SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
イザークは思わず立ち上がり、
「それでは、ユニウスセブンの落下をただ座して見ると! そうおっしゃるのですか?!」
熱のこもった言葉が部屋を揺らしたが、せせら笑うような冷えた空気が残っただけだ。
中央に座るデュランダル議長も、瞳を閉じて指を組んでいる。
周囲に目配せが飛び交う中、一人がおずおずと口を開いた。
「しかしねぇ、ジュール議員。今のプラントには、戦力が無いのだから……」
目を吊り上げた別の議員が言葉を受け継ぐ。
「ザラ派との内戦が終結して以降、MSの配備数も厳しく制限されている。向かったところで、何ができるというのだ?」
ユニウスセブン残骸の軌道変化を受けて急遽開かれた、プラント最高評議会。
しかしカリスマを傷つけられたデュランダル議長は、反発を恐れてイニシアチブを取ることができず、周囲には白けた空気が漂っていた。
議員たちの言葉通り、前大戦のジェネシス発射の咎を問われたプラントには、自由に動かせる戦力がない。
有事の指示を出すはずだったTERMINALは、ラクスの更迭によって意思決定と指揮系統が麻痺している。
組織も人員も残されてはいるが、緊急事態に対して主体的に動ける状態ではない。
その上のCOMPASSまでごたついているのだから、当然と言えば当然だった。
最低限の防衛部隊こそ残されているが、宙域監視すらおぼつかないそれは、本当に最後の守りだ。
易々と動かせるようなものではない。
「必要なのは大艦隊ではありません!」
それでもイザークは身を乗り出した。
「戦艦を一隻二隻動かすだけでもいい。作業ポッドを送り込み、メテオブレイカーを設置するだけでも構わない! 必要なのは戦力ではなく、行動する意思です!」
吠えるように語りながら周囲を見回す。
だが、議員達の反応は鈍い。
もちろん、彼らの懸念にも理はある。
今のプラントが艦を動かせば、それ自体が新たな疑念を生む。
混乱に乗じて、再び地球へ反旗を翻すのではないか。
あるいは現状そのものがプラントの仕込みではないか、と。
だからこそ、誰もが責任の所在を恐れていた。
やがて、一人が肩をすくめた。
「しかし、仮に落下したとしても、被害を受けるのは地球側だ」
その言葉に、立ったままのイザークは額に血管を浮かべ、拳を叩きつけた。
ガンッ!!
コーディネイターの腕力に耐えかねたテーブルが、鈍い音を立ててひび割れる。
思わず身を引いた議員たちに、イザークは再び言葉を叩きつけた。
「その“地球側だから関係ない”という考えこそが! 先の大戦を生んだのだと、我々はようやく認めたのではなかったのか!!」
まさしくエヴィデンス建国にあたって、カガリ・ユラ・アスハが述べたとおりだ。
地球は地球、プラントはプラント。
ナチュラルはナチュラル、コーディネイターはコーディネイター。
そうしてすべてを他者として切り離した末に、自分以外をまとめて敵としたのが先の大戦だ。
権威が傷つき、エヴィデンス建国が止まったとはいえ、誰もが一度はその論理を認めたはずであったのに。
バツが悪そうに視線をそらした議員達を睥睨した後、イザークは大きく深呼吸した。
萎縮させたところで、何も変わらない。
口喧嘩ではないのだ。
相手を黙らせるのではなく、納得させなければ意味がない。
目の前にいるのは敵ではなく、イザークと同じく人々の
(……別に、彼らとて地球の被害を望んでいるワケではない)
そこが思想に狂ったザラ派と、現在の議会の違うところだ。
プラントの経済や物資は、地球と密接に絡みついている。
だから地球が被害を受けるのは望ましい話ではない。
そうは言っても、地球が滅亡するのでも無ければ、プラントへの影響は軽微というのも事実だ。
だが事実は、現実で覆される。
議員になって、山ほど経験したことだ。
「そも、安定軌道にあったユニウスセブンが落下を始めること自体、何者かの作為があったことは明白。下手人が何者かは不明です」
言葉を区切って周囲を見やる。
顔色をうかがいながら、必死に脳内で話す内容を組み立てる。
「議長との関係を差し置いても、アウラは元々プラントの人間です。例の第三勢力の正体も不明。ザラ派残党の線すら、完全には否定できない」
