SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
トールがめっちゃフォローする上にアスランの出番減らしているので、原作よりキラのメンタルは正常です
CE71/2/3
『アンビリカルケーブル、ルート問題なし。相対速度、進入ベクトル、ともに許容範囲。カズイ、係留よろしく』
『わかった。電磁アンカー射出、1番、2番……固定完了。続いて吸着テザー射出。キラ、後よろしく』
『OK。……テザーを艦尾側まで延長完了、一旦固定するよ』
一時的に推進器を切ったアークエンジェルの艦底側。
地上での運用も想定してイーゲルシュテルン程度しか設備のないそこは、無重力では格好の試験場だ。
管制用にサイとカズイの乗る作業ポッドがアンカーで固定され、付近のコネクタからはカタパルト上のバスターまでケーブルが伸びる。
長く伸ばされた吸着テザーは、歩行試験を行うための手すりだ。
『宙域最終チェック。……妙に微細デブリが多いな。分光センサは……アンモニアを含む有機物? こんな所でか?』
所謂、土だった。しかも農業用の肥えた土。
今でこそプラントが無視しているが、長く農業生産を規制された宇宙では、そうそうお目にかかれない。
テストに変な影響があってはいけないと、作業ポッドはもとよりキラの乗るストライクや、監督しているアークエンジェルも周囲の宙域を監視する。
『な、なぁ。……アレじゃないか?」
震える声でカズイが宙域図にビーコンを打ちこむ。
その座標を確認した誰もが声を失った。
砕けた大地に、無惨に折れたシャフトが絡む。
茶色いエリアは、麦だろうか。
輪を描く氷の塊が、それらを取り囲んでいた。
惨禍の広がるきっかけ。
プラントの怒りの象徴。
<血のバレンタイン>の起きた場所。
ユニウスセブンが、そこにあった。
『……案外、綺麗なんだな』
沈黙を破ったのは、再びカズイだった。
見えないだけかも知れないが、望遠で捉えても被害者や建物の残骸といったものは見受けられない。
丹念に整地されたように、凍てついた大地が静かに漂っている。
『なんでも、アングラネットに戦端が開かれるのはユニウスセブンあたりで、連合が大量破壊兵器を持ち込んだって所まで噂が流れたらしい。直前で避難した人も居たとか。それでジャンク屋組合の大群が、手ぐすね引いて待ち構えてたって。プラントの依頼で、生存者や遺体の収容も相当頑張ったらしい』
ユニウスセブンの死者数は、公式発表に拠れば22万9021人。
それでも遺体が収容されたのは10万人程度だという。
黙祷を捧げ、トールは静かに思う。
ヘリオポリスと同じだ。
もっと力があれば、と思うよりなかった。
テストが再開したのは、30分ほど経ってからのことだった。
楽しむようだった雰囲気がいくらかしぼみ、通信のトーンも低い。
だからトールは、声を張り上げてキラに話しかけた。
「さぁキラ、テスト開始だ! まずはエスコート、頼むぜ?」
『……うん。わかったよ、トール』
推進力を切ったカタパルト上に、棒立ちのバスター。
駆動系はすべてロックされていて、通信以外は何も出来ない。
ストライクがカタパルト内に入り込み、腰を抱くようにしてバスターを艦底の試験場まで移動させる。
「バスター、足底部アンカー起動、艦体への吸着、問題なし。駆動ロックを解除しました」
『ストライク、警戒位置への移動、完了しました』
トールとキラの準備を確認して、サイが実験開始を告げる。
『管制側了解。こちらからの確認でも異常なし。アークエンジェルブリッジへ及び各機へ。
皆が固唾をのんで見つめる中、バスターの手が伸び、テザーを掴む。
そしてゆっくりと足を進めた。
無重力とはいえ、慣性は当然ある。
