〈最終章突入〉SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
決戦前夜イベントって途中で切ると台無しなんで……。
次は8/21の12時前になります。
最終決戦の執筆に苦戦しております……。
是非感想、評価お願いたします。
地球の青い輝きが満ちる軌道上。
それでも、それに見入るような者は居なかった。
なにせ、この場の誰しもが見慣れている。
行き交うのは、資源採掘用の作業船に、使い古しの輸送船。
作業ポッドに、武装を取り払われた作業用MS。
それらを運用しているのは、ジャンク屋に輸送業者、開発業者といったところだ。
軍から質量弾への対処を引き継いだ、
地球圏を取り巻く流通網において、宇宙を旅する彼らの存在は血液に等しい。
前大戦の最中にあってさえ途切れなかったそれは、当然のことながら膨大な数の人々によって成り立つ。
参加する者がごく一部であっても、母数そのものが大きければ、集まる力は決して小さくない。
だから目の前に広がる数多くの船は、フェアネス・ツヴァイクレにとっては必然だった。
とはいえ、それを一つの集団として動かすのは容易ではない。
扱える船も、持っている設備も、連絡手段も異なる。
誰に何ができるのかを把握し、互いの作業を妨げないよう配置したうえで、刻々と変化する状況に合わせて指示を下さなければならない。
それを一元化するため、フェアネスの所有する宇宙港管理業者が軍に協力を申し入れていた。
「タツマ鉱業A船、ジャンク屋イーグルは作業を開始してください。エリアB1-5、ターゲットは質量80想定、対処は破砕を優先」
目の前に広がる数多くの船に、
管制用のツールも、既存のものを基礎として、今回の作業に合わせて組み直してある。
船舶の性能、搭載された機材、乗員の経験、現在位置。
必要な情報は整理され、フェアネスの前へ過不足なく表示されていた。
既に軍の主力は、メンデルへ向けて移動を開始していた。
彼らがクルーゼの防衛網を突破できなければ、いくら飛来するデブリを砕いたところで意味はない。
そしてメンデル落下と、その前段としての質量弾攻撃の情報は、多少の統制をされながらも全地球圏へ発信されていた。
嘆き叫んで混乱するものも多かったし、我先と地球を逃げ出すものも多かった。
どうせ死ぬなら、とばかりに暴れまわるものも居て、地球の警察機構は大忙しらしい。
けれどフェアネスは、そうした反応そのものを責めようとは思わなかった。
彼らは、極限状態に置かれればそう反応するよう、遺伝子によって定められているのだから。
怒りを向けたところで、起こるものは起こる。
ならば必要なのは非難ではなく、そうした行動が起こることを前提とした対処だ。
現に各国政府は、情報公開前の短時間に最低限の準備を整えている。
そして同時に、遺伝子によってそう定められているのであっても。
自分の生活を危険に晒してまで、見知らぬ誰かを助けようとする者を、フェアネスは好ましく思う。
(人間ですからね。私も)
クスリと笑う。
フェアネスは公正だと言われるし、自分でもそうあろうとしている。
そしてそれは、冷酷な機械のような判断を繰り返すという意味ではない。
自分が何を基準に判断したのかを理解し、その基準を都合によって曲げない。
フェアネスにとっての公正とは、そういうものだった。
好ましく思う人間には、シンプルに幸せになってほしいし、手助けもする。
『アメノミハシラ観測点より通達。エリアA3-12に追加軌道要素。質量500、速度36。優先対象です。……どうか、よろしくお願いします』
「了解しました」
アメノミハシラの観測情報を伝える、年若い管制官から情報を受け取る。
データそのものは既に共有されているが、変化のあった対象をこうしてピックアップしてもらえるのは、フェアネスにとってもありがたい。
金髪に薄い色のサングラスをした彼は、どうにもひどく追い詰められたような表情をしていた。
(まぁ、地球に質量弾やコロニーが落ちてくると思えば、無理もありませんね……)
それでも重圧に負けず、与えられた仕事を実直に続けている。
彼もまた、フェアネスの基準では好ましい側の人間だった。
情報に基づき、即座に指示を下して船を待機させる。
「ツヴァイクレ様。お見えになりました」
背後から掛けられた声に振り返る。
管制室の入り口に、髭を蓄えた壮年の男が立っていた。
かつて地球連合軍第八艦隊を率い、その後はCOMPASSの代表理事として各国をまとめ上げた男。