話の行く先を察した何人かが眉をひそめる。
彼らだって、本当は分かっているはずだ。
「もし犯人がプラントの関係者であるなら、つい先日と同じように、地球側からの突き上げが来ます。仮に無関係だったとしても、我々が沈黙していた事実だけは残る。実際に関わっていない以上、無関係を示すことは悪魔の証明です。ならば今ここで、明確に阻止の立場を取る必要がある」
政治や外交の世界では、実際に何ができたか以上に、何をしようとしたかが問われることがある。
その政治能力を認められて最高評議会へたどり着いた議員の面々にとっては、釈迦に説法だろう。
能力以上に、
それなのに目をそらしているのは、惰弱な自己保身、ただの優柔不断に過ぎない。
デュランダルが君臨していたときは、彼らも実務能力をいかんなく発揮し、プラントを支えるだけの力を持っていたはずなのに。
(……だから、攻めるべきは
自らの心を言葉に紡ぎ出し、彼らの共感を得る。
直情的で言葉を荒げがちなイザークにとっては、はっきり言って向いていない。
そもそもプラントの選挙は、AIによる
イザークは望みもしないのに祭り上げられただけで、政治家になるつもりなど欠片も無かった。
だが、コーディネイターの未来のために。
誰もが生きるために、できる限りのことをする。
それが亡き母への誓いだ。
「……落下軌道にあるのは、ユニウスセブンです」
つばを飲み込み、静かに語りかけると、議員達も悼むように下を向く。
この中にも遺族は居る。
そして血のバレンタインの復讐は、当時のプラントの総意だった。
「我々の悲しみの象徴であるユニウスセブンが、地球に対して凶器として向けられている。もし落下すれば、地球に住む者にとって、その名は憎しみの象徴となるでしょう……私は、
地球連合とプラントの大戦が、当事者同士の小競り合いではすまなくなった最初の切っ掛けが、血のバレンタインだ。
エイプリルフール・クライシスと、その後の大戦に
彼らにとってユニウスセブンの名は、善悪とは別次元の忌々しい存在として記憶されている。
「戦後もプラント最高評議会は、ユニウスセブンの移送や戦争遺物としての展示を行いませんでした。何故ならば、地球連合の暴虐を騒ぎ立てると同時に、我らの
押し黙っていたデュランダルが、「ああ……その通り」と静かに頷く。
悲劇の尺度を被害の大きさで表せば、血のバレンタインは矮小化されかねない。
むしろエイプリルフール・クライシスやジェネシス照射の、あまりにも大きな犠牲にかき消されかねなかった。
だから静かに祈り、世界の傷が癒えるのを待った。
血のバレンタインが歴史となったとき、ようやく世界の隠然とした非難にさらされることなく、二月十四日を悼むことができるはずだった。
「……エヴィデンス建国が順調に進んだなら、数年後にはできたかもしれないが。今となっては、な」
デュランダルが静かに語り、下を向く。
世界を一歩進めるための施策は、足を踏み外したようにたたらを踏んだ。
もはや足を向ける先は塞がれた。
そう捉える者も少なくない。
「……墓標は砕かれ、凶器となってしまった。だからこそ我々が供花をささげ、誰も傷つけないようにする。それが我々にできる、せめてもの事だと考えます。──どうか、ご再考を」
反論は返らなかった。
少なくとも、その場でイザークを嗤える者は、もういなかった。
果たしてプラント最高評議会は、中立国同盟──実質はユーラシア連邦に対して、ユニウスセブン落下阻止への協力を打診。
だが、その申し出が受け入れられることはなかった。
新たな支配者として、
プラントに対しても、破壊ではなく軌道変更を第一とするため、憂慮の必要はないとの回答があった。
「最近はベトナムコーヒーにハマっていてねぇ。言ってしまえば安っぽい味なんだが、少量でボディがしっかりするから、ブレンドのしがいがある」
熱々のマグカップを来客の前に置きながら、バルトフェルドはニヤリと笑う。
目の前のイザークは小さく会釈すると、「頂戴します」と言ってコーヒーを啜った。
苦みに僅かに顔をしかめた様子だったが、再び上げた視線は真正面にバルトフェルドを捉えた。
