SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
次は8/7の12時前になります。
最終決戦執筆のモチベUPのため、感想・評価よろしくお願いいたします。
オノゴロのドックに、出番を待ちわびるように白い巨体が横たわっていた。
アークエンジェルの向かう先は、ひとまず月のプトレマイオス基地。
前大戦において、地球連合の月本部と呼ばれた場所だ。
大戦の終結に伴って基地機能はいくらか縮小されたが、プラントに依存しない宇宙拠点としての存在感は非常に大きく、多数の地球系企業が争うように空いた土地に入植した今では、月面都市の様相。
とはいえユーラシア連邦や東アジア共和国も宇宙における本部機能を残している。
オーブだって、幾らかは戦力を置いていた。
結果として、中立国同盟においても宇宙における軍備の中心という立場は変わらない。
人員を入れ替え、形ばかり再編成されたCOMPASSは中立国同盟の手足に過ぎない。
となれば、アークエンジェルも一旦着任書類を受け取ってもらう必要があった。
その後は先行しているミネルバと同様、月本部からの指示に基づいて行う敵の潜伏候補地点探索と、その合間の広域パトロールを担当することになっている。
両艦とも運用コストは高いが、単艦で充分な戦力となるからパトロール艦隊を組むよりは安く済むし、快速も活かせる。
極々小規模な敵を、ローラー作戦も組めない広大な宇宙で、という大海の一滴を探す任務ともなれば、コストパフォーマンスを考えざるを得ない。
そんな台所事情が透けて見えた。
とはいえ、肩で息をしながらアークエンジェルを見上げるシンにとっては、望む場所まで連れて行ってくれる銀河鉄道だ。
「……はーっ。間に合ってよかった。まったく、なんで今更荷物が紛れてたんだ?」
腰に手を当てながら息を整え、苦笑を浮かべる。
当然のことながら早めに乗艦し、
そこから事前に送っていた荷物を開封したのだが、身に覚えのない女物の荷物が大量に紛れ込んでいたのだ。
どの荷物にも軍のタグは付いていて、正規に搬入されている。
問題は、宛先がなぜかシンの部屋になっていたことだった。
正確に言えば、宛名欄にはシンの名前と並んで、見慣れない管理番号が記されていた。
管理番号を読み解けば何なのか判るかも知れないが、マニュアルがなければ無理だ。
少なくとも、シンが事前に聞かされていた荷物ではない。
最終的に元サヤとは成ったものの、人員配置で揉めた分アークエンジェルの出航はミネルバから半月も遅れており、今度は急かされているという。
結果として出航までの時間は乏しく、シンとしては大いに焦った。
艦内で聞き込んでも誰の荷物、というのがはっきりせず、仕方がないので荷物を運んできたドック管理に直接走っていって問い合わせてきたのだ。
(結局、そのまま積んでおけって言われたけど……。余所行きの荷物が紛れ込んでいたんだったら、持ち主が困っているんじゃないか?)
シンとしてはそう思うのだが、なにせ出航時間が迫っている。
書類上正しく処理されている以上間違いない、と強弁する管理員と論戦する時間も惜しく、シンは積んだままにして部屋のスペースが狭まるのを受け入れた。
そもそも軍港の荷物は、保安検査を通っていなければ艦内に入らない。
逆に言えば、タグがついている時点で、少なくとも爆発物だの危険物だのではないのだろう。
気持ち悪さは残るが、シン一人が騒いだところでどうにもならない。
「まぁ、なんかあったらまた連絡が来るだろ……」
返すのはだいぶ先になるだろうが、もはやどうしようもない。
そう思いながら警備ゲートをくぐり抜けると、接続ブリッジに歩み寄った。
粗方の乗員が乗艦し、人通りが少なくなったそこに、淡い色の服をまとった女性が立っている。
その姿を認めた瞬間、シンは背筋を伸ばした。
「ラクス様?! どうしてここに?」
ラクスはいつものように、柔らかく微笑んでいた。
肩に留まった青い小鳥のペットロボットが、平和そうに毛づくろいの仕草をする。
しかし、その背後には厳しい顔つきの男性が二人、それぞれがラクスと周囲を分担するように視界に収めている。
護衛という名の監視。
神聖さを傷つけられても尚、世界に影響を及ぼしうる個人に対する、各国の目だ。
しかしラクスは、その視線をなんでも無いように受け流して口を開いた。