デュエイン・ハルバートン。
フェアネスは席を立ち、柔らかな笑みを浮かべた。
「初めまして、ハルバートンさん。ようやくお会いできましたね」
「私の方も、以前から君の噂を聞かされてはいたがね」
ハルバートンは管制室を見回し、大きくため息を吐いた。
「表舞台から追いやられた老骨を、
わずかにイントネーションを変えた言葉に、ニコリと笑いながらわざとらしく首を傾げる。
追いやられたハルバートンには敵も多いし、前大戦からの流れもあって復権を阻止しようとするものも多い。
本人も、もう隠居を決め込んだ様子だった。
短時間でそのハルバートンを引っ張り出すのには、それこそハルバートンの存在の重さに見合った資金や取引が必要だった。
「決まっています──ここの指揮を、貴方に引き継いでいただきたいのです」
フェアネスは、自分が座っていた管制席を片手で示した。
「見当はついていたが。……良いのかね?」
ハルバートンが首を傾げる。
「この民間協力隊を形にしたのは君だ。資金を出し、各企業や商業組合を動かし、軍との調整まで行った。ここで指揮を執れば、君自身が英雄になれる」
「身に余る作業ですから」
首を振って苦笑する。
実際のところフェアネスであれば、完璧にこのまま指揮管制を進められる。
それでも、あえてそう卑下した。
「貴方ほどの能力を表舞台で使わないなど、これほど勿体ないことはありません」
ハルバートンのカリスマ、指揮能力、軍事知識。
何れも眠らせておくには惜しい。
フェアネスが微笑むと、ハルバートンはやれやれと肩をすくめた。
「買い被りだと思うがね」
エスコートするように手をハルバートンの後ろにまわし、席に座るように促す。
「どちらにせよ、貴方がここで再び功績を挙げれば、表舞台へ戻るための材料になります。隠居するには、まだ早いでしょう?」
「やれやれ。人使いの荒いことだ」
ぼやきながらも、ハルバートンは管制席へ歩み寄る。
表示されている軌道線や、各船の配置を一目見ただけで、必要な情報を拾い上げているらしい。
目つきが軍人のものへと変わっていく。
その姿に満足し、フェアネスは管制席を譲った。
ハルバートンが腰を下ろしかけ、ふと振り返る。
「それで、君はどうするのかね?」
「高速船を一隻、用意しています」
フェアネスは地球から離れていく艦隊の航路を指し示した。
「これから軍を追いかけます。予定通りなら、メンデルへの突入前には合流できるでしょう」
ハルバートンが、意味がわからないとばかりに片眉を上げる。
「……君は、商業組合の人間だろう?」
フェアネスは目を瞬かせた後、年相応の青年のように笑った。
「私はね、MSの操縦も大好きなんですよ」
呆れたように「……はぁ、なるほど?」と口を開いたハルバートンへ一礼し、管制室の出口へ向かう。
自分に与えられた能力を、最も有効に使う。
それは今も、間違っているとは思わない。
しかしデュランダル議長は、自らの想定を外れたものを計画へ組み込もうとした。
その選択をどう受け取るべきか、フェアネスにもまだ答えはない。
ただ自分の望みもまた、無かったことにはしない。
そう決めていた。
デスティニーが
同時にミラージュコロイドの織りなすホログラフィーが機体を取り巻く。
『これならどうだ!』
シンの叫びとともに、
目視だけではなく、電磁波すらキャリアする残像は通常の手段では見分けがつかない。
『そんなものは、空間認識を騙せはしない!!』
レジェンドから飛び立った10機の
『シンのバカ!』
ルナマリアのインパルスが、シールドを掲げてビームの射線に割り込む。
そうしてできた檻の隙間を、デスティニーは辛くも転がり出る。
『まだだ!』
残る10機の
そしてその内部のマイクロミサイルが点火され、波となってデスティニーに向かう──CG上では。
『こっちだって、まだまだぁ!!』
デスティニーは左手のビームシールドでそれを防ぐ素振りをすると、右手で
『私のこと、忘れないでよね!!』
その合間にも、インパルスがサーベルを引き抜き、レジェンドに向かって一気に切り込む。
キラが騒がしい観戦モニターの前で訓練を続ける三機を見つめていると、柔らかな温もりが隣に腰掛けた。
「凄いですね、シンもレイも。機体を乗り換えたばかりなのに」
ラクスの言葉に、キラは頷きながらも苦笑する。
「その通りだけど、ルナマリアも凄いよ。性能差がある2機に、しっかりと合わせている」
