SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択   作:reex

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話数管理を見直しています。第2話(下)→1-4


1-4

ストライクとメビウス・ゼロ、そしてキラが持ち込んだ救命ポットを回収したアークエンジェルは、最大戦速でアルテミスに向かっていた。

 

アルテミスは、ヘリオポリスと同じL3宙域にある。

月と地球を10日もあれば移動できるアークエンジェルにとっては、小旅行といった程度の距離だ。

それでもザフト最速を誇るナスカ級相手には追いつかれる可能性もあったが、どうやらその危機は去ったようだった。

 

「ナスカ級、進路変更。距離300から徐々に離れていきます!」

「ローラシア級は進路かわらず、本艦の追尾軌道にいます。距離500」

トノムラ(CIC管制官)チャンドラ2世(CIC情報分析官)からその報告を聞いた瞬間、マリューの肩から大きく力が抜ける。

豊満な体が揺れ、僅かにシートからずれた。

慌てて居住まいを正す。

 

「……諦めてくれた、ということかしら」

霞む目でモニタに映し出された航宙図を眺める。

進路を素直に受け取るなら、ナスカ級の行き先はL5。

つまりプラント本国だ。

 

「どうだかね。ローラシア級が追尾してきているってことは、少なくとも行き先を確認しようとしてるってことだろ?」

ムウがあくびを噛み殺しながら答える。

 

宇宙の時計は、グリニッジ標準時に合わせられている。

それに従えば、ザフトの襲撃から始まった1日がようやく終わろうとしていた。

いくらか仮眠を取ったとはいえ、軍人にも限界がある。

 

それはマリューも同じで、引きつけを起こした脇腹の銃痕が気付けになっているから起きていられる。

正直、立ち上がれるかすら怪しい。

 

「我々にとって望ましいことではありませんが、ザフトとて奪取したG兵器のデータをプラント本国に持ち帰る必要があるでしょう。ここはやはり、補給のため当初の予定通りアルテミスに寄港するべきかと」

副長として進言するナタルの目つきも鋭い、というより細い。

 

「……我々には、休息が必要です」

本来はある程度シフトを組むのだが、なし崩しで戦闘が始まってから以来、第二種戦闘配備(警戒態勢)が解かれていないから休む暇もない。

ただでさえ当初の襲撃による被害が甚大で、クルーの数は最小限を割り込んでいるのだ。

 

「学生たちにでも手伝ってもらえないですかねぇ……」

「ふざけるな! 軍事機密をなんだと思っている?!」

思わず漏れたパル(射撃指揮官)のかすれた声にナタルは怒るが、語調の割りに迫力がない。

 

ブリッジクルーは皆、限界だった。

「……キラくんたちの様子はどうでした?」

 

先程様子を見に行ったムウに、マリューは問いかける。

 

「拾った避難民ともども、眠ってたよ。……彼らに取っちゃ、自分たちの家がなくなったんだ。ショックも大きい。今ぐらいは、休ませてやりたいな」

優しさをにじませてムウは呟く。

沈黙がブリッジに満ちた。

 

「……避難民も、本来は乗せたくなかったのですが……」

苦い唇で述べるナタル。学生組には触れられなかった。

 

「あの状況では無理があるわ。全速航行中に放り出すわけにもいかないし……。デブリの具合が酷かったから推進機の破損は致命的よ。中立国相手とはいえ、最低限の民間人保護は軍人の責務と思いましょう」

諭すようにマリューが告げる。

同じ境遇の避難民がいることが、学生組の慰めになればと思った。

 

 

なんとか気を張りながら更に1時間ほど航行する。

ローラシア級との距離も広がり、警戒態勢を解いてもいいか、という状況が見えてきた。

 

 

再びCICが声を上げる。

「アルテミスの防空圏内に侵入、警告が来ています!!」

「ローラシア級は位置固定しました!」

 

マリューは力を振り絞って声を上げる。

「本艦はこのまま位置固定。アルテミス管制に電文、当艦は大西洋連邦所属の特務艦。アルテミスへの寄港を望む。オクレ! 私達の士官IDもつけなさい。……何かあればアルテミスが反応するはずよ。少し、休みましょうか」

 

その言葉に、黙って舵を取り続けたノイマン(操舵士)は崩れ落ちた。

 

 

 


 

 

 

CE71/1/26

アルテミスは、地球連合において大西洋連邦と対を成す双璧、ユーラシア連邦が所有する宇宙基地だ。

規模こそ小さいが、光波防御帯:アルテミスの傘と呼ばれる防御装置を持ち、ザフトも手を出さない。

 

「……というか、辺境にありすぎてザフトも相手していない。ほとんど宇宙の孤島だな。仮にここに降ろされたってどうしようもない、って程度には。物資の補給も難しいし、人を受け入れる余裕はないだろうな」