「単刀直入に申し上げます。貴方に、
「……おやおや、一介の学者に、何故そんな事を? ユニウスセブンの軌道変化については、僕も聞いているがね?」
イザークの視線をやり過ごすと、バルトフェルドは自分の分のマグカップに口をつける。
(うん。これも良いねぇ)
バルトフェルドがこうしてイザークと顔を合わせるのも、一年ぶりにはなるだろう。
前大戦終結時のプラント内部のレジスタンスには、バルトフェルドは関わっていない。
そもそも、HLVに揺られて地上から逃げ出し、プラントに帰り着いたのは、ジェネシス照射とほとんど同じタイミングだった。
パトリックが国内の統制を強める中、宇宙港から出ることすら許されず、ようやく外に出られたのは、ヤキン・ドゥーエをレジスタンスが掌握し、パトリックの捕縛が進む中だったのだ。
その後はTERMINALに所属することもなく、アイシャとともに悠々自適の民間人生活。
ただし、完全な隠居というわけでもない。
ザラ派との内戦においては、その
死ななかったものが──死ねなかったものが、どう生きるか。
その問いに対して、バルトフェルドは存外真面目に向き合ってきた。
民間復員への段取りや思想チェックを担当していたイザークとも、その頃からの付き合いだ。
「ユニウスセブンが地球への落下軌道に乗ったことに対し、プラント最高評議会は協力を申し出ましたが……ユーラシアは拒否しました。独力で軌道変更を実施すると」
「……なるほど。“一人で出来るもん”、と言ったところか。ユーラシアも調子に乗っているねぇ」
イザークの食いしばるような言葉に、サラリと返す。
学者としてのバルトフェルドは振動物理学と広告心理学が専門だが、後者は政治的プロパガンダと非常に近しい。
状況さえ分かれば、思惑ぐらいはすぐに掴める。
「今のユーラシアであれば、普通にやれば問題なくできるでしょう。……が、この事件を起こした実行犯が、黙ってそれを見ているとは限らない。必ず妨害があると考えるのが自然です」
「それはそうだろう。よりにもよって、ユニウスセブンだからな。犯人が誰であれ、そうでなければならない政治的思惑があると考えるのが自然だ。……とはいえ、ユーラシアもそれは見越しているだろう?」
常識的に考えて、わざわざユニウスセブンという、多数の人間の耳目を集める存在を使うだけの理由があるはずだ。
ユーラシア側も、それに対応するだけの余力を持って作戦に臨むだろう。
「何事にも想定外は起き得る、そう考えます。その上で──プラント最高評議会は、ユニウスセブンの静謐が崩されたことに鎮魂の思いを込め、追悼船を出すことにしました。直接、供花と祈りを捧げると」
イザークの静かな言葉に、バルトフェルドは眉をひそめ、思わず問いかけた。
「……地球軌道上で?」
「地球軌道上で」
返答はあまりにも端的なものだった。
思わず興味を惹かれたバルトフェルドは、顎先で続きを促す。
「今、プラントの工廠には、エヴィデンスの総旗艦となるはずだった
あけすけな
受け入れても、作戦の主導権はユーラシア側にある。
むしろ、プラントが弔意を名目に膝を折り、未完成とはいえ新造艦まで差し出したという絵になる。
もちろん、ユーラシアの監査官も乗るだろうし、通信も航路も見張られる。
それでも、遠くから祈るだけよりは遥かにマシであろう。
「ふーむ、なるほどねぇ。それで、いざとなれば、と」
追悼船名目でも、引き渡す前提なら手土産として作業機材や最低限のMSを積んでおくことはできる。
顎を指先で撫ぜるバルトフェルドに、なおもイザークが畳み掛ける。
「戦場での判断力、復員に協力してきた実績、プラント市民の認知度。そしてなにより、今の政府や軍の正式な指揮系統に属していない。貴方が適任なんです」
TERMINALの人員や、イザーク本人のような最高評議会に直接連なる人間では、政治的意図が透けすぎてしまう。
少なくとも表に立つ代表者は、民間人の方が角が立たない。
かつて大戦中のユニウスセブン鎮魂において、あくまで民間人であったラクス・クラインが代表を務めたのと同じ理屈だ。
実際の運用人員に関しては、TERMINALから出してしまえば良い。
その程度ならユーラシア連邦も否とまで言わないだろう。