模擬戦だからこそレイと戦っているが、レイの呼吸が分かっているからできることでもある。
一方で、未だ隙の残るシンに対して、しっかりとフォローしている。
シンもそれが分かっているから、前に突っ込めるのだろう。
だからといって、ただ助けてもらっているだけでもない。
シンが危険を承知でレイの意識を引きつけたからこそ、今度はルナマリアが懐へ飛び込めた。
本来インパルスと二機のガンダムには、相当の性能差がある。
それでもこの三機ならば、チームワークを生かしてその穴を埋めることができるはずだ。
デスティニーがこじ開け、インパルスが整え、レジェンドが保持するという機体相性も良い。
だからデスティニー、レジェンド、インパルスの小隊と、フリーダム、ジャスティス、イグナイテッドの小隊に分けた。
当初はガンダムの5機を1小隊とする案もあったが。
「……僕のフリーダムと、レイのレジェンドを同じ小隊に入れると、ちょっとね」
キラは、少し自信がなさそうに苦笑した。
なにせレジェンドは、ドラグーン20機+ロング・ドラグーン2機を持つ空間制圧仕様。
それでもキラならば、常に注意を払い、レイに気を遣えばできないことではない。
以前なら多少やりにくくても、それを飲み込んだハズだ。
けれど今は、本音を口にする。
「だから、無理にまとめなくてもいいかなって。僕らは僕らで、あの三人はあの三人で動いた方が、たぶんみんな戦いやすいから」
月で再会したときに、ラクスと約束した。
相手を気遣って言わないことも、相手なら大丈夫だと勝手に決めつけることも、もうやめようと。
フレイを探して離れていたときだって、他の道を探すことはできたのだ。
キラが、ラクスに我慢させるのが辛いと言ったなら。
ラクスが、全てのしがらみから手を引いてでもキラといたいと思っていたのなら。
二人で抜け出して、ともに宇宙へ出る。
そんな選択肢について、話し合うことだってできた。
ラクスはキラの想いを優先して、自分がどうしたいのかを言い出すことをしなかった。
キラは、ラクスが大丈夫だと言ったから、その言葉を尊重して一人で旅立った。
お互いに相手を想って、一歩ずつ引いた。
その結果、二人とも本当に望んでいることを口にしなかった。
ありふれた夫婦のすれ違いだ。
「僕らはもっと、一緒にいないと駄目だったんだね」
キラのつぶやきに、ラクスは少しだけ考えてから、静かに頷いた。
「ええ。離れている間は、お互いなら大丈夫だと決めつけて。忙しさにかまけて、それを確かめようともせず。一緒にいられる時だけ、思い切りイチャついて」
キラは苦笑して首を傾げる。
「……極端だったかな?」
「そうかもしれません」
ラクスがコロコロと笑う。
そういう形が合う夫婦もいるのだろう。
長く離れていても心は支え合い、再会したときに愛情を確かめ合えば満足できる者もいる。
けれど、キラとラクスは違った。
離れてしまえば、二人とも相手なら大丈夫だと思ってしまう。
相手の選んだことを尊重して、自分の気持ちを差し挟まなくなる。
だからきっと、自分たちはもう少し近くにいた方が良い。
常に相手を見つめ続けたいわけではない。
何をするにも一緒でなければならないわけでもない。
ただ、同じ部屋で別々のことをして、時折言葉を交わし。
手を伸ばせば触れられる場所に、お互いがいる。
そんな緩やかな時間を、二人は必要としていた。
「この作戦が上手くいけば、監視を外していただくための材料にはなるでしょう」
ラクスが、キラの肩に顎を乗せたまま言う。
上手くいかなかったときのことは、考えたくなかった。
「キラ」
ラクスの頭が、コテンとキラの肩に乗る。
「二人で、一度隠居しませんか」
予想していなかった提案に、キラは目を瞬かせた。
「隠居?」
「ええ。どうせ今は、世間からそっぽを向かれていますし。どこかで、二人で暮らすのです」
世界のすべてから逃げることはできないだろう。
何かが起これば、キラもラクスも放ってはおけない。
求められれば、再び動こうとするかもしれない。
けれど、その前に一度だけ。
自分たちのために生きる時間を持つ。
「シンの提案は、とても優しいものでした」
ラクスが訓練中の3機を見る。
「自分たちだけで背負うのではなく、できる方が、それぞれの意志で力を貸す。私には、なかなか持てなかった考えです」
キラも頷いた。
民間協力隊も、予想以上に集まったらしい。
キラが全てを背負う必要はない。
ラクスが全ての人々を導く必要もない。