トールは、戸惑いながら周囲に座る学生たちにそう語りかけた。

部屋の入口を封鎖する兵士が剣呑とした雰囲気を出すが、飄々としたままだ。

兵士の方も、流石に怒鳴り込むのは自重している様子。

 

 

トールたちや、キラが拾ったヘリオポリスの避難民たちは、悄然としたまま朝を迎えていた。

そして地球連合の基地に入港すると聞いて、安堵の息を吐いたのもつかの間。

入港した途端、アークエンジェルは武装した兵士やモビルアーマーに取り囲まれた。

銃を持ってなだれ込んできた兵士たちは、クルーも避難民も問わず取り囲み、館内で一番広い食堂へと彼らを集めていた。

 

不安そうに小声で話す周りに比べて、トールの明朗な声はよく響く。

 

「でもトール……。ここで降りられないのはわかったけどさ、なんでこんな……閉じ込められるようなことになってるの?」

こちらも不安げな声で問いかけるミリアリア。

 

いい質問だねミリアリア君、とトールはおどけて答える。

「軍にとってはあると無いとじゃ大違いとはいえ、戦うつもりの人間にとっては左遷先と同じってこと。そっから栄転するための手土産に、仲間とはいえイマイチ信用ならない大西洋連邦の極秘情報ってのが丁度いいんだろうさ。ラミアス大尉たちもそうそう従わないだろうから、そのうちこっちにも訊きに来るんじゃないかな。……流石に本格的に対立するつもりは無いだろうから、いつかは解放されるよ」

そこまで言ってトールは周囲を見やる。

仲間たちはもとより、話を聞いた避難民たちも、いつかは解放されると聞いて多少落ち着きを取り戻したようだ。

 

「(入港前にフラガ大尉が言ってきたのはそういうことでいいのか?)」

「(だぶんそうだと思う。ストライクもバスターも起動ロックを20桁で再設定させられたから)」

サイとキラが小声で話すのが聞こえる。

入港前にキラやトールたちの部屋を訪れたムウは、キラを叩き起こしてドッグに連れて行っていた。

 

 

トールはぐーっと伸びをする。目尻から涙がこぼれた。

「チョットまだ眠いからここで寝るわ、向こうが来たら起こして。民間協力者として対応するからさ」

 

両腕を枕に机に突っ伏す。

「ちょっと、トール」

いつもは聞きたくてたまらないミリアリアの声も、今は耳に入らない。

皆の不安を打ち消す、優しくて頼りになるトール・ケーニヒであることは限界だった。

 

 

ぎゅっと目を閉じると、両袖が静かに濡れていく。

昨日はあまりの緊張と疲れに、気絶するように眠ってしまった。

だが、起きてしまえば現実が追いついてくる。

 

技術大国オーブが保有するコロニー、ヘリオポリス。

宇宙でも辺境にあり、開戦前からの緊張にも縁遠く、緩やかな空気が流れていた。

 

トールたちは、ヘリオポリス崩壊の瞬間をアークエンジェルの窓から見ていた。

人口の大地が千々にちぎれ、音もなく人の営みが無と化していく光景を。

 

死の恐怖に怯えながら両親の愛を注がれた家も、

運命に抗うと決めて駆け出した通学路も、

特訓に毎日通ったスポーツ施設も、

皆とともに穏やかな日常を過ごしたカレッジも、

ミリアリアと将来を誓った、あの小さな公園も。

すべてが露と消えて、二度とは戻らない。

 

(ああなると知っていた、俺だけが知っていて、なんとかできるとしたら俺だけだった。……でも、何にもできなかった。できたのはキラを巻き込んだことぐらいだ)

 

悪夢の中でもヘリオポリスは崩壊した。

しかしそれは突然のことであり、どうしようもないことだった。

死の時点では過去として受け入れざるを得ないことだった。

 

記憶を持つ今のトールは違ったはずだった。

でも力が足りなかった。

 

(力が欲しい。運命を打ち砕く力が、何もかもを押し曲げる力が)

悔恨と力への渇望を胸に、トールの意識は闇に溶けた。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、トール、起きて!」

ミリアリアに揺さぶられて目を覚ます。

僅かにまぶたが熱っぽい。

 

「パイロットと技術者だ! この中に居るだろう!」

奇妙な髪型をした軍人が脅しつけるように告げる。

トールはゆるゆると手を上げた。

 

 

「む?! ……何だ、まだ子供じゃないか! 嘘をつけ!」

厳しい口調で話す禿頭の軍人に対し、トールは力なく首を振る。

 

「ザフトに奇襲されたんで、正規の技術員は乗り込めなかったんです。自分は手伝いをしていた民間協力者ですが、それでもある程度の情報は持っていて想定もできます。……例えば、いま傘を閉じれば、奪取されたX207(ブリッツ)が侵入してくるとか」

 

トールはブリッツの特徴、すなわちミラージュコロイドステルスについて説明した。

特に宇宙空間においては、絶対的と言っていい隠匿性を持つ。

一旦アルテミスの傘を閉じてしまえば、容易に内部に侵入して傘のリアクターを破壊するだろう。

 

