SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
オルフェの指が、デスクをトントンと叩き続ける。
寄せられた眉と併せて見れば、その機嫌の悪さは傍から見てわかるほどだ。
エヴィデンスに置かれた迎賓館の一室がファウンデーション王国に貸し与えられ、情報収集の名のもとにパニッシュメントの
わざわざ行った小芝居の結果、世論の後押しの下にブラックナイトスコードがエヴィデンスの警備にあたるという方針が発表され、エヴィデンスの統治についてもファウンデーション王国の関与を認められる、との風説が世界を賑わせた。
だが、そこから実際の統治や権益に食い込む交渉が遅々として進まない。
下っ端を介した事務手続きが殆どで、上層部とは時折通信ごしの会談があるばかり。
(アコードの能力やデスティニープランについて……何かしら掴まれているのではないのか?)
どこからか情報が漏れたのか、それともアコードの事を未だ知らされていないはずのラクスが、実は覚醒しているのではないか。
そう警戒感を募らせ、遠回しにギルバートに確認しても『心配することはない』の一点張りだ。
よもやデスティニープランの提唱者であるギルバートが裏切るとも思えず、近い内に地球へ再度降りるのでそこでじっくり話そう、と言われると足踏みせざるを得ない。
戴冠式やユーラシア連邦から実権を超え取り戻す工作のため、アウラはファウンデーション王国を離れることが出来ない。
一人残していくわけにも行かず、
エヴィデンスにはオルフェの他にイングリット、
こうなってくると、シュラがまともに動けない影響が出てくる。
アコードたちはいずれもコーディネイターを超える性能を持つが、やはり得意分野はある。
戦力としてのシュラはオルフェすら超えるほどで、彼がアウラの護衛に付けば、王国に何人も残す必要がないのだが。
(シュラの行動は何時も後になってから問題になる! 迂闊が過ぎるぞ!)
COMPASSに面の割れているシュラは、表立っての護衛や交渉につくことが出来ない。
しかもCOMPASSに顔を晒したことを報告してきたのは、エヴィデンスへの攻撃の方針をアウラが示したあとだ。
COMPASSに所属するスーパーコーディネイターを威力偵察し、本物であることを確認したとは聞いていたが、てっきりMS戦だけかと思いきや、その直前にわざわざ顔を晒したという。
せめてダニエルの様にマスクでもしていればよかったのだが。
今は遊撃戦力として一人宇宙へ向かっている。
イライラを堪えながら交渉相手のプロファイルを作成していく。
立場は当然として、性格、能力、人間関係に至るまでを極限にまで突き止めていく。
この辺りは面会も容易な、立場の低い人間から
面と向かって能力を効かせることも出来ない以上、こうして相手の勘所を掴んでいくしか無い。
自分の記憶の中でまとめた情報を、共有しやすい様に整理していく。
その指がふと止まった。
「ラクス・クライン……」
思わず漏れた声には、憎しみと憧憬と困惑が入り混じっている。
本来オルフェとともに世界を支配するはずの彼女は、オルフェとの対話をにべもなく打ち払った。
手を触れた瞬間感じた運命は、叩かれた手と冷酷なまでの瞳に崩れ去った。
ラクスが何故そこまでねじ曲がってしまったのか、既にオルフェはその一端に触れている。
(……キラ・ヤマト……!)