バランスの崩れは、無い。
「第1試験項目を消化。続いて第2項目へ進みます」
乾いた喉につばを流し込んで、トールは告げた。
肩に力が入るが、まだ何十項目とある試験項目の1つ目だ。
深呼吸して気分を整える。
『管制側了解。試験継続を許可します』
『ストライク了解。周囲及びバスター外観に異常なし』
テザーを手の内で遊ばせながら、バスターは早足から駆け足へ。
そこからスピードを緩めながら、停止。
僅かに前に出した右脚が、しっかりと機体を支えた。
フーッ、と息を吐く。
管制からは、サイの拍手が聞こえた。
その後も試験項目を進めていく。
膝立ちや伏せといった姿勢変更、そしてそこから再び起き上がる動作。
足底部アンカーを切ってテザーを掴んで跳ね、ぶら下がるようにして腕部での移動。
コマンド操作によりライフルを構える動作、射撃カーソルに合わせて体勢を自動調整する制御。
試験に合わせて移動したバスターは、テザーの終端へたどり着ついた。
「試験項目20まで消化。……空間機動試験へ移行します」
『管制了解、アンビリカルケーブル切り離しを許可します』
機体に接続されたケーブルを切り離すと、電源がバッテリーに切り替わった。
ケーブルの終端をストライクに渡すと、作業ポッドに取り付けたラックに、器用にくるくると巻き取っていく。
最後はアークエンジェル側のコネクタからも外し、しっかりと固定した。
(あそこまでは動かないなぁ……)
トールは苦笑する。
自動制御の役割の多い今のOSは、人体のような器用さはない。
エールストライカーを装備するストライクが手を差し出し、バスターの手としっかり握り合う。
足底アンカーを切ったバスターは、フワリと宙に浮いた。
艦から50mほど離れたところで手を離し、ストライクもゆっくりと離れていく。
「試験項目21、スラスター噴射試験を開始します。……ぶぁ?!」
ごく僅かに、スラスターを吹いたはずだった。
しかしバックパックは予想以上の火を吹き、バランスを崩した機体はその場でグルグルとスピンしだす。
『あー……スラスターの出力連動、うまくいってないね。それに推力軸が重心と交差してないや。この辺も自動化かな』
キラの冷静なコメントが突き刺さるが、回転し続けるトールはそれどころではない。
スラスターを切ってAMBACでスピンを切ろうとするが、うまくいかなかった。
そこに鋭い声がかかる。
『アークエンジェルよりストライクへ!! 噴射光に反応したと思わしきMSを発見した。強行偵察型のジンだ、逃さず撃破しろ!」
慌てて『りょ、了解!』と返したキラは、ビームライフルを構えて飛び去っていった。
数瞬後、爆炎が宇宙に広がる。
どう考えても、試験は中断だ。
そしてトールは思う。
(会わないほうが、お互いの為だった気もするんだよな……歌姫様とは)
この場で会ってしまうのも、歴史の必然なのかもしれない。
これを活かすことはできるのか、回る視界の中でトールは思考を巡らせた。
『わたくしは、ラクス・クラインですわ』
歌うようにそう告げた少女のことをキラは思い返す。
手は忙しくバスターのOSを修正するが、頭の中は彼女の柔らかな瞳でいっぱいだった。
「キラ……おいキラ!」
「……え、何?」
ようやくキラの手が止まり、バスターのコクピット後ろで同じく作業していたトールは、眉間を押さえる。
「色ボケしすぎだろ……。どんだけ好みなんだ?」
「え、いや、彼女のことなんて、そんなに考えてないし!」
両手をふって否定するが、「語るに落ちてるだろ……」とトールはため息を吐く。
「まぁいいや、そろそろ食堂行って休もうぜ。携帯食料はもう飽きた!」
トールの言う通り、開発や試験の準備で立て込んでいた二人は、この数日まともな食事も取らず、携帯食料で済ませていた。
