SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
実はこの章、シンの出番が殆どありません。
抜けるような青空を、からりとした風が吹き抜けていく。
南太平洋の陽光を浴びて、緑白赤のトリコロールに彩られたムラサメの編隊が、一糸乱れぬ旋回を見せた。
彼らが残した白いスモークが、空に巨大な文字を刻んでいく。
それは、コーディネイターの象徴である"
コーディネイターが、地球人類の一員である証拠として建てられた国家の名。
そしてその首都機能を担うべく、最初に完成されたギガフロートの名前だった。
既にオーブ側、大洋州側からの橋梁や、駅となるギガフロートも徐々に建造が開始されている。
ちょうど中間点に置かれたこの
今日は、首都の完成と橋梁の本格着工を祝う式典が開催されようとしていた。
『いやー、凄い人だかりだな。わざわざプラントからも大勢来ているんだろ?』
式典用に飾り立てられたソードインパルスから、シンが明るい声を上げる。
同じ様に装飾の施されたアビスから、ルナマリアが真剣な表情で毒づく。
『プラントどころじゃ無いわ。世界各国の首脳や、巨大企業のトップが勢揃いよ。もしここに核の一発でも落ちれば、世界は終わりね』
『怖いこと言うなよ?! だから宇宙からも地上からも完全な監視をしているんだろ?』
シンが慌てたように声を張り上げた。
宇宙からはCOMPASS宇宙部隊とTERMINALが。
地上からはミネルバ隊、アークエンジェル隊に加えてユーラシアのザムザザーやゲルズゲーも警備にあたっている。
人類の新たな一歩。
そう銘打たれたこの式典は、それだけの人が集まるだけの意義と、それだけの警備を敷く必要があった。
式典の様子も、全世界に中継されるという。
英雄であるキラは、フリーダムDを侍らせながらも重苦しい軍服を着て式典に出る必要がある。
だから今のミネルバ隊は、シン、ルナマリア、そして一時はアークエンジェル隊へ出向していたレイの三人で警備にあたっていた。
『……レイ? さっきから黙ったままだけど、何かあったのか?』
心配するように機体を寄せてきたシンに、カオスに乗るレイは通信越しに首を振った。
「……いや、何でも無い。ルナマリアの言うとおりだ。シンも集中しておけ」
『はーい。分かりました』
シンの気の抜けた返事を聞きながらも、レイは痛みの走る自らの胸を押さえた。
(……そろそろ、なんだろうな)
ギルバートの指導の下、通常の軍人以上の周期で行われる定期検診。
その数値が悪化しだした。
見た目はそれほど変わらないが、消化機能が低下し、拍動にはノイズが混ざりだした。
クローンの宿命、急激な老化現象。
それが、未だ年若いレイを襲い始めていた。
(それでも、良い人生だった。……そう言っても良いんじゃ無いか?)
幼少の事は思い出したくも無いが。
ラウとギルバートに救い出され、それなりに幸せに過ごすことができた。
途中からはタリアという母と、ウィリアムという弟も加わった。
(……ウィリアムも、すっかり大きくなっていたな)
今回の式典には、ギルバートも家族を同行させていた。
1年ぶりに直接会った弟はぐんぐん背を伸ばしており、もう数年もすればレイの身長に届くだろう。
それでも久しぶりに聞いた「兄さん!」という呼びかけには心が躍った。
(それに、同類を救う事もできた)
アークエンジェル隊に加わり、大西洋連邦内の人体実験施設の摘発にも参加した。
悲惨な現場にフラッシュバックを起こすこともあったが、少なくない子供達を救出することができた。
(俺の生きた証は、未来につながった。ギルのデスティニープランの行く先を見れないのは残念だが……)
ギルバートは、確実で抵抗の少ない手段を選んだ。
時間を掛けて進むデスティニープランの導いた世界を見れないのは残念だったが、ギルバートなら墓に語りかけてくれるだろう。
『なあレイ、次の休養日だけどさ。また隊長の家いってカラオケ借りようぜ! ルナもいいだろ?』
『良いわよ? 私の美声に聞き惚れなさい』
苦笑を浮かべて「わかった。しかし、今は任務は果たせ」と釘を差す。
思えば、彼らとの付き合いも長くなった。
自分が死んだとき、こいつらは悲しんでくれるだろうか。
らしくもない感傷が頭をもたげ、レイは思わず鼻で笑ってそれを振り払った。
アスランは冷や汗をしたたせながら時計を見やる。
(時間が無い……!)