自分たちが立ち止まれば世界が終わると、そう思い込む必要は、もうないのかもしれない。
キラは肩に掛かるラクスの体温を感じながら、自分もラクスに体を預けた。
小さくつぶやく。
「……うん。そうしようか」
しばらく二人で訓練を眺めた後、ラクスが思い出したように口を開いた。
「そういえば、ミリアリアのところは三人目ができたそうですよ」
「うん。トールも、まだまだ頑張らなきゃって言ってたね」
そう言って頷くキラの耳元に、ラクスが口を寄せた。
「わたくしたちも、ね?」
その言葉に、キラは僅かに頬を赤らめた。
そして優しく微笑んで、ラクスの腕に手を重ねる。
「……うん」
「カガリ……お前は乗ったままで良かったのか?」
ミレニアム艦内の展望室。
既に小さくなった月を眺めていたカガリに、アスランがポツリと問いかけた。
アスランはしかつめらしい表情を崩さぬまま、首を傾げるカガリに続ける。
「ラクスは、分かりやすく脱走してきた。だが、お前の立場なら、月で降りることもできただろう」
ミレニアム受領に係るプラントでの手続きでも、実務上は
無論面会した人々にはバレてはいたが、書類上はそうなっている。
である以上、今も特に掣肘されることはないし、月に残って地球との間の政治調整を続ける手もあった。
そう考えたアスランの言葉に、カガリは呆れたように鼻を鳴らした。
「蚊帳の外に置くつもりか? 冗談だろ」
カガリは再び窓の外へ目を向けた。
「できることは、あまりないかもしれない。でも、それは月にいても同じだ。今から地球へ戻ったって、何かに間に合うわけでもないしな」
小さく肩をすくめる。
「だったら見届けるさ。お前たちの戦いを。──だから、頑張れ。アスラン」
カガリはアスランへ目線を移し、ニッと笑った。
アスランは大きく頷くと、小さく微笑んだ。
「……そうだな」
そう答えた後、懐へ手を入れた。
咳払いを一つすると、慎重な手つきで飾り気のない小箱を取り出す。
カガリが「何だ、それは?」と首を傾げるが、そのまま小箱をパカリと開ける。
中に収められていたのは、一つの指輪だった。
炎のように赤いガーネット。
それを包む、柔らかな色合いのピンクゴールド。
「……これは?」
目をしばたかせるカガリに、アスランは少し気恥ずかしそうに苦笑した。
「地球でアコード達の捜査をしているときに、たまたま原石を買ってな。手が空いたときにカットしたり彫金したりしていた。……中々忙しくて、時間が掛かってしまったが」
カガリは指輪をまじまじと見つめる。
それから、ぱっとアスランを見た。
「手作りなのか?! 器用だな、凄いじゃないか!」
勢いよく返され、アスランは苦笑した。
「電気工作と大差ないさ」
「全然違うだろ?!」
(まさか、そこに一番食いつくとはな……)
そんな反応をされると、アスランとしても困ってしまう。
もう一度苦笑を浮かべた後、カガリの左手を取った。
そして戸惑うカガリの薬指に、すっと指輪を通す。
「この戦いが終わったら、結婚してくれないか?」
カガリが「……は?」と、大きく口を開けたまま固まる。
あまりに見事な反応に、アスランは思わず笑ってしまった。
「俺の立場からすれば、籍を入れるのは難しいかもしれないが」
そう言って肩をすくめる。
ようやく意味を理解したのか、カガリの顔が一気に赤くなる。
「おまっ……! そういうの、死亡フラグって言うんだぞ!」
「ははっ、それは恐ろしいな」
アスランは楽しそうに笑ったが、カガリが「笑い事じゃない!」と怒鳴り返してくる。
「だが、心残りを作るのは悪いことじゃない。……これで終わりだと思いそうになったときに、まだ約束が残っていると思える」
アスランは自分の胸元へ手を伸ばした。
指先に触れた桜色の護り石を、そっと握る。
あのとき交わした約束は、今も変わっていない。
(……だけど、俺だけ証を持っているのは、少し不公平だからな)
アスランは、指輪の嵌ったカガリの手を見た。
「だから、俺はいつだって帰ってくるよ……カガリの元へ」
カガリはしばらく黙ったまま、薬指の指輪を見つめていた。
それから、その手を胸元へ引き寄せる。
「……バカ」
野次馬の自覚はあった。
格納庫から最も近いドリンクコーナーは、待機室に次いでパイロットがよくたむろする場所だ。
姉を探したメイリンがたどり着くのも、よくある話だったのだが。
周囲を伺ってから、もう一度覗き込む。
何の偶然か、そこにいたのはシンとルナマリアの二人だけだった。
(……これは妹として、もはや義務よね、うん!)