断じてクラインという
ラクスのことを知る誰もが、二人がとても仲睦まじい夫婦だと証言する。
ただのビジネスカップルのハズというオルフェとアウラの想定は、少なくても身近に接する人々の認識においては外れているという。
(そんな筈がない。そんなはずが……)
ギリギリと奥歯を噛みしめるオルフェに、ソファに腰掛けるリデラードが鼻を鳴らす。
「今のところ、姫様はこちらに付きそうにないんでしょ? エヴィデンスを掌握してから改めて考えればいいじゃない?」
オルフェは射抜くようにリデラードを睨めつけるが、当人はどこ吹く風で自分の爪先を磨いている。
アコードの中でも最も年若いリデラードは、周囲にも甘やかされた結果、有り体に言って生意気だった。
「リデルの言う通り、姫様のことは……一旦置いておきましょう」
人の分析を行うオルフェと反対に、世界情勢の分析を進めていたイングリットが立ち上がる。
その白い手をリデラードの肩にのせると、リデラードが「やめなさいよ」といって振り払う。
アコードの中でもイングリットとリデラードの二人は、同じ姓を名乗るだけあって
むしろリデラードは、ひと際イングリットに反発していた。
(湿っぽいのよ。この女は)
リデルの苛つきをよそに、イングリットが言葉を続ける。
「それより気になっているのは、姿をくらませたクルーゼとフレイのことよ。あの二人が下手に動いて王国と式典のテロの関係性が露見すれば──」
「うるさい! 元はといえば、お前がきちんと面倒を見ていないからだろう!」
イングリットの懸念をオルフェの怒声が押し留めると、彼女は下を向いた。
フレイを抹殺したうえで行方不明として足取りを消し、脅威がまだ終わっていないと世界の側に認識させる。
そのための裏方として働いていたはずのクルーゼだったが、式典の後、フレイ共々アコード達の下に帰ってくることはなかった。
パニッシュメントのコックピットの残骸が見つかったことで、世界に対して最低限の工作は出来ているのだが。
リューなどは「
何度も行われた読心によって、クルーゼがアウラに忠誠を誓い、二心ないことが確認できている以上、大したことはないと切り捨てているのだ。
一方で、オルフェも内心としてはイングリットと同様だった。
あの不気味な男が何をしでかすか。
その不安が、進まない交渉への焦燥感と相まってオルフェをずっと苛立たせていた。
「……それで? どの面下げて妾の前に顔を見せた? しかもその小娘を連れてまで。小娘が見つかればどうなるか、わからぬ訳でも無かろう」
アウラはもはや興味もなく、塵芥を見るような目で玉座からクルーゼを見下ろした。
周囲にはアコードであるリュー、ダニエル、グリフィンの三人しかいない。
密談が幾度となく行われる玉座の間は、戴冠式を経た後になっても余人の立ち入りは制限されている。
なによりアコードがアウラの護衛についているのだ。
自分を崇拝する存在としてクルーゼの存在を許容していたアウラだったが、今や全世界がアウラを称賛している。
相対的にクルーゼの価値は落ちた。
さらに、処分を命令していたフレイを、パイロットスーツ姿のまま後ろに侍らせている。
リューは自分の予想があたったとせせら笑いながらも拳銃を構え、銃口をフレイに向けていた。
テロの実行犯であるフレイがここにいることが判明してしまえば、マッチポンプの証拠を掴まれてしまいかねない。
ここで処分し、MSのビームで焼却してしまえば遺骸も残らない。
そう考えているのだろう。
わざわざ読心などしなくとも、その程度のことはわかる。
「……まずは、こちらを。COMPASSとブルーコスモスのアズラエルの裏交渉の確証を掴みました。アズラエルの資産凍結解除を引き換えとした、ブルーコスモスへの内部干渉。通話中の動画と、その後にやり取りされた文書を記録しております」
クルーゼの言葉に、アウラは目を見開く。
構わず薄笑いを浮かべて続けた。
「既にCOMPASSの武名は、ブラックナイトスコードに先を越された事で失墜しております。ここで裏取引の実情を公開し、その名誉も穢してしまえば……」
「寄る辺を無くした民衆や、あるいはラクスもこちらにすり寄って来ると? ……なるほどのぅ、それは確かに妙手じゃ」
アウラの笑みに、邪なものが乗る。
ラクスの身柄はどうしても世界統合に必要、というのがアウラの考えだった。
お高く止まってこちらと距離を取ろうというらしいラクスの、その足場を崩して自らの足元に跪かせるというのは、中々に痛快な話だった。
「ブルーコスモスに潜入しましたが、こちらを完全に身内と考えているようでした。……これも行動の結果というものです」
「フム……そのためにフレイを拾い直したのか。危ない橋を渡ったな?」
アウラのからかうような言葉に、クルーゼは胸元に手を当てて頭を下げる。
「この後フレイは、二度と陛下のお目に入らぬようにいたします……。どうか役目を果たした彼女に救いを与えて頂けませんでしょうか?」