先ほどから何度もオーブへ通信を試みているのだが、反応が無い。
おそらくは背後に迫る機体からのジャミングだった。
「チィッ?!」
ファトゥム11のスロットルを全開にしたまま、後ろから迫るビームを無理やり避ける。
アコードたちの痕跡を探していたアスランは、ユーラシア連邦に所属する小国、ファウンデーション王国にたどり着いていた。
連邦制である以上、ユーラシア連邦が抑えているとはいえ多少の行政機能と、国の権威は残されている。
先帝が崩御したばかりという国は、つい2年前に養女に迎えられた少女が引き継ぐという。
その名前が、アウラ。
近々行われるという戴冠式でその姿を掴むため、アスランはエヴィデンスでの式典護衛の予定もキャンセルして、ファウンデーション王国に潜伏していた。
その戴冠式が、急遽中止になったという。
よりにもよって式典の当日に発表されたその連絡に、アスランが不審を覚えたのは当然だった。
慌ててファトゥム11に飛び乗り、エヴィデンスに向かおうとした航路の途中での待ち伏せも、予想していなかったといえば嘘になるのだが。
「速すぎる……! このファトゥムが振り切れないとは……!」
偏向可能と思わしき中央の
振り切る事もできず、火力でも圧倒的に不利。
アスランにできるのは、死に物狂いで回避機動を取りながら、少しでも目的地へ近づくことだけだった。
(せめてMSがあれば……!)
隠密行動におけるファトゥム単独の身軽さは重宝したが、今この時はMSの機動性と火力が欲しかった。
アスランの懊悩は、進行方向の雲海を割って現れた新たな機影によって完全に打ち砕かれる。
「ッ?! もう一機だと?!」
全く同じ巨体が立ち塞がり、雨あられと高速ミサイルが放たれる。
アスランはファトゥムのビーム砲で辛うじて迎撃しながら、ギリッと歯を食いしばった。
「……クソッ!!」
機首を大きく下に向ける。
この戦力差では、もはや突破は不可能だった。
残された手段は唯一つ。
(その巨体では、海中までは追ってこれまい!!)
爆音を立てながらファトゥムを海中に突っ込ませる。
ひどい振動が機体を襲ったが、なんとか機体は保ってくれた。
(テキストメッセージだけでも送れれば……!)
一瞬でも通信が確立すれば良い。
だが、敵機は未だ海上に居座っているのだろう。
無線通信は沈黙を保ったままだ。
「……俺は、また間に合わないのかッ!」
アスランの嘆きが、空虚にコックピットに広がった。
そこら中に置かれた中継用のカメラが、太陽の光を反射する。
式典の開幕を告げるオーブ軍楽隊の勇壮な演奏に耳を傾けながら、キラは耳元に違和感を感じた。
(風……?)
海の上であるこの場所では、そう簡単に風の方向は変わらない。
今の季節、南太平洋上では南東の貿易風以外は吹かないはずだった。
キラの目が虚空を見つめる。
僅かに、滲んで見えた気がした。
「ッ!! 待避してください!!」
突然キラが張り上げた大声に、音楽がふっと途切れ、周囲の要人たちが怪訝な表情でキラを見つめた。
構わず
だが、遅かった。
「な、何だアレは?!」
賓客の一人が空を指差す。
つい先程まで青空が広がっていたはずのそこには、漆黒の人型が重力を無視するように浮かんでいた。
その大きさは50mほど。
以前オーブを襲い、データ解析後にデータベースに登録されたデストロイすら上回るサイズだ。
その機体がいくつもの有線端末を空中に踊らせるのと、胸元の砲身が陽電子を吐き出すのは同時だった。
「……あ」
キラの口から、間抜けな息が漏れる。
目線の先で、光に照らされた装甲がほどけて、小さな泡に覆われ──次の瞬間、爆発を起こした。
「うわぁああ?!」
爆風に吹き飛ばされ、地面に転がる。
地面に激しく叩きつけられ、身を擦りながらなんとか衝撃を殺すと、すぐさま顔を上げた。
「そんな……フリーダムが……」
乗り続けた愛機、平和の象徴とまで謳われたフリーダム。
それはあまりにあっけなく、僅かな残骸を残して露と消えていた。
茫然とする間も与えられない。
MSから100m近く飛んだ有線端末から、輝かしい緑の傘が開いた。
空を覆い尽くす半透明の境界面からは、大気が急激に熱された強烈なオゾンの匂いが漂ってくる。
「閉じ込め、られたのですか……?」
地面に転がるキラに駆け寄り、白いドレスの裾を汚しながら手を差し伸べたラクスもまた、呆然とその光の檻を見上げていた。
「なんなんだよコイツは?! どこから出てきたんだ?!」