そう言い聞かせて耳を澄ます。
「あーあ。シンもレイも新型機もらっちゃって。ちょっとうらやましいわ」
訓練を終えたルナマリアが、首元に掛けたタオルで汗を拭きながらぼやく。
その向かいでは、同じく訓練帰りのシンがスポーツドリンクを一気に呷っていた。
「インパルスだって良い機体だろ? フォースインパルスなら、ガンダムにだってついてこられるじゃないか」
「そりゃそうだけどさぁ」
ルナマリアが口を尖らせる。
「どうしても私が表に出るっていうより、あんたとレイの間を埋めるような感じになってない?」
ふむ、とメイリンは頷く。
メイリンも管制席から先程まで行われていた模擬戦を眺めていたが、
同様にレイも、
機体そのものが目的に特化している上、パイロットの特性も噛み合っているのだからそうなるのは当然の話で、そうなると帳尻を合わせるのはインパルスということになる。
むしろ二人の間を自在に行き来し、必要なところへ必要な手を伸ばせるのは、ルナマリアの腕があってこそだと、メイリンは理解している。
それでも、ガンダムを受領した二人を見れば、思うところはあるのだろう。
シンが腕を組んで首を傾げる。
「そう言うけどさ。どっちかといえば、ルナがうまくやってくれるから、俺やレイが好きに動けてるんだぜ?」
そして大きく頷く。
「やっぱり俺は、ルナにいて欲しいな」
朗らかに笑うシンに、メイリンは思わず胸元で両手を握った。
(…………おお)
メイリンが見る限り、シンに口説いている自覚はない。
だからこそ、姉の反応が気になる。
ルナマリアは何度か瞬きをした後、わざとらしく髪を掻き上げた。
「……そう? まぁ周りの見えてるレイはともかく、あんたは私が居なきゃ駄目かもね」
憎まれ口に、「なんだよ、それ」とシンがぼやくが、表情は笑顔のままだ。
ルナマリアもわずかに胸を張って、満更ではなさそうだった。
(こ、これは……!)
メイリンの胸が高鳴る。
メイリンがさらに身を乗り出しかけた、その時だった。
「シン、お疲れ様! ルナも!」
弾む声とともに、金髪の少女が廊下の向こうから駆けてきた。
「あ、ステラ──うわっ?!」
そのまま勢いを殺すことなく、ステラがシンへ飛びつく。
咄嗟に受け止めたシンの身体が、ぐらりと後ろへ傾いた。
「急に飛びつくなよ?! 危ないだろ!」
「えへへ……」
叱りつけられたステラだったが、本人はむしろ、心配してもらえるのが嬉しいとばかりに照れた笑みを浮かべている。
その横で、ルナマリアの眉がピクリと動いた。
(……おおぅ。これは、どっち? どっち?)