「お見送りですわ。私にできることは、この程度ですから」
「そんな……」
軟禁されている家から出るだけでさえ、相当な苦労があるだろうに。
言葉に詰まるシンに、ラクスは姿勢を正して問いかけた。
「ご家族たちとは、お話しされましたか?」
言葉尻は柔らかいが、それは再び覚悟を問うだけの厳しさも備えていた。
「はい。……以前ミネルバに乗っていたときとは情勢が違いますから、やっぱり心配はされました」
各国の後押しを受けて、過酷では有るが十全の支援を受けての任務ではない。
世間の目も、今や苦労に見合うだけのものとは言い難い。
「父さんにも母さんにも、マユにも、俺がやらなくても良いんじゃないか、って言われました。でも……しっかり正面から説得しました」
それが決意を下した責任だ。
首に手を当てて苦笑しながら答えるシンに、ラクスは静かに頷いた。
「ステラも、最初は自分もついて行くって言ってたんですけど。……たぶん、納得してくれたと思います」
再び戦場に出ることを、ステラは止めようとはしなかった。
それは彼女のこれまでの生き方を思えば、当然でもあるのかもしれない。
ただ一方で、だったら自分もついて行って一緒に戦う。
そう言われたのは酷く困ってしまった。
シンが必死に説得したからか、次に訪れたときは大人しかったが。
シンがそう言うと、ラクスは一瞬だけ曖昧に微笑んだ。
その表情にシンは首を傾げかけたが、今は出航前だ。
立ち話をしている時間は、あまりない。
「必ず帰ってくるのですよ」
少しだけ低くなったラクスの声に、シンは真っ直ぐ頷く。
「はい!」
その時、艦側のハッチからマリューが姿を表した。
「ラクスさん、来てくれたのね」
歩み寄ってきたマリューに、ラクスは柔らかく頭を下げる。
「マリューさん……。どうか、ご無事に」
「大丈夫、いつもの仕事よ。……いつかに比べれば、欠片も大したことないわ」
マリューの苦笑いに、ラクスも苦笑で応える。
シンにはよくわからないが、恐らくは前大戦での話だろう。
キラもマリューのことを、長く共に戦った仲間だとよく言っていた。
シンはまだ話がある様子の二人に会釈をし、再び艦に乗り込もうとした。
(さて、もう一度スタートだ)
意気揚々と踏み出したが、耳にざわめきが届いた。
「だから、私たちもちゃんと乗員リストに載ってるって言ってるでしょ!」
聞き覚えのある声に、シンの体が固まる。
まさか、と振り返ると、警備ゲートの前で三人組が揉めていた。
金髪の少女。
青髪の少年。
そして、やや年上に見える青年。
シンは思わず息を呑んだ。
「ステラ……?」
警備員の一人が端末を睨みつけ、苛立ちを隠さず声を荒げる。
「監視対象者が前線艦に乗れるわけがないだろう! 大人しく戻れ!」
アウルが苛立ったように言い返す。
「だから登録されてる、ってば!」
シンが唖然と押し合う光景を眺めていると、ゲートにマリューとラクスが歩み寄った。
突然起こった騒ぎに、ラクスの監視員もそちらに目を引かれていた。
「失礼、艦側では受付しています。彼らは本艦の臨時登録要員です」
「は? そんな馬鹿な……」と警備員がたじろぐと、ラクスが畳み掛けるように言葉を継いだ。
「伺っているところでは、更生プログラムの一環として、身元引受人であるシン・アスカの監督のもとに乗艦する。出航中は艦長管理下に一時移管する。……そういう形になっているかと思います。ご確認を」
朗らかでは有るが、圧を感じさせる笑み。
警備員たちが慌てて連絡を取り始める中、シンもゲートの手前まで走った。
ステラはシンの姿を認めると、ぱっと顔を明るくする。
「シン!」
呼びかける声に、シンの足が止まる。
しかしぎこちなく歩み寄ると、かすれた声を絞り出す。
「……なんで」
未だ確認をしているらしい警備員を、スティングかニヤけながら押しのけると、ステラとアウルもそれに続いてゲートを越える。
「なんでここにいるんだよ……? 納得、してくれたんじゃなかったのか?」
「納得してないもん。ステラは、ステラのやりたいようにしているだけ」
低い声の問いかけに、ステラは困ったように首を傾げて答えた。
「そんな……?!」
思わず言葉を荒げかけたシンだったが、冷たい声がそれを遮った。
「貴方に、ステラさんを咎める権利はありません。──貴方と同じことをしただけなのですから」
