SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択   作:reex

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火山島であるアイスランドの海は、沿岸部では浅いが少し沖合に出ればすぐに深くなる。

地殻プレートの作り出すその海底の段差に、ゾノ(UMF-5)に乗ったアスランは身を潜めていた。

 

(……逃がしはしない、絶対に!!)

ロゴスから半ば追い出され、今やブルーコスモスと完全に一体化した一派。

その首魁の名は、ロード・ジブリール。

各地の調べでその名前が掴めさえすれば、かつてユーラシア連邦に所在していた男のデータを集めることは容易だった。

 

プロファイリングされたその性格は、残虐にして冷酷、ヒステリック。

何より卑怯で自己保身の塊。

必ずしもこのアイスランドに居る確証はなかったが、居るとすれば、間違いなく我先にと逃げ出す。

 

トール達が上空を完全封鎖していることは、とうの昔に察知されているだろう。

最大級の拠点ゆえに持ち出す物資やデータも多かろうことから、逃げ出すとすれば潜水艦が第一択。

それを網にかけるため、アスランはもどかしい思いを抱えながらも主戦場から離れ、冷たい深海で待ち伏せていた。

 

戦闘前にばら撒かれたソノブイ(投下式ソナー)と戦術情報をリンクさせ、アスランは目を閉じて耳を澄ます。

 

ふと、微細な振動音が鼓膜を叩いた。

眉をひそめて指向性センサーを拡大し、最も繊細な感覚器である自身の耳に判断を委ねる。

 

「……!!」

確信したアスランは、ゆっくりとゾノを離床させた。

 

 

ディープフォビドゥンの原型機であるフォビドゥンブルー(GAT-X255)は、非常に強力な機体だ。

先祖に当たるフォビドゥンと同等の装備を備え、純粋な戦闘力であればディープフォビドゥンを凌駕する。

しかし一点、耐水圧機能を特殊装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)とフェイズシフトに完全に依存している点が異なる。

チタン系耐圧殻をもつディープフォビドゥンと異なり、深海でバッテリーが尽きれば、装甲を失い一瞬にして水圧で圧壊する。

(……だから奴らは、浅い水域ではギリギリまでバッテリーを温存する!)

 

目標の潜水艦の脇を固めるように航行する2機のフォビドゥンブルー。*1

音紋(音の特徴)から既に敵機を捕捉していたアスランは、無音のままゾノの6連装魚雷管2門を開放した。

 

海底の段差と同化していたアスランを、相手は全く認識できていない。

放たれた12発の魚雷がフォビドゥンブルーの一機に殺到し、為す術もなくひしゃげ、爆散させる。

 

戸惑うような素振りを見せるもう一機に、水中巡行形態で急速接近。

肉薄して変形を解くと同時に、鋭いクローで敵機の胴体を掴みこんだ。

ゾノの掌中に誘導レーザーが瞬き、ゼロ距離でフォノンメーザー砲が放たれる。

コックピットに大きな凹みを刻まれた敵は、そのまま海の藻屑と消えた。

 

護衛を失い、慌てて進路を変えようと足掻く潜水艦に再び水中巡行形態で取り付き、クローを深くめり込ませる。

「ロード・ジブリールが乗っているな? 戦争犯罪人隠匿容疑として、この艦を拿捕する。大人しくしておけば、裁判の余地があるぞ」

我ながら白々しいと思いながらも、接触回線で警告を告げる。

(これで艦のクルーが反乱でも起こしてくれれば楽なんだが……)

 

ロード・ジブリールは、身体能力も人望も乏しいと聞いている。

いくらブルーコスモスの人員でも、命のかかったこの状況なら反旗を翻す可能性は十分にあった。

 

「……ダメか」

返答の代わりに、潜水艦のスクリューが唸りを上げる。

速度を上げてこちらを振り払おうというのだろうが、甘い考えだ。

アスランは手を伸ばしてフォノンメーザー砲を艦尾に向けた。

 

──その腕が、水面から打ち込まれた実弾に吹き飛ばされた。

 

「なにッ?!」

想定外の射角からの攻撃に、思わず驚愕の声を漏らす。

ついで、機体を揺さぶるような連続した衝撃が走る。

 

(増援か?!)