メイリンはゴクリと唾を飲み込む。
嫉妬しているのか、呆れているのか。
はたまた怒っているのか。
妹であるメイリンにすら、その区別はつかない。
ハラハラするメイリンだったが、目線の先のルナマリアはため息を吐くと、もう一度汗を拭いた。
そのまま、なんでも無いようにステラに問いかける。
「ステラ。あんたたちは訓練しなくていいの?」
「まだシミュレーター!」
シンに抱きついたまま、ステラが元気に答える。
シンの方は遠慮が有るようで手をこまねいている様子だった。
「そうなの?」
「うん! ムラサメが来たら、外でやるって!」
艦隊全体の部隊再編が続いているせいで、今は誰がどの艦に乗っているのか、メイリンですら一瞬考え込むことがある。
所属していた艦も、これから使う機体も入り乱れ、誰がどこで訓練するのかすら定まっていない。
その関係で、ステラたちは一時的にミネルバへやってきたらしい。
シンがステラの肩を押し、なんとか体を離させる。
「地球側から来てるクサナギから、ムラサメを受領するんだっけ?」
シンが思い出したように訊ねる。
「そう!」
元気よく頷いたステラに、ルナマリアは小さくため息を吐いた。
「ステラたちも、無理するんじゃないわよ。言っても病み上がりなんだから」
ステラはパチパチと瞬きをした後、ぱっと笑顔を浮かべる。
「多分大丈夫だけど……ルナ、ありがとう!」
「……ならいいけど」
ルナマリアはそう言いながらも、ステラの乱れた髪を手櫛で整えた。
ステラはされるがまま、気持ちよさそうに目を細めている。
(……これはこれで、仲良いのよね)
メイリンは胸を撫で下ろした。
そこに、突然肩を掴まれる。
「ひゃあ?!」
飛び上がるように振り返ると、スティングとアウルが立っていた。
「野次馬か? 楽しそうじゃねえか」
肩を掴んでいるのはスティングだったようで、ニヤニヤとドリンクコーナーを覗き込んでいる。
一方アウルは、呆れた表情で頭の後ろに腕を組んでいた。
「人の様子を見て、何が面白いんだか」
「な、なんのことでしょう?」
裏返り気味の弁明をつぶやきながら、スティングの腕を振り払う。
その時、シンの端末が鳴った。
画面を確認したシンの表情が、僅かに真剣なものへ変わる。
「レイからだ。……話があるんだって。ちょっと行ってくる」
「レイが?」
ルナマリアが首を傾げたが、シン自身も戸惑った様子だった。
シンがこちらに向かってくるのを見て、メイリンは取るものもとりあえず逃げ出した。
「それで、話ってなんだ?」
シンを、ミネルバに残されていた自室にわざわざ呼び出したというのに、レイは言葉に詰まった。
実際のところ、自分が何を言おうとしているのか、先ほどまでレイ自身にもよくわかっていなかった。
しかしこうして、余人の目のないところでシンと接すれば、口が軽くなりそうになる。
(……吐き出したいのか。我ながら軟弱者だな)
上司や先任に持ちかけるような話ではない。
ルナマリアでもいいが、彼女とレイは仲間であると同時に、同期として競い合ってきた間柄でも有る。
今さら弱音じみたものを聞かせるのも、妙に落ち着かなかった。
一方シンは、レイが面倒を見させられた側。
(その分、今度は愚痴くらい聞かせても罰は当たらないだろう)
レイはふっと笑うと、シンに座るように促す。
怪訝そうに椅子に跨ったシンに、まずは問いかけた。
「ラウ・ル・クルーゼという男を知っているか?」
「クルーゼ?」
唐突な問いに、シンが眉を寄せる。
「今、俺たちが追ってる奴だろ? 前の大戦のザフトのエースで……」
少し考えたあと、顔をしかめた。
「戦闘記録も見たけど……。なんだよあれ、化け物じゃないか」
戦う相手の参考資料として、ヤキン・ドゥーエでのプロヴィデンスの戦闘記録はレイたちにも共有されていた。
人間の域を超越した空間認識が可能とする、ドラグーンの完全操作とバカげた回避能力。
化け物という感想も間違ってはいない。
その言葉に頷いて、レイは口を開いた。
「ああ。ラウ・ル・クルーゼはテロの主犯の一人で、驚異的な強さを持つパイロットで──俺自身でもある」
「レイ自身? どういう意味だ?」