ラクスの言葉に、シンの足が止まる。
そして、信じられないという表情でラクスを見つめた。
以前キラの邸宅で行われたカラオケ大会には、ステラも参加していた。
シンと同じ様にラクスの個人コードをもらっていれば、同じ様に乗員リストに入れてもらえるよう願い出ることは可能だっただろう。
シンの推察を察したのか、ラクスが小さく頷く。
怒りの表情を浮かべたシンは、ラクスににじり寄った。
「コイツラを、また戦いに引っ張り込もうだなんて……! 正気なのかよ?!」
戦いを怖いと恐れていたステラを、自由に生きてほしいと託された彼らを。
まさか、シンが心配だという程度の意思を引き受けて戦いに引き込んだのか。
命令され、薬で縛られ、恐怖で動かされていた彼女たち。
そんなものから、ようやく降ろせたはずなのに。
思わずその胸ぐらをつかもうとして伸ばされた手を、ステラの腕が引き止める。
「まって! 違うの、私たちで決めたの!!」
ステラの悲鳴とともに、スティングがシンの肩を抱く。
「勘違いするなよ、シン。言い出しっぺのステラはお前と一緒に居たいってのもあるだろうが、俺達はそうじゃねぇ」
スティングはニヤリと笑う。
「つまり今は、世界中が困っているわけよ。政治的理由で封印されていた艦を出すぐらいな。そんな中でなら……
更に笑みを濃くして、シンの耳元でささやきかけた。
「軍艦の中じゃ、艦長が王様だ。艦長が預かるってなりゃ、その間は首輪の管轄も変わる」
スティングは、肩に手を当てた反対の手でチョーカーの発信機を掴む。
「あとは逃げない、命令を守る、味方を撃たない、そんなのを積み上げるだけだ。……こういうのはお役所仕事だからな。フリーにしても問題なかった、って実績があれば監視の必要性も無くなっていって、最後には晴れて自由の身ってわけよ」
「んなっ……?! そんなの、ブルーコスモスと変わらないじゃないか?!」
身柄を掴んで、無理やり戦わせる。
スティングの理屈は、シンにはその様にしか聞こえなかった。
アウルが皮肉げにケヒケヒ嗤う。
「そんなこと言い出したら、軍人なんてみんなそうだろ?
そんな露悪的な表現に、僅かに顔が引きつる。
しかしアウルも、表情を真剣なものに入れ替えた。
「何もしなくても、いつかは解放されるかも知れない。でも、そんなことまで人任せってのはもう嫌なんだよ。……選べなかった訳でも、選ばされたわけでも無い。俺らが選んだんだ」
ぐ、とシンも言葉に詰まる。
彼らの選択を──選択の自由を奪うわけにはいかない。
そんなことをすれば、それこそブルーコスモスと同じだ。
「あのね、シン。……心配してくれるのは嬉しいの」
掴んだままのシンの腕を、ステラが抱きとめる。
柔らかな感触がして、そんな状況でもないのに少し焦る。
しかしステラの真剣な表情に飲まれて、気にならなくなった。
「でも、ステラたちにはもう、昨日があるから。明日に向かって、歩き出したいの。──
ステラと瞳を合わせ合う。
シンはやがて身体から力を抜くと、ゆっくりとステラとスティングを振り払った。
そして深く、深く、ため息を吐いた。
「あーっ、もう! わかった、わかりました! なんだか俺が悪者みたいじゃん!!」
頭を抱えるシンに、ステラがコロコロと笑い、スティングとアウルがニヤける。
やがてその様子を見守っていたラクスが、しずしずと歩み寄った。
「シン。……彼らの意思を認めたのは、私の責任でも有ります。恨むなら、私にどうぞ」
胸に手を当て、沈痛な表情を浮かべるラクスに、シンはガシガシと自分の頭をかく。
「いいですよ、もう!! でも、そこの三人組!!」
ズビシ、と目つきを鋭くしてステラ達を指さす。
三人はキョトンとした表情でシンを見つめた。
「お前たちの身元引受人は、そもそも俺だ!! だから勝手すんなよ!! 」
騒ぎ立てるシンに、三人は再び声を上げて笑う。
少し離れた位置では、未だにゲートの警備員があちこちに連絡している。
遠巻きにだが、ラクスの監視員も見張っている。
だが、若者たちの青いやり取りに、いささかの居心地悪さを感じているようだった、
それはマリューも同じだったが、自然に時計に目をやって、一歩脇に避ける。
少しして艦の側から、目を釣り上げたナタルが現れる。
「艦長、そろそろお戻りください。本艦の出航予定はまもなくです」
突き刺すような硬い言葉に、マリューは目を白黒させて声を上げた。