水面を見上げたアスランは、メインカメラが捉えた映像に信じられないという声を上げた。

 

「ディンだと?! 正気か?!」

5機のディン(AMF-101)が入水してくるが、動きは非常に緩慢だ。

当然の話で、大気圏内での飛行に特化したディンは水中で使える推進器を持たない。

 

それでも通常装甲のゾノには、ディンの持つ重突撃機銃の威力は致命的だ。

5機が放つ銃弾に仕方なく艦から手を離して回避行動をとると、直後、背筋を凍らせるような衝撃波がゾノを襲った。

水中に沈みゆくディンが、自らの機体を起爆させたのだ。

 

「最初からカミカゼか!!」

気泡とともに広がる衝撃波は、空気中の数十倍。

ゾノの軽い質量ではとても抗えず、嵐のような乱流に流されてしまう。

 

一方で、巨大な質量を持つ潜水艦であれば力ずくの航行は可能だ。

乱れる水流を突き破るように、潜水艦がさらに加速していく。

 

「行かせるものか!!」

遠ざかるその背に向けて、姿勢を無理やり押し留めて残った腕のフォノンメーザー砲を放つ。

しかし遅れて水中に飛び込んできた機体が、シールドを犠牲にしてそれを弾く。

「シグー……?!」

生産数の少ないそれは、ディン以上にブルーコスモスに似合わない機体だ。

 

その謎の機体は、水流に揉まれ体勢を崩すアスランを他所に、強引にスラスターを吹かして潜水艦の航跡を追った。

宇宙用のシグーなら、消耗を度外視すれば水中でも使えないことはないのだ。

 

「……クソ!!」

一人暗い海底に置いていかれたアスランは、苦悶の表情を浮かべて己の太ももを殴りつけた。

 

 

 



 

(……やれやれ、初めて扱うには流石に無茶が過ぎたか)

シグーに乗る青年は、目の奥の痛みをこらえるように頭を振った。

一応の()()()である高慢な女に恵んでもらったシグーには、特殊なシステムが増設されていた。

常人であれば脳を焼かれて扱えないような代物。

しかし青年は疲れこそしたものの、易易と操ってみせた。

 

水の抵抗をスラスターでねじ伏せ、先を行く潜水艦に通信アンカーを打ち込む。

そして口を開いた。

「そう焦らないでいただきたい。……ご心配なさらずとも、私はナチュラル。あなた方の味方ですよ」

その唇には、薄い笑みが張り付いていた。

 



 

 

アイスランドでの戦闘は終結した。

次々とブルーコスモスの人員が拘束され、ザムザザーを運んできたユーラシアの空母に乗せられていく。

しかし、その列から離れた人間も居た。

レイダーのパイロットと、アビスでルナマリアが海底から回収してきたフォビドゥン、カラミティのパイロットだ。

 

暴れる三人はストレッチャーにきつく拘束され、ミネルバの医務室へと運び込まれていく。

それを遠目に見ながら、シンはレイダーのパイロットと対峙した際の不可解な状況をキラに報告している。

ミネルバ隊のパイロットたちも港の残骸に機体を下ろし、コックピットから降りてしばしの休息を取っていた。

 

「……そんな感じで、『死ぬ』って言葉を聞いてから突然錯乱し始めたんです。見てられなくて、ルナマリアに協力してもらって拘束しました。……仲間を危険に晒したこと、誠に申し訳ございません。どんなお叱りでも受けます」

そう言って深々と頭を下げるシン。

ルナマリアも姿勢を正して、「自分も同調してしまいました。申し訳ございません」と頭を下げる。

レイはその姿をあきれて眺めていたが、キラは思案げな表情を浮かべながらも首を振った。

 

「……いや、いいよ。よく頑張ってくれた。不問とするから頭をあげて。……でも、その様子からして彼らは()()()()()()()()、みたいだね」

シン達が頭を上げると、キラも遠ざかるストレッチャーに目線を動かした。

瞳に悲しげな色が浮かぶ。

 