バルトフェルドとてその理屈は分かるが、気になる点があって、おずおずと問いかけた。
「……それってさ。実際に行動に移したときは、“民間人の暴走”にするってことだろ? 後の始末はつけてくれるのかい?」
「……緊急避難が成立するよう、全力で弁護はします」
普通であれば、責任は自分が被るというものだろうが。
イザーク一人が被れる責任ではなければ、議員の辞職で済む話でもない。
プラント最高評議会が正式に庇えば、追悼船の建前そのものが崩れる。
である以上、他人に泥を被ってもらう必要がある。
バルトフェルドは、しばらくイザークを見つめた。
そして、堪えきれないように吹き出した。
「ぷははッ?! いや、政治家だねぇ! イザーク・ジュール!」
その言葉に、イザークは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
自宅の公務端末で、ユーラシアに提出するミレニアムの航路計画を確認しながら、ギルバートは小さく息を吐いた。
(イザーク・ジュールが、ああも政治家がましくなるとはな……)
彼の遺伝子適性としては、即断即決で行動できる現場要員が第一。
鍛え上げれば現場指揮官まで、というところだった。
だからレジスタンスの現場指揮官としての活躍は、むしろ想定以上で、プラントの政治転換においても大きな役割を果たしてくれたのだが。
それが理と意思で議員たちを束ね、更に提案を断られてもなお諦めないとは。
追悼船というグレーゾーン的なやり口はギルバートの提案だが、それはイザークの熱情に突き動かされてのことであったし、実行するための根回しも、イザークが自ら行ったことだ。
直情径行の言葉通りだった、数年前とはまるで別人。
男子三日会わざれば、とはいうが、ギルバートとイザークはヤキン・ドゥーエ以降、週に数日は顔を合わせていたというのに、内面がそこまで育っていたとは皆目見当がついていなかった。
むしろほんの半年前までは、ギルバートの子飼いの議員として、汗をかく
そしてギルバートもまた、それ以上の役割を期待してはいなかった。
政治家としての資質。
相手の顔色を読み、怒りを抑え、理屈と感情を使い分ける。
責任の所在を曖昧にしながら、それでも場を前に進める力。
それは、イザーク・ジュールの生来の適性ではない。
少なくとも、ギルバートの見立てでは。
エザリア・ジュールの死。
祭り上げられた最高評議会議員の立場と、その中でギルバートの手足として動いた経験。
そして、ギルバートの政治的失墜と、その中で起きた事件。
(外部からの刺激が、私の見積もりを上回って成長を促した、というところか……)
遺伝子の配列が同じでも、その発現は環境や経験によって変わる。
どの遺伝子を、どの時期に、どの程度働かせるか。
肉体は外部との相互作用の中で、微細な調整を積み重ねていく。
遺伝子の発現制御まで含めての
ヒビキ博士のスーパーコーディネイターも、胎児期の発現の揺らぎを人工子宮で制御したに過ぎない。
同じ技術から生まれながら、
それでも総体からすれば、そうした差異は限られた条件で生じる
デスティニープランは、人類存続のための防衛策。
遺伝子によって配置を定め、最初から各人の手の届く範囲を制限することで、争いや絶望を無くそうというものだ。
その視点においては、外れ値はむしろ忌避される。
(しかし、それでも……)
思考を深めようとするギルバートの耳に、コンコンというノックの音が響く。
「……どうした?」
僅かに首をドアへ向けて問いかけると、小さく声が響いた。
「……お風呂、沸いてるよ。母さんも僕も、もう出たから」
「ああ……。ありがとう」
ウィリアムの声に、できるだけ穏やかに返す。
権威が失墜し、活動が制限された。
結果として在宅時間が増え、否応なしに顔を合わせる機会も増えた。
お陰で、多少の会話ぐらいは交わせるようになってきている。
(……どれもこれも、変わっていく、か)
止まっていた船が動く。
動けなかった議会が動く。
見積もりの外にあった人間が、予定より遠くへ進む。
人類を支える軸足が、
そこで立ち続けるのか、前に進むのか。
そのとき踏み出す足とは、何なのか。
それを書き記すには、覚悟が必要だった。