突然現れた漆黒の巨体に驚愕したのは、警備にあたっていたミネルバ隊も同じだった。
展開された緑の傘をMSで取り囲むが、迂闊に手が出せない。
半透明の光の向こうには、怯えて身を寄せ合う賓客達の姿が透けて見える。数人がパニックを起こして緑の傘に触れようとしたが、発せられる異常な熱気にあぶられ、悲鳴を上げて後ずさっていくのが見えた
浮遊していたMSは、巨体にもかかわらず振動すら響かせずに地上へ降り立った。
『ミラージュコロイドステルス……?! しかし、熱源反応など無かったぞ?!』
警備のため沖合に停泊しているミネルバから、通信越しにトダカの驚愕の声が響く。
ミラージュコロイドステルスの弱点は、熱源反応まで隠せないことだ。
空に飛んでいればスラスターの熱が赤外線センサーで捉えられるハズだった。
そして地上も海中も、警備のMSが隈無く探していた。
地上に置かれていたなら、100%気付くことができる。
レイの分析が滑り込む。
『あの巨体だというのに、着陸の衝撃が見受けられなかった。……まさか、
『そんな事、どうでも良いわ! まずは中の人たちを助け出さないと!』
ルナマリアが吠える。
3連装ビーム砲2門、
『これならどう?!』
アビスの全力砲撃。
広範囲にわたるソレは、僅かな隙間でもあれば内部へ破壊をもたらしただろう。
しかし発生器を地面にめり込むようにしてまで展開された傘は、小揺るぎもしなかった。
それどころか、内側に立つ巨大MSの拳の先から、報復とばかりに極太のビームが薙ぎ払う。
「ルナっ?!」
シンが心配の声を上げるが、ルナマリアは冷静だった。
『嘗めないでよね!』
空中に跳躍して回避すると、そのまま変形。
4つの実弾を土産代わりに放ちながら距離を取る。
しかし、放たれた砲弾もまた、緑の傘に触れた瞬間にジュワッと音を立てて消滅した
『外からの攻撃は弾くのに、中からの攻撃は通す……。
レイの分析に、シンはコクピットで顔を引きつらせた。
ハイペリオンに搭載されていた、絶対防御装置。
ザムザザーなどに搭載される陽電子リフレクターとの違いは、まず内側からの攻撃を通すため一方的に攻撃が可能なこと。
次いで発生器を展開することで、一方向への盾ではなく、全方位への鎧としても機能すること。
そして、バッテリー機では数分しか展開できない燃費の悪さだ。
シミュレーター上では、シンもハイペリオンを試したことが有る。
「……おいおい、アレってエネルギーバカみたいに食うから、ハイペリオンのライフルは
アドゥカーフ社の工廠で、ユーラシアのハイペリオンGが撃破された原因が、全方位攻撃により光波防御帯の全面展開を強制された結果のバッテリー切れだ。
目の前の巨大MSが、その巨体に見合ったサイズのバッテリーを持っていたとしても、展開したままアレだけの攻撃を行えるか。
なにより、範囲が広すぎる。
ハイペリオンでも機体の直ぐ側を覆う程度だが、機体が大きいとはいえ自機を中心に半径100mはある半球状に展開されている。
通信のつながる全員が薄々と察して口ごもる中、派手な風切り音を轟かせて1機のエクリプスが降下してくる。
『おいッ、フリーダムがやられたのか?! キラは?!』
焦燥と、僅かに怯えが混ざった声。
シンに聞き覚えはなかったが、レイはそうではなかったようだ。
『ケーニヒ小隊長! フリーダムが撃たれたのはヤマト隊長の搭乗前でした。ただ、他の賓客と同様に内部に……』
レイの返答に、通信越しに大きなため息が響く。
『はぁ……良かった。まぁキラが乗り込んでたら、そうそうやられるわけ無いな。……それで? 詳細な状況を聞きたい』
『……ああ。見る限り相手は大人しくしている。今のうちに』
トダカが唸るように告げると、特務小隊やアークエンジェル隊も通信が繋がれられ、情報が共有された。
『ラクス様が囚われただと?! ヤマトは何をしていた?!』
『坊主も一緒って言ってただろ? ……しかし大事だな。あのデカブツがちょっと動くだけでどれだけ人死がでるか……』
編隊を組んだムラサメが緑の傘の周囲を警戒するように旋回する。
内部に生身で閉じ込められた人質は100人以上。
しかも、ラクスやカガリ、ウズミを含む、世界の要人たちだ。
『……光波防御帯を展開し続けて、ビームまで撃ってきている。それでいてバッテリーが切れる様子がない。……つまり、核動力の可能性が高いわね』
アークエンジェルの
シンは「やっぱり、そうですよね……」と返すことしか出来ない。
