当時の教官の言によれば、着任後に隊長が実戦配備の許可を出すのは早くて一月、遅くて半年。
シンも既に実戦配備となってもおかしくないのだが、シミュレーターでそこそこのスコアを出しても、思案げなキラがなかなか許可を出してくれない。
(キラさんの要求が高いっていうなら、それでも認めざるを得ないほど腕を上げればいいだけ、そうだろ?!)
幸いにして、教材になる
航海中、彼は常に彼らの戦闘記録を分析していた。
自分に足りないものは何か。どうすればもっとうまく立ち回れるのか。
(レイみたいに、戦場の全体像を俯瞰するような戦い方は……俺には無理だ)
シンは自分の適性を冷静に理解している。
論理的に盤面を詰め、先を読むレイの戦術は真似ようとしても処理が追いつかない。
キラの、あの人間離れした情報処理能力など論外だ。
しかし一方で気づいたこともある。
航海中、何度かルナマリアに模擬戦を付き合ってもらって分かったのだが、彼女の思い切りの良さと思考の瞬発力は、不思議とシンの感覚に噛み合うのだ。
まるでテニスのラリーのように、なんとはなしに身体がついていく。
(考えるより先に、身体が動く。……その感覚のまま、キラさんみたいな強引な突破力があれば)
シンはコンソールを操作し、仮想空間に自機をセットした。
最初は、模倣から入った。
キラのフリーダムD、ルナマリアのゲイツR。
しかし、彼らの機体を設定して同じように動かそうとしても、全くしっくりこない。
汎用的な機体では、やれることが多すぎて今のシンでは判断が追いつかないのだ。
シンは機体データを次々と切り替えた。
近接格闘に傾倒したノーマルのゲイツ、砲撃戦に特化したバスターダガー、高機動一撃離脱のM1アストレイ。
特徴が尖った機体であれば、やるべきことがシンプルになりスコアが跳ね上がった。
しかし、今のミネルバ隊は対テロが任務。
戦場を選ばず、どんな状況にも対応できる能力が必要だ。
一対多の乱戦、遮蔽物の多い市街地での近距離戦、固定拠点の防衛・攻撃。
特化機ではシミュレーターの示す多彩なシチュエーションに対応しきれない。
もとよりシンに回される機体を選ぶ権利など無いが、
いくつもの機体をシミュレータに呼び出し、訓練を繰り返すシンの指がまた一つ新しい機体を選んだ。
地球連合が開発し、前大戦で活躍し続けた傑作機──
赤道直下の強烈な太陽が照りつける、パナマ基地の昼下がり。
レイは、基地施設の一角にある通信センターを訪れていた。
地球上はNJの影響で通信環境が劣悪だが、ここからであればプラント本国へ向けて比較的安定した回線を繋ぐことができる。
予約通りに個室ブースへ入り、事前にメールでやり取りした通りの時刻に通信をつなぐと、モニターに穏やかな笑みを浮かべた男の顔が映し出された。
『久しぶりだね、レイ。息災かな』
「勿論です、ギル」
気安く挨拶を返すが、ギルバートは思案げな表情を向けてくる。
『キラ・クライン=ヤマトから、なにか言われたりしたかね?』
「? いえ、特には。今のところは理想的な上司と言って良いかと」
戸惑いがちに返すレイに、ギルバートはフム、と頷くと頭を振った。
『いや、良い関係を築けているなら構わんさ。……それより、地球の様子はどうかね? 君は初めてだろう』
「広大で、美しく……そして、果てしなく無秩序です。プラントの徹底して管理された環境とは全く違う。良くも悪くも、これが自然というものかと」
淡々と事実だけを述べるレイに、デュランダルは面白そうに目を細めた。
『そうだ。その無秩序な環境こそが遺伝子に多様性をもたらし、種の存続につながる』
完全に整理された環境で生きる生命は次第に弱まる、生物学者であれば誰でも知っていることだ。
だからこそ、乱数とその管理は必要なのだ。
『ミネルバには、オーブや旧連合出身のナチュラルも多く乗務している。彼らとの共同生活はどうかな?』
「特に問題はありません」
レイはわずかに下を向き、いくらか考えると素直な見解を続けた。
「……彼らは皆、各々の分野で適性を見出され、精鋭として選ばれたプロフェッショナルたちです。己に向いた役割を理解し、その才能を開花させるための努力を惜しまない人間が、正しい配置につく。……そうである限り、そこにナチュラルとコーディネイターの差異はありません」
レイ自身、遺伝子上はナチュラルであるが、コーディネイターに囲まれて育った。
プラントでのナチュラルの評判を聞く限り、ナチュラルの愚鈍さにヤキモキされるとばかり思っていたが、特段そういうこともなく。
時折ある事務の怠慢は気になるところだったが、どうやら原因は
『その通りだ。それぞれの違いを認め合い、役割の分担をして補い合う。それができるならば、コーディネイターとナチュラルの違いなど些細なものだ』