沈痛なクルーゼの声に、沈黙が広がった。
やがてアコード達が声を漏らして笑い、アウラが侮蔑の表情で見下す。
「……なんじゃ、やはりその程度の考えだったのか? 功績を上げれば命を助けてやれると?」
頭を下げ続けるクルーゼの頭に、アウラの手の内の扇が投げつけられた。
バシッという大きな音がなるが、クルーゼは小揺るぎもしない。
そしてその背後のフレイは、状況もわかってないのかぼんやりと宙を眺めているままだった。
「愚か者が! その様な小娘、舞台装置として使った以上はもはや用済みよ! 妾に迷惑を懸けるでないわ、この失敗作めが!!」
アウラが叫びとともに手を振ると、リューの手元の銃が火を吹く。
ヘルメットを被る頭部は、拳銃程度では撃ち抜けない。
胸元に数発の銃弾が放たれると、フレイは糸の切れた人形のようにパタリと倒れた。
「……それは、彼女がナチュラルだったからでしょうか?」
深々と頭を下げたまま、クルーゼが静かな声で問いかけるが、すぐさまアウラの怒声が響く。
「戯言を! ナチュラルもコーディネイターも、等しくアコードと妾にとっては奴隷に過ぎん!」
(……こんなものか)
ここまでのやり取りは、フレイの腰元に仕掛けたカメラとマイクでしっかりと動画に残した。
背後からの画角はアウラの狼藉をしっかり捉え、一方でクルーゼの姿は背中しか写っていない。
分割された思考の奥底で、クルーゼは冷酷に秒読みを開始する。
胸に当てていた手をすっと滑らせ、服の下に隠したグリップを握り込む。
アコード達が警戒として行っている読心も、クルーゼの思考の表層しか読み取れない。
ひょいと下げていた頭を上げた瞬間、殺意というシグナルすら発することなく、パァンと乾いた音が響いた
脇を締めて小さく構えた拳銃から、丁度水平に銃弾が飛び、寸分たがわず目の前の童女の額にポッカリと穴が空いた。
「……っ」
悲鳴を上げる間もなくアウラが玉座に崩れ落ちる。
同時に、クルーゼの銃声に反応し、
元より強固な防弾インナーを着込んだフレイに、拳銃程度の弾は貫通しない。
打撲や骨折程度の痛みなど、調整された生体CPUが気にするものではなかった。
その手元から3つのグレネードが放られるのと、アコード達が「なッ?!」という叫びを上げるのは、ほぼ同時だった。
その合間にもクルーゼは、身を伏せて流れるような動作でリューに向かって銃を放つ。
三点バーストの銃弾がリューの腕の関節を正確に打ち抜き、銃を構える動作そのものを粉砕した。
無造作に放られたグレネードは、事前に調整された通りに時間差で起爆する。
爆風がクルーゼの髪を揺らし、痛みに身を翻していたリューの姿が爆炎に消えた。
「何してくれてんだぁッ?!!」
爆風を切り裂き、獣のような跳躍で飛び出してきたのはダニエルだ。
抜刀したナイフがクルーゼの首筋を狙う。
しかし、クルーゼの分割された思考は、その軌道を完全に認識し終えていた。
逃げ場のない空中に置くようにして放たれた銃弾が、ダニエルの喉笛に噛みつく。
ダニエルの習慣であるマスクが、吐き出された大量の血を内側に閉じ込め、無様にむせ返らせる。
それでもなお闘志を捨てずにナイフを逆手に持ち替えて躍りかかってくるダニエルを、せせら笑いを浮かべて躱す。
すれ違いざまに接射。
こめかみの薄い骨を突き破った銃弾が、アコードの優秀な脳髄をかき混ぜた。
バタリと意思を失った身体が倒れこむ。
「ダニエル?! 貴様、クルーゼ!!」
グレネードから一人逃れたグリフィンが、クルーゼに向かって銃を放ちながら駆け抜ける。
グリフィンが重厚な玉座の裏に隠れた頃には、クルーゼの身体にもいくつかの穴が空いていた。
「……パパ。大丈夫?」
ぼんやりと虚空を見つめたまま、クルーゼに問いかけるフレイが、機械的な動作で銃を連射し、グリフィンを玉座の裏に縫い留める。
クルーゼは血を流しながらも、嘲りに満ちた笑い声を響かせた。
「この程度は想定内だ。……さて、グリフィン様? 劣悪種に追い詰められた気分はいかがかな?」
片手で傷口に治療パッチを押し当てながらも、銃を構えたままクルーゼは嘲笑する。
コーディネイターであれば、銃を向けられればとっさに避けるぐらいはできる。
アコードならば尚更だ。
しかしそれは、警戒していればこそ。
なまじ心を読めるアコード達は、常在戦場の心がけがない。
ありえない筈の予想外が起きれば、どれだけ優秀な脳でも判断を下す刹那の隙が発生する。
無意識に身体を動かす脊髄反射は、アコードといえど少しは反復訓練を行って身につけるしか無いが、それをしているのはシュラぐらいだ。
クルーゼは、分割思考によって常に警戒や戦闘に意識を
最初からそのつもりで防弾インナーといった装備も整えているし、僅かな隙があればそれを突くことは容易かった。
一方でフレイは、
クルーゼの不慣れな作業で少々人格が傷ついたようだが、構うことはない。
反復調整によって、フレイはクルーゼの指示に100%従う。