「むうう……! 大西洋連邦め、そんなものをむざむざ奪われるとは」

ヒクヒクと頬を動かす軍人の怒りもわかる。

軍事的に考えれば、G兵器の中で最も危険なのはブリッツだ。

 

 

「おそらくアルテミスにとって、最も危険な機体だと考えて説明しました。他の機体についても概略をお話するぐらいは可能ですが、それ以上は流石に権限がありません。……一旦、傘を閉じて月本部と交渉をしてもらえないでしょうか?」

事前に考えていた文章を読み上げるように伝える。

 

「なっ?! 傘を閉じるなと言ったのはキミだろう?!」

 

「今ならアークエンジェルの戦力が使えます。リフレクター発生器周辺を重点的に守れば、流石に攻めてこないかと。……また逆に言えば、最初は必ず単機で現れるのです。撃破してしまえば、アルテミス圏内に漂流する”ザフトの”機体です」

表情を固く固めたまま、トールは軍人の質問にそう答える。

 

軍人は軽く目を見開いてそのまま頷いた。

「なるほどな。……通信については検討しよう。他の機体について説明できることはデータにまとめて提出するように。……キミは、ナチュラルかね」

 

トールは思わず首を傾げた。何の話だろうか。

「わかりました、チップにまとめておきます。それと、ナチュラルです」

 

ニヤリと笑いながら軍人が問うてくる。

「私はアルテミス基地司令のジェラード・ガルシアだ。名前を聞いてもいいかね」

 

トールが名前を告げると、「覚えておこう」と告げてガルシアは去っていった。

 

ふぅ、と息を吐いて椅子に座り込むと、サイがチョークスリーパーをかけてきた。

「やるなトール! いつの間にそんな話しぶりができるようになったんだ?!」

 

「なんとか誤魔化しただけだよ!! ……キラ、また負担かけてゴメンだけど……」

首を絞められたままトールがキラに謝ると、キラは首を振った。

「いいよ、みんなを守るためだから」

キラの透明な微笑に、トールはまた胸を痛めた。

 

 

 

 

月本部との通信と、ブリッツの襲撃への対処のため、アークエンジェルのクルーや学生たちは一時的に解放された。

 

キラがストライクで出撃に備えていると、ノーマルスーツを着込んだトールが現れた。

「よ、キラ。今大丈夫か?」

 

「トール?! どうしたの?!」

キラにとってこの格納庫は、悪い意味で軍人と自分だけのスペースだった。

トールの姿があるのは違和感しか無い。

 

「いや、どうしても話したくてさ」

トールの声はいつになく硬かった。

 

「ヘリオポリスが壊れたのを見て、思ったんだ。俺、何もできなかったって。……キラにばっかり戦わせるのも、もう嫌なんだ」

 

少し息をつぎ、言葉を探すように続ける。

「この交渉で少しでも部品を貰えれば、バスターが直せると思う。俺が操縦できるように、OSを組んでほしい」

 

トールの真剣な眼差しに、キラは息を呑んだ。

彼はキラにとって、ヘリオポリスの日常そのものだ。

そのトールが、戦場に出ようとしている。

 

「半分巻き込んだようなもんだろ? キラにばっかり戦わせるのも申し訳ないし……」

 

「そんな、トール……」

あれは仕方のないことだった。

そう告げようとした言葉を、見開いたトールの眼差しが引き止めた。

 

「俺にだって、守りたいものがあるんだ。……難しいようだったら、MAかなんかでも借りるからさ、ちょっと考えてみて」

 

押し負けるように「やってみる」と告げると、トールは感謝を告げて去っていった。

(トールまで戦場に立つなんて……。僕は、守れるのか?)

 

 

 

その後、傘を閉じての通信回線が開かれ、キラたちは防衛についていた。

案の定現れたブリッツは、いくらか攻撃を仕掛けたものの、早々に諦めて去っていった。

 

どうやらアルテミスと月本部の間で取引が交わされたそうで、データと引き換えにMA(メビウス)や武器弾薬、食料等物資がアークエンジェルに搬入されることになった。

アルテミスのドックへ戻り、アークエンジェルの格納庫に向かう道すがら。

慌ただしく作業を進めるドックの片隅に、ブリッツに容易に引き裂かれたMA(メビウス)の残骸が残る。

 

キラが乗っていることを差し引いても、ストライクならああ迄簡単にやられなかっただろう。

もしキラが手伝わなければ、トールもああなってしまうのだろうか。

 

暗い想像にキラの胸が引きつるように痛む。

自分のせいでトールが死ぬなんてことになったら、どうなるかわからない。

 

(OS、完璧なものを作らないと)

アークエンジェルの格納庫でストライクから軽やかに降りると、眼の前に固定されるバスターを見上げた。

 

 

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