意味がわからないとばかりに首を傾げるシンに、小さく苦笑した。
「遺伝子の上での話だ。俺とラウは、同じ人物のクローンだからな」
「クローン?! 禁止されているだろ?」
シンが思わず、といった風に椅子から身を浮かせる。
だが、レイは肩をすくめるだけだ。
「いつの世にも、法より自分の望みを優先する人間は居るものだ。……まぁそこは良い」
レイにとっては今さらの話だ。
「オイオイ……」と呆れたように呟きながら、シンが再び椅子へ座り直す。
レイはその様子を眺めてから、少しだけうつむいた。
「ラウは、俺にとって兄代わりでもあった。親代わりのもう一人と一緒に、俺を研究施設から救い出し、生活の面倒も見てもらった」
ふと、昔のことを思い出す。
「……ピアノの演奏会で、うまくできたと言ったら頭を撫でてくれた。今でも覚えている」
シンはしばらく黙っていたが、窺うようにレイを見る。
「……それで、レイは平気なのか?」
何を聞かれているのかは分かった。
レイは迷わず首を縦に振る。
「戦うことに迷いはない。……俺は、ブルーコスモスから助け出した子どもたちを守ってやりたい。俺自身がラウにそうしてもらったように。その為になら、ラウにだって立ち向かうさ」
そこまで言ってから、レイは僅かに眉を寄せた。
「それでも……分からないんだ」
「分からない?」
シンの問いかけに、両手の指を組んで頷いた。
「ああ。俺が知っているラウと、今のラウが、どうしても繋がらない」
自分と同じ遺伝子を持つ男。
幼い自分の頭を撫でてくれた男。
そして今、地球を滅ぼそうとしている男。
どれも、ラウ・ル・クルーゼのハズだった。
「……同じはずなのにな」
漏れた言葉に、シンは困ったように眉を下げた。
レイも、椅子にもたれて天を仰ぎ見る。
しばらく黙り込んでいたシンが、頬をかきながら口を開いた。
「……俺には、レイの気持ちの本当のところはわからないけどさ。同じじゃないんだから、仕方ないんじゃないか?」
「……まぁ、そうだろうな」
苦笑で応える。
レイにだって分かってはいるのだが、飲み込めずにいた。
「どうしても、って言うなら……戦場で、ってことにはなるけど、クルーゼと少し話してみてもいいんじゃないか? 俺も手伝うよ」
シンは沈痛な表情でそう言った後、ぎこちなく笑顔を浮かべた。
「考えすぎなんだって。そんな難しい顔ばっかりしてたら、シワが増えるぞ」
その軽口に、レイはふっと笑った。
何気なく目尻を指で揉む。
その仕草を見ていたシンの笑みが、不意に止まった。
「……本当にシワが増えていないか?」
レイは指を止めると、ふむ、と顎に手を当てた。
「増えているかもな。老化が進んでいるんだろう」
レイのなんでもないような一言に、シンの表情が固まった。
「どういうことだよ、それ? まだレイは二十歳にもなってないだろ?」
シンの問いに、レイは「ああ」と気負うこともなく頷いた。
「俺とラウのクローンには欠陥がある。普通より遥かに早く老化するんだ」
今度こそ、シンが勢いよく身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待てよ……! それって、どのくらいなんだ?」
「わからないな。進行には波があるし、個人差もある。正確な時期は予測できないそうだ」
単純に
自己の完全なる複製を求めた
そのためにユーレン・ヒビキの技術で自身の細胞から卵子を作り、クローンを生み出した。*2
だが、その過程で細胞の初期化が完全には行われず、老化に関わる部分にも狂いが残った。
その狂いは不均一で、大まかな時期ならまだしも、いつどこで何が起きるか。
専門家であるギルバートにすらわからない。
シンの顔がみるみる青くなり、恐る恐るとレイに問いかけてきた。
「じゃあ……レイが何度も病院に行ってたのも?」
「まぁ、そういうことだ。薬で調整してしまえば、今のところ問題ない」
頷いたレイに、シンが今にも泣きそうな表情を見せた。
「調整って、対症療法ってことか? 治らないのかよ?!」
「老化だぞ? 治療も何もない」
肩をすくめたレイを前に、再びシンが立ち上がる。