人形として扱うには充分だ。
「貴様……! もういい、お前など
挑発によって刈り上げたグリフィンのコメカミには、今頃血管がビキビキと浮いているだろう。
言葉とともに、心の奥底を突き破ろうという
だがそれも、クルーゼの思惑通りだ。
「……ッ?!……!!」
深淵に触れたグリフィンは、言葉を発することも出来ず玉座の裏でガタガタと震える。
クルーゼはそろりと歩み寄ると、睥睨してその頭を撃ち抜く。
念入りに、頭部にもう一発、そして心臓にも。
背後では同様に、フレイが事前のプログラム通り、アウラ、リュー、ダニエルに間違いのないトドメの銃弾を撃ち込んでいた。
血塗れの玉座の間を見回しながら、改めて思う。
(やはり、運命だな。これは……)
この場に戦闘に関しては努力を惜しまないシュラや、どうやらクルーゼを警戒しているらしいオルフェがいれば、こう上手く行くことは無かっただろう。
アコードの能力に頼り切りな3人相手だったから、クルーゼの裏切りとアウラの死という予想外で意表を突くことが出来た。
思えば最初からそうだ。
あのヤキン・ドゥーエでの戦い。
陽電子砲の閃光がプロヴィデンスを呑み込む刹那、直感に身を委ねて真空の宇宙へ飛び出した。
機体の核爆発が生んだ衝撃は、彼を
導かれた先にあったのは、ミーティアを射出した後は誰に省みられるでもなく、開け放たれたドッグに鎮座していたエターナル。
無人のそれに入り込むことさえできれば、戦後の混乱に乗じて逃げ出すことは容易だった。
とはいえ、レジスタンスのリーダーとなり、休戦協定でプラント側の代表となったギルバートを頼ることは出来ない。
手元の老化防止薬を切らしながらも、話には聞いていたギルバートのかつての共同研究者を探し出そうと試み、写真で見ただけのアコードに、そしてアウラに遭遇した。
今となっては、本来のアウラならたとえユーレン・ヒビキの名前を出そうが治療を引き受けることはなかったように思える。
それが気まぐれに治療薬の開発に向き合い、やっつけ仕事であったはずのソレが成功した。
あまりにもできすぎた奇跡の連鎖。
かつて友人であったギルバートの唱えた遺伝子による運命など、クルーゼは欠片も信じていない。
愚かな傑物、アル・ダ・フラガと自分を同一視したことなど無いからだ。
だが、思いつくままに行動した結果、クルーゼは生き残るだけでなく、さらなる力を手に入れていた。
自我を拡大し、暴走した脳細胞が回復とともに身体に残した、並列化されたコンピュータのような分割思考と表層思考のコントロール。
アウラによって与えられた、若く強靭な体。
アコード達のもたらした強烈無比な兵器群と、少人数で管理するために高度に自動化された整備・生産設備。
所詮はただのパイロットであった男が、今や一国に比肩する戦力を動かせる。
己の歩んできたこの異常なまでの
運命、あるいは、世界そのものの意思。
ならば、自分に与えられた役回りとは何か。
嘗て、ジェネシスという絶対的な死の恐怖を前に、交わらないはずのナチュラルとコーディネイターが、一つの目的に向かって団結した。
COMPASS──それに参加したデュエイン・ハルバートン、ラクス・クライン、キラ・ヤマト、アスラン・ザラ。
あるいはレジスタンスを率いたギルバート・デュランダル。
彼らに全ての思いが託され、
それこそが絶望の中に灯された、
しかし──見方を変えればどうだ。
限られた一部の存在に全ての責任を押し付け、民衆は後ろで怠惰に救いを待っていただけではないか。
そこから思い描いた、自身の役割のアップデート。
「まだ足りぬ。まだ有る。私はまだ、
言ってしまえば、
再び
盤面から勇者や英雄という
それとも、やはり怠惰に救いを欲しがり、最後には目をそらして滅びを迎えるのか。
だが、物理的に取り除くだけではダメだ。
特に既に世界を救った実績のあるCOMPASSの面々は、死して
だからこそ
そのための鍵は、既に集まった。
民衆は見たいものしか見ないが──だからこそ、裏切られたと感じたときの怒りは、何より苛烈だ。
実際にテロを防げなかったCOMPASSは、期待を裏切った故にに石を投げられ始めている。
わざわざ
今まさに手にしたアコードによるマッチポンプの自供。
ついでに言えば、ギルバートとアコード達が手を結んだ写真や資金供与といった、密月の残滓。
全ての証拠は揃った。
COMPASSは、その正義と権威を失う。
代わりとなりえたアコードも、また失陥する。
取引によって変節したブルーコスモスは、内ゲバで荒れる。
プラントを握るギルバートも、釈明に追われてもはや身動きは取れないだろう。
(後は……)
絶望を振りまく手段。
それも見当はついていた。
2部のラスボスを考えた際に、1部の流れから議長をラスボスにするのはどう考えても無理→議長とラクスが組んだ時点でアコードもプチっといっちゃう。
ということで、ご都合主義は承知の上で再生怪人の出番となりました。
闇のSEEDお兄さん爆誕。