「……恐縮ですが、エクステンデッドとは何でしょうか? 結果的にほぼ被害無く無力化できたとはいえ、彼らの技量は異常でした。機密でなければ、お教えいただければと」

レイがキラに問いかける。

相手が旧世代機だと言うのに、こちらに数的優位がなければ危うい戦闘だった。

レイが疑念を抱くのは当然のことだった。

 

キラは言い淀むようにして口を開いた。

「……ブルーコスモスにはね、生体CPUと言われる人達がいるんだ」

聞き慣れない響きにシン達が首を傾げるが、キラは「ひどい言葉だよね」と悲しげに言い募る。

 

「ブルーコスモスは、コーディネイターを極端に嫌っているから。拐ってきたり、人身売買で集めたナチュラルの子供に、洗脳や薬物、インプラント(機械埋込)を施して、コーディネイターに対抗できる様に戦闘用に作り変えるんだ。倫理を無視した人体実験が横行して、過酷な訓練も施されて──生きて研究所を出れるのは、100人に1人とか」

苦しげに胸を抑えながら絞り出されたキラの言葉に、シンとルナマリアは絶句する。

ブルーコスモスが非人道的というのは散々聞かされてきた言葉ではあったが、どう考えても一線を越えている。

 

だが、その場で最も激しい反応を示したのは、レイだった

「そんな事……許されるはずがない……! 何を考えているんですか、アイツラは?!」

痛みを堪えるように頭を押さえている。

食い込んだ爪から血が流れ、金髪を汚した。

 

「ちょっと、レイ?!」

「おい、大丈夫か?!」

ルナマリアが心配の声を上げ、シンが懐から出したハンカチで傷口を押さえる。

親から社会人の嗜みとして持たされていたものだ。

 

キラはハッとした表情を浮かべると、申し訳なさそうに言葉を続けた。

「ゴメン、不用意だった。……勿論そんな事許されるはずがない。ユーラシア連邦が中立国同盟に参加した時に、その中心地であったロドニアのラボを強襲して摘発したんだ。今話した内容も、そこから拾い上げられたデータだよ」

ユーラシア連邦がエネルギー支援目当てに中立国同盟に参加するに当たって行った、身辺整理の一つだ。

同様の非人道的な設備はいくつか存在したが、ユーラシア管内にあったものに関しては、既に全て摘発と接収が完了している。

 

ルナマリアが、ほっと胸を撫で下ろすように息をつく。

「……良かった。でもそれじゃあ、彼らも?」

 

問いかけにキラが重々しく頷く。

「そう、エクステンデッドは摘発時点での最新作、いや、最後作だ。身体能力を複数の薬物で強化、比較的思考は残るけど、記憶を定期リセットすることで戦闘力を安定させるアプローチだったらしい。特徴的なのが『ブロックワード』。特定の言葉を聞くと、ネガティブな感情が湧き上がって行動が抑制される。……レイダーのパイロットは、それが『死ぬ』って言葉だったんだろうね」

物悲しげに目を伏せるキラを見て、シンも不安げな表情を浮かべる。

 

「そんな……! 治るんですか?!」

レイの傷口を血のにじむハンカチで押さえたまま、シンがすがるように問う。

 

その言葉に、ようやくキラはわずかに表情を緩めて首を縦に振った

「ラボを摘発した時に、研究員も拘束できたのが大きかった。中には、後悔して協力的な人も居てね……。保護された子どもたちの治療も進んで、少なくても今のところは、予後は良いって聞いているよ」

 

シンが安堵のため息を漏らす。

その横で、レイがシンの手をやんわりと押し退け、ハンカチを自分で押さえた。

「シン、ありがとう。……お見苦しいところを見せました。ですが、その様な悪行、到底許しておくわけにはいきません。この拠点は落としましたが、ミネルバは継続して任務に?」

冷たい瞳の奥にどろりとした感情を滲ませるレイに、キラは静かに首を振る。

 

「まずは治療のために、彼らをオーブの医療施設に送り届けないといけない。そうでなくても、艦と機体の補修、あとデータ解析も必要だからね。まだ確定じゃないけど、ミネルバはオーブで一度休息になると思うよ」