ねっとりとした携帯食料はそこまでマズイものではないが、流石に気分を変えたいのはキラも同じだった。
連れ立って食堂に行くと、何やらミリアリアとフレイが言い争いをしている。
「嫌ったら嫌!」
「もうフレイってば、なんでよお!」
どうやら、食事をラクスに持っていくかどうかで揉めているらしい。
キラの心がざらつく。
(コーディネイターだから嫌、か)
密かに心を寄せていた少女は、コーディネイターに隔意を持っているようだった。
それが区別なのか、差別なのかすら、もうキラにはわからなくなってきていた。
そこにトレイを受け取ったトールが割り込む。
「んじゃもう俺らが持っていくよ。キラも、いいだろ? 一緒に食べちゃえば」
「え、あ……うん」
呆れ顔のトールがこちらを見やると、ぼんやりと頷いた。
少なくともトールは、キラの力を頼りにすることこそあれ、それがキラの全てではないことを分かってくれている。
ともに戦おうともしてくれている。
なんだか嬉しくなって、自然と目尻が下がった。
どうやらミリアリアも、トールを心配して結局ついてくるらしい。
三人でラクスのいる部屋へと向かった。
僅かに歌声の漏れる扉をトールがノックする。
なぜだかロックの掛かっていない扉がカシュッと開くと、扉の周りを丸いペットロボが跳ねていた。
『ハロ、ハロ。テヤンデイ!』
トールが優しくペットロボをつつくと、大きくはねてラクスの腕の中に収まった
「おっと失礼。食事、一緒にしないか。……俺はトール・ケーニヒ、よろしくね」
「……ミリアリア・ハウよ。はい、これ、どうぞ」
ミリアリアは、まるでナンパでも見たように顔をしかめながら、さっとトレイを差し出した。
「あら、ありがとうございます」
ラクスが言い終えるより早く、ミリアリアはトールの腕に抱きつく。
「言っとくけどコレ、あたしのだから」
ぷくっと頬をふくらませた。
二人の様子に苦笑いしながら、キラも自己紹介する。
「あ、ははは……キラ・ヤマト。よろしく」
ラクスはたおやかに笑い返した。
「わたくしは、ラクス・クラインですわ。お食事、ありがとうございます」
どうやらラクスはお腹を空かしていたようで、上品ながらもパクパクと食事を進める。
何なら、キラよりも早い。
トールも勢いよく食べているが、時折お茶だけ飲んで手持ち無沙汰なミリアリアといちゃついているため、全体としてのペースはそこまでではない。
一人先に食事を終えたラクスは、お茶を飲みながらニッコリと問いかけた。
「お二人は、恋人なのですか?」
ミリアリアは左手の薬指を見せびらかして惚気る。
「ていうか、婚約中。クリスマスイブにプロポーズしてもらったんだ~。……トール、戦争が落ち着いたら、って言ってたけどさ。オーブに帰ったら親に話して、もう籍入れちゃおうよ。いいよね?」
指を絡ませるミリアリアに、食事を止めてトールは頷く。
「……ああ、もちろん。本土に帰ったら、みんなも呼んで式を上げよう」
にこやかなミリアリアに対して、トールはなぜだが真剣そのものな表情で答えた。
「……本当に、仲睦まじいですわね。わたくしも婚約者はいるのですが、無口な方ですから、何を話したらいいか……悩んでしまうこともあります」
静かな声で告げるラクスに、キラはハッとして食事を止める。
「えー?! 私が言うのも何だけど、その歳で? 珍しいね」
驚いた表情で問うミリアリアに、ラクスはゆっくりと首を振った。
「プラントでは、急激に人口減少が進んでいます。特に第3世代以降の出生率が非常に低くて……。強力な婚姻統制を敷いていますから、ある程度自動的に相手が決まるんです。父親同士が仕事仲間で、昔から知っている方ではあるのですが……」