「ああ、ごめんなさい、ナタル。……ラクスさん、来てくれてありがとう。それでは、また」
ラクスが会釈をしながら「ええ、また」と手を小さく振ると、マリューは声が届くように口元に手のひらを添えた。
「警備の方!! ここに居る人員については、艦長権限で乗船を許可します!!」
そう叫ぶと、踵を返して小走りでアークエンジェルに駆け込む。
「ちょっと?!」という狼狽の声が返ってくるが、マリューが振り向くことはなかった。
一方で、その場に残ったナタルは厳しい表情のままだ。
「お前たちも早く乗艦しろ。アスカ准尉、艦の運行を妨げるつもりか?」
眉を寄せるナタルに対し、シンは慌てて背筋を伸ばして敬礼した。
「はい、いいえ、バジルール副長!! 申し訳ございません! ……ほら、お前らも乗った乗った!!」
シンが三人組の後ろに回り、手を振って押し込むような動作。
警備員が慌てたように足を踏み出そうとするが、
「お聞きのとおりです。許可を艦長が出しましたので」
ナタルの冷たい視線にたじろぐ様に下がる。
「乗艦申請は本艦で受領済みです。異議がある場合は、指揮系統に従って正式に照会を。……本艦は既に出航管制下にあります。ここで出航を妨げる権限は、貴官らには無いかと」
淡々と告げられた言葉に、警備員が口を噤む。
権限の有無、手続きの順番。
そういうものにおいて、ナタルの声には妙な説得力があった。
ナタルが身を翻して乗艦し、シンたちもぞろぞろと列を作って艦の中に入る。
列が途切れたと同時、エアロックが閉まった。
「……アレ?」
シンのごく近くに、なぜだか桃色の頭が残っている。
ナタルはため息を吐くと、通路のインターホンを取った。
「
エアロックのガラス越しにラクスの監視だった男たちが駆け寄ってくるが、自動的に離れて行く接続ブリッジを飛び越えることもできず、足が止まる。
「ラクス様。……なんで?」
ギギ、と音がしそうなほどぎこちなく、シンがラクスに顔を向ける。
「彼らに、軍艦の出航を止めるほどの権限はありません。飛び出した艦を止められるほどの上司に話が通るのは、アークエンジェルが宇宙に上がってからでしょうから」
ラクスがそう返すと同時、艦がゆっくりと動き出す。
マスドライバーが加速していく。
「いや、そうじゃなくて……」
戸惑うシンだったが、「所定の位置に」と呆れ顔のナタルに促されて、全員が再び歩みだす。
かって知ったる、とばかりに歩みを進めるラクスは、小さく振り返ると足を止めずに苦笑を浮かべた。
「建前上、私はただの無役、ただの参考人ですから。無形の圧力をかけることはできても、動いた後にその足を止めることは、彼にはできません。……引き止められないよう、段取りは工夫しましたが」
「段取りって……」
何が何やらわからず、シンは首を傾げることしかできない。
「月本部への同行申請は、現時刻の直前に合わせて提出されるように提出済みです。承認はまだ下りていませんけれど、却下もされていません。……それを艦長裁量としてマリューさんが一時的に預かった。ナタルさんは、そう処理できる最低限の書類を確認した。……そういうことですわ」
機械的に足を進めながらも、シンは唖然としてしまう。
ラクスが「ご協力、ありがとうございました」とステラ達に頭を下げたから、尚更だ。
「え……じゃあ、ステラたちを騒がせたのは、わざと……?」
ラクスは「ごめんなさい、シン」といって目礼すると、顔を再び前に向ける。
考えてみれば、ステラ達の乗艦をああもギリギリにする必要はない。
三人が許可を取っていたと言うなら、尚更早めに乗艦して手続きを進めるほうが賢明だろう。
ハッとして自室に届いていた荷物を思い出す。
「なぁ……。俺の部屋に、女物の荷物が届いていたんだけど……」
シンがそう言って周囲を見回すと、ステラが「それはステラの! 後で取りに行くね!」と声を上げる。
つまりはこういうことだ。
ステラの荷物をシンの荷物に混ぜることで、シンを艦の外におびき寄せる。
ラクスは接続ブリッジに待っておいて、同時にステラ達を呼び寄せる。
ステラ達の乗艦に関するトラブルで注目を集め、更にシンとステラ達の
そこから、手回ししておいたマリューとナタルを動かしてタイミングを調整し、どさくさに紛れてアークエンジェルに乗り込むと。
(……いや、こっわ?! 人をどれだけ掌の上で操ってんの?!)