一応は量産機であるムラサメとドムを運用し、艦歴もあるアークエンジェル隊と違い、ミネルバ隊は艦も搭載機も新製品だ。

キリのいい今のタイミングで一端オーバーホールを行い、修理と運用データの解析を行おう、というのは自然な流れだった。

 

「私だけでも継続して、追撃任務に当たることは出来ませんか?」

「レイ?!」

矢継ぎ早に志願するレイに、シンが思わず素っ頓狂な声を上げる。

それは一時的にせよ、ミネルバから降りるということを意味していた。

 

「……少しゆっくりしても、いいんだよ? カオスもデータ分析しなきゃいけないし」

「構いません。機体も必要なら乗り換えます」

困ったように気遣うキラに対し、レイの言葉は鉄のように固かった。

キラは短くため息をつくと、懐から小型端末を取り出した。

 

「……分かった。アークエンジェル隊に掛け合ってみよう。彼らは下がってもパナマまで、このまま任務を継続するはずだから」

 


 

「レイがあそこまで思い詰めるなんて……初めて見たわ」

出港したミネルバのレクリエーションルームで、ルナマリアがポツリと呟いた。

椅子に座ったまま足をプラプラさせる。

いくらか上層部でやり取りはあったそうだが、やはりミネルバの行き先はオーブとなった。

今後の方針決めも含めて、一ヶ月以上停泊する予定だという。

 

レイは言葉通りカオスとともに艦を降り、アークエンジェルへ乗り移っていった。

カオスのデータ解析は、元技術士官でMSの専門家でもあるアークエンジェルの艦長が、業務の合間を縫って直々に行うという。

補修も整備長の腕なら問題ない、ということらしい。

 

「……付き合いの長いルナでもそうなのか。でも、許せない気持ちもわかる。遺伝子操作が嫌いだからって、それならそれ以外は何してもいいだなんて……何考えているんだ、ブルーコスモスは」

向かいに座るシンが吐き捨てるように言う。

遺伝子操作を不自然だと嫌うのに、後付の()()は問題ないなどという考えは、どう考えても歪んだものだ。

 

「俺もアークエンジェルへ行ったほうが良かったかな……」

なおも下を向いて言い募るシンに、ルナマリアがため息を付く。

「諦めなさい。アークエンジェル側が、もういっぱいだって言うんだから」

 

元々アークエンジェル隊の所属は、ムラサメ3機にドムトルーパー3機。

アークエンジェルの巨体からすれば、スペースは十分に有るように見える。

しかし長期間にわたって単艦で行動する以上、補給物資もまとめて格納庫に収めて置かなければいけないのだ。

それぞれの予備機に、MSや艦の補修パーツ。

さらに場合によっては、分析のために撃破した敵の機体を積み込むことも有るだろう。

レイの移乗すら渋々受け入れられたと言うので、もう一機というのは土台無理な話だった。

 

 

「……ま、考え方を変えましょう。レイからもあの三人(エクステンデッド)を頼むって言われたし」

レイは、シン達にそう言い残して去っていった。

普段の彼らしくもない感傷的な言葉だったが、それだけ彼らに深く同情していたのだろう。

 

「……そうだな。次に会った時、レイに良い報告ができるといいな」

鎮静剤で眠らされたままの件の三人の姿を思い返す。

お互いオーブに居るならば、面会に向かうことも可能だろう。

治療は壮絶なものになるというが、どうか無事に治ってほしいと、シンは心から祈った。

 

思い詰めるような沈黙が漂う。

それを振り払うように、ルナマリアがパンッと手を叩き、明るい声を上げた。

 

「……さて、と! シン、オーブに着いたら色々と案内してもらうわよ! 貸しは山程溜まっているんだから」

ミネルバに乗り組んだ時は、慌ただしい転属手続きに追われて観光など出来なかったのだ。

ルナマリアのからかうような弾んだ声に、シンも毒気を抜かれたようにどもりながら頷く。

 

「あ、ああ、勿論。どこでも案内するさ。俺の、祖国だからな」

 

 

 

 

*1
フォビドゥンヴォーテクスを開発する余力はこの世界にはない。




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3章が全然進まない……。
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