『ミラージュコロイドステルスとレビテーターで長時間空中に潜伏。要人が一点に集まったタイミングで光波防御帯を展開して閉じ込める、か。……核動力でも足りるか?』
ムウの疑念は当然で、核動力機はチャージが途切れないだけで、一度に消費可能な容量というのはあくまで機体に依存する。
だが、トールの呆れの声が否定した。
『あのサイズですよ? 通常のMSに搭載するのに比べて、いくらでも大きくできる。……いや、冗長性を考えたら動力炉を2、3台積んでいるのかな』
通常のMSが18m前後なのに対して、あの機体は50m前後。
相応の火器やレビテーターを搭載していたとしても、充分なスペースがあるはずだった。
『……それじゃあ、もし倒すことが出来ても……』
体勢を立て直したルナマリアが、恐る恐ると疑念を浮かべる。
『人質もろとも、ドカン! ……かな。そもそも倒せるかもわからんが』
ムウの軽口は、しかし苦虫を噛み潰したような響きを帯びていた。
『……どちらにせよ、人質を取ったということは何かしらの要求があるはずだ。各員に伝達、監視を第一とし、不用意な攻撃は厳に慎め』
『
トダカの命令と、マリューの提案が交錯してからは、皆が押し黙るようにして緑の傘を見つめていた。
既に30分は経っただろうか。
ユーラシア連邦のMA部隊もにじり寄るように傘の周囲を固めているが、手出しはできない。
アクタイオン社からは、光波防御帯をブレードとして用いれば傘の内側に差し込むことができるとの回答があったが、相手の展開エリアが広すぎた。
集中させてブレード化するだけでは刃渡りが足りず、発生機を破壊できそうに無い。
機体に纏わせての侵入は、圧力に負けて内部のスペースが潰され機体が破壊されることが想定された。
軌道上監視から急遽大気圏降下してきたカナード・パルスCOMPASS1尉は、「キラのバカめ?! 情けない!」と罵りながらも、小型の
半透明の傘の向こうでは、特にナチュラルだろう賓客がぐったりしているのが見える。
まだ1時間も経たず、南半球では初秋とはいえ、降り注ぐ日差しと彼らを取り囲む熱源が、サウナの様な環境を生み出している。
「マズイわ……せめて交渉が始まれば、水を差し入れることもできるのだけれど」
COMPASSの制服に身を包んだマリューは、アークエンジェルの艦橋で呻くように声を漏らした。
脱水症状が進めば、それだけで死人が出かねない。
ずっとオープンチャンネルで呼びかけているのだが、巨大MSからは一切の反応がない。
人質の数が充分であることを思えば、交渉テクニックとして死人が出てこちらが追い詰められてから交渉を始める、という可能性すらある。
やきもきしながら外を眺めていると、
「オープンチャンネルに反応ありました! 前方の巨大MSからと思われます!!」
「すぐに開いて!!」
マリューが声をかけると同時、前面モニタにウインドウが大写しになる。
「……え?」
マリューが呆然と声を漏らすより早く、ウインドウの中の人物が口を開いた。
『……世界は、欺瞞に満ちている』
焦点の合わないどんよりとした瞳。
そして、感情の抜け落ちたようなひどく平坦な声で、その少女は語り始めた。
『血のバレンタインの20万の犠牲、それが悲劇だったとしても。……エイプリルフールクライシスの10億の犠牲と、ワシントンの400万の悲劇にはとても届かないと言うのに。コーディネイターは、悪いのは全てパトリック・ザラだと言い放って、自らの責任を逃れている』
頬は僅かにこけ、通信越しにわかるほどその赤毛はパサついていた。
それでも、その虚ろさは、彼女の美貌を引き立てる道具にすらなっていた。
『ワシントンに居た私は知っている。あの場所がどんな地獄だったか。平和に暮らしていた人々が、どんな姿に変えられたのか。……それを行った者たちのことを、許すことはない。それを許した者たちのことも』
憎悪の言葉とは裏腹に、少女の表情は人形のようにぴくりとも動かない。
だがマリューは、確かに彼女がワシントンに居たことを知っていた。
父の無事を祈っていたただの少女の姿が脳裏に浮かび、口元がわななく。
「どうして……貴方がそこにいるの?──フレイ!!」
『だから、これは……天罰なのよ』
言い終わるが早いか、通信が途切れる。
巨大MSの腕がゆっくりと持ち上がり、その野太い
フレイの生存フラグは第一部で一応建てております。
次話でも触れますが、どこに行こうとしていたかですね。