ギルバートが満足気に頷く。
『……そういう意味で、少し
「
そのとおり、とギルバートが応えるが、実際のところは万一傍受された場合に備えての表向きの話だ。
レイはそれが何であるか知っている。
そのメインサーバーが、ギルバートが個人で管理するものであることも。
アプリを端末にインストールし、指示通りに操作していけば医療用データベースから本人の
そうすれば隠された才能や最適な職業、遺伝子レベルで相性の良い相手を解析してくれるという甘い触れ込みと、成功体験を示すレビューの数々。
高度な匿名性を謳ってはいるものの、冷静に考えれば出所も知れない娯楽サービスに自らの
だが現実には、人々はほんの少しの好奇心を満たすためだけに、長々とした利用規約など読みもせず、いともたやすく<アクセスを許可する>のボタンを押してしまうのだ。
汎用アプリストアの上位に居座るそれは、ミネルバの艦内ですら名前を耳にするほど。
『私も学者の端くれとして、ナチュラルがどう受け止めているか知りたくてね。ミネルバのクルーやパナマ基地の人々に、それとなく聞いてもらえないかな?』
微笑みを崩さず、まさしく私信のついでといった体で尋ねてくるギルバート。
レイは真剣な表情を浮かべて頷く。
「わかりました。……とはいえあまり、そういった世間話が得意ではないのですが……」
気まずげな表情を浮かべるレイに、ギルバートは含み笑いを漏らした。
『なに、難しく考えることはないさ。君の得意なピアノのリサイタルでも開いて、人を集めてみたらどうだい?』
逢瀬の合間にも、為すべき仕事はある。
それが、ラクスがパナマ基地へ直接足を運んだ公的な理由の一つでもあった。
ミネルバに搬入されていく3機の新型MS。
TERMINALが次世代の戦場を担うとしてCOMPASSとともに開発した、通称セカンドステージシリーズ。
テスト運用と戦力補充として配備されたそれは、現時点では乗り手すら決まっていない手つかずの状態だ。
「……なるほど。インパルスはシルエットシステムの実働試験があるからミネルバの設備が必須だし、アビスは水戦機だから、海路や沿岸部での任務が多い僕たちの艦が適任だね」
「はい。カオスも、大気圏内での機動兵装ポッドの挙動テストに、ミネルバの艦載機という環境が最適と判断されました」
見上げるような3機の巨躯を前に、キラが手元のデータパッドに目を通しながら頷く。その横で、ラクスは少し困ったように微笑んだ。
「本当はもう一機、ガイアという機体もあったのですが……。あちらはバクゥの系譜を継ぐ完全な陸戦・局地戦用の機体でしたので、現在のミネルバの運用にはそぐわないのです。それに加えて……WWKから横槍が入ってしまいまして」
「
キラもその名はよく知っていた。
オーブに本社機能を構える、巨大な多国籍軍産複合体。
もともとはスカンジナビア王国発祥の企業ということもあり、オーブ国内においてはモルゲンレーテほど目立つ存在ではないが、その実態は国家のGDPに直接寄与するほどの怪物企業だ。*1
COMPASSにとっても、無視できない大スポンサーの一つである。
「はい。WWKはかつて、ザフトのバクゥ開発にも関与していた経緯がありますから……次世代のガイアは、ぜひとも自社で試験させてほしいと」
「なるほどね。スポンサーの意向じゃ、ラクスも無碍にはできないか」
キラが苦笑しながらパッドに映るガイアの図面を閉じると、ラクスは不思議そうな表情で言葉を続けた。
「ええ。なんでも社長令嬢自ら、しかも犬と一緒に乗る、と」
「……犬?」
キラはデータパッドから顔を上げ、きょとんとした顔で妻を見返した。
聞き間違いかと思い首を傾げるキラに、ラクスは真顔でこくりと頷いた。
「ええ。──わんちゃんですわ」
「……なんで?」
「……さぁ、なぜでしょう?」*2
ポカンとした表情を浮かべたまま、キラとラクスの首が傾いでいく。
やがてどちらからとなく含み笑いが漏れると、そのまま二人は声をあわせて笑った。
よろしければ感想、評価もお願いします。
ホントは第二部書き終えてから投稿するつもりだったんですがモチベが…。
作品タイトルを変えたほうがいいかな?
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現状のまま
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ガンダムSEED:Overcomers
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1部と2部で別作品にして完全に分ける