「……なんだよ、それ。なんでそんなに平気そうなんだよ!!」
先ほどと違って、その拳はきつく握られていた。
レイは落ち着かせるように言葉を続けた。
「以前から分かっていたことだ。生まれつき長く生きられないなんて、ナチュラルでは珍しくもない。……とっくに受け入れている」
(少なくとも、俺は選ぶことができた。……何もできずに死を待っていたわけじゃない)
苦痛に耐えながら、ベッドに縛り付けられていたわけではない。
子供らしい生活もさせてもらったし、誰かを助けることもできた。
戦うことだって、レイ自身が選んでそうしたのだ。
「俺は受け入れないぞ」
低い声に、レイは思わず顔を上げた。
「なに?」
シンは真っ直ぐにレイを見ていた。
「レイが受け入れてたって、俺が受け入れる筋合いはないだろ?」
言い切ると、さらに一歩身を乗り出す。
「我が儘言わせてもらう。この戦いが終わったら、治療法を探そうぜ」
レイは困ったように眉を寄せる。
「……俺の親代わりは研究者だ。政治的にも伝手は有る。もう方々は調べ尽くしているんだ」
「それでも、諦める理由はないだろ?」
間髪入れずシンは言葉を返してくる。
シンは引かなかった。
むしろ何かに気づいたようにはっと息を呑む。
「……待てよ。ラウ・ル・クルーゼも同じ症状なんだろ?」
シンの問いに、レイは戸惑いがちに頷いた。
「だったら、アイツはどうなんだよ。今も生きてるじゃないか」
僅かに目を見開く。
(確かに、時系列で言えば……)
レイが最後にラウと話してたのは
あの頃、既に相当辛そうであったのに、もう4年近く経っている。
「治療できたんじゃないのか?」
「……どうだかな」
そう返しながらも、レイは考え込んだ。
ギルバートがラウの生存を知ったのは、撃たれる直前だったという。
これまで治療法を探していた頃には、その可能性を考慮できなかったはずだ。
(戻ったら、ギルに聞いてみるか)
意識が戻ったという知らせは、月を出る直前に届いている。
戦いが終われば、どちらにせよ見舞いには行くつもりだった。
顔を上げると、目の前のシンは「絶対になんとかする!!」と気炎を吐いている。
その様子を見ていると、何やら笑いが込み上げてきた。
(……嬉しい、のかな。俺は)
ペンを髪に絡ませながらノートに向かう。
つけっぱなしのテレビからは、コロニー落下の被害予想と地球の混乱、そしてそれに立ち向かおうという軍隊と民間協力隊の活動がしきりに流れてきていた。
ダンスは得意だったし、歌は好きだった。
けれど、彼女の容姿は美人揃いのプラントにあって、パッとしないものだった。
容姿をデザインしてくれなかった両親を恨んだことも、一度や二度ではない。
歌手になろうと努力してみても、結局は芽が出ることもなく、数年で諦めた。
密かな自慢であったあの歌姫によく似た声も、ただ偽物呼ばわりされるだけ。
貯金をはたいて買った高音質マイクも、クローゼットにしまい込んだ。
けれど今、ノートに自分の詞を書き記している。
地球が滅びようかと言う瀬戸際で、頑張っている人が居る。
その人たちへ、応援の歌を届けたかった。
曲を作る時間も腕もなかったから、ラクスの曲を借りて、歌詞だけを自分で考えた替え歌だ。
それを動画配信サイトにアップする。
届くかどうかも分からないが、それでもやると決めたのだ。
ノートを見直し、何度か歌詞を口ずさむ。
そして長く閉じられていた、クローゼットの中の箱を開いた。
薄い埃を払い、マイクを取り出す。
端末へ接続し、動画配信サイトの録画画面を開いた。
髪を整え、下ろしたての服に着替える。
ラー、と声を出して喉を整えた。
それから、録画開始のボタンを押す。
ラクス・クラインの、遠い恋人を想う夜を歌った名曲を、思い切りアップテンポに。
そして、一晩中考えた詞を歌う。
夜は静かなまま、朝を貴方が連れてきてくれる。
私は帰ってきた貴方を、強く抱きしめるのだと。
直接、コロニーが落ちてくる場所に住んでいるわけではない。
作戦に参加するような力も知恵も無いし、未来のことなんてわからない。
それでも。
そんなミーア・キャンベルにも、できることがあると信じて。