下を向くラクスに対して、ミリアリアが立ち上がって咆える。
「それって政略結婚ってこと?! 駄目だよそんなの!!」
「いえ、本当に悪い方ではないのです。このハロも、彼が作ったのをわたくしが気に入ったと言ったら、毎年送ってくださって」
擁護するようにペットロボを抱き上げるラクスだが、ミリアリアは止まらない。
「それって毎年同じプレゼントってこと?! ……は、マジありえない。それどう考えたってアリバイづくりのために送ってきてるだけだって!」
ミリアリアは、先程から固まり続けているキラの肩を押さえた。
「いっそこの子なんてどう? 同じコーディネイターだし。ちょっと気弱で天然だけど、マメだからそんな手抜きはしないよ!」
「ちょ、ちょっとミリアリア?!」
泡を吹いて立ち上がるキラ。
ラクスはきょとんとしているし、トールは笑いを噛み殺している。
「くフフ……。ミリィ、色々都合はあるんだろうからさ、押し売りはやめろって」
「でもさ、トール!」
ミリアリアは口をとがらせる。
「プラント創設の立役者にして、最高評議会議長のシーゲル・クライン氏が父親だと、色々しがらみもあるんだろうさ」
トールの発言に、ラクスは目をしばたたかせる。
「……父をご存じなんですね」
「そりゃあな。こういう情勢だ。……もしわかったらなんだが、教えてくれないか。プラントが勝ったら、地球のナチュラルはどうなる?」
トールの問いかけに、キラとミリアリアは声を出すこともできずに固まった。
ラクスは目を閉じて手を合わせる。
「……プラントの人々の怒りは、未だ燃えさかっています。さすがに直接的に手を出すと言うことはないでしょうが、かなりの締め付けが行われるかと」
ささやくように言葉を濁すラクスに、最後の一口を飲み込んだトールは天を仰いだ。
「だよなぁ……。結局戦前の理事国とプラントの関係が逆転するような感じか、それより酷いか。オーブが中立を維持できれば良いんだけど」
ため息を吐くトールに、今度はラクスが問いかける。
「先ほども仰っていましたが、皆様はオーブの方なのですか? 地球連合の軍服を着られてますが……」
「服がないから、仕方なく借りてるだけ。階級章もないでしょ? あんまり可愛くないよねぇ、この服」
袖をつり上げてミリアリアが言う。
私服も残してはあるが、ヘリオポリスの煤でまだ汚れている。
洗濯なんて贅沢のできない艦内では、汚れ防止のされた軍服の方が扱いやすい。
トールはかいつまんで経緯を説明した。
オーブがヘリオポリスで地球連合と協力していたこと。
ザフトが攻撃してきてコロニーが崩壊したこと。
キラがなし崩しでMSのパイロットとなり、トール達や避難民がこの艦に乗り込んでいること。
「……ザフトが、コロニーを破壊したのですか?」
信じられないという表情でラクスがつぶやく。
聞けばユニウスセブン慰霊の準備で出立前から忙しく、耳に入っていなかったらしい。
「……弱いから、こういう目に遭うんだ。オーブが地球連合と協力したのだって道理さ。弱者が何を吠えたって、強者が力を振るえば、黙るしかない」
暗い声でつぶやくトール。
つい先ほどまで明るかった雰囲気は静まり、気まずげな沈黙が漂う。
ゆっくりと座り直したキラは、静かに口を開いた。
「……でもさ、力があったって、それだけじゃ意味ないよ」
トリガーを引くたびに冷たく感じる手を掲げる。
今日もまた、命を奪った。
「力は、手段だ。やりたいことが、守りたいことがあるから、頑張って力を振るうんだ」
つぶやくように語るキラに、トールは「……そうだな」と苦笑しながら頷いた。
そしてラクスは立ち上がり、両手で優しくキラの掲げた手を包んだ。
「その通りですわね、キラ様」
「パクパクですわ。キラですわ。想いだけでも、力だけでも、ですわ」