シンの内心を現すように、肩が少し震える。
ラクスだってコーディネイターだから、最悪足に任せて駆け込む、という手もあっただろう。
しかし監視だってプロだ、怪しい動きを察知すれば、どう対応してくるか読めない。
だから徹底的に、監視の目に盲点を作ることに注力した。
どれだけ入念にシミュレーションすれば、こんな事ができるのか。
「……どうして、そこまで?」
問われたラクスの足が止まる。
そして視線を壁に向け、誰にも顔を見せることなく呟いた。
「キラに会いたいのです」
いっそ納得するしか無い、全てを置き去りにした感情論。
シンは、ぽかんと口を開けた。
「……それだけ、なんですか?」
「ええ」
あまりにもあっさりと頷かれて、シンは逆に困った。
そんなもののために、ここまで手を回したのか。
監視の目を欺いて、ステラ達まで巻き込んで、マリューやナタルにまで無茶をさせて。
そう思いかけて、しかし言葉にはできなかった。
ステラがシンと一緒にいたいと言ったこと。
スティングとアウルが、自分達の明日を人任せにしたくないと言ったこと。
それを、シンはついさっき認めたばかりだ。
ならば、ラクスのそれだけを否定するのは、どこか筋が通らない。
ラクスはゆっくりと振り返る。
その表情は、いつもの柔らかな笑みではなかった。
「シン。以前のお話からして……貴方はきっと、役に立ちたいのでしょう」
飛び込んできた直言に、シンは息を詰まらせた。
「キラのために。ミネルバの皆さんのために。ステラさん達のために。世界のために。……自分ができることを、できる限りしたい。そう思っている」
「それは……」
否定はできなかった。
自分が行けば、何かができるかもしれない。
自分が戦えば、誰かが助かるかもしれない。
自分が強くなれば、キラが戦わなくて済むかもしれない。
ずっと、そう思ってきた。
ラクスは小さく息を吐く。
「その気持ちは、とても尊いものです。否定するつもりはありません。……けれど、それだけで自分を動かし続けてはいけません」
「……それだけ?」
シンが首を傾げる。
「役に立てる自分にだけ、価値を置いてしまうからです」
穏やかな声だったが、妙に重かった。
「役に立たなければならない。間に合わなければならない。応えなければならない。そうやって少しずつ、自分の足で歩いているつもりのまま、逃げ道を塞いでしまう」
ラクスの視線が、ほんの少しだけ伏せられる。
「私も、キラも。そうしてきました」
シンは何も言えなかった。
ラクス・クラインとキラ・ヤマト。
平和の象徴と、世界を救った英雄。
シンが憧れ、誰もが頼りにしたもの。
その二人が、自分達の望みだけで立っていたわけではないことくらい、今なら分かる。
求められたから応えた、できてしまうから背負った。
それを正しいことだと思いながら。
ラクスは、まっすぐシンを見据える。
「だから、覚えておいてください。役に立つためだけに、貴方がいるわけではありません」
「……でも、役に立てるなら、立ちたいです」
思わず返した言葉に、ラクスはかすかに笑った。
「ええ。きっと、そうでしょうね」
その笑みは叱るものではなく、けれど甘やかすものでもなかった。
「ならばせめて、貴方自身も我が儘に、好きなように振る舞ってみるのもよろしいでしょう。……結局、誰にとっても──世界は自分自身のもの、なんですから」
苦笑に、しかしどこか嬉しげな色を混ぜてラクスが微笑む。
不意にステラが声を上げた。
「ステラは、あるよ。シンと一緒がいい」
あまりにも真っ直ぐな言葉に、シンは顔を引きつらせる。
「お前はもうちょっと遠慮しろよ……」
「やだ」
即答だった。
スティングが吹き出し、アウルがけらけら笑う。
その横で、ラクスも小さく笑った。
「私は、キラに会いに行きます。ステラさん達は、自分達の明日を取りに行く。貴方は……貴方自身で決めてください」
「……ズルい言い方ですね、それ」
お手上げとばかりに肩をすくめる。
「ええ。私は、わりとズルい女ですから」
何食わぬ顔でそう言われて、シンは脱力してまたため息を吐いた。
「……立ち話はやめてください。まもなくカグヤの発射台にセットされるはずです」
呆れ顔ナタルの声に、足を止めていた面々が慌てて駆け出した。
アークエンジェルが、宇宙に飛び立つのだ。
エンディング:Wings of words
次回予告:
誰もが迷い、それでも抗った。
だから未来は続いていくのだと、そう信じたい。
次章、シンの選択:Overcome the Desire "Resolve”。
運命を、自らのものとするために。
飛べ──ガンダム!